212なんとかしろこの馬鹿


















相川「なるほど、事情はわかった」


徐々に日暮れが早くなってくる。

多少は前よりも立派になった元体躯倉庫の野球部の部室内にも電灯の光が灯る。

相川は部室奥の簡易イスに腰掛け、腕を組んでいた、足も組んでいた。

その前には吉田と西条が上半身裸で正座していた、相川の右手にもどこから持ってきたのか黒い鞭が握られている。

と、言っても別に折檻されてた訳でもなく説教されてただけであるが。

事情を説明するまでにこってり絞られてしまった、すでに夕方というか夜の時間帯だ。

ようやく説教にもひと段落がついていた。


相川「おまけに、契約書まで書かされた、と」

吉田「で、でもよぉ相川、勝ったら部費アップ、練習場拡大だぜ??」

相川「だからお前は馬鹿なんだ!!女子ソフトがどれだけ強いか知ってるのか?将星の女子ソフトといえば全国レベルだ、まだ地方でくす

ぶってる俺らとは格が違う」


だから俺はなるべく要求を呑まないようにしていたのに、と愚痴がこぼれる。


西条「で、でも相川先輩、所詮女ッスよ…?」

相川「問題はルールだ。いくら似てる競技だろうが、まずボールの大きさが違う」

西条「ボールの」

吉田「大きさ」

相川「あの外道会長が、俺らに有利なルールで勝負すると思うか?…お前たちははめられたんだよあの女に。大体、二度も罠に嵌められて

おかしいとは思わなかったのか西条」

西条「は?」

相川「確証は持てないが、疑うべきだったな。女子ソフトか生徒会か知らないが、そこらの仕業じゃないのか?」

吉田「おいおい相川、証拠もないのに疑うのは失礼だぜ」


こんなところで道義を持ち出されても、だ。


相川「…はぁ………仕方ない、とりあえず詳細を聞きに行くか…」

西条「どっか行くんですか?」

相川「その、生徒会長様のところに、だよ。これ以上こちらの都合が悪いことになったら御免だ」



上半身裸の二人を残して、相川はバタリと部室を後にした。

顔を見合わせる二人。



吉田「やっぱまずかったかなぁ…」

西条「相川さんは可能性人間だから仕方ないッスよ」



メリットよりもデメリットを気にする人間だ。

勝負に行くのは圧倒的にメリットが高い時だけである、デメリットが致死的な勝負は挑まない。

そこらへんはバッテリーを組む西条も、昔からのつきあいである吉田もわかっていた。

だからと言ってあそこまで怒るとは思わなかったが。


西条「まぁ、でも確かに相川先輩の言うとおり、ヤバイ勝負を挑んだのかもしれないッスねぇ」

吉田「そういやぁソフトとはボールが違うもんなぁ、バットのことしか考えてなかったぜ」

西条「これでオーバースロー禁止とかだったら…」

吉田「参ったなぁ…血印なんかするんじゃなかったか」


ガチャ。


三澤「傑ちゃん、西条君。相川君が練習に参加しろって…キャアアアア!!」

吉田「おう柚子、今行くぜー」

三澤「なっなっなっ、なんで裸なのよっ!」

吉田「ん?おお、悪ー悪ー今着替えるからよ」

三澤「もーーっ!」

西条(でも顔を覆ってる指の間からしっかり見てたなー三澤先輩)

