226一軍戦23千里眼2






















八回表、一軍9-7二軍。

バシィイィイイッ!!!


切れ味鋭いシンカーが外角低目、キャッチャーのミットにおさまる。

バットは虚をつかれたように、タイミングを失い、空を切った。


藤堂(いけるか)


ヒット、タイムリーを打たれたものの、藤堂は手ごたえを感じていた。

確かに強い、強い相手だ…が、無理難題を押し付けられている訳ではない。

きっちりコーナーをつければ、三上のリードも含めて抑えられないほどではない。

勿論、例外はある。


バシィッ!!

『ストライク、ツー!!』


三上(いけます、藤堂さん。国分君は足は確かに速い…しかし、それは走り始めてからの話。走らせなければいい)


三上は三上なりに、桐生院の一軍にそれなりの評価、そして批評をつけていた。

Dをもってして長所が格段に伸ばされている、とはいえ短所が完全に補われている訳ではない。

完璧超人はいない、きっちり藤堂が投げ、野手が守ってくれればこれ以上致命的なミスをすることはない。


三上(内角高め)


サインにゆっくりと藤堂はうなずいた。

内外、左右に投げわけ揺さぶる、威力のこもった内角高めを国分はスイングアウトの三振。

『ストライッ、バッターアウトォッ!!』

藤堂(よし…)


わずかだが、鼓動の高ぶりを感じる。

味方のエラーなど関係ない、確かに今自分のピッチングはのってきている。

二番、『那由多』、烏丸。

普段の細い目は、すでに見開かれている。


三上(烏丸先輩は、素晴らしいバッティングセンスでほぼ狙った場所へどこへでも球を打ち返せる…しかし)


パワーは、ない。

内角だろうと外角だろうと、スプレーのように合わせるバッティングではじき返してくる。

しかし…。


烏丸「…」

藤堂「負け犬は、何度ほえても、負け犬だ」


ギリ、と歯が鳴った。

目の下の日光反射帽子のための刺青に、しわが寄る。

瞳は藤堂を射抜いていた、だが藤堂も一向に怖気づきはしない。


藤堂「お前の場合は、負け烏、か」


左足を大きく上げて、腰をひねる。

トルネード。


藤堂「くらえっ!!!!」

烏丸「くああっ!!!!」


よどんだ空気を切り裂く、旋風を巻くほどのストレートッ!!


ガキィイッ!!!



初球打ち…だが、ボールは三塁手、望月の守備範囲以内。

両手をあげた望月のグラブに打球はゆっくりと吸い込まれていく。


三上(パワーが無い分、威力の高いストレートが来ると差し込まれるんだ)


非力ほどではないとしても、スイングスピードは南雲や威武に比べると早くは無い、だから速く重いストレートにはどうしても力負けしてしまう。

烏丸はバットを叩きつけた、一軍側にしては珍しく感情的な行動だった。

ふと藤堂は違和感を覚えた…。


藤堂(何を焦っている)


勝っているんだぞ。

しかも、二点リードで、だ。

だが、先ほどの国分を三上のリードに軽くのせらての三球三振。

烏丸も直球の初球打ちでサードフライ、どちらかというと先ほどのように余裕を持って勝負された方が怖い。

そこまでやっきになってバッティングにムキになる訳はなんだ、そんなにも追加点が欲しいのか。


藤堂(まぁ、理由など、どうでもいいがな)


焦れば焦るほど、ムキになればなるほど、三上の術中にはまる。

そう考えると、やはり三上は良いリードをしている、先ほどから精彩を欠いている堂島とは正反対だ。


笠原(2対1だな…)


少しわかる物から見れば、誰でもそう見える。

堂島と植田は、植田が堂島に従っているだけだ、植田ががんばっているように見えるが、実質は堂島がバッターとタイマンで戦っている。

比べて、藤堂は三上のリードに従いつつも自分のピッチングをしている、三上も藤堂の投手としての力を損なうようなリードはしない、さらにそれを考慮した上でバッターのことも考えてリードしている。

二つの力が一つになったピッチングだ。


笠原(大和と宗を思い出すな…)


大和自身は偉大な投手だ、今でも笠原は大和を今まで見てきた投手の中で一番優れた投手だと思っている。

だが、今まで大和をリードしてきた捕手がその類まれな才能に頼りきってしまい、大和の実力相応、もしくはそれ以下しか引き出せなかったのに対して、宗は大和の実力以上のものを引き出していた。

