216一軍戦13木端微塵















ぎり、と歯が軋んだ。

幾分か表装が剥がれ落ちたかもしれない、それほど植田の心はさざめきたっていた。

二点。

完璧に抑えるつもりだったのに、なんだ、このザマは。

再び堂島がマウンドの前に立っていた。


堂島「植田」

ビク、と体が震えた。

堂島が近づくたびに、目が虚ろになる。

堂島「肩を見せろ」

植田は大人しく袖をまくった、心は揺れているものの、そこに激しさはない。

むしろ、怯え。

堂島「完成しているなぁ、Dは」

植田「…」

堂島「駄目なのは、お前の心、か。…それなら、救いようも無い」

――ゾクリ。

俺は今まで何をやっていたのだ、植田は激しく後悔した。

力が手に入った程度で勘違いしていたのか、俺は。

一度終わっていた自分を拾ってくれたのはこの人だ、逆に言えばこの人に見捨てられたら、終わりなのだ。


堂島「いくら俺でも、心を救うことは、できんよ」

植田「チャ、チャンス…」

堂島「ん?」

植田「今一度、チャンスを!!」

堂島「何を言ってるんだ、お前は」


ガッ、と堂島は植田の足を払った。

力なく植田は地面に尻をつけてしまう。


堂島「チャンスは、もらうものではない」


機会は、与えることができるが、もらえるものではない。

掴み取るものでもない、機会は…奪い取るものだ。


堂島「お前は、何を犠牲にして、機会を得る?」


植田は真人間というプライドを投げ捨ててDを、機会を得た。

Dはいつか反動が来る、それは何日先か、何十年先はわからないが、その恐怖と引き換えに植田は力を、機会を得た。

機会はそんなに軽くもらえるものではないのだ。


植田「う…」


植田は言葉に詰まった、だがここで降りるわけにはいかない。

ここで終わったら、もう一生立ち上がることができない、そんな気がした。


植田「何を…賭ければ」

堂島「自分で考えろ、十秒やる」

植田が、反論する前にカウントが始まった。

植田「お、俺は」

堂島「7、6…」

非情、その一言に尽きた。





植田「Dを…二つ…」


植田が搾り出した答えは、自分が実験台となることだった。

それしか考え付かなかった、堂島は命をかけるぐらいでないと機会を与えない、甘い男ではないのだ。

堂島「いいだろう…幹部ですら人格崩壊を危惧してやらなかったがな」

植田「…」

くく、と堂島は笑った、そこにはもう冷徹さはなかった。

ころり、とまるでさっきまでが嘘のように堂島は穏やかだった。


堂島「お前のストレート…『微塵』冷静に、落ち着いて投げれば誰にも打たれんよ」

植田「…はい」


微塵(みじん)。

それは、大和のストレートをモデルに、植田と堂島がそれを越えるストレートを編み出そうとして生まれたストレート。

それは、望月達と全く同じ視点で生まれたものだった。

消えるストレート、わかってても打てない球、投手たるもの、最後はそこに落ち着いたのだ。

打者が一番打ちにくいボールは、ストレートなのだから。


南雲はちょっと、息を吐いた。

南雲(何を言ったかの、堂島の奴)


潰れかけていた植田に、少々落ち着きが戻った。

だが気迫には、先ほどまでの余裕はなく、代わりに後がないような執念が感じられる。

南雲と植田、今試合二度目の対戦。


南雲「…」

植田「…」


互いの視線が交錯した。

後が無いのは、お互い同じなのだ。

…堂島のサインは、ストレート『微塵』

腰、肘、手首、全身を使ってボールに勢いを与える!!



植田「微塵」




―――――ゴアッ!!!

空気の塊を粉々にしながら、直線を描いてボールはミットに…突き刺さる!

バシィイイイイ!!!!

『ストラーーーイク!!』

審判の手が高々と上がった。


南雲「…堂島、おまん本気で何を言ったぜよ」

堂島「ふふ…機会を彼は奪ったのだよ……犠牲にして」


その球には完全に今までの勢いが戻っていた。

続く二球も、植田の微塵には迷いが無く…!


『ストライクバッターアウッ!!!』

ストレート連投に対して、南雲の刀は空しか切れなかった。



四回表、一軍6-2二軍。


その差四点、だが先ほどとは絶望の度合いが全く違う、帽子を深く被りなおして望月が四度目のマウンドに向かう。

上空の雲はますます黒さを増し、雨が目に見えるほど大きな粒で若干降り始めている。

白いロージンが置かれたグラウンドが、少々湿っていた。


望月「行くぜ、三上…この差は、広げられる訳にはいかねぇ」

三上は力強く頷いた。



打席には三巡目、二番烏丸が入る。


烏丸「差ねぇ…まぁ、四点あれば、ねぇ」


烏丸は、鼻歌を歌いながら二三回素振りをする。

どことなく雰囲気が妻夫木先輩に似ている、そう三上は感じ取った。

目の下に独特の日光反射防止のマークを入れているが、この天気じゃあまり意味もなさそうだ。

先ほどの回、無失点に抑えた望月は投球数が多いのが気になるが、先頭打者烏丸に対しても、変化球直球織り交ぜてカウント2-2と追い込んだ。

だが烏丸は依然余裕の表情を崩さない。


烏丸「…さっきまでよりも、球威があがってる、かも、ね」

望月「…」


集中力が高まりだした望月に、その言葉は聞こえていなかった。

グラブを大きく上に突き出して、そこから投球動作に入る。

そして…放つ!



