225女子ソフト部戦9諦観
氷上「…遅いですわよ、桜井さん…、桜井さん?」
戻ってきた桜井は少し顔色が悪かった。
桜井「…え、ええ、ちょ、ちょっと」
氷上「…?何かあったんですの…」
どう、言い出せばいいのだろうか。
……しかし、まずはこの会長を説得しなければ…始まらない!
四回裏、野球部1-4女子ソフト部。
先ほどの三回、ナナコの一言をヒントに西条が思いついたリリースポイントのズレ、三澤が現役の投手でないことがまたその策を助けた。
リリースポイントが定まっていなかったから、多少変えたところでコントロールに影響は出てもピッチング全体に影響が出るほどではない。
三澤は相川の打席が始まるまで必死にその練習を繰り返していたが、いまだ暴投がたまに出てしまうほど…完全とはいたらない。
それでもこれが今三澤にもてる最大の武器なのだ。
相川「三澤、行くぞ」
三澤「…」
吉田「柚子…頼む」
吉田が三澤の肩をぽん、と叩く。
まだ涙の後が残っていた目の下をごしごし、と袖でぬぐった。
うん、と笑顔で頷く。
三澤にとってこのマウンドはまた別の意味で少しだけ嬉しかった。
三澤(…傑ちゃん)
いつも背中を見て応援することしかできなかった。
でも今は自分が少しでもがんばる事が直接彼の背中を押すことになる。
―――、一年前。
吉田「あんだと!?野球部が廃部!?」
相川が少し沈んだ表情で部室に入ってくる…今よりも汚い…昔の野球部部室。
相川「だろうな、部員二名じゃ当たり前の話だ…。試合もできないんじゃ仕方ないさ」
吉田「……畜生…」
……傑ちゃん。
何もできなかった、自分が男ならどれだけ良かったと思った。
女野球選手として吉田と共に戦うこと…それは長く険しくて、大変な道を歩くこと。
それが三澤にはできなかった。
女の子として、吉田のそばにもいたかったから。
その時は、生徒会長が留学という形で廃部問題はあやふやになったから良かったけど…柚子は何もすることができなかった。
所詮柚子をいれても三人では話にはならないが、それでも自分も一人の選手として吉田の夢を助けたかった。
―――俺は、甲子園に行くぜ!!!
あの日、誓い合ったのだ。
相川と、柚子で吉田の夢を助けようと。
その為に相川は推薦が来ていた有名進学高校を蹴ってまで吉田の夢にかけた。
三澤も女子ソフトをあきらめて野球部のマネージャーになった。
柚子は誰もが振り返るような満面の笑顔で吉田を振り向いた。
三澤「…うん、見てて、傑ちゃん。これ以上離されないから!」
吉田「お、おう」
……少し首をかしげながらも、吉田もそれに同調した。
掲げた拳を拳を二つあわせる、いつもより多少優しい動作ではあったが柚子は嬉しかった。
でもまだ負けてる…まずはあの海部を抑えることから…!!!
ナナコ「…」
六条「どうしたの?ナナコちゃん」
ナナコ「…ううん」
ふっと、何かが変わった。
試合の流れでもなんでもない、世界のどこかで自分に関する何かが変わった。
そんな風が吹いた。
…しかし、ナナコが見上げた空には太陽以外、何もない。
キィン…バシィッ!!
『アウトォッ!!!』
ズレとコントロールに苦しみながらも、相川のリードと攻守に助けられ何とか先頭の足利をセカンドゴロにとる…が。
関都「甘いよぉっ!!」
相川「ちっ!!」
カキィーーーンッ!!
来宮「打ったぁ!!!打球は左中間!!!」
打球はショート御神楽の頭上を軽々と越える2ベース。
森田「…痛いな、このツーベースは…」
赤城「確かに。なんとか最悪でもランナーがいない状態で迎えたかったなぁ、相川君としては」
如月「きゃあっ!!!ちょっと今コイツ尻触った!!」
森田「なんだと!赤城ぃぃぃ!!」
山田「残念!今のは私だ!」
如月「………」
来宮「えーん!!真面目に実況してるのにぃ!」
そして打席に、三度四番海部晶を迎える。
じゃり、っとグラウンドを踏みしめる、もう男だの女だのではない。
目の前にいる打者は、完全なる宿敵である。
相川(まだ三澤のリリースのズレは不完全…失投の恐れもある…)
先ほどの関都もその失投で高めに浮いた球を弾かれたためだ。
…現在、ランナーは二塁。
打たれれば、さらに駄目押しとなる五点目が追加される…それだけはなんとしても避けなければならない。
ちらり、と開いている一塁を見る。
相川(……)
―――敬遠。
相川(いや、駄目だっ!)
