223一軍戦20藤堂izm




















その男は真っ向から対峙するにはあまりにも大きすぎた。

藤堂は目の前の男にそんな印象を抱いたことはなかった。

所詮、周りにごろごろいるただの部員と同じだと思っていた。

だが今、こうして圧倒的な力を持って目の前にいる。

打撃能力だけでは、南雲と同等かもしれない、無論この試合だけでの判断だが。


藤堂「秋沢、か」


完全に雨の病んだグラウンド、藤堂は三上をマウンドに呼び寄せていた。

難しい顔をしながらも目はいつもの鋭い猛禽類のままだ、猫の目のように黒目の部分が縦長になっている。

風も穏やかで、何故かあたりは静かになっていた。

ギャラリーもぼそぼそ話はしているものの、大騒ぎといった雰囲気ではない。

それだけ今のこの場面は緊迫している。

追いついたすぐ後の攻撃だ、こんなところでの失点はまた流れを変えかねない。

だが、相手は望月を散々に打ちのめした男だ、それも得点圏にランナーがいる緊急事態だ。

一軍と二軍の入れ替え戦のときの勝負を思い出した。

自信を持って投げ込んだ内角高めのストレートを完璧にはじき返された記憶は新しい、相手は完膚なきまでの自信を持ってこの場に挑んでいるだろう。

救いは、この試合に関してはまだ奴に一球も放っていないということだ。


三上(難しいですね)


キャッチャーミットを口に当ててささやく。

藤堂は三上のほうを見ずに、打席の秋沢を横目で睨み付けていた。

秋沢もその視線に気づいたのか、じっと藤堂を見つめる。

太陽の反射で、眼鏡は白くしか見えず、透けようとはしなかった。


藤堂(逃げるか)


自然と口に出していた。

別に勝負にこだわる必要は無い、勝敗にさえこだわればいい。

自分のプライドなんて二の次だ、勝てばいい。

それが、藤堂なりのこだわり。


三上(敬遠ですか)


幸い一塁は開いている。

勝負しないに越したことはない。

藤堂はあっさりと頷き、三上をホームに戻らせると腰を浮かせた。


『おいおいおいおい!?』

『なんだよー、勝負しないのかよぉー!』


外野は外野だ。

ものごとの本質なんか見えていない。





大和「正解だ、藤堂君」

大和もその様子を冷静に見ていた。

宋「まぁ、正解なんだろうが…」

神野「勝つための野球が桐生院だろう」

灰谷「…しかし、変にランナーためて点取られなきゃいいんだが…」

大和「続く、綺桐君、神緒君、真金井君も油断できないバッターだとは思う。特に…真金井君には望月君もさっき打たれているからね」




秋沢はさほど驚く様子も悔しがる様子も無く淡々と四球を見逃して一塁へと歩いていった。

藤堂も無表情だった、勝てばいい、それが桐生院だ。


秋沢「最良の選択、か。間違ってはいないぞ、藤堂」

藤堂「お前に言われる筋合いは無い」

秋沢「だが…綺桐もおとなしく黙って見ているとは思わないがな」



六番、綺堂。

ランナー一、二塁。


ここからが本当の勝負だ。

塁を埋めたことによってゲッツーもありうる、おまけに目の前の打者は一番の国分、二番の烏丸ほどは俊足のバッターではない。

ここまでの試合見る限りでは目立った活躍もしていない、いける。

藤堂は右肩をゆっくり回した。

右打席に綺桐がゆっくりと入る、自分でいれたのか、それとも何かの拍子に入ったのか、ヘルメットのつばの一部がかけて割れている。


綺桐「…」

藤堂「…」


秋沢(綺桐をなめると、痛い目にあう)

元々守備の方が得意な選手だ、バッティングに適しているということはない。

だが、Dの力により飛躍的に打撃能力が向上した。

『瞬極』…察知の力、牧の千里眼とは似て非なるものである、いわゆる…転生の勘、閃きの力。

何故といわれてもわからない、ただ当たってしまうのだから仕方が無い、シックセンス。

秋沢(普段があまりバッティングが上手くないだけに、余計驚く)

藤堂は、どのように綺桐に挑むのか興味深かった、なんせ『D』以外は全く平凡な打者なのだから。



藤堂(行くぜ)


セットポジションの時はワインドアップの時ほど腰をひねらないが、それでも藤堂の背中は綺桐の目にしっかりと映っていた。


藤堂「しゃおらっ!!!」


バシイイイッ!!!

