219女子ソフト部戦3 天運















『三番、セカンド、関都さん』


相川(ここから…だな)


右ひざを地につけ、立てた左ひざに左腕を乗せ、頭を垂れる。

薄く目を開いたままで脳内にためておいたデータを呼び起こす。

全体的に守備が要のチームなので、打撃力は絶望的なほどまでに高くない。


相川(だが、クリーンナップは別の話だ)


三番関都、四番海部、五番雪澤。

この三名は別格だ、全力を持ってしてもシングルヒットならお慰み。

低めに集めて転がさせる、内野ゴロを狙うしかない。

普通ならそれでいけるが、投手は三澤だ。


三澤(どうしよう…?)


相川がいつまでたってもサインを出さないので、不安な表情を浮かべる投手。

左打席に入った関都は首を傾げてマウンドをにらみつけている。

トレードマークの赤いサンバイザーが日の光を受けて乱反射してる。



来宮「み、三澤さんどうしたんでしょう?止まっちゃいましたね…」

山田「ここまでツーアウトとったのに、どうしたのかにゃー?」

赤城「ピッチャーやない、キャッチャーや」

「ええ!?」

「どういうことなのよ、関西弁」


いつの間にか放送席の周りのギャラリーまでもが赤城の言葉に耳を傾けていた。

売店で尾崎に買ってこさせたたこ焼きを爪楊枝でさし、口に運ぶ。


赤城「んぐんぐ…ここまではプロローグや」


そのまま爪楊枝をぶらぶらと振り回しながら後ろの将星女子生徒達の方を向く。


赤城「将星女子ソフトが全国区なのはここらでは有名なんやろ?特にあの、サンバイザーの子、と怖いキャプテン、後あのベンチでニヤニヤしとる奴はオーラが違うわ。だから相川君も考えてるんや」

「相川君が??」

「何考えてるっていうのよ」

「もったいぶるなよぉっ!!」

赤城「どこ投げてもヒット打たれる勝負なのに、どうやってヒットを打たせないかや」





いつまでも投げないので痺れを切らしたのか、関都が勢い良く相川の方を振り向いた。

ツンツンの髪に、絆創膏、つりあがった目でキャッチャーマスクをにらみつける。


関都「どうしたってんだい?!相川さんとやらよぉ、怖気づいちゃったか!?」

相川「厳粛な女子ソフト部の割りに、随分と乱暴な言葉遣いだな」

関都「へんっ、格好つけちゃってまぁ、アタシはアンタみたいなクールぶってるキザな奴が一番嫌いななんだよっ!!」

相川「光栄だな」

関都「ぐ……むっかつく…こんな奴のどこがいいんだか……」


なんて言葉遊びをしてる場合じゃない。

どうせヒットを打たれるならど真ん中投げてやろうか、と思うぐらいシミュレーションの結果は馬鹿馬鹿しいものとなっている。


三澤(あ、相川君…)

相川(…)


しかし、相川はまだ座ったまま微動だにしない。

西に傾いていく太陽が彼の横顔を照らす。

関都も、無駄だと思ったのか集中してバットを構えたまま動かない。

いつの間にかグラウンド中も静まり返っていた。


来宮「う、うう…間がもたない…」

山田「…ごくりっ」

赤城「しっ、黙って見とき」


時が一刻、一刻とすぎていく。

痺れを切らしたギャラリーの何人かが話し始め、ざわめき始める。

流石に球審も待ちきれなくなったのか、相川に一声かける。

「君、そろそろ投げさせなさい」

相川「……はい」

低い声で頷くと、やっと三澤に対してサインを出した。

その合図にゆっくりと頷いて、モーションに入る。

やっと出番が来たとばかりに前のめりになって迎え撃つ関都。


関都「何投げてこようと同じだっ!素人の球なんて打ち返してやるぜぇ!!」


両手を前に突き出した状態から、右手だけが八の字を描く独特の投球スタイル。

後ろまで回ったところから、勢い良くボールが放たれるっ!!



三澤「えええいっ!!!!!」

関都「いいいいくぜっ!!!!!!!!」































―――フワン。


関都「うげ!!!」


すべての景色がスローモーションになる。

白球は空に解けていくように、空中に弧を描いていく。


蘇我「ス…」

足利「スローボール!」


完全にタイミングを崩された形となる、思わずつんのめりそうになるぐらいだ。

何とか両足で踏ん張って体制を整える…がすでに動き出したバットはとめられない。

だがしかし、ど真ん中だ。

なんとか打ち返してやる、そんな負けん気が止まりかけていた筋肉を再始動させた。

…が時すでに遅し。


ガキィンッ!


