214こんにちは野球部さん












ぼんやりと真田と御神楽の二人は女子ソフトの練習を眺めていた。

見れば見るほど、頭が重たくなる錯覚に襲われる。

それぐらい見事な動きだった、バッティングはまだ見ていないが守備だけなら見事なものだ。

特に二遊間は鉄壁だ、帽子を横向きに被った女と、部長の海部だ。

真田はあれに似た動きをどこかで見たことがあった。

確か暁大付属セカンドとショート…の名前は六本木と四条だったか、グラブトスを実戦で使う連携なんて芸当、滅多にお目にかかれない。



「あの…」

真田「…?」

御神楽「おや、女子ソフトの方か?すまないね、見学させてもらってるよ」

「あ、いえ、こんなところではなんなので丁重にもてなせと監督が…」

真田「気なんか使わなくてもいい」

「え、いや、その…あの…」

御神楽「そう怖い顔をするなよ、怖がってるじゃないか」

真田「知らん」

御神楽「なんの用だい、お嬢さん。女子ソフト部だろう」

真田「キザなしゃべり方しやがって…」



黒い前髪をまっすぐに揃えたあどけない少女が頭を下げた、後ろはゴムで縛っていた。

いかにもお嬢様、といった雰囲気ではあったがユニフォームは泥で汚れている。

ところどころ絆創膏もはってあるのがオーラとはミスマッチな中身だった。



足利「…女子ソフト部の足利静(あしかがしずか)です。どうぞこちらに…」

真田「お前の名前なんか聞いてない」

足利「あ…ごめん…なさい…」

御神楽「こらこら真田」

真田「…お前は、三澤にもそうやって真摯な態度をとれよ」

御神楽「何を言うか、お前に三澤さんの何がわかる」

足利「あの…け、ケンカは…」

真田「…じろっ」

足利「………ぅぅ」

???「こらぁっ!静に何してやがるっ!!」



と、言い争いかけてた二人の男の間に活発そうな少女が割り込んだ。

右手を大きく広げ、後ろでおびえる無口な少女をかばうように立っている。

先ほど海部と二遊間を守っていた横向きに帽子を被った少女だ。

顔中に小さい傷をつけ、髪の毛を尖らせたその姿は後ろのお嬢様らしいお嬢様とは程遠い。



足利「せ、関都(せきと)先輩…」

関都「野球部だろお前ら、ったくややこしいことしてくれやがって!こっちはいいとばっちりだ」

真田「おい御神楽、なんだこの騒がしい奴は」

関都「な、なんだとっ!お前クラスメイトだろ!!!」

真田「悪いな、人の顔をおぼえるのが苦手なんで」

関都「ぐ、ぐああああ!!なんてムカツく野郎だっ!!死ねっ!お前死ねっ!」


ガィンッ!!

