217一軍戦14言わない約束













五回裏、一軍6-2二軍。

打者は八番の三上。

四点差。

回を重ねるごとに、その点差が重く肩にのしかかってくる。

持ち直した植田に依然、隙、無し。



―――ドォンッ!!


『ストライクワンッ!!』

見えないストレート、『微塵』の威力は回を増すごとに増していく。


三上(駄目だ、全く手が出ない…!)


スイングしようと思った瞬間にすでに閃光は自分の前を駆け抜けていく。

そんな比喩も大げさでないほどに、微塵は速い。

しかも…。


――クッ、バシィンッ!!!

『ストライクツー!!』


スライダー、カーブ、チェンジアップに加えシュートの多彩な変化球も投げ分けてくる。

三上の脳裏に、一瞬大和がよぎった。


三上(こんな…こんな投手打てるのか?!)


思えるほどに、植田は完成していた。

おまけに、失投もない。

植田「しっ!!」


植田の体が躍動する、ゆっくりとしたスローなペースは右腕のバックスイングをペースに、加速し…リリースの瞬間に爆発する。

―――ヒュゴッ。

あまりにのノビに、三上の眼球がボールに反応しなく、なる。

無茶振りのスイングがボールにかするはずもなく…!


バシィンッ!!!

『ストライクバッターアウッ!!』


三上「くそっ!!!」

堂島「くっくく…」


絶望、これは、不安、動揺、焦り…。

三上の心を言い様のない負の感情が覆っていく。


望月「まだ、五回だろうが…」

三上「望月君…」


入れ替わり打席に向かう望月の瞳は、諦めてはいなかった。

先ほどは、諦めが偶然を生んだが…今打席は。


堂島「偶然は、続かんぞ」

望月「だろうね、俺もそう思う」


皮肉にも応じず、目線はマウンドの植田を捉えていた。

集中している、こういう時は何かが起こるものかもしれない。


植田「少しの明日も…」

望月「?」

植田「少しの終わりも、少しの奇跡も…お前らには必要ない!」


植田が、振りかぶる。

九番望月に対して、第一球!!


植田「微塵にして、やる!!」

望月「くああああ!!!」



―――ドゴオンッ、ブンッ!!

駄目だ、かすりもしない。




堂島「無駄だ望月。奴はお前らみたいにぬるい野球をしてはいない」

望月「ぬるい…?」

堂島「一歩後ろが崖だ、奴は」

望月「それは俺らだって…!」








堂島「同じだと、思っているのか?」









―――ドォンッ!!

『ストライク、ツー!!』







神野「おい…植田の奴、なんか神がかってきたぞ」

大和「だね、もうさっきの勢いを取り戻している…どころか、さっきよりも球威が増しているね…横目からでもあのストレートが速いことがしっかりわかるよ」

大和は腕を組みなおした、隣の宗はなんともいえない複雑な表情をしていた。

宗「あんまり言いにくいが…これなら、南雲たちが一軍にいなくても、勝てるんじゃないか?」



そもそもは、南雲たちが二軍に存在し、地区予選で負けたことからこの試合が始まった訳だ、そこには二軍がなくなるとか、他の要素も絡んでいるが…。

だが、今のこの一軍の実力なら、望月、南雲らがいなくても十分に甲子園で勝てるんじゃないだろうか。

一部を除けば今の二軍は、何も無ければほぼレギュラーになっている軍団なのだ、それをこれだけ圧倒的に上回っているということは…!」



ズバアンッ!!!

『ボール、ワンッ!!』

ミットが立てる音がここまで聞こえてくる。


大和「尚更だよ、宗君。これだけの実力に南雲君達が備われば、桐生院は更に強くなる」

宗「あ…」

大和「こんな試合をやってること自体がおかしいんだ。だけど、もうここまできたら止められない」

灰谷「やるか、やられるか、か。冷静になって見りゃ、不毛な争いだ」




当人達にとっては、命がけのようなものだ。

植田「くあああああ!!」

望月「くそおっ!!」


―――ドォン、ブンッ!!

『ストライク、ツー!!』


望月(駄目だ!全くスイングが追いつきやしねぇ!)

望月はグリップを大分、あましバットを一番短い部分で持っていたが、それでも今までの打ち方では遅すぎる。

やはり、コースを読んで、偶然にかけるしかないのか。


―――偶然は、続かんぞ―――

先ほどの堂島の言葉がフラッシュバックする。


望月(うるせぇ!偶然は起こすもんだ!!)

決めた、高めストレート、それ以外なら三振だ。



植田はゆっくりと振りかぶる、ゆっくりと、ゆっくりと、時間を慈しむように。

植田「…終わりだ」



―――ヒュアッ!!!!!

望月は植田が投げる前からスイングを開始していた、後は天のみぞ知る。

コースは…!





望月「ビンゴじゃねーのか!!!」

高め、ストレート!!!




カッキィイイイイイーーーーーンッ!!!

快音!!

