222一軍戦19千里眼











『お、おい…マジかよ…』

『あの五番…化けもんじゃねぇの』

『ピンポン球みたいにボールが飛んでったぞ…』

『で、でもよ…これでついに、同点、だぞ!』

『二軍の奴…終わりかと思ってたけどよ…わかんなくなってきたんじゃないの!?』

『ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』






バシィインッ!!

南雲と威武の手がホームベースで交わされると、南雲は威武の大きな体に抱きついた。

南雲「良くやったぜよ!!!!」


同時に、ベンチ全員が威武の祝砲を祝いに集まる。


妻夫木「まさか、満塁で打つとはねぇ…漫画じゃないんだから」

望月「し、しかもあんな単純なアドバイスで…」

威武「俺、やった、うおおおおお!」

藤堂「まだ同点だ、勝った訳じゃない」

弓生「…それに、向こうも動揺している者は少ない、と思ったほうがいい」


風がばたばたと濡れた前髪をはためかせている。

植田の目に動揺はなかった、むしろ余裕すら感じられる。

それは他の内野手も同じだった、まだ同点だ、その気持ちが顕著に現れている。

ただ、一人平静を装っているはずの堂島だけがせわしなく肩を動かしていた。


烏丸「まだ、同点。気に病むな、植田」

牧「運が無かったことだけだ」

秋沢「うむ」

国分「どうかしましたか堂島様?」


何故平静を装っているのだ、こいつらは。

堂島の頭の中は苛立ちと焦りで閉められていた。

チームメイト…いや、配下の目線が痛い。


烏丸(ちっ…六点差を追いつかれるなんてな)

牧(運?…運なんかじゃないだろ)

秋沢(植田はこんなに落ち着いているというのに)

国分(お前一人焦ってるんじゃないぜ)


堂島の耳には聞こえない音が聞こえていた。

いや、そんな訳はあるか植田のカーブの威力がもう少しだけあれば…。



―――リードなら、あの三上とか言う奴の方が上だな―――


堂島「黙れぇッ!!!!!!!!!!!!!!」

キッ、と藤堂の方を振り向く。

相変わらず厳しい目つきで戦況を見続けていたが、堂島の目線に気づくと、ふっ、と侮蔑の笑みを浮かべた。

堂島の額に見てわかるほど血管が浮き出た。


植田「ど、堂島様!落ち着いてください」

堂島「うるさい!どいつもこいつも私を馬鹿にしおって…!」

烏丸「落ち着いてください、らしくないですよ…」

牧「藤堂とかいう奴のことなら放って置けばいいじゃないですか」

国分「そ、そうですよ…」






南雲の爪楊枝が上を向いた。

南雲「やっこさんもめてるぜな」

藤堂「堂島こそが、臆病者なんだ」

妻夫木「何よそれ」

藤堂「心にやましいことがあるから人は動揺する。堂島の焦りは尋常じゃないな。あいつだけが一軍の中で心がついていっていない」

妻夫木「あひゃっはっは、傑作だ、ね。あんだけ威張ってたのに」

威武「ここ、逆転する、チャンス」


藤堂が上空の雲を見あげた。

風は依然強いが、何故か雨脚が弱まってきている。


藤堂「いいや…そんな簡単に行けば、いいんだがな」










六回裏、無死、ランナー無し。

打順は六番、サード布袋。


布袋(まだ、流れはうちに来たままだ、ここで決めてやる)

威武にはかなわないが、高1にしてはずいぶん完成された、筋肉質な身体。

精悍な顔つきはやや頬がそげているが、目の色は失われてはいない。


布袋「決めてやるぜ、植田っ!」

植田「…まだ、同点。思い上がるなよ…」


植田は信じている。

流れは、流れだ。

その場の勢いにすぎない、さっきも妻夫木の内野安打は単なる幸運だった、藤堂のヒットは仕方ないとしても、南雲は勝負していない。

威武も自分の慢心が招いた事故だ、変化球は打てないものと信じ込んで今ひとつカーブへの集中力が足りなかった。

やはりどこかでストレートに自信を持ちすぎている、ストレートあるからこその変化球なのだ、植田は心を戒めた。

そしてその失態を責めない堂島に感謝した。

真実は、全く別のところにあるが、植田は全く、折れてはいない。



ドガアアーーーーンッ!!!