と、ぎゃーすか賑やかな少女の頭に拳骨が落とされた。

長身で無表情、髪の毛は後ろで三つ編みにまとめたこれまた女子ソフト部員が関都の後ろに立っていた。



不破「マナ、お客に失礼」

関都「いってぇぇーー!!何するんだよ綾乃っ!!」

足利「せ、関都先輩…大丈夫ですか?」





関都「痛いよぅ…静がキスしてくれたら治るかも」

足利「え…………」

不破「マナ、静が困ってる」

関都「冗談だって、あははっ」

足利「んー……ぷるぷる」

不破「静、冗談だって」


一連の行動を御神楽はやや微笑しながら、真田は冷たい目で見ていた。

大体、真田はこういうくだらないやりとりはあまり好きじゃないのだ。

若干の苛立たしさもあったが、御神楽がちらちらと見てくるので、我慢。

おとなしくしていた。


足利「……と、とにかく……こちらに…どうぞ」

真田「やれやれ」

御神楽「ま、そういうな茶ぐらい出してくれるかもしれんぞ」

真田「毒味はお前がやれ」


グラウンドの端に、ちょうど日よけになるように作られた場所がある。

練習試合の時などはベンチ代わりにもなるそこに、女子ソフトの監督が座っていた。

同じメガネをかけた女性顧問でも緒方とはずいぶん印象が違う。

帽子を目深にかぶり、ウェーブヘアーが太陽を浴びて輝く、化粧は濃く唇は厚い。

切れ長の瞳は猛禽類を思わせる、今時のできるOLといった感じだが雰囲気はより研ぎ澄まされた物を二人は感じた。

一言で言うと、できる女っぽい。

もっとも、胸のサイズだけはど派手に緒方が勝利していた、南無。


雨宮「女子ソフト部監督顧問、雨宮マリアだ」


横にいる二人の方をちらりとも見ず、グラウンドの方を眺めている。

その態度が多少真田は苛立った、眼中に無しってことか。


御神楽「気を使われなくてもよろしかったですのに」

雨宮「ふざけた事を言うんだね。あそこに立たれると選手たちが集中できなくて、邪魔、だっただけ」


邪魔、のところを強調されてさすがの御神楽も多少口がひきつる。

真田は相変わらずしかめっ面のままでポケットに手を突っ込んでいた。


雨宮「悪いが、男は好きになれないんでね、生徒だろうがなんだろうが」

御神楽&真田(なんだこのババア……!)


久しぶりに思考が一致した、試合のとき以来かもしれない。

御神楽の余所行きの笑みにも真田のしかめっ面にも、怒りの血管が浮かび上がった。

こめかみがピクピクと動いてる。


雨宮「そこで突っ立って、気が済んだらとっとと帰ってくれ」


ここで怒っても仕方がない。

二人はお互いの顔を視線だけで見合わせた後、大げさにため息をついた。

雨宮は座った姿勢で、膝にひじをあてあごに手をついたまま、もう喋る事は無いといった感じだった。

美女だけに、真剣な表情は恐ろしい。

二人も諦めてバッティング練習を開始した女子ソフト部の面子を眺めることにした。

相川曰く、軽くでいいらしいからどれぐらいか見確かめるだけで十分だろう。




先ほどのぎゃーすか騒がしい二塁の女はバッティングも軽快にかっとばしている。

それでも普段自分たちが見慣れているパワーヒッター達とはスイングの速さは話にならない。

特に御神楽の隣にいる赤い風はうちでは降矢と1、2を争うほどのバッティング力だ。

間近で見ている分、さっきの守備よりは度肝を抜かれない。

守って勝つチームなんだろう、という雰囲気はなんとなく見て取れる。

他のソフト部がどんなものかわからないからあくまでも想像の話ではあったが。


キィンッ!!!

カキィンッ!!


