小さい頃から体は大きく、力は強かった。

だが、それも中学時代に大きく覆されてしまった。

パワーヒッターではあったものの。

自分よりもパワーがある選手も体が大きい選手にも出会ってしまった。

だが、それでも布袋京はパワーヒッターであり、ホームランを打つバッターであろうとし続けた。

体の小さい望月が、それでもなお一線級の投手であり続けようとしたから。





八回表、一軍9-7二軍。





















227一軍戦24布袋という男
















流れというものがもし、あるのならば。

布袋(…)

確かにそれは二軍にきている。

負けているか、とかどうかではない。

布袋は後ろを振り返った。

他軍のリーダーの状況はまったく極地といえる。

負けているというのに、いまだに闘志を絶やそうとしない南雲。

勝っているのに、何故か先ほどから焦っている堂島。

加えて、藤堂がいままで散々やられてきた一軍打線をついに三人でピシャリだ。


布袋(二点差…)


威力はあるとはいえ、植田の球はぶれている。

堂島のリードのせいだとは布袋は理解していなかったが、それでもピッチングがぶれていることは理解できた。

ぶれている。

その表現が一番ぴたりと合う。

植田の微塵の威力自体は、一切失われてはいないのだ。




ズドンッ!!!!!!!!!!!


『ストライク、ワンッ!!』

布袋「ひゅー…」


だが、決め球がおかしい。

ここぞという場面でストレートで勝負してこないのだ、だからなんとなく植田が打てそうな気がする。


布袋「このまま微塵で三球勝負すれば、三振しそうなんだがなぁ、植田」

植田「当然だ」


冷たくいい放ち、ゆっくりと足を上げる。

布袋にとって植田という男は元々は、決して不快な男ではなかった。

どこか偉そうな所や、少々自信過剰なところ、他人を見下すようなところがあった。

それは決して褒めるべき点ではなかったが、ムキになって熱くなるところもあり望月とは火と水の中ではあったが、互いに互いを意識して伸びていくだろうとも布袋は思っていた。

だが最近の植田はどうにもこうにも、取り付く島が無い。

狂っている。

動作の一つ一つが、とても冷静なのに、思わないところでムキになったりキレたりする。

バグ、のようだ。



植田「二点…二点だぞ」


リリースの瞬間、静かにつぶやく声が布袋には確かに聞こえた。

バシィッ!!

『ボール、ワンッ!!』






宗「見ててイライラするぜ大和っ!!」

たまらず宗が右拳を左の手のひらに打ち付けた。

宗「どう考えてもストレート三発で終わりだ、さっきから植田のピッチングは神がかってるぜ!それなのになんで無駄な変化球で間を取らすんだ!」

大和「確かに…今のカーブは必要ないように見えるね」

灰谷「そうなのか?」

宗「今の植田は波にのってるってやつだ。無駄な配球挟んだらいくら投手でも萎えるってもんだ」

宗は人差し指を立てて言い放った。


宗「もっとも、大和はピッチャーとしてはそんなにわがままじゃないからリードする俺も楽だがな」

大和「あはは…光栄だね」

神野「っつーことは、へそ曲げるピッチャーもいるってことか?」

宗「ピッチャーってのはそういう奴がやる職業なんだよ。偏見かも知れないが、俺は大和以外の投手はいくら表で猫かぶっててもそういう奴ばかりだったからな」

灰谷「褒めてるのかけなしてるのか」

宗「植田の球を受けたことは無かったが…俺の記憶が正しければそんなに謙虚で温厚な奴じゃなかったとは思うがな」

神野「悪いが、あんまり覚えてないな」


それはそうだろう、桐生院はただでさえ部員が多い、上に三年生と一年生となると触れ合う機会は減るだろう。

望月や布袋みたいな実力の持ち主でなければ、そして植田はそれに負けずとも劣らない人物ではあった。

もっとも精神的や技術的に足りない部分は持ち合わせていたが…それでも上回生の目を引くには十分な実力の持ち主ではあった。



宗「どっちかっていうと自分中心な奴だったとはずだ。いくら堂島が好きだからって、あんなリードされて黙ってるほどのプライドじゃあなかったと思うぜ」


自分の実力を引き出せてないことが端から見ててもわかるぐらい稚拙なリードでは、自分の力をちゃんと知っている投手なら確実にサインに首をふる。

特に実力を持っているなら、しっかりと自分を信じて首を振るはずだ。


宗「だが、植田の野郎。さっきから一度も堂島のサインに首をふらな…」






ッキィイイインッ!!!!!!!!!!!!