雨宮「あのキャッチャーにやられたな…」


ボールはほぼ真上にあがり、相川はほぼ一歩もその場を動かずにボールを補給した。

キャッチャーフライ。


『スリーアウトォッ!!!チェンジ!』

『おおおお〜〜〜!!』


結局三者凡退、ギャラリーからも拍手と歓声が沸いた。

あれだけ長引かせた結果が結局単なるファールフライという結果には納得できないではいたが。


山田「なーんだ、ただのアウトじゃん」

赤城「あほう!!!!」

キーーーン!!!ビリビリ。

山田「ま、マイクつけて叫ばないでよっ!鼓膜破裂しちゃうだろっ!!」

赤城「これは相川君の作戦勝ちや」

「作戦勝ちーー??」

「ちょっとぉ、どういうこと!?」

「私たち野球詳しくないからわかんないってのー」

「ただ攻撃終わっちゃっただけなんじゃないの?」

赤城「まぁ、どこまでが正解かはわからんけどな。まぁ、打者はあんだけ突っかかってくる選手や」


赤城が最後まで言い終わらないうちに、後ろに固まった六人ぐらいの女子が騒ぎ出す。

「打者、ってあの威勢のいい子??」

「サンバイザーの子でしょ?相川君ともなんか言い争ってたわね」

「愛奈は確かに勝気で頑固だからねぇ」

赤城「最後まで言わせんかい。…それをあんだけ焦らして、焦らして。遅い球投げて、あのサンバイザーが打ちきれんかった。まぁ、言ったらそれだけやけどな」

「ふぅん…よくわかんないかも」

「焦らされて我慢できなくなってこと?」

「っちょっとぉ、やらしくなぁい?」

「変態関西弁だぁー♪」

赤城「やらしいのはお前らの頭ん中や!!…まぁ、相川君の勝ちは勝ちやが…こんな子供だまし一回しか通用せえへんで、相川君」

来宮「…と、とゆことで、女子ソフト部一回裏は0点に終わりましたぁっ!!」





関都「くっそぉお!!」

ガツンッ!!