『ストライクワンッ!!!』

三上の手が、ミット越しがびりびりと痺れている。

もしかしたら望月よりも、ストレートの重さだけで言えば上かもしれない。

考えて見れば不遇な選手だ、上に大和、下に望月と挟まれてしまっている、決して爆発的に優れた能力がある訳ではないが、それでも他の部員たちとは段違いの能力を要している。

二球目、三球目と変化球でボールにはずすも。



ドバァアアアンッ!!!!

『ストライク、ツー!!』

四球目で、2-2へと追い込んだ。

綺桐のバットは全く藤堂のストレートに追いついてきてない。


三上(正解ですよ、藤堂先輩。この打者に藤堂先輩の球は打てません)


三上の頭には、もう一度ストレートを投げて空振り三振する綺桐の姿がまるで液晶画面のように鮮明に映し出された。

それほど藤堂のストレートに綺桐はあっていない。

望月がノビで勝負するなら、藤堂はキレで勝負するタイプだ、きっちりきっちりコースを丁寧につけるコントロールを持っている。

決まった、やはり決め球はストレートだ。

しかし、先ほどのにわか雨でぬかるんだ地面を考慮する、どうしてもイレギュラーバウンドの可能性が三上の頭から離れなかった。

高目だ。

三上(三振でもいい、打ち上げてしまえば地面の心配はしなくてすむ)

右手をすばやく動かして藤堂にサインを送った。


藤堂(…こいつ)


この緊迫した場面で、一年にしては腹立たしくなるほど落ち着いている。

藤堂はやはり三上がキャッチャーとして非凡な能力を秘めていることを確信した、藤堂高めのサインを出されて初めて地面のことに気づいた。

気づくあたり藤堂の頭の回転も十二分に速いが、それでも先ほどから見てる限り三上の落ち着いたリードと、全体を見渡す力はすばらしい。

いや、もしかしたら二年と比べてもずば抜けているかもしれない。

堂島よりは、大分上手い。


藤堂「いいね、三上。実力のある奴は嫌いじゃあない」


セットから、左足を上げる。

渾身の、トルネード…ッ!!!!














ぼそり、綺桐がつぶやいた。

綺桐「高め、ストレート」




一瞬三上が動揺した。



バシイッ!!



妻夫木「!!」

布袋「な、なにっ!!」

望月「パスボール!?」


ミットにボールが収まった音ではない、弾いた音だ。

あまりにも的確に当てられてしまったせいで、三上は一瞬動揺した。

心の準備なしで捕れるほど藤堂のストレートは甘くない、いくら三上のキャッチングセンスが悪くないといっても、藤堂のストレートは140を超えてくる。

そして藤堂自身も、わずかに動揺していた。

静かな声の割にはいやにグラウンドに響いた綺桐の声。

三上の想像よりも遥か高めにストレートがいってしまった。


『うおおおっ!?』

バックネット裏に陣取っていたギャラリー達が一瞬大声をあげる、が三上は冷静にそれをフォローする。

しかし牧と秋沢は冷静に進塁していた、これで2、3塁…。


三上「ぐ…」


自分もワイルドピッチ気味な投球だっただけに相手を責められない。

しかし自分以外の奴のミスも自分のミスにも藤堂は敏感だった。

すぐに苛立ってしまう悪い癖だ、同じ熱くなってしまう吉田とはまた違う部類の熱を持っている、どちらかという降矢が怒る時のあれだ。



綺桐「…当たった?」


ぼそぼそとつぶやいているくせにいやに耳に入ってくる。

藤堂は無言でバッターボックスの男をにらみつけた。

どこか浮世離れしたようなぼうっとした顔で綺桐は藤堂を見ていた。

…いや、もしかしたら藤堂なんか見ていないかもしれない、目線があっていても何故かあっている気が藤堂にはしなかった。


藤堂(ふざけた野郎だ)

三上(すいません、藤堂さん)


謝るな。

藤堂の血圧がまた、あがった。

ミスするくらいなら謝るな、謝るくらいならミスをするな。

自分も完璧人間ではない、ミスぐらいする、だからミスをしても謝らない。

謝る、という行為は相手にミスを許してもらおうとすることだ、ミスを正当化する、ということだ。

頭では謝ることが常識とわかっていても、藤堂の本能がそれを理解できなかった。

だから、藤堂はミスをしても整然としている、堂島派の中でも決して仲良しこよしではなかった。

孤高の男である。


三上(しかし、どうしよう…今の高めが完全に読まれてるとなると…)


いや、読まれてはいたものの、スイングはしていない。

植田を思い出せ、ストレートだとわかっていても打てなかったじゃないか。


三上(もう一度、高めストレートです)

藤堂(よし…)


藤堂、トルネードからの…第五球…!!!