しかし…。


真田「正確にボールを当てる技術は皆大きいな」

御神楽「確かに」


先ほどの無表情の女から無口でびくびくしてた少女まで、バッティングピッチャーからほぼ正確にボールを打ち返している。

しかもご丁寧に上から降りおろすスイングが徹底されている、名門の強さが垣間見える。


真田「だが…それだけ、といえばそれだけだが」

御神楽「それだけ?」

真田「別に深い意味はない」

御神楽「まさか、お前ほどの男が」

真田「ただ率直にそう思っただけだ、行くぞ御神楽」

御神楽「む?もういいのか?」

真田「向こうでキャプテンさんが手を振ってる、どうやら集合らしい」

御神楽「…恥ずかしい愚民だ…」


二人がざくりと踵を返したとき。

雨宮マリアがぼそりと呟いた。


雨宮「いい機会だ」

御神楽「…?」

雨宮「私も生徒会長と同じく、野球部の存在はうっとおしいと思ってたんだ。廃部はどうでもいいが、ここらで格の違いを思い知らせてやろう」

真田「同意見だ」

御神楽「さ、真田?」

真田「存分に見せてくれればいいさ、その格の違いとやらを」


ポケットに手をいれたまま猫背で歩いていく真田にあわてて御神楽はついていった。

雨宮は眉をしかめたままその後姿を眺めていた。


雨宮「かわいくないガキだ…」

「あ、監督ー、練習とりあえずワンセット終わりましたよー」

雨宮「やぁん♪本当??じゃあ、光ちゃん達みんな呼んできて次の練習しよっかーー!」

長瀬「は、はぁい。…結衣ちゃん監督って、どうして男の子と話すと口調変わるのかな」

近松「さぁ…トラウマでもあるんじゃないの?」









日が暮れた後、野球部は定例ミーティングを開いていた。

といっても毎回練習終わりのだべり場のようでもあり、真面目な時もある不安定なもので。

真剣な話は大抵シリアス組のみが行っている、吉田側は何かしら戯れていることが多い。

今も円卓会議中の真田、相川、御神楽の反対側で、頭にバットをのせて何秒耐えれるかをみんなで盛り上がっていた。

吉田「いけーーっ!!」

西条「ちょっ!!キャプテン大声出したらあかんて!」

原田「危ないッ!危ないッスよぉっ!!」

野多摩「ぐらぐらーぐらぐらー」

冬馬「わ、わ、わ、倒れるっ!!}

三澤「きゃーーっ♪危ないってばぁ!」

六条「こっちこないでくださいーっ!」

県「そ、そんなこと言われても…!」



ちなみに、1位は冬馬の15秒である。

年中その表情しかしてないんじゃないだろうか、真田はしかめっ面でため息をついた。


真田「暢気な奴らだ」

相川「ま、そう言うな。世の中万事バランスって奴さ」

御神楽「上手いこと言ったつもりか、相川よ」

相川「…………ともかく」

真田「守備中心だ、良くも悪くも。特に内野の守備はちらっと見ただけでも大分堅い。半端なゴロなら全部アウトだろうな」

相川「それは俺も感じたことだ。あと、海部を筆頭に一部の人間はバッティング力も高いぞ」

真田「だがパワーは、ない」

御神楽「男子と比べれば仕方ないであろう」

真田「まぁ…それもそうだが。しかし、まぁ……思ったよりは、気持ちが軽くなるかもな」

相川「お前は元、桐生院だからじゃないのか」

真田「そんな大げさなものじゃない…適切な表現をするなら拍子抜け、って奴だ」

御神楽「拍子抜け?」

真田「それだけ、って言っただろうが」

相川「こればっかりはな…明日は俺がじっくり観察してみよう。なるべくデータも集めたいし…過去の試合のデータとかあればいいんだが、期待はできないな」

御神楽「まぁ、それは仕方ないであろう。全てが性急だったからな」

真田「相川、投手はどうだった」

相川「思わぬ展開だよ。まあ、正式な試合じゃないし許されるとは思うが…」

御神楽「どういうことだ?」

相川「三澤が一番すばらしい球を投げたって、こと」

真田「…ふざけてるのか?」

相川「…俺も驚いたよ。元々ソフトやってたらしいけど、まぁ昔とった杵柄って奴か」

御神楽「それでも、全国を相手にするのは厳しいのではないか?」

相川「だろうな…今必死に策を探してるんだが…」

真田「ま、ふたを開けてみたらなんとやら、って奴だ。期待してるぜキャッチャーさん」

相川「プレッシャーをかけないでくれ…今日はとりあえず解散だな」


相川は席を立つと、遊んでいた連中に声をかけた。

と、いつの間にか遊びは劇の練習やら、紙を見ていてやいやいやらに変わっていた。


相川「何してるんだ…?」

吉田「いや、野球も大事だけどよぉ、俺らのクラスは入場門を作らなきゃならないからよ」

三澤「相川君は、クラスの出し物、なんにするの?」

相川「クラスの出し物?…おい、真田、お前今日のクラスルーム何はなしてたか覚えてるか?」

真田「悪いな、寝てた」

御神楽「やれやれ…野球以外は頼りにならないことで」

三澤「相川君が話聞いてないだなんて珍しいね」

相川「投手で悩んで、たんだ。…まぁ、そんなたいしたことなかった気がするんだが…」

吉田「いいかっ!野球部だからと言って野球だけするのではなく、文武両道ってのが良い評価への第一歩なんだぜ!!」

三澤「なら傑ちゃんは、ちゃんと授業中起きててね!…もう」















そして、ついに、舞台は文化祭当日へ…!


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