224女子ソフト部戦8抵抗














四回表、野球部1-4女子ソフト部。

吉田「よし!!」

三澤「やったぁ!!」


チェンジのコールと共に将星側全員がようやく肩の力を抜く。

逆転されたものの、何とか崩れきる前に流れをとめることができた…が、しかし、やはり四点は辛い。

それでも、まだ完全に火が消えた訳でもない。

この回、三番サード吉田から。

他のメンバーがやれやれ、とベンチに戻ってくる中、相川は西条に話しかけた。


相川「…しかし、どうしたまたあんな奇策思いついたんだ?」

西条「そりゃ、コイツのおかげですわ」


にかっと笑って西条は六条の膝の上にいたナナコを両手で抱え上げた。


相川「…その子?」

西条「三澤先輩のフォーム…俺らはちょっと変やな、って思ってただけだったんですけど、コイツのおかげで、気づいたんですわ」

ナナコ「?」

六条「え?そうなんですか?!」

冬馬「柚子先輩の方が、柳牛さんよりもちょっと遅く投げるって奴?」

御神楽「しかし、そのタイミングにも向こうは合わしてきたではないか」

真田「リリースポイントだな」


ぼそり、と真田がつぶやいた。


緒方「りりーす」

野多摩「ぽいんと?」


つまり、西条は三澤の最後のスイングになる下から上への腕への動き…その中でのリリースポイントリリースポイントをずらして『相手に錯覚させる』ことを要求したのである。

目くらましとしての暴投に見えたボールは、蘇我へタイミングをずらすための目的…慣れさせることが目的だったのだ。

わずか五球で通用するかどうかは怪しかったが、蘇我が雨宮に『トドメをさせ』と言われていたのがありがたかった。

三澤の投球を今までよりもじっくりと見た。

それが結果的に蘇我へよりよく、『リリースポイントを早めた』三澤の投球を印象付けてしまった、そしてリードをめちゃくちゃにすることによりこちらの狙いをわかりにくくさせたのもよかった。