『おおおおーーっ!!』

宗が最後まで言い終える前に、甲高い金属音がグラウンドにこだまする。

思わずギャラリーたちも声を上げて打球の行方を追う。


『ファールボール!!』


が、ボールはファーストベース横をファールゾーン側に疾走していく。

ちっ、と舌を鳴らしてバットの真ん中ほどにバットを勢いよく持ち直した。

植田は無表情で打球の行方を目で追っていた。


布袋(野郎…切れると確信したのか)



神野「今のも、必要じゃないボールか?」

宗「まぁ、半々ってとこだな」

灰谷「左の布袋が引っ張ってファールってことは、布袋はストレート待ちだったってことだろ?裏をかいたんじゃないか?」

宗「一理はあるな。だが、さっきも言った通りピッチャーが絶好調な時はなるべく好きな球を投げさせてやる方がいい。特に…布袋はストレートに的をあわせながら変化球を待ってるはずだ」

え?っと、灰谷が声を上げた。

灰谷「どうして?」

宗「今のカーブはボールに切れていったろ。植田は決して変化球のキレが悪い投手じゃない、狙ってなきゃ普通の打者なら空振りだ」

大和「…」

宗「ただ、それでも布袋クラスならあのカーブならはじき返す実力は持ってる。だから余計堂島はストレートで勝負しなきゃならんのさ」

大和「もっとも勝てる確立が高いってことかい?」

宗「大和、お前が一切弱点の無い白翼と黒牙をあわせたようなストレートを持っててしかもそれがストライクにずばずば入って俺が自由に投げさせたらどうする?」

大和「………冷静に相手の弱点を考えて投げる、と言いたい所だけど。実際にそんな状況になれば僕もついストレートを連発するかもしれない」

宗「変に考えるよりも、楽しく投げさせてやる方がいいのさ。戦略に沿わない限りはな」




バシィイッ!!

『ボール、ツー!!』

外角に決まるシュート、これでカウント2-2。


植田は少し笑った。

布袋「何がおかしい」

ぎり、と歯をならす。

植田「見えてる、ストレート狙いで変化球待ちか」

布袋「…」


言葉に詰まった。

だが、勝機がない訳じゃない。

確かに植田の変化球は切れる…切れるが、いい加減目が慣れてきた。

当てれないことは無い。

逆にストレートは目が慣れてきても常に意識しておかなければ、いや意識していてもコース次第でバットに当たらない。


植田「だが、俺のストレートを、貴様が打つことは…できないっ!」

布袋「しゃらくせぇ…」


微塵だ。

植田は堂島のサインを見た。



…が。

植田(…チェンジアップ)

それでも堂島がストレートを決め球にすることはなかった。

だが、植田は首をふらない。

堂島が全てだからだ。

…しかし、それでも植田の脳裏に、何故、という単語が一瞬だけ浮かんだ。

勿論すぐにその考えはどこかに消えてしまったが。

振りかぶって、ゆっくりとゆっくりと足を上げる、そこから引き絞った弓のように体を放つ!!!!!!!


