217女子ソフト部戦1 驚愕












山田「えー、マイクテストマイクテスト、てすてす、てす、あー、あー、本日は晴天なり」


試合はまだ始まらないのか、とざわめきだした将星高校のグラウンド。

ベースを置き、簡易ベンチにマウンドを盛り上げて舞台は完璧である。

少し地面から高くなったそのマウンドに、山田部長がワイヤレスマイクを持って登場した。

ややコーラスがかかったマイク声に、ざわめきは尚いっそう大きくなる。


山田『どうもー、主催の新聞部山田でありますー、本日はお日柄も良く皆様にお集まり…』

「うるせーー!チケット代返せー!」

「選手はどうしたのよー選手は!!」

「相川君や冬馬君はどこーー?」


凄まじいブーイングと共に長靴や傘や空き缶ペットボトルが投げ込まれる。

掃除が大変なことをわかっていないのか、これだから大衆は、と氷上はぼやいた。


山田『まぁまぁ落ち着いて皆さん。もうあと五分で選手が入場しますんで』


選手はグラウンドの方には全く姿を現していない。

女子ソフト、男子野球部たちとも試合が行われるグラウンドとは別のグラウンドで練習していた。

体育館の隣にある小さな第二運動場と、中庭の隣にある第三運動場だ。

決して大きくは無いが、まぁ練習ぐらいになら十分使える。

出し惜しみしたほうが盛り上がる、とは山田の談である。

なんとまぁ、試合予想プリントや選手紹介や戦力分析のビラまで配られている、競馬じゃないんだから。


山田『で、えっとぉ、皆さんご存知の通り、この試合はなんと野球部の命運がかかっております!』

氷上「え?」

「「「ええーーー!!?」」」


ざわめきがさらに激しくなる。


「噂って本当だったの??」

「おいおいおい、マジかよ」

「ちょっとぉそれはやりすぎなんじゃない?」

「まぁ新聞部だからどうせデマだろー?」


山田『その方が両者とも頑張るってものです!人間追い詰められないとって奴です!』

氷上「ちょ、ちょっと山田さん」

山田『どうしたの?いまさら怖気づいたの?』


氷上は話そうと思った、廃部じゃあんまりだから、条件を変えようと思ったことを。

意地になって野球部をやめさせようと思ったが…相川が生徒会にさえ入ればいいのだ。

そのことは恥ずかしいから誰にも言ってはいなかった。


山田『天下の生徒会長さんが、今更条件を変えるわけは無いよねぇ』

氷上「う…あ、当たり前ですわ」

山田『と、言うわけで試合は絶対に面白くなりますからね!!みなさん、応援のほうよろしくーーー!それでは、選手にゅーーーじょーーー!!!!』



「「「おおおおおおおお!!!!」」」



歓声と共に、外野側に作られた道から選手たちが歩いてくる。

まるで運動会の選手入場だ、もっとも女子ソフトはレフト側、野球部はライト側と分かれてはいたが。

見世物じゃないかと赤面する相川たちを尻目に先頭の吉田や大場は女子らの声援にいい気になって手を振っていた。

無論、黄色い声はあまり彼らに向けられたものではなかったが。


相川「どういうことだ氷上の奴…また山田の狂言か?」

真田「……まさかこんな屈辱を経験するとはな…」

御神楽「我慢だ、我慢するのだ」

県「ふ、二人とも落ち着いてください」


なんやかんやあったが、とりあえず大歓声に包まれながら両陣営がマウンドをはさんで整列した。

だらだらと歩いてきた統率の無い野球部に対して、礼儀がなっている女子ソフトは一糸乱れずに整然と整列した。

この場に降矢がいれば、さらにえぐいことになっただろうが、まぁ仮定の話である。


ザッ…。

砂煙と、ざわめきが舞い上がる。

海部が相変わらず凄まじい目で相川をにらみつけているが、それには気づかないふりをした。

なんとか一週間でできるだけのデータは集めたが、自信は無い、三澤も所詮現役選手ではないしどこまでデータで勝負できるかは未知数だった。

こうしてみると一癖も二癖もある選手が多い、そのくせ全体としてのバランスはとれている。

まるで自分のところの野球部みたいだ。



海部「実力の違いを見せてやるぞ相川…!」

相川「頑張りすぎて空回りしないようにな」

海部「なにぃ…!」

近松「ま、まぁまぁ落ち着きなよ海部さん」

雨宮「そうよ、こんな奴らにムキになる必要は無いわ」

緒方「む…ちょっと、生徒たちに対して失礼じゃありませんこと」

雨宮「あら?どこの誰かと思えば、野球部のポンコツ監督じゃないか。君らもかわいそうにねぇ」

緒方「む…なんですってぇ…ぺったんこのくせに」

雨宮「……口の利き方に気をつけたほうがいいようね…それだけ大きいと見苦しいわ、牛」

緒方「そちらこそね、女狐」

二人「「ふふ……!」」




大場「お、おお…火花が…」

吉田「監督燃えてるな…!」

『それでは、一同、礼!!』


全員『お願いしますッ!!!!!』




たぷん、と質感たっぷりに揺れる胸はもうお約束となっていた。

立場は先生、から監督に代わっていたが。


緒方「それじゃあ、オーダーを発表するわね」

吉田「いいぞー監督ーー!」

大場「ひゅー、ひゅーとです!」

野多摩「ぱちぱちぱち」

緒方「やーん、照れるじゃないのぉ」

相川「…監督、発表を」

緒方「…こほん、えっとぉ…

一番 ライト 野多摩くん
二番 ショート 御神楽くん 
三番 サード 吉田くん
四番 ファースト 大場くん
五番 レフト 真田くん
六番 キャッチャー 相川くん
七番 セカンド 原田くん
八番 センター 県くん
九番 ピッチャー 三澤さん