吉田「あれ?俺らなんで上半身裸なんだっけ?」








大体この空間からして好きになれないのだ。

言いがかりになるかもしれないが、生徒会室の周りには妙な空気が浮かんでいる。

はぁ、と一つ息をはいてノックする。


「どうぞ、開いてますよ」


がらり、とドアを開けた瞬間に、空気が変わった。

どうやら全員集合らしい。




髪の毛を横で縛った姉妹がまず相川の前に立つ。

東雲姉妹。

つり目がちな目で見上げてくる、会長の敵は自らの敵らしい。


沙紀「何の御用でしょうか、野球部の方が」

美紀「会長は現在忙しいのです」

相川「そうかい、その会長に用があるんだ」


相手のボスは、優雅にも一番奥の席で紅茶だかコーヒーだかをすすっていた。

それにしてもこの内装、なんだこれは。

カーテンはレース、ロッカーはなく高級そうなソファーと花がたくさんいけられた花瓶。

というか装飾具が多すぎる、机も普通の長机かと思えばテーブルクロスがかけられていてまぁおしゃれな内装である。

趣味が良いのか悪いのかよくわからんが、とりあえず橘家よりは好感触はもてない。

カチャリ、とコップを置いて氷上が立ち上がる。


氷上「何か用でしょうか、相川君。生徒会にでも入る気になりましたか?」

相川「くどいな、それは一年の時にきっぱり断ったはずだ」

桜井「相川君…また何か起きてるの?」

相川「桜井…そういや生徒会だったな」

長居「か、会長とりあえず、立ち話もなんですし腰掛けてもらった方が…」

百智「そうですね…紅茶かコーヒーでもお出しましょう、どうやら長い話になりそうですし」

沙紀「ちょ、ちょっと!百智様!こんな輩にそんな気遣いは…」

相川「この双子の言うとおり、気なんか使わなくて良いぜ。ここで、十分だ」


言い捨てた。

申し訳ないとは思うが、生徒会と相容れるつもりは無い。

副会長の百智と会計の長居がどこか申し訳なさそうに元の席に戻った。


氷上「それで、何の話ですの?ああ、そう、貴方がいない間に女子ソフトとの対抗戦の件はもう片付きましたから」

相川「さっきうちのキャプテンから聞いたよ。アイツはこういう謀略戦になると弱いんだ」

氷上「失礼な言い分ですわね、謀略戦だなどと」

相川「どうせ西条の問題もお前らがはめたんじゃないのか?」

美紀「な、なんだと!!」

沙紀「お姉様に失礼な!!」

桜井「あ、相川君」

相川「証拠が無いから、事実だとは言わんがな」

百智「ふう…私たちも嫌われたものですね」

相川「今更だが、負ければ廃部ってのは、なんとかならないのか」

美紀「人に物を頼むときには言い方があるだろう?」

氷上「美紀、いくらこんな男でも客人に礼儀は払いなさい」

美紀「し、しかし…」

氷上「負ければ野球部は廃部……考えてあげてもいいですわよ?」

相川「…なんだと?」


予想外の返事だった。

相川の表情が少し驚いたものに変わる。


氷上「もし負ければ、貴方には―――生徒会に入ってもらうわ」

相川「…」

氷上「それなら野球部の廃部考えてみなくもありませんことよ」

相川「ふん、こんな俺にずいぶんこだわるんだなお前も」

氷上「貴方には一年前の借りがありますもの。それに貴方みたいな信念を曲げない男性を跪かせる事ができれば、こんなに愉快な事は無い

ですわ」

相川「相変わらず悪趣味なお嬢様だ」

沙紀「口を慎めっ!!」

氷上「貴方ほど私の思い通りにいかない男は初めてですもの」

相川「俺は金では動かん」

氷上「…ま、いいですわ」

相川「それに勝手に俺たちが負ける提で話をしないでもらおうか」

長居「…あ、相川君、海部さん達は全国でもベスト4に入るぐらい強いんだよ…!」


相川は拳を会長に向けて突き出した。

その指を二本だけ開く。


相川「話の二つ目は、ルールだ」

百智「ルール?」

相川「ソフトと野球じゃルールが違う、細かいことは抜きにしても、ボールの大きさが違う」