『す、ストライク、ワンッ!!』


布袋(こいつ)

植田「微塵…」


雲は、わずかながらに切れ目が入り始めていた。

その間から太陽が時折姿をのぞかせる。

ワインドアップになって楽になったのか、今の微塵の威力は完全に最初と同じだった。

植田は完全である。


ドォーンッ!!!

低い音をたてて堂島のミットがうなる。

続けての微塵、あっという間に追い込まれた。


布袋(お前、満塁で打たれたら普通ちょっとは凹むだろうが)

植田「まだ、同点。その意味をわかってもらわなくては、困る」







―――バァンッ!!

『ストライクバッターアウッ!!!』

三球三振。

バットはミットの音より大分送れて通過していた。

布袋「野郎…面白ぇ」








傘をたたんだ大和はふう、と息をついた。

先ほどの満塁ホームランのときは息がとまるほど興奮していたが、ようやく落ち着いてきた。


宋「植田の野郎、完全に自分を取り戻したな」

灰谷「そうかね、俺は違う風に見えるけど」

神野「同意見だ。植田はずーっと落ち着いていいピッチングしてる」

大和「問題は堂島君だ」


OB四人組は気づいていた。

これまでの失点が、全て堂島のリードの粗雑さにあると。


神野「らしくないな。落ち着いてリードしてりゃこんなことにはならなかったのに」

灰谷「ま、流れみたいなのもあるとは思うが…」

大和「六点差…かな、やっぱり」

宋「ん?どういうことだ大和」

大和「やっぱり人間、六点差もあると安心するものさ。…でも、それが徐々に縮まっていくと…安心は不安に変わる」

灰谷「点差が開きすぎたことが、逆に今堂島にとってプレッシャーになってるってことか」

大和「おそらくね…もともと完璧主義的な面もあるし、なによりプライドが高かった」

宋「頭ん中『こんなはずじゃ』って台詞でいっぱいじゃないか?」

大和「ただ…植田君の実力の高さで十分それはカバーできる。ただもったいないのは―――さっきから、植田君が一度も堂島君のサインに首をふらないということさ。微塵であれば、今のようになるにも関わらず、ね」

宋「多分。最初ストレート連発してたことを怒ったから、っていう手前もあるんじゃないか?」

大和は頷いた。

堂島の根本的な性格が全て足を引っ張っての満塁弾といってもいいぐらいだった。

なまじっか、今の微塵での三球三振を見せ付けられると、堂島自身が一番そのことをわかってしまった。


――――あてつけか。


いや植田はそんなことするはずない、全て自分の疑心暗鬼だ。

それでも、先ほどカーブで勝負した自分を恨んだ。

堂島は、無意識のうちに自分が決めたボールで勝負をつけなければいけない、という欺瞞心的なものがあった。

だからつい意固地になって同じ球種を選択してしまう、それも土壇場であればあるほどだ。

自分に自信が無いが上の、自信過剰が招く悲劇だった。





―――ドォンッ!!!!!!!

『ストライクバッターアウッ!!!』


しかしそんな堂島の苛立ちや、周囲の期待とは裏腹に植田は全く気落ちすることなく、その後の打者を三者三振できってとった。

アウトのほとんどが三振だ、すでに十奪三振は超えているだろう。



怒涛の六回裏が終わる、先ほどまで嘘のように降っていた雨はあがり、太陽がぎらぎらと地面を照らしつけている。

時刻はすでに三時を回っていた、大きく西に傾いた太陽、もう後しばらくすれば景色は赤につつまれる。

雨のせいでぬかるんだ地面により、選手たちのユニフォームは泥だらけである、その中でも何故か植田のユニフォームだけはあまり汚れていなかった。

そして、藤堂の右肩に大きな大きな責任がのしかかってくる七回表。



打順は、三番の、牧から…!!