勢い良くバットを地面にたたきつけて、キッと相川をにらむ。


関都「ぁあぃかわぁあ」

相川「ま、そう怖い顔で睨むな。どうせ二度通用しないんだ」

関都「ムーーかーーつーーくーーーー!!」

相川「プレイで返してくれ」


また一言一言きっちり返されるのが余計に癪に障るのだろう。

うーうー唸りながら相川がベンチに帰るのを眺めていた。


雪澤「いやぁーーー、愛奈ちゃん、だっせーなぁ」

関都「うぬっ!!」


すらっと伸びた足、見上げた先にニヤニヤと笑う顔が見えた。

一塁手雪澤は、人をからかうのが趣味である。


雪澤「あの相川はぁ、切れ者だから気をつけないとぉ…ぷぷぷ」

関都「笑うなっ!!」

不破「…二人とも、守備だよ。グラブ持ってきなよ」

関都「む…むぅ」

雪澤「私はもう、持ってきてるもんねぇ。愛奈ちゃんは駄目駄目だねぇ、やる気はあるのに」

関都「むっきーーーー!!」

海部「何やってるんだお前らっ!早くしろっ!」

蘇我「怒られたぁー♪」

関都「ちぇっ、わかったよ」

雪澤「おつかれちゃぁん」



三者凡退に終わった割には何とも仲睦まじい光景である、思わず微笑んでしまう。

他校の男子生徒達は、いいなぁ、あれ、いいなぁ、と早くもなびき始めていた。

原田と西条もどこかニヤニヤしながら見つめていた。


二回表、野球部0-0女子ソフト部。



相川「三澤、ナイスピッチングだ」

吉田「ナイスだぜ柚子!!!」

御神楽「流石は三澤さん…いやいや当然というべきであろうか…」


三者三様に褒められて、三澤はてれてれと顔を赤く染めて下を向いていた。

男子三人に褒められる機会になれていないからだろう。


西条「しかし、俺はこれが暇なんやなぁ」

緒方「まぁまぁ、ベンチを暖めるのも選手の役目よ」

六条「うんうん!ちゃんと応援しようね西条君」

西条「けっ…俺はマウンドにあがってなんぼやっちゅーのに」

冬馬「わがままなピッチャーだことで」

西条「あーん?なんか言ったかぁ?」

冬馬「べーつーにー」

六条「あわあわ…」

緒方「…思ったより重症ねぇ」

ナナコ「りさー、けんか?けんか?」

野多摩「まぁまぁ〜喧嘩するほど仲がいいって言いますしぃ〜」

冬馬&西条「よくなぁいっ!!」

野多摩「ふや」

大場「息はぴったりとです」

県「やっぱり仲いいんじゃないですかね?」





とにかく、二回表、将星高校は四番の大場から。


『四番、ファースト、大場君』


来宮「予想に反していい勝負なんじゃないでしょうか解説のお二人さん!」

山田「そう?よくわかんにゃいわ」

赤城「まだ一回や、放送部ちゃん。実力の差ってのは回を増すごとに明確になる」

来宮「…うぅ、やめたい…」


放送部部長から「ガンバレ」のカンペに涙を飲む放送部員来宮であった。




マウンド上は巨大な図体。

大きさだけなら、将星一…の割りにやっぱり風格はまったくない。


柳牛(…おっきい…)

不破(…大きい)


バッテリー間で思うことは同じだった。

特にキャッチャーの不破は座ってしまうと大場の顔が遥か遠くに見える。

こんな丸太みたいな太い腕でバットに当てられた日には、ソフトボールといえどピンポン球のように飛んでいってしまうかもしれない。

不幸なのは、バッテリーがこの大場力が見た目だけということを知らなかったことだ。



柳牛(ど、どうします?)

不破(…変化球で入ろう、ストレートは怖い)


流石にジャストミートを恐れたのか、不破の出したサインはチェンジアップ。

ストレートを投げていてれば、三振で終わったのに。


吉田「いけぇ大場!!」

御神楽「とにかく振り回すのだ!」

三澤「当たればこっちのもんだよーっ!」

県「まぐれ狙いでいきましょう!」

野多摩「目をつぶって打て〜〜!」

西条「とりあえずバットをふるんやっ!」

真田「……」


ひどい応援だ。

最後にいたっては声すらあげていない。

大場は心で泣いた、マウンド上の揺れる胸には見向きもしない。


柳牛「い、いきますよっ!!」

大場「こうなったらヤケクソとです!!」


一度胸に両手を置いて…埋もれてはいるが…そのまま一瞬間を置いて手を一回転させる。


柳牛「いきますっ!!」


ストレートで目が慣れていないのだ。

不破は普通の勝負の感じでチェンジアップを投げたのだが、大場の目にはいやにそれがはっきり見えた。

ソフトの遅い球は、野球だと遅すぎず速すぎず…つまり、打ちごろ。


大場「チェェェェェストォォォォォ!!!!!」



今回の挿絵






―――ビュワァァウゥゥゥゥンンッ!!!!!!!!


凄まじい砂煙が舞い、突き抜けるような突風が、きゃっ、と女子に可愛い声をあげさせてもやっぱりミートGはミートGなのであった。

つまりただの空振り。

『ストライクワンッ!!!』


将星ベンチ陣や、野球部の試合を見に行っている人たちはやっぱりねーと言った感じで全員苦笑した。

…しかし、知らない人にとっては。


来宮「す、すごいスイングですね!!ホームラン出ますよ!」

山田「風でスカートがめくれちゃうにょろよ!!」

赤城「その語尾はあかんて」


もちろんキャッチャーマスクを被る彼女も。

不破(…なんてスイング………とんでもない人が、野球部に、いた)

マウンド上の彼女も。

柳生(…ふ、風圧が…)


二人とも、出来の悪いコントのように顔を青くしていた。

さっきの吉田とか言う奴よりも、どう考えてもこの大場という男の方が恐ろしい。

真面目な顔してこんな事を勘違いしていた、哀れソフト部バッテリー。


海部「不破!柳牛!そいつはただの扇風機だ、恐れることなくいけ!!」

関都「目に物とか言わせろってんだ!!」

雪澤「ま、ぼちぼちやんなよー」



汗をぬぐう。

不破(…ストレート)

柳牛(えっ?でも…)

不破(勇気、必要)


一年エースの柳牛の唯一の弱点。

それは―――ハート。

まるで西条と対照的なように、繊細なコントロールや多彩な変化球を持っていてもここ一番で心がきゅっと悲鳴を上げる。

おどおどした性格は、敵を倒していけば自信という鎧で守れるが崩れればもろい本性が出てしまう。

それを上手くリードしてきた不破であったが、大場のようなタイプにはまず出会ったことがないので、戦々恐々と言った感じだ。

柳牛の性格を考えずに、ついストレート勝負のサインを出してしまった。


柳牛(…ストレート…)


