220女子ソフト部戦4先攻








二回裏、野球部1-0女子ソフト部、無死。

一回表いきなり大場のミラクルホームランで一点を先制した将星は二回目の守備につく。

野球の面白さに気づいたのか、それとも口コミで広まったのか、はたまた校内に流れている放送のおかげなのか。

将星高校のグラウンドにはさらにお客さんが集まっていた。

しまいには持ち場を離れて売り子まで始めている子がいるぐらいだ、焼きそばやジュースの販売がそこここで行われている様はまるで小型の球場だ。

その売り子さんから昔なつかしのラムネを購入して、ポンと音を立てて栓を抜く。


赤城「なんやえらい良心的な文化祭やなぁ」

来宮「…わ、私にもちょっとだけ…」

赤城「あかん、間接キスになるからな」

山田「それでもいいからちょーーだい!」

赤城「泥水でも飲んどけあほう」

「っていうかさー赤城だっけ?次はどうなると思う?」

赤城「どうなるもこうなるもないわな、見てみんことには」

「はっきりしないわねぇ」

赤城「わいもソフトやってる訳やないからな。相手の力量がわかるまでは…んぐんぐ…ぷはっ。様子見や」

あっ、とぺらぺらと資料をめくっていた来宮が驚きの声をあげた。

来宮「あ、そういえば次の海部さんは…協会指定のオリンピック代表の候補にも選ばれている選手ですよ」

赤城「なんやて?」

「あれ?知らなかったの?」

「晶結構有名なのよ、この前もテレビが学校に来てたじゃない」

山田「そーだよ、海部さんちょーすごいんだよ?」

赤城「わいはこの学校の選手やあらへんから知らんわい」

来宮「ああ!っていうか、試合始まっちゃってます!」

赤城「あほぅ!それを早く言わんかい!」


今回の挿絵



バシィッ!!

一球目に相川が選んだのは内角高目のストレート、しかしボールは予想とは大幅にずれ、外角に大きく外れるストレートとなった。

一点取ってしまったのが裏目に出たか。

リードを守れば勝てるという無意識が三澤を緊張させている、先ほどまでまだマシだったコントロールが大きくぶれた。


海部「…」

相川(おいおい、なんて気迫だ)


まさに修羅、という言葉がふさわしい。

生き様をその道に捧げた人間である海部は普段がまるで普通に感じてしまうほど異様な気迫が出ていた。

眉はつりあがり、鋭い目がマウンドの三澤を突き刺している。

他の選手とは完全に次元が違う場所に立っている。

聞けば全国でも屈指の名プレイヤーだとか、そんな選手が同じ学校にいるなど世間は狭い。

『キャーーーーーッ!!!』

『海部お姉さまーーーーっ!!!」

とと、黄色い声援。

まぁこんな感じだし、女の子のファンがつくのも納得は出来る。

流れが相手に行きかけてると感じた相川は一度立ち上がって両手を上から下へ動かす上下を繰り返した、落ち着け、ということ。



相川「三澤、落ち着いていけ。なに、打たれて当たり前なんだ」

三澤「う、うん」


完全に気持ちの時点で飲まれてしまっていた三澤に軽く声をかける。

やれやれ、さっきの関都みたいに無駄口を聞いてくれた方がまだマシだ。

こうも完全に集中されちゃあ、まともにやりあう以外に戦う方法がない。

…しかし、まともにやりあったところで。


相川(ふむ)


まぁ、物は試しだ、一点勝ってる上に先頭打者、なんといっても三人で一回を終われたのが大きい。

ランナーありでこの女なら、流石に相川でも身の毛がよだつ。

相川のサインはストレート、それも内角へのボール球。

そもそも三澤に、強打者の内角に攻める球を要求するリードをしている相川もだいぶ鬼畜なのだが。

ゆっくりと投球モーションに入る三澤。



雨宮「エイトフィギュアか…」

???「エイトフィギュア?」

雨宮の側でスコアを取っていた少女が声を上げる、制服ではなく部活指定のピンク気味のジャージを身にまとっている。

マネージャーの柏木亜樹(かしわぎあき)は監督が漏らしたその言葉に聞き覚えがあった。

その他ベンチで観戦していた選手たちもぞろぞろと興味を覚えたのかやってくる。

ぴょこぴょこと蘇我の頭についた二つのおさげが可愛らしく揺れた、そのまま雨宮のひざの上にのっかると途端に雨宮の表情が先ほどまでのきりっとした表情からでれでれとした笑みに変わった。