『オオオオオオオ!!!』

思わずギャラリーたちも声を上げて打球を追う!

ボールは、一度地面ではねた後、三遊間深いところを…!


秋沢「させん」


バシイ!!


サード秋沢、ほぼ斜め後ろに飛ぶようにしてグラブを、差し出す!

それはワンバウンドの打球を完全に掴み取った…が!


妻夫木「大丈夫だ!!」

秋沢の捕球位置は一塁からあまりにも遠い!!

布袋「望月の足なら、内野安打になる…!」




グラブを軽くあげると、その勢いでボールが飛び出す。

それを卓球のスマッシュのように秋沢は右腕に遠心力をつけ、触れに行く。

そこから、つかむと同時にその勢いのまま一塁へ…!


南雲「!」

藤堂「野郎…!」


秋沢「無駄だ、望月!」



ヒャンッ!!

風を凪ぎ、ボールは一塁牧のところへ…!

望月の足も、一塁キャンバスを、踏む!!!



ガッ!!バシィイッ!

望月は勢いあまって、一塁線上ををゴロゴロと転がっていく。

ようやくとまって振り返ったとき。


望月「…マジ、かよ」

審判の片手が大きく上がっていた。

植田は続く弓生も抑え、またもや二軍の得点は…ゼロ。



六回表、一軍6-2二軍。







いまだ、ギャラリーからざわめきが鳴り止まなかった。

「お、おい…あの当たりでアウトかよ…望月って足遅くないだろ?」

「こんな…こんなの敵うわけないじゃないか」


望月(諦めて、みるかな)

まだ冗談を言えるぐらいなら、大丈夫だ。

諦めなければ夢はかなう、なんてセンチなことを言うつもりはないが、諦めたところで心の奥底で絶対諦めないのが自分だ。

…が、望月の右肩に、異変が起きはじめた…!





カキィィイーーーーンッ!!!

望月「!!」

この回の先頭打者、真金井への初球、ストライクを取りにいったスライダーがいとも簡単に打たれてしまう。

望月は自分の右手を見つめた。


望月(…あれ?)


今の自分のボール、いやに勢いが無かった。

なんでだ?…考える間もなく、次打者九番の植田が打席に入る。


植田「どうした、そんな腑抜けた球で抑えられると思っているのか」

望月「ほざけ…」



セットポジションからの第一球…!

バシィッ!!

『ボール、ワンッ!!』


三上(あ…!)

始めてわかる、明確なコントロールミス。

三上の要求が低めに関わらず、コントロールのいい望月の放った球は高めのボール。

三上(まさか…!)


右肩がやけに重たい。

鉛でも入ってるみたいだ、さっきの回まではそんなに感じなかったのに。


望月(おい…まさか)


さっきの全力疾走か。

そんなに俺の体はやわか、まだ六回だろうが、望月は帽子を被りなおした
、すでに彼の頭から、初回の50球は忘れられていた。


望月「しゃらくせぇ!!」


ビシュッ!!

右腕を思い切り振り下ろすが…先ほどまでのノビは、ない!



植田「…棒球…!」


―――キィンッ!!


打球はすさまじい勢いで望月の横を駆けていく、ボールは遙か外野に消えた。

これで二者連続ヒット…あっというまに一塁、二塁のピンチを迎えてしまった。



望月(なんだ…これ)


気づけば、心臓の音がいやに大きくなっていた。

さっきの回の全力疾走…原因は、それだ。

異常なまでの集中力と…そして、球数はすでに120を越えていた。

ヒートオーバー、またはスタミナ切れ、そして酸素不足。

望月のライオンハートに、すでに先ほどまでのキレはなくなっていた。



見かねて、内野陣がマウンドに集まる。

布袋「望月!大丈夫か!」

望月「ちっくしょー…さっき一塁に全力で走ったのがまずかったかな…」

言っている間にも、肩は大きく上下していた。

威武「…これは、駄目だ」



これ以上、あの投球で一軍に投げ続けては打たれるのは、目に見えている。

おまけに、打順は一番に戻り…このままだと、またクリーンナップに回る。


三上「ここまで…ですか」

布袋「三上っ!!」

三上「だ、だって、投手は望月君しかいないんだよ!それがこれじゃ…」








妻夫木「馬鹿だな、マネージャ」

妻夫木がククク、と笑いを押し殺した。

この男、いまだに余裕を失っては、いない。

三上「え…?」

威武「…そうか」

望月「藤堂さん」



帽子を脱ぎ、オールバックの髪型を再び手で大きく後ろに回す。


藤堂「二年のエースを忘れんじゃねぇ」










妻夫木「ま、望月が来てからは大和と挟まれて随分片身が狭かったがな」

藤堂「さぁな、俺は俺の仕事をするだけだ」


絶望には、まだ早いか。

藤堂「内野を守れるか、などと甘いことは言わない。守ってもらう、いや守れ」

望月「は…はい」

藤堂「わかったなら、そこをどけ。…責任は、引き受けてやる」





投手、交代。




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