218女子ソフト部戦2 迅雷
『ストライックバッターアウトォッ!!』
来宮『おおっとぉ!!一番打者の野多摩君、なんと三球三振、ボールにかすりもしないっ!』
山田『は、はやーーーっ!』
赤城『あの姉ちゃん気弱そうな顔して…なかなかやるやんけ』
一回表、野球部0-0ソフト部、一死。
野多摩「す、すいません…」
二球目は高目の釣りだまに手が出て空振り。
三球目はど真ん中への速いストレート、誰が見てもわかるぐらいの振り遅れでストライク。
野多摩が謝ることはない。
なぜなら、横から見てた真田と吉田でさえも渋い顔をしていたからだ。
うつむく野多摩の頭に吉田がポン、と手を置いた。
真田「いや、貴様が頭を下げることはない」
吉田「一見そんなにたいしたことに見えなくもねーんだ。だけど俺たちは『野球の距離』でなれちまってるからよ」
簡単に要約すれば…野球ではマウンドからホームまでの距離は18.44mであるのに対して、ソフトでは13.11mとなる。
5メートルの差は、大きなものだ。
120km/hのストレートは一秒間に33メートル進む。
野球なら細かい物理法則をのぞけば、大体0.5秒で着く。
これがソフトなら0.4秒だ、120km/hのストレートなら0.1秒で3メートルの違いとなる。
野球で来ると思った地点よりも、3メートル分早く来る、と思ってもらえればその速さを納得していただけるだろうか。
御神楽「慣れるまでが、勝負になるな」
ネクストバッターズサークルの御神楽はゆっくり立ち上がった。
まだ将星は柳牛のことを『打てる』。
…そう思っていた。
今日は二番の帝王が右打席に立つ…と同時に黄色い声が後方から上がった。
「キャーー!!御神楽くーーん!」
「帝王様ーーー!!」
「メイド姿にあってたよーー!!」
盛大にずっこけた。
観客は爆笑、美形の割りになんとも格好がつかない初打席となってしまった。
あはは、とマウンド上の柳牛も苦笑する。
背後のキャッチャーも御神楽に声を掛けた。
不破「大丈夫?」
御神楽「ぐ…敵に心配される覚えはないっ」
差し出された手にはつかまらず、汚れたユニフォームを手で叩く。
そう、と短く返して女子ソフト部キャッチャーの不破はマスクをかぶりなおす、ぶら下げた三つ編みがふわりと揺れる。
御神楽は、はて、と少し疑問に思った。
…野球部は女子ソフト部に嫌われているのではないのか?と。
まぁ、そんなことは今はどうでもいい。
柳牛「行きます」
右手を左手のグラブにおさめ、胸におく。
そこから勢い良く足を前に踏み出し、腕を回転させる風車。
ビシュッ―――バシィ。
御神楽が瞬きをする間に、ボールはミットに収まった。
『ストライクッ!!』
御神楽「何っ!?」
『ウオオオオオオオッ!!』
来宮「お、おっとぉ!本来なら一番打者であるはずのえっと…しょうせい、の、かくだんとう、御神楽選手も思わず見逃したぁっ!」
山田「な、なんでぇ?どうなってるのよ、タレ目の人!」
赤城「びびっとるだけや、アホやな。さっきの野多摩君のでもう速さはわかったやろうに…。まずはボールを見ていかなあかん。…将星も、勝てない訳や無いんやから」
ちっ、と舌打ち。
ボールを見ていこうと思ったが、まだどこかで振ろうという気概があった。
だがそんな気持ちを失わせるには十分なほどのスピードであり…。
御神楽(迫力が、違う)
思わず両手でグリップを握りなおす。
ボールが大きい分当たりやすいだろう、なんて高をくくっていた。
普段のあれだけ小さな硬球を打っているのだから…しかし、どうも甘い考えだったようだ。
むしろボールが大きい分、迫ってくる勢いだけで圧倒されてしまった。
気合を入れるためにバットを二三度スイング、ヘルメットの縁から相手の姿を見極める、よし。
柳牛…大きく息を吸って、第二球。
その瞬間から、御神楽の姿勢が低くなる。
海部「…む!」
関都「バント?」
ギャラリーたちも、おおっ、と驚きの声をあげた。
目線をバットの高さにまで下ろし、ほぼボールと平行に軌道を見据える。
不破(…ほぅ)
相川(よし…そうだ)
ナルシストだの帝王だの言われる割に、相手に勝つためにはプライドを捨てて勝利への道を模索できる態度は御神楽の美点である。
何よりもいつもより、ボールの来る位置が違うのだ、変な意地は無用。
まさしく下から伸びあがるストレートをどう攻略していくか…。
バットは、ボールに当たる直前で引かれた。
余裕を持ってボールを見極める、球筋を見ていくのだ。
『ボール!』
不破(球筋を見てくる。創部二年目の割りに細かいことをきちっとしてくるな)
御神楽(…思ったより伸びている)
危なかった、もう少しバットを引くのが遅ければあたっているところだ。
目測よりも大分早い地点でボールは眼前へと迫っていた。
野球ではいくらストレートが早くても、ある程度回転で対抗できることはできるが…基本的にボールは空気抵抗を受けて失速する。
ところが、ソフトの距離…いつもより短い距離ではではボールが失速する前にホームベースに届いてくるのだ。
その感覚に慣れるために、一度頭をリセットしなければならない。
御神楽(…よし)
右足を少し後ろに引いて基本的な姿勢で敵を迎え撃つ。
長い前髪で隠れた片方の目も、ヘルメットの下で光る。
不破(臆することは無い)
しかし、不破も迷わずストレートのサインを出した。
力強くうなずく柳牛。
柳牛「行きます!…てあああっ!」
掛け声とともに風を切る右腕、一年でエースは伊達じゃない!!