バシィイイイイイッ!!!


















『ボール、フォアボール!!』


布袋「げええ!?」

望月「ま、マジかよっ!」

威武「厳しい…」

確かにストライクと取られても仕方が無いボールだった、が、手が出なかったのか見逃したのかぼんやりとした顔つきで一塁に歩いていく綺桐の表情からはそれを見ることはできなかった。

先ほどとは全く別の展開に立たされてしまう。


満塁。


藤堂「ちぃっ…」







堂島「藤堂の悪い癖が出たかな…」

植田「短気、ということですか?」

堂島「まぁ、そんな単純なものではないが、そういう感じだ」

植田「単純ではない…ですか」

堂島「完璧主義者という訳では無いが、結果には厳しい。過程がいかであろうともふがいない結果に満足しない男だ。判定にというよりは、結果四球にしたことを悔いているんだろう」

国分「なにか神緒にやらせるんですか?」

堂島「いや小細工はいらない、と思うが」

烏丸「しかし、神緒もどっちかっていうと打撃より守備の男、です、が」

七番神緒の『D』は『涅槃』。

守備のとき、打球に対する反応速度が速いという、打撃に対しては働かないDだが。

そこまで考えて堂島の頭にある考えが浮かんだ。


堂島「そうか…犠牲フライでも勝ち越せばこちらには、植田がいる、か」










威武「藤堂、仕方ない、気にするな」

藤堂「わかってる」

多少苛ついてる感はあるが、いつものように激昂ということはない。

やはり重要なところでの感情のコントロールを知らないほど馬鹿ではないということだ。

布袋「大丈夫ですよ、ここできりましょう。神緒さんは望月に対してもそんなに打ってませんでしたし」

望月「どちらかというと次の真金井の方が怖いですね」

妻夫木「だな。まー、気負う必要は、ないって感じよ、藤堂」

三上「藤堂さん、ここはなんとか凌ぎましょう。せっかく威武さんが打って追いついたんですから」

藤堂「それも、わかってる」


誰よりも右肩にのしかかってるものが重いと感じてるのは、この二年生エースなのだ。





『プレイッ!!』


満塁。

繰り返すが先ほどとは正反対の状況に陥っている。

ただし、一死だ。


三上(塁が埋まってるのが逆にありがたいかも…ホームで刺せればフォースアウトゲッツーを狙える)


三塁の望月、一塁の威武、そしてショートの妻夫木が極端に前に出てくる、一点も取らせないという前進守備隊形である。


神緒「ふーん、気合入ってるじゃん。二軍ちゃんたち、は」


ずいぶんと軽い声だった、雰囲気的に妻夫木と似ている。


神緒「それもここまで、かもねぇ。でも俺バッティングうまくないしねぇ」

藤堂「ふざけた野郎だ」


ぎり、と奥歯を強く噛んだ。

三上のサインは低めのカーブ、初球はボールに外れるコース。


藤堂「しぃいっ!!!」


藤堂、第一球!!!!

ボールは、ゆっくりと左打者の神緒のひざの辺りへと落ちていくボール球。


神緒「くああっ!!!」

三上「え!?」

藤堂「なにぃ…?」


初球から無理やりに神緒はバットをボール球になっていくカーブにあわせる…そのまま流し打つようにおっつける!




キィイインッ!!!



ボールは、大きな弧を描いてレフトへと飛んでいく。


藤堂「ちぃいっ!!犠牲フライかっ!!」

三上「いえ、当たりが浅い、ランナーは帰ってこれません!!」





















三上「え?」











一度塁に戻った牧と秋沢、綺桐は再び勢いよく走り出した。

走者一掃。





七回表、一軍9-6二軍。

一死、ランナー一塁。









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