ここで逃げてどうする!!
この嫌な流れを断ち切る為には…この海部を打ち取らないことにはどうしようもないっ!
相川は覚悟を決めた…勝負!
敬遠しようと立ちあがりかけていた腰を、完全におろした。
相川(三澤…お前も女なら覚悟を決めろ)
三澤(…うん!)
ここで打たれたら…おそらく、終わりだ。
流れを取り戻すために、強大なる波に立ち向かう…!
その雰囲気を感じ取ったのか、吉田と御神楽は唇を噛んだ。
転がしてみろ…絶対に捕ってやるぜ…!
西条「やけど…どうやって海部に勝負するんや…」
策の無い勝ち目のない戦でも、戦わなければならない時はある。
そして相川はあえてそれを選んだのだ、暴挙…だが、そうしなければ負けるっ!
西条「なんか…なんかないんか…!」
ナナコ「……」
だがナナコはじっと三澤と海部を見つめたまま動かない。
六条の膝の上でじっとしている…まるで人形のように。
西条はちらりとナナコの方を見やりかけて、少し後悔した。
西条(くっそ…俺はなんでこんなガキに期待してんねん!)
先ほどこのガキ自身が、自分でなんとかしなければなんにもならない、って言ったばかりだ。
人の助けを当てにしてるだけでは駄目だ…何とか…自分でもなんとかしなければ。
ナナコに見習って、じっと海部の構えを見る…が、完璧。
投手の西条から見ても、非の打ち所のないぐらい綺麗な立ち姿である、欠点など見つかりそうも無い。
ナナコ「……くるよ…」
西条「え?」
ナナコがぼそりと呟いたが、西条はそれを聞き取れなかった。
海部「来い…相川…これで終わらせるっ!」
相川(…)
無駄かもしれない、不完全かもしれない…!
しかし…それでも、相川はリリースポイントのズレ作戦に頼る以外は無い。
今の三澤の球では何を投げてもおそらく…打たれる!
三澤(相川君…!)
―――必死に組み立てた。
一球目!!
バシィンッ!!!
『ボール、ワンッ!!』
『早い』段階でのリリースのストレート、左打者の海部の外角に決まる。
海部はピクリともしない。
…既に、蘇我から三澤のボールの異常については報告が届いている。
海部は彼女なりにこの現象について考えた……速いストレートが遅く感じる。
バシィィ!!
『ストライーーッ!!』
『遅い』段階でのリリースのチェンジアップ…遅いはずのチェンジアップが予想よりも速く感じる。
相川(なんとか凌ぐしかない…まだ初見だ、可能性が無いわけじゃ…)
―――――ギン!!
相川「…!」
海部「…」
見えはしないが、体が震え上がるほどの刺激を感じた。
その出所は海部の両の瞳……湧き上がる激情を秘めた目で相川を見下ろしていた。
相川(…気づいたのか?)
だがすぐにその視線を三澤に戻す、なんなんだ一体。
…熟考。
考えるしかない……が、先ほどのように三澤を重圧にさらし続ける訳にもいかない…迅速に勝負しにいかなければならない。
速く、その上で絞りきった思考で真実に近い解答を出さなければならない。
なんて問題だ。
こんなの試験に出されたら終わりだ、クレーム殺到ものだぜ。
相川(―――だが、それが面白い)
答えのわかりきってる問題を解くのには飽き飽きだ、まさかこんな所で再認識させられるとは思ってなかった。
吉田についてきて、これまでの人生を覆すほど面白い出来事に出会ってきた。
野球をやってて良かった、と思う。
考える時間が増えたことを、相川は幸福に思っていた。
…苦しむ時があったからこそ、自分の出した答えが限りなく正解に近づいたときの楽しさがある。
相川は天才ではない……考えて考えて…考え抜く、努力の人間である。
海部「こいっ!!打ち砕いてやる!!」
三澤「うあああーーー!!!」
第三球…!!!