ヒャンッ!!!!
手がまるで鞭のようにしなやかに唸る。
御神楽「………っ!」
しかし、御神楽も半年間野球部で逆境に耐えてきた。
桐生院のあの男に比べれば……当てることぐらいはできるっ!!
御神楽「…ひゅっ」
コキィンッ!
『オオッ!!』
ボールは小気味良い金属音と共にグラウンドを転がっていく。
来宮「あっ、当たったっ!!」
赤城「セーフティや!!」
場内がざわめき立つ!
不破「ち」
柳牛「う…!」
海部「落ち着けっ!近松、お前がいくんだっ!」
近松「あいあいっ」
まさか三球見ただけで当てられるとは思っていなかったのか、一瞬キャッチャーの不破とピッチャーの柳牛の反応が遅れる。
しかしショートのキャプテン海部は冷静に指示を飛ばした。
的確かつ迅速な判断、将星の内野の守備が鉄壁なのは彼女の力も大きい。
近松「ファーストぉっ!!」
サードは流れるような動作でボールを拾い上げると、そのままファーストへ落ち着いて送球。
パシィンッ!!
小気味良い音を立てて、ボールはファーストのミットへと収まった。
『アウトォッ!!』
一応ファーストベースを駆け抜ける、御神楽は無表情だった。
御神楽「…まぁ、こんなものだろう」
当てただけでも良し、とする…別段悔しくもなく次の打席を待つのみだ。
キャッチャーマスクをあげた不破は正直驚いていた。
ソフトの中では、柳牛は決して球が速い方ではない、むしろコントロールと変化球で勝負するタイプだ。
だが、それでも野球部とはいえほぼ素人同然の男に当てられるとは思っていなかった。
不破(アキラ…考えを、改めた方がいいかも)
その後三番の吉田は良く見ていくと大きく頷いた割りに、すべてフルスイングの三球三振に終わった。
あの成川の時の落ち着きはどうした、と相川含めベンチ陣が大きくため息をついたのは言うまでも無い。
1回裏、野球部0-0女子ソフト部。
ソフト部のオーダーは以下の通りである。
一番 蘇 我 一年 中
二番 足 利 二年 右
三番 関 都 二年 二
四番 海 部 二年 遊
五番 雪 澤 二年 一
六番 村 上 二年 左
七番 近 松 一年 三
八番 不 破 二年 捕
九番 柳 牛 一年 投
ここからが、相川にとっては真の勝負である。
大きく息を吐いて、肩の筋肉を軽く回して慣らす。
『打てない』のなら、『打たれなければ』いい。
ソフトは七回きっかりの勝負、最悪引き分ければいいのだ。
たかがお祭りのイベント、勝ち負けはっきりする必要もあるまい。
とにもかくにも、そのためにはマウンドのポニーテールがどれだけ頑張るかによる。
三澤はもともと小学生時代はソフトでは結構有名な投手だったらしく、球を受ける相川もチェンジアップを投げれると聞いて驚いたものだ。
二球種あれば、なんとかならないこともないだろう。
雨宮「蘇我、叩きのめしてこい」
蘇我「はーい!!」
関都「遠慮はいらねーぜ!!」
海部「頼んだぞっ!」
不破「…ふぁいと」
蘇我「がんばりまーっす!」
出てきたのは、冬馬もびっくりのチビっ子。
蘇我「よーし」
というか高校生かどうかも怪しい、いや、むしろ中学生かどうかも…。
ショートカットを横で二つに結んでいる、それが余計に幼さを引き立たせていた。
大場「こげん…こげん女子は…」
御神楽「大場、暴れたら」
相川「ぶっ殺す」
大場「ぐぅっ…許せとです全国の愛好者よ……友を裏切るわけには…ぐぅっ!」
さすがにこんな試合で暴れたりしたら、野球部は終わりなので試合前から大場には厳重な注意網が引かれていた。
現在彼のグッズの命運は相川が握っている。
蘇我「?どーしたの?」
相川「…いや、なんでもない」
『一番、センター、蘇我さん』
来宮「はてさて、野球部はあっさり攻撃が終わっちゃいましたねぇ」
赤城「ま、そんなもんやろ。相変わらず吉田君は脳みそたりてへんみたいやけど、相川君も苦労してるやろうなぁ」
放送席の声はスピーカーを通して構内にめぐっている。
当然グラウンドにもその声は響き渡っている訳で。