村上「…相変わらず情けない監督よね」

蘇我「せんせー、何それ?」

関都「もしかして、野球部のピッチャーのモーションですか?」

雨宮「蘇我はかわいいなぁ…よしよし…なでなで………ん?ご、ごほん。そうだ、滅多に見ない投げ方ではあるがな」

不破「…今は、ウィンドミルかスリングショットが主流だから」


ウィンドミルとは、おなじみの手を一回転させて前に投げる投法、その形が風車に似ていることからウィンドミル(風車)と名づけられた。

スリングショットは、一回転せずに手の力だけで前へ投げる投法である。



柳牛「私もあんな投げ方はじめてみます」

雨宮「腕を円に回転させるウィンドミルと違って、八の字に腕を回転させてから投げる。その名の通りだ。ずいぶんとタイミングを取りづらいはずだ、違うか?」

蘇我「そーいえば、なんだか打ちにくかったかも」

不破「普段のサキとマナなら…裏をかかれても打てたはず」

雨宮「運もあるかもしれんが、それでもタイミングがずれた分、凡打に終わったという可能性もある」

膝の上で見上げてくる蘇我の頭をなでりなでりしながら真剣な口調で雨宮は三澤の球を見ていた。

表情はとても人に見せられるものではなかったが。

柏木「でも…晶なら」




放送席からの絶叫が飛ぶと、ギャラリーがわっ、と沸いた。

来宮「三澤選手、だいにきゅーー!!」

バシィッ!!

『ボール、ツー』

赤城「二球続けてボールか、相川君にしては慎重すぎるな…まぁピッチャーのせいかもしれへんが」



とはいうものの別にファーストストライクが欲しいとワガママをいえる相手でもない。

相川(ストライクが入らないか)

まぁ、最悪フォアボールでもいいだろ。

やはり内角に要求したもののボールは外角にそれていってしまった。

あまり敵に向かっていく好戦的な性格ではないのが少し残念だ、西条なら相手の体に当てる勢いで投げてくれるのだが。



相川「随分余裕の見送りだな」

海部「…」

相川「日本代表だってのに、少しぐらいハンデはくれないのか?」

海部「…」


駄目だ、のれんに腕押しとはこのこと。

いつもならこんな風に無駄話から活路が見出せることもあるんだが…。

似たようなプレッシャーをどこかで感じたことがあった。

青竜の滝本だ。


三澤(うぅ…すごいプレッシャー)


背後から御神楽とか吉田とかが必死に声援しているのだが、気迫に飲まれてしまってそれどこではない。

相川のサインですらまともに見えてない状態だ。

少し考えるような仕草を見せた後、キャッチャーは三澤に投球を要求した。



雨宮「確かにタイミングの取りづらいモーションではある…が実力はそれほどまでではない。むしろそういうところとは、海部はすでに別次元にいる」



来宮「三澤投手だいさんきゅうっ!!」



八の字のラインをなぞって、ボールは相手に向かっていく。

――――マズイ。

三文字が相川の頭をよぎったのは、ボールが高目のど真ん中だったから。

浮いた球を、閃光が弾き返す。

















ィィンッ!



ビシッ!打球は三遊間!!!

吉田「うげっ!!」

御神楽「なんだとっ!!」


吉田と御神楽は打球を目で追うことができなかった。



来宮「う、打ったーーー!!すごいーーっ!!」

山田「うわぁーっ!」

赤城「吉田君と御神楽君でさえ反応できんやとっ!」


振り向いた時にはすでにボールは遥か後方、反応する暇さえ与えてくれなかった。

それだけ凄まじい速さの打球であった、転がってくれたのを助かったと思うべきか。

レフトの真田がなんとか捕球してボールを中継に返す、シングルヒットなら大セーフだ。

ファーストベースを回ったところで海部は舌打ちした。


海部(力んだか…ちっ)