それは宗が大和の力に全てを頼らず、全てを的確に観察した上で現時点でのベストリードを常に考えていたからだ。

決して注目されることはなかったが、宗という捕手もまた偉大な人物である、過大評価ではない、と思っている。

もちろん、全国にはそれでもまだまだ上には上がいるのだが。


しかし。

自分の実力よりも圧倒的な力を持つ者に出会ったとき、人はどうするのか。

少し前、夏の大会で、名前も知らない金髪の男が大和に対して真っ向から勝負を挑んできたことを思い出した。

部員数がギリギリだったのと、弱小と聞いていたのに成川と霧島を倒したのでいくらか記憶には鮮明に残っていた、名前は将星高校だったか。

他の者は大和の初球を見ただけで萎縮してしまい、自分のバッティングができなかった。

普通はそうだ、普通自分と違いすぎる存在に出会えば、心理が認めなくても本能が勝負を諦めてしまう。

しかし、あの金髪の男はそれでも大和の球に臆することなく全力でスイングし続けた。

結果いくらバットとボールの間に、金髪の男と大和の間に大きな差があろうとも、あの男は躊躇しなかった。

その行為が愚かなことかどうかは、笠原には決めれなかった。

今もそうだ。

牧、秋沢は、今の一軍の中でバッティング能力で見れば南雲に匹敵する力を持つまでになっているように見える。。

果たして、藤堂と三上はどうするのか。

性格上、藤堂が臆するとは思えないが、三上は勝負するのか…。



三番、ファースト、牧。





三上(敬遠しましょう)


やはり、という感じだ、藤堂は三上のサインをじっと見た。

だが、うなずきはしない。


三上(しょ、勝負するんですか?!)

藤堂(そんなところか)


三上は驚いた、と同時に「何故?」という疑問を持った。

普通ならば藤堂が勝ち目の無い勝負をするはずが無い、今の藤堂では全ての球を持ってしても牧を抑えることは不可能だ。

勝負しても勝てない例外―――秋沢と、牧、だ。

次の堂島と勝負した方が…。


藤堂(後手に回るのはもうごめんだ)


ランナーが類に出れば何が起こるかわかりやしない。

先ほどのタイムリーエラーだって考えられる。

ヒットは打たれるかもしれないが、ホームランは打たれない自身がある。

今の藤堂はきっちりとコースに投げ分けれるほど調子がいいからだ。


牧(…ほぅ)


逆に、ここで牧を抑えれば、また間違いなく流れはこっちにくる。

しかし、勝負に勝てば勝敗を気にしない藤堂の考えとは違うような気がする。

勝つためならプライドも捨てる男だ。

…逆に考えれば、勝てる算段があるのか?


三上(…ど、どうしましょう、僕は逃げると思っていたので)

藤堂(リードは俺がする)






堂島「勝負か、藤堂」

低い声でつぶやいた。

賭けに出た―――らしくない。

人間、らしくないことをすると失敗する。

藤堂は自分の価値が傷ついてでも、成功の確率が高い方を選ぶ男だ。

その男だが、まともに勝負するという綺麗な方法を選ぶとは思えない。

らしくない。

逆に言えば、止めを刺すにはうってつけ、ということだ。

次のバッターは自分だ、牧が一発打たなくても、塁にさえ出れば藤堂の球を100%打つ自身は無いが、これでも名門桐生院で鍛えた打撃がある。


堂島「突き放せ」





藤堂(焦って、はないな)

今まで二人のバッターとは違い、どっしりと構えている。

やれやれ、と思った。

算段が無いわけではないが、賭けには違いない。

しかし、敬遠するよりはマシだ。

後手後手に回り続ければ、現状を打破することは不可能だからだ。

先ほども南雲のタイムリーで一点を返した、とはいえまだ二点残っている。

後手だ。

現在進行形で二軍は一軍を追い続けている。

だからこそ、どこかで前に出なければならない。

予兆はある、一軍の選手がどこか落ち着きがなくなってきているのが、その証拠だった。

今まで、一軍の選手は出てきた試合で圧倒的に勝ってきた、勝つべくして勝ってきた。

圧倒的であれば、『精神的弱さ』が出ることがないからだ。

だが、いざという時、彼らが一軍にあがれなかった理由が心の隅から這い出してくる。





霧島戦は、わざと負ける予定ではなかった。

まともに戦って負ければ、彼らの精神的弱さがDにどんな悪影響を及ぼすかわからなかった。

だから、堂島は予定調和のごとく、彼らの精神を安定させることに従事したのだ。

それは逆に自分自身への言い訳でもあった。

「Dが完全に覚醒していない以上、負けても仕方が無い」

しかし、今はほぼ全員のDが完成している。

負けるはずがないのだ。

負けるはずが。






キィィィイイィインッ!!!!!!!