氷上「あら、それはソフト部の大きさに合わせてもらうわよ。だって相手は女の子なのよぉ?男の子が女の子相手に容赦しないって言うの

かしら?」

相川「う………」

氷上「晶が言ってたけど、ピッチャーとキャッチャーの距離も違うんですってね、それも女子ソフト部にあわせてもらいますわ」

相川「全面的にソフトのルールでやれってことか」

氷上「廃部の条件を止めてあげてるんだから、当然ですわ」

相川「…………」


守備や走塁は多少広さが変わろうがそんなに支障はないはずだ。

後大きいところで言うと、リードがなくなることか。

これも将星は足の速さで勝負するチームではないからそんなに問題はない。

問題は投手だ。

西条にせよ、冬馬にせよ、ウィンドミルなんて経験したことがあるのだろうか。

まぁ、呑むしかないか、どちらにせよ硬球で勝負して怪我でもされたらまた野球部の立場が悪くなる


相川(考えが甘いか…いや、今この場で話を流すとさっきの廃部云々がおじゃんになる可能性がある)

氷上「いいですわね?」

相川「…いいだろう、だがバットはソフトバットを使わせてもらう。普通のバットでやったんじゃ、凹むからな」

氷上「かまわないですわ」

相川「話はそれだけだ、じゃあな」


もう用は無いと言わんばかりに相川はその場を後にする。

暗くなった廊下に一歩を踏み出した。


桜井「あ、相川君!」


と、足が止まる。

アシンメトリーに揃えた前髪、小動物のようにちょこちょこと小股でかけてくる。

冬馬といい勝負な背丈、丸っこい小さな顔、ナチュラルで栗色の髪、頭のてっぺんでピョコンと立っている、いわゆる、あほ毛。
 

相川「桜井」

桜井「……ごめんね、こんなことになって」

相川「お前のせいじゃ、ないよ」


先ほどまでの険悪なムードはどこへやら、相川はわずかに微笑んでいた。

棘のある言葉も消えて…やれやれ、と肩をすくめた。


相川「何でもかんでも自分のせいにするのは、お前の悪い癖だな」

桜井「でも…」

相川「まぁ、その、なんだ、気にするなよ」


先ほどまであれだけ言葉を打ち出した口は、鳴りを潜めている。

彼女に対しては、何故か歯切れが悪い。

実は、彼女とは同じ吉田や三沢と同じ中学出身であり、中三の時に告白された関係であった。

しかしつきあってる訳でもなくて、ふった訳でもない。

今はまだつきあえないと女々しい事を抜かしてしまった相川に対して、ずっと待ってるよとけなげな言葉を残した「ど」がつくほどのお人

よしである。

他人のことをまず第一に考え、人のために走り、人の笑顔を糧にして生きてるような女だ、そのせいで先生や生徒たちによくこき使われて

いる。

不憫だとは思うが、本人が遠慮深い上に望んでやってる事だから仕方が無い。

手伝いぐらいしてやればいいとは思ったが、相川も野球部があるので手が開いた時ぐらいしか手伝えていない。

というわけで生徒会と野球部とはいえ、この二人はそんなに仲は悪くない。

一時期つきあってるかそうじゃないとか噂も立ったぐらいである。



桜井「なんとかしてあげればいいんだけど…」

相川「いいよ別に、勝てばすむことだ」

桜井「うん………」

相川「………」


沈黙。

桜井小春は、頬を赤く染めていた、まともに相川の顔を見ようともしない。

沈黙。

相川の額からは汗が吹き出ていた。

周りから見たら、どこをどう見てもいい雰囲気だが、当人たちにとってはそうでもないらしい。

いつのまにか生徒会の面々も顔を赤くしながらその様子をのぞいていた。


百智(…じれったいです)

長居(小春!そこよ!そこ!アタック)

美紀(生徒会だというのに…)

沙紀(お姉様、どうします?…あれ?お姉様?)

百智(会長なら、あそこ)

長居(これは面白いものが見れそう…!)

山田(そうですねぇー、かいちょも素直じゃないしねぇー)

沙紀(うわ!?なんだお前?!)

美紀(新聞部の部長さんじゃないか…)

山田(しーっ!今から修羅場ラバンバなんだから静かにっ!)