BY、相川、以上よ!」

相川「だから監督それは読み上げなくていいですから」

緒方「あ、あら、そうね」

県「今回は野多摩君が一番なんですね」

相川「まぁな、ソフト経験者だし…なんとか頼むぞ野多摩」

野多摩「がんばぁりますよぉー」

相川「…不安だ」

緒方「あんな冷酷サイボーグ女狐にみんな負けないでよっ!!」

三澤「な、なんだかずいぶん先生むこうの顧問と仲悪いんだね…」

六条「そ…そうですね」

ナナコ「りさー、りさー、すわろー?」

相川「…いったいなんなんだその子供は」

六条「あ、ごめんなさい、ちょっと今うちで預かってる子でして…」

冬馬「どうも梨沙ちゃんに懐いちゃったみたいで…」

六条「離れてくれないんです、あはは」

真田「ガキはこれだから…」

ナナコ「この怖いお兄ちゃんだれー?」

真田「……」

相川「くっく…子供の言うことにムキになるなよ、お兄ちゃん」

真田「不愉快だ」

相川「とにかく、今回ばっかりはどうなるかわからん。みんな、気を引き締めろ」

県「はいっ!」

原田「当然ッス」

西条「スタメンやったら気合二倍やねんけどなぁ」

冬馬「気分屋なんだから」

西条「なんやとぉ…っていうかお前さっきはなんやってん、波野ともはぐれてまうし…」

冬馬「はいはい、ごめんごめん」

西条「がきゃあ…」

吉田「おらー、行くぞお前ら!!しょーーーせぇぇーーーい!!!」

全員『ファイ!!オオオーーーーッシ!』




抜けるような晴天、空は青と白のコントラストが美しい。

肩と肩を組み、輪を作った真ん中からは太陽がのぞいていた。

十月ではあるが寒いというよりは熱いほどである、午後の太陽と人の熱気がグラウンド内に渦巻いている。

先攻は将星高校、守りに女子ソフト陣がつくために走っていく。

何度か守備練習を繰り返すが、いい感じに整備されているらしく、変なバウンドなどはなさそうだ。

それでもその軽快な守備連携はギャラリーにため息を漏らさせた。

マウンド上は柳牛観羽(やぎゅうみう)渦中の人であり、最近はあまり元気も無かったみたいだが、いざマウンドに立つとその眼鏡の奥は引き締まっ…てなかった。

相変わらず自信なさげなうるうる目で、キャッチャーの大柄で無表情な選手とサインの確認をしていた。


柳牛「こ、こんなの初めてだから緊張します不破先輩…」

不破「気にするな。ミウの球は走っている。ちゃんと投げれば問題ない。負けても死なない」

柳牛「それはそうですけど…」


ちらり、と野球部のメンツを目だけ動かしてみる。


不破「ストレートだけで、問題ない。気合を、いれろ」


ぷに、っと柳牛のピンク色の唇を指で押す。

少しだけ笑うと、ホームベースに戻っていった。



???「てすてすてす、えー…放送部の来宮香苗です。えっとぉ、今日の試合は校内に設置されたスピーカーから随時生放送でお届けいたします…実況なんか初めてだから緊張なのです」

山田「はーい!!こちら解説の山田理穂ちゃんだよぉーー!よろしくカナカナー!」

来宮「え、ええ!?は、はい、よろしくお願いします。…カナカナ?」

山田「あと、私は野球わからないからそこらへん歩いてた兄ちゃんを捕まえてきましたー!」

赤城「どもー、霧島工業捕手の赤城雄志やでー、みなさんよろしゅーたのんますー」」


ドシャーーッ!!

将星側のベンチで盛大にずっこける音。


相川「あ、赤城ぃ?」

吉田「何やってんだあいつは…」

三澤「き、霧島工業って結構遠くなかったっけ??」

御神楽「まぁ電車でこれる距離ではあるが…」



気を取り直して、再びファースト側に作られた簡易放送席に戻る。

しかし濃いメンツがそろってしまったもので、放送部の来宮はおろおろとしている。

山田が解説をやる、と言う時点でいけにえにささげられたようなもんだ。

音響担当の他の部員は、南無阿弥陀仏を唱えていた。


来宮「白状ものぉ…」

山田「さ、試合試合、イベント楽しみじゃのう、ほっほ」

赤城「さて、どうなることやらなぁ」



『一番、ライト、野多摩君』

グラウンドに響き渡る、ウグイス声でさらにギャラリーは盛り上がる。

なんというか本格的だ、臨場感は抜群である。



吉田「野多摩!気負わずいけよっ!!」

野多摩「はぁーい!」


『プレイボーーール!!!!!!!!!!!』


午後三時、試合が開始された。

まずはジャリ、っとグラウンドに一番の野多摩が立つ。

ソフト経験者だけあって、練習でも一番順応が早かったし守備もバッティングも結構こなしていた。

相川がただで一番に置いたわけじゃない。


柳牛「そ、それでは…行きます」


柳生が、大きな胸に両手をおいたフォームから勢いよく前に踏み出した。

緒方監督と張り合えるほどではないだろうか、勢いのおかげ大きく揺れる。





野多摩(……え?)



振り切った右腕の残像がひざに残ったあたりで、野多摩はボールを見失った。

というか最初から見えていない、いったいどこで投げたのか。

なんにせよ―――――速い。



海部「…甘く見るなよ、野球部。一年でエースをやってる柳牛の実力を…!」


ショートの海部が不適に笑ったのを相川は見逃さなかった。



御神楽「…相川よ」

相川「先に言っておくが、同感だ」

御神楽「この試合…骨が折れそうであるな」



一回表、野球部0-0ソフト部






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