真田「そのマネージャーのリリースポイントが人より遅かった、それを利用したんだろ」

相川「…なるほど……しかし、言われてみればそうだが、それに気づくのは…」

真田「俺は、そのマネージャの投球が急に変わったから気づいたが…」


そう、それほどあからさまに三澤のリリースポイントは変わっていた。

気づかれないほど上手くやるには急すぎる、だからこそ相川はリードで霍乱する方法を選んだのか。


ナナコ「ナナコえらい?」

西条「おう!!よーやったナナコ!!」

三澤「よ、よくわかんないけど、ありがとうナナコちゃん!」

ナナコ「えへー」

真田「信じられんな、そのガキが本当にそれに気づいたというのか」


じろり、と鋭い目であどけない少女を見下ろす。

それに気づいたのかナナコはびくりと反応するとこそこそと六条の後ろに隠れてしまった。


真田「ち…」

大場「それでは嫌われるとです!おいどんに任せ…」

御神楽「お前はやめておけ」

相川「とにかく…三点…なんとか追いつかないと」

吉田「よっしゃ!!行って来るぜ!」


流れを引き戻す…自らの木製バットをぶんぶんと振り回しながら意気揚々と戦場に向かう吉田。

の背中を、御神楽が少しだけ引き止める。


御神楽「よく見ていけ…この打席捨ててもかまわん」

吉田「あん?なんだそりゃ」


若干、吉田の顔がいぶかしげに曇る、

眉毛の片方がつりあがって、軽い疑問を目の前の男に伝えるが…。


御神楽「先の僕の打席…途中から、明らかに『質』が違う球が来た」

吉田「質が違う?」

御神楽「この三点…相川があれだけ一点を大事にしようとした理由がわかるかもしれんぞ」



土にまみれたグラウンドには似合わない、つやがかった長く綺麗な黒髪が風に舞う。

氷上はようやく満足そうにうなずいた。

氷上「やれやれ…やっと逆転ですわね…」

沙紀「ご満足ですか?お姉さま」

氷上「ふふ、それはそうですわ。これでやっと憎き野球部を倒せると思うと…!…それより桜井さんはどうしたの?まだ帰ってこないのかしら」


きょろきょろ、と周り見渡すが未だその姿は見えない。

どこへいったのかしら…とため息をつく、いい加減早く日傘がないと日差しが暑い。

そうして視線をさ迷わせている内に、ある一点で少し瞳が止まった。


氷上「…」

百智「気になりますか?相川君が」

氷上「は!?ど、どどどどうしてそこで相川君がでてくるんですの?」

百智「いえ…台詞と裏腹にあまり表情が優れないものでしたので」

氷上「…私が野球部の勝利を望んでいると?」

百智「そういうわけではありませんが」


氷上はまだ何か言いたそうだったが、百智はそれきり口を開かなかった。

知的な眼鏡の奥の瞳はグラウンドの向こう側を見つめている。






吉田「何とかしなきゃならねーぜ…マジでよ!」

『三番、サード、吉田君!』

『野球部がんばれーー!!』

『こんなところで負けないでよーー!!』


キャプテンとして…そして相川の思惑も考えずに軽い気持ちでこの試合を引き受けてしまった責任はなんとか返さなくてはならない。

ヘルメットを深くかぶり、バッターボックスに入る。


柳牛「…」

不破「…」


敵は目の前の小さな少女、あのおどおどとしたか弱い態度から割と良い球が来るから人生はわからない。

吉田の脳裏には、先ほどバッターボックスへ向かう直前の御神楽の言葉がフィードバックしていた。


吉田(質が違う球…ねぇ)


すでに回はソフトの規定回数である七回、その過半数を超えた四回に突入している。

飛ばしてくるとしてもおかしくない頃合だ。


吉田「さあーきやがれ、巨乳ちゃん」

柳牛「か、巨乳ちゃん…」

不破「ミー、落ち着け」


質が違う球、それが何なのか…来たらわかる。

来宮「さぁ、柳牛投手、初球投げました!!…ストレート!!」

バシィッ!!

『ストライク!!』


が、初球は今までと同じストレート、さほど速くはない。

そりゃ柚子と比べりゃ速いけどよ、と吉田は一人ごちる…打てなくはない。

そう、ストレートは打てなくはない…ストレートだけなら。


不破「…打てる?」

吉田「あん?」


不意に背後から声がかかった。

少し低めのハスキーボイス、何故か腹の底にたまるような響きだった。


不破「…」

吉田(な、なんだ?)


それきりこの寡黙な少女は何も言わなくなった。

赤城みたいにべらべらと喋られてもうっとおしいが、意味深なセリフを吐いたきり無言、というのも中々に辛いものがある、相手が美少女なら言わずもがなだ。

ええい、と吉田は気合を入れなおす。


吉田(何が来ようとも打つしかねーぜっ!!!)


すっと、柳牛がサインにうなずいて手をおろす。

一瞬だけのその行為だったが…何か空気が変わった。

そして……吉田は、生まれてはじめての感覚を経験することになる。



真田(…む)

御神楽(…来るか!)


柳生「えやあああああああああああああああ!!!」


―――第二球!!


シュンッ!!!

ボールは先ほどのストレートと同じ軌道でキャッチャーミットに向かっている。

…拍子抜けだ。

吉田(ど真ん中ストレートじゃねぇか)

吉田は歯を食いしばると、全身の筋肉を震わせて前に出した左足を地面に食い込ませる。

フルスイング!








――――ブワッ。

吉田「…?」


何だ、こりゃあ。

体中が下から吹き上げてくる風に巻き上げられたような錯覚に陥る。

その風に押されるようにボールは……。

上昇する!!!





吉田「うげ!!!」

グ、ググンッ!!!


大場「ぼ、ボールが…」

原田「あ、上がってるッスか!!?」

御神楽「あれだ!!」


フォークボールの逆バージョン…わずかにシュートしてきた球がまるで重力に逆らうようにしたから上に伸び上がってくる!!

上方向への変化球………!

当然吉田のバットはむなしく、空を切るっ!!!


バァンッ!!!