リリースポイントを遅く…そして、速いストレート…!!
正解なら…振り遅れるはず…っ!!!
海部「この私が気づいてないとでも思ったか!!!!!!!」
―――!!!!
ふっ、と手首が一瞬、動いた。
リストを返したのだ、そうすればボールのノビ…この場合は想像上での振り遅れの誤差を修正することができる。
0.01秒、バットを速く前に出すことができるっ!!!!
カッ―――キィィィィィィィインッ!!!!!
相川「まずい!!!!!」
御神楽「三澤さんっ!!!」
吉田「柚子避けろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
ボールは…ピッチャーの真正面。
白球が、海部の金属バットを離れてゆっくりと跳ね返っていく。
柚子には、その様子がやけにゆっくりと見えた。
…………。
三澤「…」
幼いころ、柚子はおとなしい子…というよりも冷めた子だった。
父親がプロペラ団と関係を持っているということはまだ理解はしていなかったが、それでも父親の顔すらもあまり覚えていないぐらい会う機会は少ない…いや、ほとんど無と言っていいほど無かった。
…片親ということでいじめられた事もあった、そのせいで柚子は無口な一人を好む子だった。
そんな時ある一人の少年が転校してきた。
母親が病気で療養しにきた、というその少年は自分とは違って朗らかで明るかった。
一人で外からやって来たのに、都会ぶることも無く格好つけることもないその活発な少年は、いつの間にかクラスの中心となっていた。
三澤(…私と何が違うんだろ)
少年の父親は漁師であり、一度漁に出るとほぼ一年間は帰ってこれないらしい。
だから普段は病弱な母親と二人で暮らしている…似てる…私と。
しかし少年は柚子とは違った。
男と女、明るさと暗さ、人気、行動力、口数、何もかもが自分とは違いすぎていた。
そんな光の存在を妬みで憎むのにそんな日はかからなかった。
「おーい、三澤さんだっけ?」
びくり、と肩を震わせる。
休み時間は教室の隅でまるでそこにいないかのように本を読むのが日課だった柚子にとって、人から声をかけられることは滅多にないことだった。
しかし、その声をかけられた相手は…憎き吉田傑少年だった。
私に何の用…と言いかけてやめた、どうせ惨めな私を笑いに来たのだ、用など無い。
三澤は気づいてないように再び本に目をめぐらせた。
吉田「あ、あれ?無視?」
「おい、傑やめとけよー」
「そうよぉ、三澤さんなんか誘ってもつまんないわよ」
吉田「でもタケルの奴がいないから、八人しかいないと野球できないじゃん」
「でもさぁ…三澤だぜ?」
「今日の試合はあきらめようぜー」
吉田「うーん…」
彼らの話を聞いているには隣町のチームと野球の試合をやるらしい、それはリトルリーグなんてまともなものでもない草野球じみたものだった。
ところが、病欠したのかメンバーが一人少ないらしい、こんな寂れた海沿いの町の小学校にそんなに人がいる訳でもなく、学年合わせて十人いるかいないかという所。
しかし、学年が違うメンバーでも誘えばいいのに、なぜこいつは私を誘ってきたのだろう。
三澤は不思議に思った、先ほどから本の内容が頭に入ってこない。
吉田「なぁなぁ、いっつも本読んでるけどさ!本もいいけど野球やろうぜ!野球!楽しいぜ野球!!巨人の原さんって知ってる!?四番なんだぜ!俺の尊敬する大打者の一人で…」
三澤「ほっといて」
吉田「へ?」
三澤「…」
吉田「え、えっと、そ、その、さぁ…いつも一人でつまんなそうだから…そのみんなで遊んだら楽しいぜ?…なーんて…」
三澤「うるさい!!あなたに私の何がわかるの!!」
吉田「え、ええ?」
柚子はガタリと音を立ててその場を後にした。
ヒステリックに叫んでしまったので、また後でクラスメイトから陰口を叩かれるだろう。
親切にも声をかけた吉田君は被害者になるだろう、そして私が悪者だ。
柚子はぼろぼろと泣いていた。
本当は……後悔していた……みんなと一緒に遊びたい…。
