215一軍戦12狼煙
妻夫木大輔は、幼い頃から何でもできた。
サッカーもバスケもバレーもマラソンも何でもできた。
だけれども、一番になることは、できなかった。
植田「おのれ…!」
妻夫木「どーした、植田君。さっきまでの威勢は」
そういう時は、いつでもへらへらと笑うことにした。
本気でやるなんて格好が悪い、と。
誰かに楯突くとか、面倒くさいことはどうでもよかった、その場をごまかしてさえいればムキになることも、悲しむことも、悔しいこともない。
だからこそ、妻夫木は無難に生きてきたのだ。
だが…。
堂島「お前が私の元を離れるとは思っていなかったよ」
言葉の割に、表情は無かった。
堂島「誰よりも自由に見えて、誰よりも合わせるように見えて、誰よりも自分勝手に生きてるように見えて、誰よりも面倒な道を歩もうとしなかった、お前が」
妻夫木「俺のこと、そんな風に見てたんだ」
妻夫木はニヤリと笑った。
面倒なことは嫌いだ、が、誰かのいいなりになるのも嫌いだ。
妻夫木「あいにく…堂島君の操り人間になるのはあんまり楽しそうじゃ、ないんで」
バシィイッ!
植田の一球目は、ストレート…だが高めに大きく外れてボールだ。
明らかに力んでいる、先ほどまでとは大違いだ。
堂島「落ち着くんだ、植田」
低く、低く、と腕を上下するジェスチャー、だが植田はボールを受け取ると振り返って二塁ランナーの望月をにらみつけた。
望月「えらそうなこと言ってた割に…意外とあっけないか?」
植田「何ぃ…」
形勢逆転か、差をつめるならこの回になるべくつめておきたい。
二死ながら、妻夫木がつなげば藤堂、南雲、威武のクリーンナップに回る、今の植田なら…。
妻夫木(それでもストレートだけ、ってなら…舐めてるぜ)
バシィイイッ!!
『ボール、ツー』
今度は低目、またもや直球、妻夫木は冷静に見逃した。
カウント2-2、ここで打たなきゃ嘘だぜ、と妻夫木は思った。
堂島「タイムっ!」
…が、堂島がここでタイムを取る。
打席の妻夫木は舌打ちをしたが、気に留めることも無く堂島は植田の下へと駆け寄った。
堂島「植田…落ち着け!もう諦めろ、ストレートだけでは…」
植田「しかし…!」
堂島「望月との力の差はもう歴然だ。後は勝つだけでいいだろう」
口は閉じたが、納得はいっていない、赤く充血した目が堂島を見上げた。
しかし堂島の冷徹な瞳が、それを制していた。
堂島「愚か者は、お前だ植田」
植田「…!」
堂島「確かにお前の実力なら直球だけで抑えることも可能だろう…いや『可能』だった。だがなんだその有様は……勘違いをしていないか?圧倒的な実力差で持って勝つことは『アリを針で差す事』ではない、『アリを踏み潰すこと』だ」
植田「は、はい…」
堂島「容赦はしない。例えどれだけ差が歴然だとしてもだ」
堂島はそれだけを言い残してベンチへと帰っていった。
妻夫木「もめてるみたいだけど、自滅?」
堂島「いや、アリを踏み潰す算段を考えていただけだ」
妻夫木「アリ、ね」
確かに、アリ、だ。
植田は堂島のサインにゆっくりと頷いた…そして、妻夫木に対する、第三球。
――ヒュンッ!!
ボールは激しく横にスライドして、ミットに突き刺さった。
妻夫木「おいおい…マジかよ」
『ストライク、ワンッ!!!』
これほど、キレのいい変化球も持っていたのだ。
アリから見れば、まさしく植田は像だった。
バシイイイッ!!
続くストレートは外れたものの、またもやスライダーを低めに決められて妻夫木は追い込まれてしまう。
大和「…まずいぜよ」
布袋「あんにゃろう…あれだけの変化球を持っているんなら…」
藤堂「見下していた、という訳か。…ちっ」
妻夫木は、考えた。
妻夫木(まずいぜ…このままじゃ、あんなスライダー投げて来たんじゃ、ストレートを決め打ちする訳にもいかない…)
目を閉じて、交錯する情報をまとめていく。
植田「無駄だ…!」
フルカウントからの、植田の決め球は…っ!!!
―――ゴオッ!!
スト、レート!!
キンッ!
それはわずかなものだった、だが変化球を投げているとはいえ、まだ植田にはわずかながら、力みがあった。
それがストレートの回転を鈍らせた、だから妻夫木のバットはボールを捉えたのだ。
『オオオオオッ!!』
これもまた、偶然だった。
なんせ、妻夫木は試行錯誤の上、ストレートを決め打ちすることにしたのだから。
打球は、ショート国分の頭上を越え、左中間に抜けていく!
一軍のレフト綺桐は、三塁を見てぎょっとした。
綺桐「真金井!!急げ望月の奴、すでに三塁を回ってやがる!」
フルカウント、二死ということもあって二塁ランナーの望月は植田が投げると同時にスタートを切っていた。
もともと望月は足の遅い方ではない、おまけに二軍にとって幸いなことに、打球は左中間のちょうど真ん中に切れ込んだ。
真金井「…っ!」
真金井がボールをグラブに収めたとき、すでに望月は三塁と本塁の中間地点まで走り抜けていた。
間に合わない。
そう判断した真金井は一塁を見ると、バックホームすると見越したのか、妻夫木が一塁を蹴っていた。
真金井は一瞬躊躇するも、すぐにセカンドへ送球。
真金井「!!!」
だが、それを確認した瞬間、まるで読んでいたかのように妻夫木はもうスピードで一塁へと戻る。
妻夫木「馬鹿野郎、試合は良く見るもんだぜっ!」
堂島「烏丸!!ホームだっ!弓生が来ている!!」
俊足弓生がその自慢の韋駄天をかっ飛ばす!
セカンドベース上からからすさまじい速さでサードキャンバスを回ると、ホームへと疾走する。
セカンド烏丸も、返球を受け取ると振り向きざまにバックホーム!!
―――だが、滑り込んだ弓生の足が本塁送球よりも一瞬早くベースへと触る。
珍しく弓生が片手を挙げて感情を示した。
『セーフ、セーフッ!!!』
『ワアアアッ!!!!』
「お、おいおいおいおいどうなってんだよ!」
「ここまで完璧だった植田が二点取られたぜ!!」
植田「うぐ…」
望月「おっしゃ、弓生ナイスランっ」
弓生は望月が差し出した片手にさわやかにハイタッチした。
残り四点差。
藤堂(だが…)
これは、偶然だ。
誰がどう見ても偶然にすぎない。
それが積み重なって二点が入っただけだ。
しかし、それは…完璧を崩す狼煙には十分だ!
―――ッキィンッ!!
藤堂「甘いぜ植田、動揺しすぎ…だ!」
続く藤堂もヒットを放ち、これでランナーは一塁、二塁。
バッターは、四番、南雲!
三回裏、一軍6-2二軍。
二死、一塁、二塁。