布袋「きやがれ植田ぁっ!!」

植田「しぃっ!!!」









宗「堂島、それじゃあ負ける」










―――チェンジアップ。

完全にストレート待ちだった布袋の体が一瞬揺らぐ。





布袋京は、ホームランバッターになるために常に筋力トレーニングは欠かさなかった。

体格が悪いとは言わない、高校生クラスにしては恵まれた体格だからだ。

それでも布袋は目立つことができなかった、優れてはいるが、確かに他とは一線を凌駕しているが、望月と比べて花が無かった。

ホームランバッターであるのに、と思ったこともあった。

ここ一番のチャンスで打てないからか、それとも一発がランナーがいない時にしか出ないからか。

それでも布袋は自分を信じた。

信じて信じて、そして彼はその末に高校クラスでは信じられないほどの鋼の肉体を手に入れた。

バットコントロールなんてない。

ボールを乗せて運ぶ技術も無い。

威武先輩にはパワーで叶わない。


それでも布袋は自らの力のみでボールをはじき返すことだけを考えた。

苛め抜いたその体には一変たりとも隙はない。




ぐらり、と傾きかけていた体を筋肉隆々の両足で固定する。

全身に血流がいきわたる、アドレナリンが沸く。

そして鋼の筋肉に血管が浮き出る。


植田(踏みとどまった…だと!)





望月「行けぇ!!!布袋ぇええーーーーっ!!!!!!!」



望月とは親友である。

望月は体格が恵まれなかったが、その分センスに秀でた。

自分は体格は恵まれたがセンスがなかった。

それでも望月と自分は似た者通しだと思った。

足りないから、努力するのだ。

足りないから、がんばるのだ。

足りないから、求めるのだ。

もし体格とセンスに恵まれていたら。

もし望月と布袋が出会っていなければ。

桐生院など、いない。



















キイイイイイイイイイイインンッ!!!

植田「…ちぃっ!」

藤堂「む!!」

妻夫木「やったか!!」

三上「大きいよっ!!」



打球はセンターとライトの中間…ややセンターよりか。

だが定位置よりは遥かに後方!!


堂島「大丈夫だっ!!」

センターは、守備の名手、神緒。

常人じゃ捕れないような打球も捕球できる守備範囲、『涅槃』を持っている!

捕れるはずだ、いや捕って当然だ。






『ワアアッ!!!!』

『フェアーッ!』



堂島「…何?」





三塁コーチャーについていた南雲が思いきり手を回す。

南雲「布袋!!落ちとるがや!!回るぜよ!!!」

布袋「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!」



目測を誤ったのか、神緒は下がりすぎた。

ボールの位置は神緒よりも少しだけ前だった。

振り返って確認しないのが…Dの力と自分の力を確信したが故の過ちであった。



神緒「くっ…うおお!!」


すぐにカバーし、ボールを三塁に投げる。

だが…!



秋沢「ちいいっ!!!」

『ざわっ!?』


神緒の送球は、サード秋沢の遥か上空…暴投!!

当然秋沢が捕れるはずも無く…。

ショートの国分もカバーに回るのが遅れていた。


堂島「何をやっている…のだっ!!!」




ズザアアッ!!

『セーフ!!!』

『おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!』


布袋「おっしゃあああ!」


勢いよくホームに滑り込むとすぐに立ち上がって勢いよく天に拳をつきたて、雄たけびをあげた。

ランニング、ホームラン。

また一点返した…!




堂島「……何故だ、何故こんなことに…」


なにか、歯車が狂い始めている。

まず、何故神緒がとれなかったのか、そして暴投したのか、そして国分がエラーに回っていなかったのか。

所詮は…所詮は元二軍は二軍ということか。

基本を忠実に守っていればDの力さえあれば捕れる打球だった、そして国分が秋沢のカバーに回っていれば、三塁どまりだったはずだ。



堂島は地面に拳をたたきつけた。


堂島「……クズどもがっ」


誰にも聞こえないほどの声で、そうささやいた。





堂島が救われたのは、打順のおかげだ。

この後は、上杉、三上、望月と打線が続く。

望月こそ最初に植田からヒットを打ったものの、ここは三者連続三振に打ち取られてしまった。

変化球でも三振の捕れる相手だった、ということだ。

それでも堂島は頑なにストレートを決め球にすることはなかった。

それほど堂島は、誰よりもプライドの高い男だったからだ。

そして、高すぎるプライドは、同時に、もろい。



最終回…二軍は決して焦ってはいなかった、一点ビハインドでも追いつけない気がしないのだ、しかも打順は再び一番から。

一人出れば南雲に回る。

しかし、藤堂はこの場面で再び強敵と合間見えなければならなくなってしまった。


九回表、一軍9-8二軍


四番、堂島。

五番、秋沢。

六番、綺桐。







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