ザッ、とプレートにかぶさっていた土を払うと藤堂は帽子をかぶり直した。

正直望月より実力が無いことは誰よりも自分がわかっている。

だからと言って打たれる理由にはならないこともわかっている。

だが、牧、秋沢…。


藤堂「こいつらを、どう抑えるかだな」


ようやく顔を出した太陽光を反射して、七色に輝くサングラス。

長身の牧が打席に入る。


牧「追いついて気分も高揚しているだろうところ、悪いですが…」


ゆっくりと構える。


牧「再び絶望してもらいますよ」

藤堂「面白い冗談だ」


先ほどの打席は望月のライオンハートで、三振に打ち取ったものの…。

それまでの打席は全て、何故か「わかったように」球種を狙い撃ち…まるでスナイパーだ。

気持ち悪いぐらいに簡単に打たれている、まるでそのボールがそう変化するとわかりきっているように…。



三上(初球から勝負するのは、気持ち悪いですね)

藤堂(当然だ)


ボールから入るか…いや、どうも牧に対しては揺さぶりや計算が無駄な気がする。

直感には違いないが、考えて考えてリードした結果結局ストライクゾーンに入ったボールをはじき返される気がする。

ライオンハートのような威力のある球で抑える場合は別だが…。

しばし悩んだ結果三上のリードは外角低めのボール、シンカー。

藤堂は頷くと、左足をあげ、腰を大きく回して捻る。


藤堂「しぃっ!!」


クク…バシィッ!

『ボール』


牧は微動だにしない。

サングラス奥の目と目があった気がした。

二球目…三上のリードはまたもや外角低め、ただしストレート。

よほど悩んでると見える。

藤堂の二球目…しかし、ボールは若干コースよりも甘くストライクゾーンに入ってくる…!







キィインッ!!!






快音。

だが、ファールラインの外だ。

『ファールボール!』


藤堂(打ち損ねか?いや…違うな)


そんな柔な相手ではない、打てるのに実力を見せ付けたというところか。

どうも一軍の相手はいちいちやらしいな。


牧「無駄ですよ、藤堂君。直球変化球で揺さぶるつもりでしょうが」

藤堂「の割には今振り遅れてたじゃないか、ストレートに」

牧「本当にそう思っているんですか?」


いいや、思ってないけどよ。

藤堂は言葉を飲み込んだ。

三上のサインをさえぎって自分からサインを出す。

内角へのシュートだ、左の牧にとっては食い込んでくる形からストライクゾーンへと入る球になる。

腰を大きく捻るトルネードから第三球!!!


ビシィイイッ!!!


ボールをはじく音が藤堂の鼓膜を揺らす。

藤堂(内角へ食い込んでくると見せかけてストライクゾーンに入る球だ、普通は腰が引けて見逃すはず)




ボールは牧の胸元へ向かっていく。

…が、牧は一向に逃げようとしない、まるでそこから変化するのがわかっているかのように―――。

シュートボールが、まるでバットに吸い寄せられるかのように変化していく。




藤堂「こいつ、球種がわかってやがるっ!」








キィイイイイイイイインッ!!!!!!!




快音を残して、右中間を深々と破るツーベースヒット。

余裕を残して二塁上、牧はゆっくりとサングラスを直した。








堂島「同点…か」

植田の微塵を目の当たりにして、まだ負けていない、とようやくネクストバッターズサークルの堂島は冷静になっていた。

そして牧の『千里眼』を目にして。


堂島(眼球へのD…常人のそれを超えた視力は、動いてる球もまるで止まっているように見える…)


つまり…回転。

ボールの回転で、牧は今まで望月や藤堂の球種を理解していたのである。

千里先を見通すというその名通りの、D。





四番堂島は冷静に送りバントを決め、これで一死、三塁。

そして…迎えるは『枯山水』秋沢!!!





七回表、一軍6-6二軍、一死、三塁。










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