むしろ海部の方が若干悔しがっていた。

あの球ならスタンドインできなくもない、だが高めに来た分叩きつけてしまった。

基本的なバッティングなので責める者は誰もいないが…一点ビハインドの現在ではなんとか早く追いつきたい、シングルヒットじゃ物足りなかった。


相川「…ふぅ」

雪澤「一安心、って感じかしらん?」

相川「…!」


と、急に背後から声をかけられたものだから一瞬びくりと震えてしまった。

振り向くと、ニヤニヤといたずらが成功した子供のような笑みを浮かべている女性がいた。

身長は相川と変わらないぐらいだ、女子にしてはずいぶん背が高いと率直に思った。

なんせ目線がほぼ平行。


雪澤「あーん、やっぱり格好いいなぁ、騒ぎになる理由わかるかも」

相川「???」

雪澤「安心しなヨ、そーんなにあたしらも野球部のこと嫌いって訳じゃ、な、い、か、ら、にひー」

だんだん顔を近づけてくる、最後にぴしっと唇を指ではじかれてしまった。

ギャアアアアアアーーー!!とギャラリーから悲鳴にも似た歓声があがる。

相川といえば、なんだこいつと、とちょっと一歩引いた。


村上「ば、馬鹿野郎ーー!!玲!!今お前相川君になにしやがったーー!!」


とと、ネクストバッターズサークルからまた一人少女が歩いてきた。

女子ソフトの選手らしいが…次打者の村上である。


雪澤「あらん、何よ。次の人はおとなしく座ってたらどうなの」

村上「今、今テメェは校内の相川君ファンを敵に回したっ!!」

雪澤「あーらぁ、ごめんなさいねえ、うふふ」

村上「その余裕の笑みがむかつくーーー!!!」

雪澤「まぁまぁ、ぺったんこちゃんはおとなしく待ってなさい、ふにふに」

村上「セクハラすんな変態!!大体お前はいつもいつも人が気にしてることを!」

雪澤「みーちゃんに追いつけ、追い越すのだよ、うふふ」

村上「ぐぐぐぐぐぐぐっ!」


完全に置いてけぼりにされた相川はどう声をかけようか迷っていたが、このままにしておいても仕方ないので村上の肩をたたいた。


相川「…あの、すまないんだが、試合を始めないか?」

村上「ひぇ!?あ、は、はい、ごめんなさい」

雪澤「ぶふーーーっ!!あはっははっは!!村上ちゃんアンタごめんなさいなんていうキャラじゃないでしょーー!」

村上「う、ううううるさい!!あああ、あたし村上っていいます、相川君のファンなんでよろしくお願いします!」

相川「…はぁ」

「ほらほら、早く試合を始めるから君は下がりなさい」

村上「…はーい」

雪澤「部外者はしっしっ、です」

村上「後で覚えてろっ」



海部の凄まじい気迫の後だけに完全に毒気を抜かれてしまった。

一体なんなのだこのチームは、どこから本気でどこまでふざけているのか。

どうも見覚えがあるな…。


真田&御神楽&相川「…」

吉田&野多摩&大場「…」


うちじゃねーか。


来宮「ある意味非常に盛り上がりを見せております今日の試合」

赤城「っていうかいちいちアウト一つごとにショートコントせんでもいいやろうに」


気合を入れなおして。

マウンド上の三澤も今のでだいぶ緊張がほぐれたようだ、助けてもらってるようでいまいちアレだが。

海部「…ふふ、相川、雪澤をなめるなよ」

関都「普段はアレでも、バット握らせたらアタシとそう変わらないバッティングだからねっ!」



相変わらずふらふらと落ち着きない構えを見せている雪澤。

表情はニヤニヤし続けている。


相川(落ち着きのない奴だな…よし、三澤チェンジアップ投げてやれ」

三澤(…う、うん)

相川(まずはタイミングを狂わせてやる)


一塁にランナーが出ているが、ソフトはセットポジションがない…というのもソフトのルールにはリードがないからである。

手からボールが離れるまで、塁を離れてはいけないのだ。


赤城「それにしても相川君モテモテやなぁ…相川君キャッチャーやのに相川君への声援の方が大きい気がするわ」

来宮「さぁ、雪澤選手に対して第一球」


要求したとおりに、三澤は速いボールでなく少し抜いたボールを放つ!!




雪澤「あたしって、捻くれてるからさぁ」

相川「…?」

雪澤「まっすぐな球よりも…」








いままでふらふら動いていた体が、急に硬さを取り戻す。

びしっと軸が出来た姿勢からボールにあわせてやわらかくバットが出される。

白球に、影が重なる。


相川(コイツっ!!!)

雪澤「変な球の方が、打ちやすいんだヨ」







キィンッ!!


三澤「!」

ボールは投手三澤の横ッ!!

マウンドに一度跳ねてセカンドベース際をバウンド!!


海部「抜けたかッ!!」

御神楽「抜かせんッ!!!」


しかし、一体どこをどう守っていたのか、すでにセカンドベース上で御神楽はボールに飛びついていた。

この男、三澤が絡むと尋常じゃない力を発揮するらしいが…!


ピシッ!!