ピクリ、っと三澤の耳が反応した。
三澤「むむっ!こらーー!!傑ちゃんの悪口言うなぁっ!!」
吉田「お、おい、柚子…」
思わずファーストベース側を指差す柚子、ふんわりとライトグリーンに包まれた栗色の髪が風に舞う。
何故か歓声、吉田は何故かちょっと恥ずかしくなった、授業参観で親に大声を出された気分だ。
「やっぱりあの二人ってできてるわけ?」
「幼馴染だしぃ」
「恋人未満友達以上ってやつぅ?」
「きゃー、あこがれるー!」
「実際は柚子ちゃん結構苦労してるみたいよ?」
「なんでなんで?」
「だって、相方はあの通り野球馬鹿じゃない」
「それがいいんだろうけど、可愛そうよねぇー」
吉田(な…なんだ?ちくちくするぞ)
ギャラリーのざわめきは数が多いため聞き取れない。
が、何故か背後の観客…主に女子生徒たちからの視線が厳しい気がする…というか、背中が痛い、痛っ!
原田「柚子姉さん!ファイトッス!」
大場「守備は任せるとですよ!」
御神楽「み、三澤さんっ!!この僕が後ろには抜かせませんよっ!!」
吉田「おーう、あんま気張らずに行けよっ!」
三澤「う、うん。がんばるよっ」
よーし、と手を握り締めて、ロージンバッグを捨てる。
帽子なんてかぶるの久しぶりだから、何かむずむずしてかゆい。
それでもその愛らしさや、意外と出るとこ出て発展途上の体は男性客をうならせた。
赤城「どうでもええけど、美女コンテストとかやってないん?」
山田「あ、明日あるよん?タレ目君もくるぅ?」
来宮「さぁー、一回裏から盛り上がってる放送席ですっ!打順は一番、蘇我さんからっ!!」
それにしても…と、相川は蘇我を見上げた。
ずいぶんと線の細い選手だ、普段ガタイのいい選手ばかりを見てるかもしれないが。
蘇我「よろしくおねがいしまーす」
ぺこり、と相川に向かって頭を下げる。
ついでに三澤に向かっても頭を下げる。
相川「あ、ああ」
三澤「こ、こちらこそ」
なんとなく毒気を抜かれてしまった。
いかんいかん、と首を振って気を引き締める相川。
相川(このメンツで俺が呆けてたら始まらん)
『プレイ!』
さて、初球はどうするか。
三澤にはストライクゾーンを四つに分けて考えろといった。
細かいコントロールを気にするとボールは手なずけられない。
だからイメージでいいのだ、かのスワローズの大捕手古田がコントロールの悪い名投手石井一久をリードしたときの方法である。
蘇我「はぁ…せっかく試合なのに、彼は遠い彼方…残念だなぁ」
相川「…よそ見してる場合か?試合はもう始まってるんだぜ」
蘇我「あっ!それが噂の相川君のささやき戦術ってやつ!?いい声だなぁ、ほれぼれしちゃうよ」
相川(…………なんだこいつ)
ぶっ飛んでるぐらい底抜けに明るい。
常に笑顔にニコニコと擬音をつけてもいいぐらいだ。
その幼い容姿とあいまって、笑顔はすばらしいものとなっていた。
大場が悶えているのを、相川はあえて見ないふりをする。
蘇我「あ、でも試合では手加減しないからね、キャプテンに怒られますから…怖いんですからねっ!うちのキャプテンは!」
相川(うるさい…)
いいから、早く構えを取ってくれ、投げさせられない。
ようやくバット立てて構えるかと思いきや…。
三澤「へ?猫背?」
相川(極端なクラウチングだな)
背中を丸めて、ボールに食らいつくように屈みこむのがクラウチング打法。
だが蘇我はそれをさらにひどくした感じで、背中が丸まっている。
もともと背が小さいため、ストライクゾーンは狭い。
相川(ちっ)
一週間足らずのリハビリでコントロールが定まりきらない三澤には、荷が重い相手か…。
とりあえず、外角低めのボールを要求する。
三澤(了解)
普段、西条や冬馬といった男の球を受けてるので、どうにも違和感があるバッテリーだったが…。
ピッチャーの三澤は独特のモーション。
左手を大きく前に突き出したまま、右手も前につきだし横から見ると八の字をえがくように腕を振り回し…そのまま…勢い良く投げるっ!