ボールは一塁線を駆け抜けていく。

『ファールボール!!!』

ストレート、わずかに球威が勝ったか、いやそれともわざとファールに打った余裕か。

だが、牧の千里眼は確実に今の球をストレートだと見抜いていた。

千里眼。

やはり、読まれている、いや、というよりも…。


藤堂(俺が投げた瞬間に、球種を理解してやがる)


牧だからこそできることだ。

遅い変化球ならともかく、速いストレートでも球種がわかってから振り始めても球に追いつくスイングスピードの速さ。

元々、素質はあった。

だが、元来の目の悪さが一軍に上がることを許されなかった、晴れた日だとどうしても選球眼が鈍る、サングラスをしていてもボール球を振ってしまう。

目さえ、良ければ…!

願望を、Dは叶えてくれる。

牧の視力はすでに常人のそれを遥かに上回っている。

―――サングラスをかけていないと、見えすぎてしまうほどに。


藤堂「う、らあっ!!」


第二球…ストレート!

バシイイッ!!!

『ボール!!!』


藤堂(ちっ…やはり、ボール球にはそう簡単に手を出してこないか)

牧「無駄ですよ、藤堂君」

藤堂「…」

牧「カーブ、シンカー、シュート、君が投げれる球種は全て見切っています。…いや、投げた瞬間にわかる、というべきですかね」

藤堂「ほざけ」

牧「口で言ってもわかりませんか…」




バシィイッ!!!

『ボール、ツー!!』



牧「逃げるのならば、最初から敬遠した方が懸命ではありませんか?そんなきわどいところをついて、コントロールミスすれば、打たせていただきますよ」

藤堂(言ってろ)


賭けだ。

どうやって追い込むか。

追い込みさえすれば。


ちらりと、目線を横にずらした。



三上(藤堂さん…)

藤堂(…)


腰を大きくひねる、背番号のないユニフォームの背中が見える。


牧「打たせていただきます」














スローボール。






打球は、弧を描きながらゆっくりと地面に落ちてくる。


パシイ。


『ストライク、ツー!!』


藤堂「…っ」


藤堂の口から大きな息が漏れた。

汗が地面に二、三度落ちた。


牧「…………なめた、真似を」


見逃しだ。

スイングでもない、見逃し。

ど真ん中へのスローボールを、牧は見逃した。


牧「二度は通用しませんよっ!!!!」


どうかな。

藤堂は苦笑した。

牧への勝つ算段。

感覚への、勝負だ。


藤堂「二度…ねっ!!!」


再び…スローボール!!

回転数が少ない、そこから牧はすぐに体を踏みとどまらせた。



ガキインッ。



牧「!?」


しかし、バットから聞こえてきたのは鈍い打撃音。

そして残ったのは、両手への痺れ。

打球はサードの前に転々と転がり、止まった。







秋沢(上手い)


藤堂は、牧の感覚へと訴えかけた。

最初に放ったストレートは130km後半。

二球目に放ったストレートも130km後半。

そして、三球目に放ったスローボールは90km台。

そして、今のスローボールは、110km台。

今思うと、三球目のスローボールは、スローボールと言うよりも、チェンジアップに近い。


秋沢(三球目のスローボールにあわせたスイングでは完全に振り遅れる。だが、牧は球種を読むことに頼りきっていたせいで、スピードをごまかされた)


賭け、と言うのはらしくない。

しかし牧もどこか余裕が無いのではないか、そう藤堂は強く感じていた。

だからこそこんな一歩間違えれば大惨事の勝負に出ることができた。


牧「馬鹿な…」

藤堂「馬鹿はお前だ。良くわからんが、それだけの能力を身につけたくせに、能力に頼りきった」




依存は、過失への予兆だ。






藤堂「いつまでも後ろに回ってる場合じゃないんでね」










八回裏、六番、セカンド布袋。


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