名門の誉れ高い女子ソフト部のエースが、ソフトのルールで野球部にホームランなんか打たれたらどうなることか。

とくん、と心臓がどこか遠いところで一つ、鳴った。




来宮「さぁ、ピッチャー、えっと第三球!」

山田「あ、私にもたこ焼きちょうだいよ赤城にゃん」

赤城「あほ、自分で買うてこい。ちなみに第二球やで」

来宮「ぅああっ!?す、すいません!!」



自分を落ち着かせるように、胸に手を置く。


柳牛「…行きます!」

大場「来いとです」




ゆっくりと右手が、円を描いていく。

そして、射出!!


柳牛「えぇいっ!!」


ボールは…高目。

若干浮いたか、不破は冷静に状況を判断したが、臆病虫の柳牛の割にはいいボールを放ってくれた。

スピードものっている。

このスピードは先ほど、あの御神楽と吉田が空振りしたストレート並だ。


不破「これなら…」












キィン。








不破「…え」

柳牛「…ぁ」





ボールは、まるでピンポン球のように、吹き飛んでいき、グラウンドの向こう側の金網に当たって落ちた。

来宮「ほ…」

「「「「ホームランって!!」」」」

山田「すっげーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

赤城「まぐれの馬鹿当たりや。将星は、宝くじ一個の運使い果たしたなぁ」


『ワアアアアアアアアアアアアアアア!!!』





吉田「うおおおおおおおお!!!!すげえええええ!!!」

相川「ま、まさか大場が打つとはなっ!!」

三澤「きゃーーー!!!」

県「な、ナイスバッティング!!!」

御神楽「お前は、いつもいつも、どうしてこんな時にという時に打つであるなっ!!」



場内歓喜の渦。

すさまじい当たりだっただけに、ギャラリーも総立ちで拍手。

スタンディングオベーションの中、まさか適当に振りましたとも言えない大場がベースを一周して帰ってきた。

そしてハイタッチ&祝福の暴力の嵐。


吉田「先制の一点はでかいぜっ!!!」

ゲシッ!!

相川「よくやった」

バキィッ!!

御神楽「うむ!!見直したぞ!」

ゴキャアッ!!

六条「大場先輩かっこいーーーっ!!」

ぺちっ。

緒方「先生感動しちゃったわぁ!!」

むにゅうっ。

大場「お、おいどんもたまには、とです」

冬馬「大場先輩ナイスッ!!」

野多摩「すごいすごいよぉ〜〜〜!!!」

大場「うおおおおおおお!!!!!二人の祝福ぅぅぅうううう!!」

吉田「よし!今回は許す!」

冬馬「ちょっ!!!キャプテン!!」

野多摩「うわわわわわ、おれるーおれるー…ぅぁっ」

冬馬「そ…ん…な力で…抱きしめられたら…こわ…れちゃう…ぅ…ぅぅ!!」

相川「そろそろストップかけた方がいいぞ」

西条「二人とも死んどるで」


はっ、と気づいたら大場の腕の中で冬馬と野多摩の二人は目を回していた。

とにもかくにも、思わぬソロホームランにより将星は一点を先制した。

実力の差も、環境の違いも、神様の指先一つの前にはあっけないものだ。






その後、気落ちする柳牛の変化球を狙い、真田も大場に続き二遊間を抜くシングルヒットを放つが、続く相川、原田、県が凡退し、結局将星の攻撃は一点にとどまった。

柳牛は大場の本塁打、真田の安打の後、著しく制球力を乱すが、相川、原田を三振にとったことでなんとか落ち着きを取り戻した。




柳牛「…ごめんなさい」

海部「すぐに気落ちするのはお前の悪い癖だ」

柳牛「…」

海部「不破、お前もらしくないリードだったぞ。もっと柳牛の事を考えろ」

不破「すまないアキラ」

雨宮「もういいだろ海部、試合中だ。それぐらいにしておけ」

海部「あ、いや、別にそんなつもりでは…」

雨宮「チームメイトの失敗はチームメイトで取り戻せ」

海部「はいっ!!」

雨宮「もう一つ…敵は三澤だけじゃない、むしろ後ろの相川だ」




二回裏、野球部 1-0 女子ソフト部。


『四番、ショート、海部さん』


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