214一軍戦11完璧を打ち崩せ!















六点差を追いかける二軍は、いまだ反撃の糸口を見出せずにいた。

敵はマウンド上、植田。

ここまで放った球はストレートのみ、しかも全てど真ん中だ。

あまりにも完璧すぎるピッチング内容だった、唯一良い当たりを飛ばした南雲ですらもセンター神緒の攻守に阻まれた。

打線は下位、七番上杉、八番三上、九番望月と続く。

まずは黒ぶち眼鏡上杉が打席へと向かう。




堂島(とっとと終わらせるぞ)

植田は無言で頷いた。

望月こそバッティングセンスはあるが、上杉、三上では植田の相手は厳しすぎる、上杉自身青ざめた顔をしながら打席に向かっていた。


上杉(駄目だ…南雲先輩でも打てなかった植田を俺が打てるはずが無い)


案の定、植田のストレートを二球連続見逃してしまう。

速すぎて手が出なかった。

しかも、まるで機械のように正確にど真ん中に投げ続けてくる、上杉にはまるでボールがあざ笑っているように見えた。


堂島「残念だったな、上杉君」

上杉「…!」

上杉は堂島の方を振り返った。

堂島「逆らったのが、運のツキ、か。しかし…君じゃ無理だ」

上杉は何も言い返すことができなかった。



布袋「馬鹿野郎!上杉!振れ!振るんだ!」

南雲「無理ぜよ…完全に植田に呑まれとる」


気迫、魂、オーラ、一般に直視できない類のものだが、科学的根拠は無いこともないのだという。

しかし、今確かに上杉はそれを感じ取り、植田の雰囲気に完全に呑み込まれていた。


バシィィィッ!

『ストライクバッターアウトッ!!』


あえなく、ワンアウト。

いまだ植田の『完璧』、敗れず…!

続く三上も、ストレートのみの三球三振に終わり、ついに二軍の一巡目最後のバッターが打席に立つ。


植田「夢にまで見たぞ、望月…悪夢だがな」

望月「そりゃ、どうも」

植田「貴様が最後だ」




植田にとって、望月が最後のバッターでいるつもりだった。

六点差あるのだ、これ以上自分がマウンドに立ち続ける意味も無い。

後は望月を三振に取れば、これ以上無い完全な形で、『望月という存在』と別れることができる。

三球で、今まで自分を苦しめてきた存在から離れられる。

さらばだ、望月。


―――ヒュンッ!


植田のストレートが風を切り裂いた。





望月(くっそ…なんとか突破口を開かなきゃならないっ!)

二巡目がある、三巡目があるなどとほざいてる場合ではない、なんとかヒットを一本でも多く打つしかないのだ。

まだ植田は、わずか24球しか投げていない。


ズバアアッ!!

ボールはバットが通過する遙か前に通過し、ミットにおさまった。

成すすべ、無し。









布袋「ちくしょうっ、なんだってんだあのストレートはっ!!」

思わず布袋は地面を拳で叩いた。

妻夫木「おい藤堂、さっきからよ…あの球どこかで見たことあるなー、って思ってたんだけどよ」

藤堂「さぁな」

妻夫木「つれねーなぁ、相変わらず。南雲はどーよ?」

南雲「……大和先輩の『白翼』ぜよ」



明確な答えだった。

そう…それは、大和の消えるストレート『白翼』。



妻夫木「ビンゴ」

三上「え!?あ、あの大和先輩の!?」

威武「そういえば、そんな感じ、もある」



二年生メンバーは紅白戦や入れ替え試験などで大和の球と数回勝負したことがある、そのとき大和が投げたストレートは当時の彼らにとって衝撃だった。



上杉「そ、そんな球を植田君が…」

布袋「あの野郎、いつの間に…」

藤堂「先日の地区予選では全く見られなかった球だ」


藤堂は植田の方をちらり、と見た。

植田は相変わらず無表情でマウンドに立ち尽くしていた。





『ストライク、ツー!!』

またもやバットが空を切る、目視してからのスイングでは球が速すぎて全く追いつかないのだ。


望月(どうするよ…)


まさに手も足も出ない。



植田「残念だ、非常に」



植田が望月を指差した、ゆらり、と幽霊のようにふらついた動きであった。




植田「俺の悪夢がこの程度だったとはな…失望した」

望月「言いたい放題言いやがって…」



だが、投げてくるストレートは藤堂がバントをしようとして、それでも当てれなかった球だ。



望月(バッティングで劣る俺に何ができるっていうんだ)



しかし負ければ終わりだ、諦めてはならない。

どこまでも自分達は勝利を信じていかなければならない。

だが、六点差だ。

そして二軍の誰もが歯がたたなかった。

自分がこの先打たれなかったとして、勝てる保障はあるのか?

望月の心にちらり、と諦めが心を覗かせた。








―――しかし、『これ』が始まりを呼んだ。

植田の投じた三球目。




望月は、目を閉じて、バットを振った。




ガキンッ。



誰もが目を疑った。

素人でもわかる適当なスイングが、今まで誰も打てなかったボールを捉えた。












それはふらふらと三塁手の後ろに…落ちるっ!!!!!










『フェア!フェアーッ!!』

『ワアアアアアアアッ!!』


『お、おい初ヒットだぜ!!』

『なんだそりゃー!!』











布袋「も、望月ナイスバッティンッ!!」



妻夫木と南雲は口をあんぐりとあけたまま呆然としていた。

マウンド上の植田も、何が起こったか信じられない表情であった。












植田「――――何故だ」











それは、完全な運。

一瞬、現在を疑った望月に「俺が三振してもどうせ」という思いが芽生えた。

それは、全くタイミングのずれたスイングにつながり…。





植田「何故だ!!!」

望月「何故だろうな…神様のせいかもな」


胸に手を当てながら望月は一塁上で苦笑した。

あってはならないことだが、この際なりふりかまわない。

偶然でもなんでも掴んだチャンスを逃してはならない。



望月「弓生…頼んだぜ」


打席は、一番弓生。


弓生「偶然か、と思った方がいい」

植田「ぐ…」

弓生「だが…いつだって、完璧が壊れるのは、些細な偶然からだ、と思った方がいい」

植田「ぬかせっ!!!」


植田に取って望月はラストバッターだった、そしてこれで自分と望月の対決は終わるはずだった。

だが望月は塁に出た、自分の最強のストレート『微塵』を打たれた、何故だ、何故、アイツはいつも俺の上に立つ。

植田から、冷静な心が欠けた。

堂島(まずい…っ!)

いくらDといえど、ピッチングはタイミングだ、指に力を入れるタイミングを履き違えたとたんに、無敵のストレートは伸びない棒球となる。



弓生「動揺、と思った方がいい」



弓生のバットが、植田の球を捉える!!!

カキィンッ!!

初球攻撃は…セカンド烏丸の右…っ!!


『フェア!!!』

『オオオオオーーーッ!!!』


布袋「抜けたっ!!」

上杉「これで、ランナーが二人だぞっ!!」

三上「こんなことが…あるんだ」

妻夫木「そう、野球ってのはこんなもんだ」


妻夫木がネクストバッターズサークルから打席へと向かうためにゆっくりと立ち上がった。




妻夫木「ま…だから、面白いんだけどな」



三回裏、一軍6-0二軍。

二死、ランナー一塁、二塁。

バッターは、二番妻夫木!!









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