213一軍戦10抑えなきゃ















三回表、一軍6-0二軍。

植田の怒涛のストレートに対して、いまだ二軍はノーヒットであったが、

望月も先ほどの秋沢を抑えて、乗ってきたのかこの回トップバッターの神緒を三振に取る。

一死から八番、ライト真金井。


三上(よーし…)


三上は機嫌よく望月にボールを返した。

決め球はフォーク、かなりの角度で落ちてくるのでよほどの使い方で無い限りどのバッターにも通用しそうだ、普通なら。

しかし…。


三上(さっき望月君が投げたストレートはなんだったんだろう)


変な、というかすごい球だった。

なんせ自分が予測するよりも大分前にミットに入ってきたのだから、危なく取り損ねるところであった。

先ほど望月に聞いてみても、困ったような顔をして何も答えてはくれなかった。


三上(いや、今は目の前の敵に集中しないと)


目の細い男がゆっくりとバットを構えた。

真金井堯助(まかないぎょうすけ)は地方から出てきた選手だ、もちろん中学のときは四番でエースだった。

桐生院ほどの名門となると、全国から野球留学してくる部員も少なくは無い、真金井もまたその一人であった。

北の果て、北海道から桐生院のレギュラー目指して関東まで出てきた彼はもともと実力もあり、一時期はいずれ桐生院の四番を任されると期待されたほどのバッティングセンスを持っていた。

だが、夢に胸躍らせた一年の夏、彼は右肩を脱臼し長期離脱を余儀なくされる。

そして誰もがいつしか真金井の名前を忘れていった。


堂島「今こそ、実力を発揮する時だ」


真金井は口を引き締めた。

三上(なんとか早く抑えよう)


簡単にワンアウトを取れたのだから、なるべく良いテンポで攻撃に回して

味方の反撃に期待したい。

三上はまず初球を高めストレートに要求した、三上のリードは実に正確だ、高校に入って何故捕手を諦めたのかわからない、と望月は思った。


望月「しいっ!!」

バシィイインッ!!

高めストレートがストライクに決まる。

望月のコントロールはたいしたものだった、打たれてはいるものの、先ほどの秋沢との勝負でもほとんどのボールを正確にストライクに投げ込んでいた。

続くスライダーを低めにはずし、さらにもう一球外角に直球をはずし、カウント1-2。

ここまで真金井は全くバットを動かしてはいない、望月の球筋を見極めるように静観していた。


南雲(真金井か…)

藤堂(望月、気をつけろよ)

妻夫木(真金井は、割とすごかったはずだぜ)


二年生は真金井の凄さが記憶の彼方に少々残っている。

入学したとき、当時の三年生エースの球を紅白戦でスタンドに放り込むほどの打球をかっ飛ばした景色は、当時誰の目から見ても驚愕の一言だった。

真金井「…」

三上(何を狙ってるんだろ…)


当然、一年生はそんなことを知る由も、無い。

無言のまま望月の四球目、内角ストレートを叩く!

キィンッ!!


望月「ちっ!」

打球は威武と藤堂の間を綺麗に抜けていく、クリーンヒットだ。

またこの回も望月は、ランナーを背負う。


布袋(ちっくしょー…一軍とか、こっちのメンバーがメンバーなだけにたいしたことないだろ、と思ってたけど…)




予想以上に手ごわい、望月がこんなにバカバカ打たれるなんて想像だにしなかった。

しかも、投手の植田がアレだ、正直あんな投手ではなかった気がする…むしろ、直球があそこまで優れた投手ではなかったはずだ。

布袋も、植田のストレートに対し、三球三振に終わっていた。

打席はその九番、植田。



植田「俺が終われば三順目だ、望月」

上空の雲のせいで太陽は見えなかったが、大分傾いているはずだ。

試合開始からすでに一時間が経過しようとしていた。


植田「陽が、くれるな」

見下したような笑みが、いやに癇に障った。








神野「しかし…まさかこんな試合展開になるとは思ってもみなかったな」

灰谷「俺もだ。一軍のメンバーがこんなに強いかもな…もしかしたら」

宗「もしかしたら?」

大和「僕達よりも、強いかもね…」

上空から、ぽつり、と一つの雫が落ちてきた。

大和「雨…か」





バシィインッ!!