御神楽「ちぃっ!!」

それでもやはりボールには届かず、センターの県の前へ転がっていく。


吉田「げっ!!県急げ!!ランナー二塁回りやがった!」

県「!!」


海部はボールの落ちどころがいいと見ると、すばやい判断でセカンドベースをけっていた。

海部の最大の武器はこの「判断力」である。

迷いの無いプレイは、勝利への扉をこじあける。

音を立てて滑り込むと、審判が両手を広げた。


『ワアアアアアアアアアアッ!!!!!』


雪澤「どーよ、晶っち」

海部「まずまずだ」


場内から歓声が巻き起こる、まぁ飽きさせない試合展開だ。


来宮「雪澤選手もヒットで続きましたッ!」

山田「赤城君解説よろ!」

赤城「うまーいこと三澤さんのチェンジアップを合わせてきおったな。随分と迷いが無かったが、狙っとったのか?わいは初球チェンジアップは悪くないリードやと思ったが…」


一塁ベース上で、鬼の首でもとったかのようにピースサインを次打者の村上に向ける雪澤。


三澤「…くっ」

相川「気にするな三澤」


一度タイムを取って、マウンド上に集まる将星陣。

無死、一塁、三塁というピンチではあるものの不思議と気負っている者はいなかった。


吉田「そうだぜ柚子、打たれて当たり前なんだから気負うこたねぇ」

三澤「う、うん」

御神楽「あまり声をかけすぎて三澤さんが緊張するだけだぞ吉田、打たれてもバックには僕がいます」

吉田「そうだぜ、今日の御神楽ならどんな打球でも捕ってくれるって」

原田「師匠のカバーは自分もしっかりするッス」

大場「どんと頑張るとです」

三澤「…」

相川「どうした三澤」

三澤「…なんか、ベンチで見てただけだとわからなかったけど」

吉田「うん?」

三澤「みんな優しいね。上手くはいえないけど…がんばれる気持ちになれるよ」

大場「そ、そう言われると照れるとです」

原田「まぶしい笑顔…」

御神楽「目がぁーーっ!目がぁっ!」

吉田「大げさだなぁお前は」

相川「……将星はシリアスになりきれない運命にあるのか?」




タイムをとけ、再び守備につく将星陣。

三澤(そうだよ、皆助けてくれるんだから、私もがんばらないと)

ぐっ、と両足に力を込めて地面に立つ。

ふぁさっと、肩にかかっていたポニーテールを後ろに回すと、ゆっくりとかまえる。


蘇我「あーや!!続けーー!!」

村上「あーやって呼ぶな!!」

三澤「行くよっ!村上さんっ!」


懇親の、エイトフィギュア!!


来宮「投げたぁっ!!」

赤城「ストレートや!!」


バシィッ!!!

『ストライクワンッ!!!』


海部(なんだ…さっきよりもストレートの威力が上がってないか?)

三澤(…そういえば、ちょっと投げ方を思い出してきたかも…)


ゆっくりと、眠っていた体が起きてくる。

冬馬「柚子さんふぁいとおっ!!」

六条「柚子姉さま!!!」

西条「三澤先輩いけぇーっ!!」


第、二球!!!

渾身のストレートがバットをすり抜けて内角に決まるッ!!

『ストライクツー!!』

村上(な、なんだこいつ、本当に素人かっ?)



来宮「す、すごいっ!」

山田「立て続けにすとらいくじゃん!」

赤城「なんやえらい自信持って投げてきとるな」



みんなのために、頑張る。

みんながいるから、頑張れる。


三澤「いくよっ!!」

村上「…ちっ」


三球目もストレート!!

キィンッ!!!!


三澤「!」


しかし、流石に村上もバットに当ててくる…がコースは吉田の真正面!!


吉田「任せろい!!」

相川「吉田っ!バックホームだ!刺せるっ!!」

吉田「よしきた!」


すぐさまホームに送球!!

なんでもないが落ち着いた好プレーだ、三塁と本塁の間に海部を挟み込む形になった。

海部は急ブレーキをかけるものの、相川のグラブが眼前に迫っていた。


海部「ちぃっ!」

相川「悪いなっ」


ぽん、っと軽くタッチして二塁に送球する。

ランナーは二人残ったものの、いまだに無失点。


『ワアアア!!!』

『柚子いいよいいよーー!!』

『かっくいーー!!』

三澤の友達らしき声も飛び交っている、なんとか凌いだ。

まだ一死ではあったが、流れかけていたムードを再び取り戻した。



雨宮「……ふぅん」

柏木「先生…」

雨宮「残り、五回…か。ちょっと、気合を入れなおした方が良さそうね」



続く近松にはフォアボールを与え、満塁のピンチを迎えたものの、続く不破、柳牛をセカンドゴロ、レフトフライに打ち取って、なんとか序盤最大のピンチを相川三澤バッテリーは抑えきった。

しかし、まだ一巡。

ここからどうするか、相川の頭脳はこの一巡目のデータをすでにフルに回転させていた。



三回表の将星の攻撃は、先頭打者の九番の三澤が三振で、一番の野多摩がいいあたりをしながあらもセンターフライで倒れた。

二死、バッターは御神楽、二回目の打席。





三回表、野球部1-0女子ソフト部。

二死、ランナー無し。









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