氷上「ずいぶんと、仲のよろしいことですのね」

桜井「はっ!か、会長!」

相川「なんだ、まだいたのか」

氷上「なっ!ま、まだとはどういうことですか!私がいちゃいけないんですの!?」

相川「そうは言ってないだろうが」

氷上「大体あなたは、レディに対する…その、態度を」

相川「お前が俺に対してした仕打ちを忘れたのか」

氷上「それは…」

相川「断ったのに、生徒会に入れとしつこく勧誘した上に金までちらつかせて、おまけに野球部を廃部に追い込もうと俺にした事を忘れた

のか」

桜井「ちょ、ちょっと相川君そんな言い方…」

相川「お前は黙ってろ」

氷上「あ、あなたが生徒会に入らないから…!」

相川「わがままなお嬢さんにはつきあってられないな。じゃあな、桜井、俺はもう行くぞ」

氷上「あっ、ちょ、ちょっと…」

相川「なんだ」

氷上「………生徒会、別に野球部と兼ねてもらってもかまわないんですわよ」

相川「断る。じゃあな」






眉をつりあげてきっつい言葉をお見舞いした後、相川は階段を下っていった。




氷上「……………はぁ」

山田「いやいやいや、嫌われちゃいましたなぁ。ぽんぽん」

氷上「私に対しては優しくしてくれないんですのね、小春さんに対してはああだというのに」

桜井「あ、あはは…」



氷上は誰が見てもわかるぐらいに落ち込み両肩をうなだれて生徒会室に入っていった。

本当は分かりやすい女の子なのである。

自慢のつり目も今はたれさがっていた。



氷上「帰りましょ…雑用片付けたら今日は解散ね……はぁ」

桜井「会長…」

氷上「私も、貴方みたいにおしとやかになれれば、いいんですけどね」

桜井「そんなこと…」

氷上「いきましょ、もうすぐ下校時刻よ」

桜井(会長も本当は相川君のこと嫌いじゃないのになぁ…なんとか仲直りさせられないかなぁ…)








文化祭、というのはどこの学校でも結構盛大にやったりする。

将星は礼儀正しいお嬢様学校なので、大人しく劇でも観賞するのかと言われれば、十年ぐらい前まではそうだったらしいが、現在は学校の

内外から参加者を集って盛大に行っている。

また元女子高な上、レベルも高いのがそろっているからその入場チケットはプレミアものだったりする、ヤフオクで転売されてたりもする



女子も、数的に男子との出会いに飢えてる女の子が多数いるので、なんとかして恋人を作ろうと必死に頑張ったり。

お金稼ぎおーけーなので、キャバクラまがいの店をやって金を巻き上げるクラスもあったりする。

だから将星でも例外なく、ムードは文化祭に向けて盛り上がるし、ライブに向けて練習するガールズバンドやら劇やら、吹奏楽やら校内は

なにやら熱い雰囲気である。

なんせ前日は一日丸まる準備で休みにする具合だ、校訓が校訓だけにこういう時に皆発散しているのだろう。

一週間前ともなると、さらにそのムードは加速する。


緒方先生「えっとぉ、じゃあ委員長、後は任せるわね」


冬馬や県達のクラスも、文化祭に向けて劇をするやらなんやらで大騒ぎである。

壇上に立つクラス委員長如月唯も、苦い顔でため息をついた、なんでこんな煩いクラスの委員長になったんだろう。

眼鏡の奥の細く鋭い目がクラス中を眺めても喧騒はやみそうに無かった。


如月「お前らぁ…やる気あんのかよ」

「冬馬きゅんが王子様は決定ね!!」

「お姫様役は男子でいいんじゃない!?」

「ちょっとーそれいいじゃーん!」

冬馬「うえええ!?お、俺!?」


ロミオとジュリエットをやるにしてもいまだに配役すら決まってない状況である。


こんな風にして文化祭までの日にちはあっという間に過ぎていった。


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