『ボール、ボール、ツー!!』

植田「引導を、渡す」

望月「ふざけんじゃ、ねぇ」


初球のストレートを見逃した後、ボール一つ挟んでファール。

そしてまたストレートで追い込んだが、決め球のフォークを見逃され並行カウント。




植田「お前に足りないものは、三つだ」

望月「何だと…!」

植田「一つは、身長」

カキィンッ!!

『ファールボール!!』

植田「二つは、ストレート」

『ファールボール!!』

植田「三つ目は…絶望だ」



――カキィイイインッ!!


快音を残して、ライトの南雲の前にボールは落ちる。

ランナー、一塁、二塁。


三上(くそ…せっかく望月君が波にのりかけていた、というのに)







笠原「嫌な打線だな」

笠原がぽつり、とつぶやいた。

九番の植田を挟んで、この打線は常にセットになっているのだ。

国分と烏丸、牧と堂島、秋沢と綺桐、神緒と真金井、そして植田。

どちらが塁に出れば絶妙のプレーで送る、おまけにセットのどちらかはすばらしいバッティングを持っている。

植田がヒットを打てば延々とそのセットが繰り返される、というわけだ。

笠原(どうする望月)

どうする、望月。







再びのピンチ。

内野陣が一旦マウンドへと集まる。


布袋「ここはなんとしてもゼロで抑えたいところだな…」

藤堂「簡単には言うがな」

藤堂が、首をホームベースに傾けた。

打席は三順目、一番国分。

威武「三回、目」

妻夫木「ま、望月がどこまで頑張れるかな、ってところだ」

妻夫木は相変わらず人事のように言い放った。

三上「とにかく、なんとかここは凌ぎましょう。望月君はちょっと球が浮いてきてるから、なるべく低めに抑えて」

望月「ああ、わかった」

藤堂「理想は内野ゴロ、ゲッツー、か」

妻夫木「ま、簡単には言うけどね」










大和(望月君…)

先ほど、確かに望月は、あの球を放った。

あの球は…確かにまだ未完成である。

投げれるとはいうものの、成功率50%だ、抜ければただの棒球になる。

大和(だからといって、投げ惜しめば…)

先ほどから大和は何度も歯がゆい思いをしていたが、その思いが望月に伝わっているかどうかは、まだわからなかった。



望月自身は、あの球をどこで使うか、ということに迷っていた。

彼は彼なりに考えていたのだが、悔やまれるのは初回の六失点だ、落ち着いてあの球のことを考えることなどできなかった。

望月(まだ三回だぜ)

気持ち的には五回をすぎた辺りから使いたい、がこの打線相手にそうも言ってられない。

しかし、失投は即失点につながる、牧、秋沢の打撃を見ているから余計、あの球を使う怖さが増す。




望月「三上」

三上「…うん?」


だが、これ以上そうも言ってられない。

三上だけにでも、自分の武器を伝えておくべきじゃないだろうか。










堂島も国分を呼び寄せた。

堂島「この一周で決めろ」

国分「…!」

堂島「いつまでもよたよたしている奴の相手はしていられない」

国分「はい」



タイムが解け、選手達が守備位置につく。

使うしかないか、が…どこまで持つかな。


望月「疲れるな、本当に」


セットからの、第一球。









…は、ど真ん中の棒球。

三上「!!」

望月(やっちまったぜ)

国分「逃さずに…叩くっ!」



カキインッ!!

国分のバットが、望月の投げそこないを真芯で捉える!!!

打球は三遊間を抜けていく。



バシィインッ!

―――抜けないっ!


ボールはワンバウンドしたものの、ダイビングキャッチの妻夫木のグラブ

の中!!

妻夫木「布袋っ!!」

いまだ砂埃が舞う中、妻夫木は右手でカバーに回っていた布袋にボールを

回す。

布袋「はいっ!」

ボールを受け取った布袋は、二塁に送球、そしてそこから一塁へ…6-5-4-3

とゲッツーが完成した。

バシィッ!

『スリーアウト、チェンジ!!』


望月は思わず息をするのを忘れていた。

寸前のところでの、妻夫木のファインプレーが飛び出した…これで妻夫木にはすでに二度助けられた。

望月「あ、ありがとうございます」

妻夫木「いきなり棒球投げるから勝負捨てたかと思ったぜ」



望月の帽子にグラブを乗せる。

ユニフォームこそ泥で汚れてはいるが、顔は涼しいものだった。



妻夫木「それより、あいつをなんとかしなきゃな」



二人の目線の先には…一軍のマウンド…植田。





三回裏、一軍6-0二軍。


バッター、上杉。






top next




inserted by FC2 system