だけど、いまさら無理な話だ、こんな私がみんなに混じって楽しく遊べるわけがない。
無理やり吉田君に入れてもらったところでクラスメイトが自分を歓迎するわけが無いのだ。
おせっかいな親切はただの残酷さだ、それぐらい察してほしい。
自分のおかれた境遇を再認識して惨めになるだけだ、涙が止まらない。
柚子は歩き通した末に公園のブランコに腰掛けていた。
午後の授業をさぼってしまった、でも今までも何度もやったしもう先生も何も言ってこない。
私は問題児なのだ。
いつしか父親が、柚子に発した言葉である。
この世で柚子の味方は母親しかいない、しかしその母親も最近は帰ってくることが遅かった。
眠くなるまで待ってても、家には一人しかいない。
テレビ画面だけがむなしく光っていた昨日の記憶がむなしく思い出される。
なんだかまた泣けてきてしまった。
吉田「お、いたいた」
三澤「…?」
顔を上げると、何故か傷だらけの吉田少年がそこにいた。
もともと少し茶髪気味の薄い坊主頭、ランニングシャツに半ズボンの男の子がニコニコと笑っていた。
吉田「授業さぼっちゃ駄目だろー、探しまくって疲れちゃったぜ」
三澤「…何の用」
吉田「だからぁ、学校に呼び戻しに来たんだよ。ほら、帰ろうぜ」
三澤「ほっといて」
吉田「…あん?お前泣いてんのか?」
三澤「……泣いてない」
吉田「なぁ、お前なんであんなに嫌われてんだ?なんかしたのか?」
三澤「…っ!!!」
吉田は別に三澤を傷つけようと思ってその言葉を発したわけではなかった、子供故の純真な疑問から出た言葉である。
だが、三澤の涙腺を破壊するには十分だった。
三澤「…うっ…うっ…ぐす…うぇ…ぇ……うっく…ぇぇん……ひぅ…ぅぇぇぇ」
吉田「げ!?お、おい三澤さん!?」
三澤「…ふぇぇぇええええええ!!!!!!!」
ヤバイ。
屈強な父親からも、優しい母親からも女だけは泣かすなと吉田は言われて育ってきた。
女の子を泣かせる奴は最低だ、と。
まずい、どうしよう、一体何が原因だったのか。
しかし吉田少年がそんな原因に気づくわけもなく、おろおろとするしかなかった。
相変わらず両手でぐしぐしとまぶたをこする少女の涙の前に、少年は無力だった。
三澤「…ぅぇ、ぐす、ひっく」
吉田「ぁー…な、泣くなよぉ」
三澤「うっく……すん……ほっと…いてよぉ…」
ほっておいてくれ、ときたか。
しかし女を泣かせてその上放っておくなんて、吉田少年にとって罪悪感に耐えられないだろう。
先ほどまでの大声でわめくような事はなくなってきたが、柚子はいまだぐずり続けている。
どうすればいいのだ。
吉田「うーんうーん…」
そうだ。
そういえば、母親からこんな本を読んでもらったことがあった。
心優しい貧しい少女が泣いているとき、神様が少女にお金をプレゼントして少女が泣き止み幸せになるという話だ。
詳しい中身までは覚えてはいないが、何かしらプレゼントされて少女が泣き止んだことは覚えている。
しかし、金だなんて、銀ですらも吉田少年が持っているはずもない。
このころから野球馬鹿の吉田少年にとってポケットに入っているものはボールぐらいだ、しかし今はそのボールすらもなかった。
駄菓子のゴミクズとティッシュと…ハンカチ。
吉田「…」
吉田はそのハンカチをおもむろにポケットから取り出して広げてみた。
なんとも体に合わないばかげた大きさのハンカチだ…世間一般ではテーブルナプキンとも呼ばれそうなぐらい大きい。
しかも今はやってるアニメの絵でもなんでもなく、ライトグリーンに白いチェックのラインが入ったものだった。
そういえば今日はハンカチが洗濯中ということで母親のを持ってきたのだ、女の子用のもんだから恥ずかしいからなんやらでポケットから出すまいと思っていたのだが。
しかし、これをやったところで何が変わるだろうか…。
吉田「…うーむ」
ええい、悩んだって始まらない。
柚子のご機嫌が直るまではなんでもやってみよう。
吉田「こ、これやるからさ、泣き止んでくれよ」