―――クンッ。


烏丸(…フォーク!)

ブン、バシィイッ!

『ストライクバッターアウト!!』

徐々に望月の力が戻り始めている、それを引き出している三上のリードも冴えてきた。

…だが、迎えるバッターは…!


牧「望月…しぶといですね」

三番、ファースト牧が、三回目の打席に立つ。

ここで自分が打てば、堂島様、秋沢が返してくれるだろう。

たかが二点の挽回だ、盛り上がるところに止めを刺せば、心が萎える。

その感情こそが、絶望だ。


望月「牧先輩、か」


先ほどの打席はスライダーを最初から読んで打たれた…と感じるほど余裕のバッティングだった。

この回の采配も考え無ければならない、三上は必死に考えた。

決め球は決まっている…うまくいくかどうかは、五分だ、と言っていたが…秋沢に投げた、あの消えるストレートだ。

秋沢でさえ空振りに取るぐらいだ、しかし…そこまでどう追い込むか…。

というよりも、初球のストライクだ。


三上(変化球は危険だ、牧先輩のさっきのバッティングなら、甘く入ろうものなら軽くヒットにされる。直球か…いや…)


と三上が思案していたら、望月の方が何か信号を送っていた。

三上「…え!?」

思わず声を出してしまった、慌ててプロテクターをつけていることを忘れて口を抑えてしまった。

三上(どういうことだよ、望月君…!)

望月が出したサインは、初球から五分五分のあの、ストレート…!!











露草「闇を照らすストレート…変化球しかなかった私に、そのストレートは光となり、心を羊から獅子に変えてくれた」

詩人だな、と苦笑しながらも望月は黙って露草の言うことを聞いていた。

露草「私は、この球を…『ライオンハート』と名づけることにした」

望月「ライオンハート?」

大和「ただ…まだ、成功率は50%か…」

大和の表情に影が落ちる、決め球として使うにはあまりに失投が怖い。

露草「君の心を、試している」

望月「お、俺?」

露草「そう…先ほど、私は君に獅子の心があると言った。本当に君の心が勇ましいなら、失敗を恐れはしない」

望月「…」

露草「かつて、私が手にした変化球を伝えようと、四人の男を捜したことがあった。ちなみに、取得した者にはウチの娘、アイドルなんだが「MAYUMI」のゴールド会員に…」

大和「露草さん」

露草「うぉっほん、本気なんだが…まぁいい。だが、未だに二人しか見つかってはいない。朱雀『エスペランザー』青竜『ダーインスレイブ』そして、君は白虎…『ライオンハート』君の心が、恐怖に勝つことを祈っている」















望月(あのおっさんは、確かにそう言った)

胡散臭かったが、秋沢を三振に取ったものはすさまじい威力だった、そして恐れてはいなかった、それは後が無かったからだ。

国分への失投は、失投を恐れていた、だから失投になった。

不思議な直球だ、まるで自分の心が透けて見える。

それは最大限までにリリースを我慢して指をボールに引っ掛け続けなくてはならないという、その投球方法にある。

だから、失投を恐れて速めに指を離してしまうと、ボールは棒球となってしまうのだ。


ライオンハート。

開き直るのなら、今だろ。



望月「行くぜ!!!」

牧「その自信がどこから来るのかは知りませんが…打たせていただきます」


リリースは、我慢して。

ボールに極限まで回転を与えるんだ。

ビビっちまったら駄目だなんだ、ボールは俺の勇気を試す!!


望月「ライオンハート!!!!」


―――――ギュバァッ!

加速して、消える。












―――ドォンッ!!!



牧「…!」

牧は言葉を失った。

先の秋沢へのストレートは偶然じゃなかったのか。


牧(これは…大和先輩の白翼…いや、それ以上の…)



望月「勝負中に考え事なんて、するもんじゃねぇぜ」

ビヒュッ!



―――ドォオオンッ!!

『ストライクツー!!』



牧「な…何故だ、何故お前が大和先輩を!!」






大和は苦笑した。

大和「あの子は…僕なんて、軽く越えてみせるよ」





牧は三球三振。

望月は続く四番堂島をも、フォークで三振に取る。

ついに、一人のランナーも出さずに押さえきったのである。

そして、反撃を待つ…!!!


望月と植田の目線が軽く交錯した。

大和の白翼を越える為に、歩いた道は違えど、二人は全く同じストレートにたどり着いたのだ。


微塵、対、ライオンハート。


四回裏、植田が威武、布袋、上杉を三者三振に取ると。

五回表、望月も苦しみながら秋沢を打ち取り、綺桐、神緒を三振に取る。




そして、五回裏…!


一軍6-2二軍、バッター三上。




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