三澤「ぇぇいっ!!」
ビシュッ!!!
ボールは、左打者の蘇我の外側、外側へ…。
相川(…よーし、いいコースだ、ボール一個分外ってところか)
突然、相川の視界を何かが横切った。
それがバットだと気づくのに0.5秒。
蘇我「もらぃっ」
相川「…な!」
キィィィィィンッ!!
来宮「打ったぁッ!!打ちました!!!」
赤城「ほぉ、ボール球を綺麗に打ちつけよったな」
海部「見たかっ!!蘇我の悪球打ち!」
明らかにボール球ではあるものの、思い切り叩きつけてボールは三塁と二塁の間。
打球は速いものの、サードよりの位置だったのでほぼ場所は吉田の真上となる。
吉田「畜生ッ!!高ぇかっ!!」
最大限に地面を蹴り、さらにグラブを思い切り伸ばすが…それでもボールは吉田のその上を行く!
グラブをかすり、2cm上を白球は超えて―――。
御神楽「馬鹿者ぉっ!三澤さんを背後を守るのが僕らの死命である!!」
ガヅンッ!
吉田「いてぇっ!?」
落下しかけの吉田の背中を三角蹴りの要領で駆け上がる。
2cmの不足分にはそれで十分だ。
今回の挿絵。
御神楽「とーうっ!!」
バシィッ!
『うおおおおおおおおお!!!』
「や、野球部すげええええ!!!!」
山田「す、すご…あんなことやるんだ…」
赤城「アクロバティックなことやりおるなぁ」
原田「師匠!!中継を!」
御神楽「うむ!」
空中から原田へとボールを中継そのまま、振り向きざまにファーストへ送球。
ミット音と同時に、蘇我のトーンの高い可愛らしい声が響いた。
蘇我「うぇぇ!?」
『アウトォッ!!』
『ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』
やれやれ、と相川は汗をぬぐった。
相川「三澤が絡むと、人が変わるな、アイツは」
吉田「スパイクで人の背中を踏むなっつの!」
御神楽「問題ない、ゴム使用にしてある」
三澤「きゃー!すごいすごい御神楽君!!」
御神楽「いやーーあっはっは、何、三澤さんのためなら」
吉田「お、俺を踏み台にしたおかげなんだぜ!!」
御神楽「ふん、貴様なんぞ僕の踏み台で十分だ」
吉田「あんだと!」
御神楽「やるのか?」
三澤「喧嘩しちゃいけませんっ!!」
二人「「…はい」」
『どっ!!』
ギャラリー大爆笑。
あれだけの真剣なプレイが、コミカルなやり取りで一気に台無しになってしまった。
しかし野球部への歓声は明らかに増えている。
「いいぞ野球部ーーー!!」
「もっとやれーーー!!」
相川(…天は我らに味方した、か?)
ぴょこぴょこ、っとかわいらしく走りながらベンチへと戻ってくる蘇我。
しょんぼり、というよりは焦っていた。
雨宮「気にすることないわ、まぐれよあれは」
蘇我「うん…それもあるんですけどぉ」
海部「どうした蘇我」
蘇我「あの三澤って子、すごいかも。私、振り遅れたもん」
海部「なんだと…?」
蘇我「っていうか、どっかで見たことあるんですよぉ…あのポニーテールといい、あの左手を前に出した変な投げた方といい…」
海部「…ふむ」
続く、二番ライト足利も低目へとボールを集めてセカンドゴロに打ち取った。
三澤のポテンシャルは思ったより高い。
コントロールこそ、定まらないものの球威だけならそこそこある。
関都「まったくよぉっ!」
サンバイザーの少女が勢い良く立ち上がった。
関都「どいつもこいつも情けないぜっ!!アタシがなんとかしてやるよ晶ッ!」
海部「よし、関都、頼んだぞ!」
関都「任しとけっ!!」
一回裏、野球部 0-0 女子ソフト、二死。