『ストライッ、ツー!!!』


吉田「こ、こいつは…すげぇ球だぜ…!」

不破「…」


『オオオオオオオオオオオオオ!!!』

来宮「あ、赤城さん!!アレなんですか!?」

山田「上に上がったよ、球が、ぐいーんって!」

森田「なるほどな…俺も始めてみたが…」



赤城「…アレは、ライズボールや」


ライズボール…手首を右に強く捻り、ボールに急激なバック回転を与えボールを浮き上がらせる球。

野球でもポップボールというものがあるが、その変化は少ないためさほど印象は受けない…が、ソフトボールの場合はまずボールが出始めるのがそのフォームの必然性である腕の真下からということになる。

おまけにソフトには野球と違ってプレートはあるが、『マウンド』がない…つまりさらに打者に対して低いところからボールは出てくる…。

つまり、低い地点から来た球がさらに上にあがる訳だから、まさしく上昇(ライズ)ボールである。

それは冬馬が投げるRシュートの上がり幅とは比べ物にはならない。


来宮「ら、ライズボール!?」

山田「知っているのか雷電!」

赤城「誰やねんそれ。ソフトボールでは有名やが、あの変化はわいら野球人はめったに出会わへん。打ちごろのストレートやと思ったらボールはバットの遥か上や。…さっき御神楽君に投げた球はこれやったんか」


吉田はギリっと歯を鳴らした。


吉田(なんだ…ありゃあ)

不破「……打てる?」

吉田「ぐ…!」


そういうことだったのだ。

まだ…本気じゃない…!三点のリードでこのバッテリーには十分なのだ。

野郎。

くそったれ、と無理やり足場を固めて再びかまえる。

具体的な攻略法なんか一切無い…御神楽が言ったボールを見ていけ、というのはそういうことだったのだ。


柳牛「えあああああ!!!」

不破「…終わり」


追い込まれて、第三球もまたライズボール!!!

当然吉田のバットがボールに当たることは無く…!

―――バシィィン!!!!

『ストライクバッターアウトォッ!!!』


『ワアアアアアアアアアアア!!!!!』


相川「ライズボールだと…?」

真田「相川…ライズボールの攻略法ってあるか?」


そのトーンはいつもより低い。

相川はゆっくりと首を振る…がそれもわかってたように真田はネクストバッターズサークルに向かう。

その背中はいつも以上に彼が語らないことを、これでもかと語っていた。


緒方「ライズボール…名前ぐらいは聞いたことあるけど…」

冬馬「俺の投げるRシュートなんかよりぜんぜん変化してる」

西条「下から上にグーンて、漫画やないんやから…!」

ナナコ「……」




廊下からグラウンドに向かおうとしていた桜井の前に現れたのは。

桜井「…」

夙川「…」

新聞部の副部長である、小柄な少女。

桜井「えっと…あなたは」

夙川「新聞部副部長、夙川棗です」

桜井「ど、どうも…」

夙川「さっきの話、聞いてました?」

桜井「へ??」

夙川「…」

どこか神秘的な雰囲気を兼ね備えているその少女は、じっと桜井の目を見つめていた。

小柄な桜井よりもさらに背は低いが、何か言いようの無いオーラを放っている。


夙川「協力して」

桜井「きょ、協力…?」

夙川「結局、理穂も、会長も利用されてるだけ。勝っても負けてもどちらも傷つく」

桜井「ど、どういうこと!?」


こつん、こつんとリノリウム廊下を革靴がたたく。

夙川は魅せられたように窓の外の木を見つめた。


夙川「野球部が負ければ…おそらく野球部は廃部になる。私たちの意志関係なく」

桜井「…」

夙川「ソフト部が…もし、負ければ、ソフト部も廃部になる、はず」

桜井「ええ!?」

夙川「何故かわからない?あの教頭が野球部になんかに負けたソフト部を許しておくと思う?」

桜井「それは…」

夙川「…駄目、そんなの」


夙川はゆっくりと桜井に近づいてその両手を取った。

突然のことに桜井の頬が赤く染まる。


夙川「…理穂は気づいてない。野球部もソフト部も真剣にやってること。だからなくなってもいいと思ってた…それは教頭に理穂が協力してたから」

桜井「や、山田さんが!?」

夙川「スキャンダルを流すように命令したのもあの男。私は副部長だから全部知ってる…でも、それを発表したら理穂も傷つく…悪いのはあの男なのに…」

桜井「…」

夙川「誰も傷つかない方法…私と一緒に、考えて、お願い…」












野球部からため息が、そしてソフト部側から歓声が上がる。

逆転の四点、すさまじいライズボール。

どちらでもないギャラリーも徐々にソフト部側に引き込まれていった。

四番大場もあっさりと三振に倒れ、二死。


柳牛(…ふぅ)

関都(来たな…!)