三澤「……」
物で釣る気?……なんて感情はさすがに捻くれていようとも幼少の柚子には無かった。
あったのは自分を泣かせに来たこの男の子がなぜ自分に物をくれるか、ということだ。
プレゼント、というのは三澤にとって特別な意味を持っていた。
親の迷惑になる、といって普段わがままを言わない柚子にとって欲しいものがもらえるのは誕生日とクリスマスだけだ。
それ以外にプレゼントなんてもらったことがない…ましてや母親以外の人間からだなんて。
三澤「……何、それ」
吉田「え?ええっと」
まさか母親からもらったハンカチだとは恥ずかしくて言い出せず吉田少年は言いよどんだ。
だが、柚子にとってその大きすぎるハンカチは…ともすれば、リボン…に見えた。
三澤「…りぼん?」
吉田「へ?あ、ああ、そうそう、それそれ」
三澤「…なんで、くれるの?」
吉田「そ、そりゃ…その…泣いてる女の子を放っておく奴はさいてーだって父ちゃんが…」
本当は。
本当は、どこかで誰かにかまって欲しかったのかもしれない。
放っておいて、なんて言ってもかまってくれる誰かが。
わがままかもしれないその捻くれた心でも、それは表面だけの殻だ。
本当は柚子も心優しい少女だから、一度その殻が破れれば…。
三澤「…つけて」
吉田「はい?」
三澤「リボン……私の髪…結んで」
結んでってお前、俺がそんな結び方知ってる訳ねーだろ、と吉田少年は思ったが、泣いてる女の子に逆らってはいけない。
無い頭を絞りながら吉田は三澤の流れるような長い後ろ髪をひとつにして結わえた。
ポケットにいれっぱなしだったので、くしゃくしゃになっていたし、結び方は雑で少し傾いていたが、それは立派に髪をまとめる役割を果たしていた。
今回の挿絵。
この時から三澤の髪型はポニーテールヘアーとなった。
吉田「…できたぜ」
三澤「………うん」
吉田「だ、だから泣き止んでくれって…」
三澤「もう泣いてない」
振り向いた三澤の目はまだ赤かったが、ぐずってはいなかった。
吉田はほっと一息ついて、へたりと腰を地面につけた。
…が、その右手をとられる。
吉田「ちょ、ちょっと三澤さん!?」
三澤「…学校に戻ろ、その為に来たんじゃないの?」
吉田「そ、そうだけどよ……」
三澤「行こ」
吉田「…お、おう、だからその、引っ張るなって」
三澤「そういえば…顔の傷、どうしたの」
吉田「え?あ、えっと、その、ちょっとしたケンカで…」
あんな奴ほっとけよ、と言われて、泣いてる女をほうっておくのは男のやることじゃねぇ、と男子を殴り飛ばし大喧嘩になったからだ。
当然気まずくなったが、吉田の人気とその正論っぷりに柚子を追いかける吉田を止める者は誰もいなかった、それだけ吉田はクラスで確固たる地位を築いていたのである。
戻ってきたときに、そのケンカ相手と吉田が仲直りしているのを見て柚子は軽く首をかしげた。
…それからもこの少し素直じゃない少女に、吉田は話しかけることにした。
何のことは無い、相変わらず吉田以外とは柚子はまともにも喋ろうとはしなかったからだ。
その内柚子からも吉田に話しかけることが増えてきた。
「お前、変な奴だな」
「三澤のこと好きなんだろ?」
吉田「ばっ…ちげーよ!!!」
三澤「…吉田君、どうしたの?帰らないの?」
吉田「お、おう!…じゃ、なくて、俺は野球しにいくんだってば、三澤も来ないか?」
三澤「……見るだけなら」
こうしていつの間にか吉田たちの練習に柚子がついてくるようになり、いざ吉田にちょこちょこと話しかける三澤を見てる内に周りが三澤のことを悪く言うことも無くなった。
なんてことはない、素直な子じゃないのだと。
えてして物事はそんなものである。
とある日曜日に事件は起きた。
寝ぼけ眼の三澤…今日も一人で昼まで眠っていた三澤の家のチャイムが何度も何度も叩かれた。
ピンポーン!ピンポーン!!
三澤「…ふぁい、どちらさま…?あれ?吉田君…?」
吉田「み、三澤!!来てくれ!!メンバーがたんねーんだ!!」