海部(ここだ)

雪澤(こいつだよ、こいつ…)

不破(…)

蘇我「…むー、内野楽しそうだなぁ」

村上「セリフで連携してるっておいおい」



女子ソフト部の空気が、がらりと変わった。

ネクストバッターズサークルから歩いてくる男の空気は明らかに他の部員とは異質。

その風…赤い風を海部は敏感に嗅ぎ取っていた。

この男は、おそらく私と同じ次元で戦っている…つまり、全国!!


『五番、レフト、真田君』

『真田くーん!!!!』

『なんとかしてえええーー!!』


吉田「偉い口たたくならなんとかしてみやがれ!!!」

相川「ライズに気をつけろっ!!」

野多摩「がんばれ〜〜〜!!」

三澤「真田君がんばって!!!」



くくっ、と真田は笑った。

それが不思議に思ったのか、柳牛と不破は少し疑問を抱いて動作が止まる。


真田「うるさいと思わないか?たった一人のアウトセーフにそこまで騒ぐ……なぁ?」

不破(…!)

柳牛(この人は…違う…根本的に!)


真田に近い位置の不破と柳牛もまた、海部の次にその匂いを嗅ぎ取った。

地面から染み出るように赤いオーラが彼から出ている…そんな錯覚さえも思わせる。

赤いバットがギラリと獣を狙うように輝いた。


不破(どうするミー…何か嫌な予感)

柳牛(ライズボールで一辺倒…なんて楽な相手じゃなさそうですね…)


柳牛はこの試合、初めて明確な威圧感に体をさらした。

強い風が体を吹き付ける、向かい風にたっているような感覚。


真田「大切なのは俺がヒットを打つことじゃない…お前らどんな形にせよ…を揺らがせること、そうだろう?」


初球…柳牛はボールへ外れるチェンジアップ。

様子を見たと言えば聞こえはいいが、ここまで攻めに転じてきた二人の心が明らかに真田におののいているのは客観的な事実である。

そのとおり続く二球目も外角へのストレートを要求し、カウントは0-2…!


海部「退くな不破!柳牛!」

関都「そうだぜ!!アタシ達が守ってんだ!安心してストライクに投げてやれ!」

柳牛「…はい!!」

不破(…攻める)

海部(この男は一打席目も皆が凡退する中でこいつだけは柳牛からヒットを放っている……常に狙っているんだ背中を…だから、背中を見せてはいけない…!)


いまだざわざわと賑わうこのグラウンドに置いて、そのバッターボックスとピッチャーを繋ぐ線だけが妙に冷めている。

真田が冷まさせていると言うべきか。


赤城「流石は真田君や……存在感が違う…何もせず構えてるだけでもう最初の勝負に勝っとる」

山田「最初の勝負??」

赤城「所詮、投手対打者も勝負の規則の域を外れてはおらん。びびった方が―――負けや」







第三球…バッテリー攻める!

不破が要求したコースは外角高めのチェンジアップ!!!



真田「ライズ投げろよ」





ガキィンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


柳牛「!!」

海部「なっ!!!」

ボールは凄まじいスピードでピッチャーの横…そしてショート海部、セカンド席との間をあざ笑うかのように抜けていく!!

関都が反応した瞬間にボールはもうセンター蘇我の目の前まで来ていた。

センター前のシングルヒット!!!


大場「よしとです!!!」

県「流石、真田先輩…!!」

三澤「ヒットヒットぉっ!」

相川(…確かにヒットはヒットだが…)


真田は舌打ちした。

つい乗っちまった、ビビりながらも攻めて来た投球を真っ向から勝負した。

…が、違う、今必要なのは二死からの単発ヒットではない。

勝負の流れを変える、一打。


真田(確かめたかったが…時期尚早か…)


しかし、七回までの戦いでそうチャンスは訪れない。

なんとかどこかで流れを変えなければならない……そして自分以外はアテにならない真田はそう考えていた。

…が、自分以外の誰かが何とかしなければ、なんともならない気がする…そうも考えていた。



結局六番の相川は粘るが、結局ライズに打ち取られこの回将星は反撃の糸口をつかむ事はできない。

勝負は四回裏…女子ソフト部の攻撃は二番の足利から。


そして、三度目の四番海部の打席を迎える…!!



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