二回裏、一軍6-0二軍



バッチィインッ!

南雲「よくやったぜよ望月!!」


南雲から手厚い祝福を受ける、背中が軽くひりひりする。

望月は続く綺桐をサードフライに打ち取って、ついに一軍の攻撃をゼロに防いだのだ。


望月「ど、どもッス」

布袋「ようやくって感じだな」

望月は苦笑しながら布袋に親指を立てた。

南雲「だが…まだまだこれからぜよ」

藤堂「…その通りだ」


二軍メンバーの目線の先には、植田。

立ちふさがる一軍エース…!













212一軍戦9だから僕らは夢を見る











秋沢(なんだったんだ)

秋沢は思案していた。

最後のストレートはいったいなんだったのだ。

確かに芯で捉えたはずだった、だがボールは秋沢の予測した位置よりも速くミットにおそまっていた。






笠原(あの球は…)

笠原にとっても、望月が放った一球は驚きにたる物だった、思わずベンチを立ち上がりそうになったのを、寸前でこらえた。

見覚えがある、あの球は昔どこかで…。

そう、それは笠原が高校球児として戦っていた時だっただろうか…だが記憶には曖昧なベールがかかっており、それ以上笠原が思い出せることは何も無かった。

何よりも見間違いかもしれないのだ、望月がストレートで秋沢を三振にとったにすぎない。




威武「カナメ!」

攻撃は二軍に移る、打者は…四番、南雲要!!!

伸びきった前髪で目こそ隠れているものの、口にくわえたトレードマークの爪楊枝はピンと上をたったままだ。

南雲「ま、なんとかやってみるきに、の」

バットを首の後ろに回し、それを手で引っ掛けるように持つ。

リラックスしたままの体制で、左打席へと入った。


植田「…来たな」


南雲は190を越える長身だが、体は細く見える。

だが体格以外の何かが南雲の存在を大きく大きく見せる。

植田は全身に強風が打ち付けているような感じがした。

だが…。


植田(…打たれてはならない)


堂島のためにも、自分のプライドにも、そして桐生院のためにも。

マウンドの植田は目を見開いた。


南雲「ちゃ、ちゃ、そんな怖い目でにらむな、ぜよ」

からから、と南雲は笑った。

だが目は笑ってはいない、ゆっくりと独特のバッティングフォームに構える。


牧(来ましたね)

秋沢(サムライ…南雲)


武士が居合抜きをするとき、左手は刀の鞘に、右手は柄にそえる、そして抜くときは神速で抜刀する。

上半身を前かがみに低く構え、左手でバットを逆手に持つ。

右手をバットのグリップに軽くそえるとその打法は完成する。



四番、南雲要。



植田「そんなふざけた打法で…」

南雲「わしの打ち方がふざけたもんじゃないことは、おまんもまっことよくわかっとるはずぜよ」


植田のセリフを途中でさえぎる。

すでに南雲の全神経が植田の一挙手一投足 にそそがれていた、目が白く光っているような錯覚を覚える。

バッテリーはその気迫に思わず息を呑んだ。


堂島(動じるな)

植田(はい)


だが、植田にも得体の知れない雰囲気が備わっている。

白い炎と黒い光が打席とマウンドの中心で、音を立ててはじけた。

植田、振りかぶって…第一球!


南雲「!」




またもやストレート、しかも…ど真ん中!!

だが南雲の右手も光の速さで酸素を切り裂く!!




―――ガキィンッ!!!


『ザワッ!!』

三上「!」

布袋「あ…」

威武「当てたっ!」


しかし、打球はボテボテの内野ゴロ、救いはそれがファールボールだったことだ。

グラウンド内に歓声ともため息とも取れる、おお〜、というざわめきがもれる。

だが南雲はバットを片手で持ったまま植田を睨みつけていた。



南雲(…速いぜよ、いや…というよりも)



ノビる、のだ。

しかも打者の直前で、かなり、というか異常なほどに。

だからこそ藤堂も完全に当てたと思って振り遅れたのだろう。

南雲もストレートを読んでいた、そして完全に当てるタイミングで振りぬいた…いや、斬りにいったのだが大分振り遅れた。

当たったのは、南雲のスイングスピードが恐ろしく速いおかげである、普通のスイングなら今頃無様に空振りをしているところだ。

南雲はバットを立ててその横から植田を見据えた。

おそらく、植田は後の二球も連続でストレートだろう、望月へのあてつけか、植田の自信がなせる技なのかはわからないが…あの藤堂にも三球連続で投げたぐらいだ。

だと、するとチャンスは後二球。

南雲は、ゆっくりと『サムライ』の構えに入った。




堂島(どこまでストレートにこだわるのだ、植田。…この南雲は一筋縄ではいかないぞ)

植田(わかっていますよ…だからこそ)




植田はストレートを投げなければならない。

それが、自分の実力を、堂島の正しさを認めることに。

望月の存在を、否定することになるからだ。


第二球も…ど真ん中ストレート!!!






ドバシィイイッ!!

『ストライクバッターツー!!』



妻夫木「!」

上杉「な、南雲先輩が振り遅れた…!?」

弓生「先ほどよりもストレートが速い、そう思った方がいい」





堂島に対しては計算外だった、良い意味で。

植田の望月へのコンプレックスがこんなにも激しいとは思っていなかったからだ、嫉妬、羨望、自虐、全ての負のエネルギーが今の植田を作り上げた。

やられない、やられたくない、今の自分は無敵だ、やられるはずがない。

妄想が現実になる。




南雲(一球目より伸びとるぜよ…)


正直、こんなに速い…いや伸びるストレートを見たことは無かった。

実際は140前後かもしれないが、体感はまるで150を越しているように感じる。

さて、どうする南雲要。



南雲「タイムぜよ」



と…突然南雲は両手でTの字をつくり、いったんベンチへと下がった。

植田「…?」

堂島(相変わらず人を食った奴だ…)


何の変哲も無かったような顔でベンチに帰ってきた南雲は口笛を吹きながら、スプレーをバットに吹き散らした。





藤堂「この緊迫したタイミングでタイムか」

妻夫木「お前は本当よくわからん奴だ、くっく」

三上「な、南雲先輩…。植田君は打てますか」


南雲の爪楊枝が、再び天を指した。


南雲「一打席だけなら…ま、見てるぜよ」










タイムを解き、再び打席に戻っても植田の集中力は途切れていなかった。

植田「タイミングを狂わそうとしているのかどうか知らないが…無駄だ」

南雲「そんなつもりは、まったく無いぜよ」

堂島(だとしたら、何のタイムだ。今のタイムに意味はまったくないぞ…)



だが南雲は意味のわからないことを平気でする男だ。

南雲のこの行動にどんな意味があったのか、堂島には理解しがたかった。



植田「関係の無いことだ…」

植田がゆっくりと振りかぶる、追い込んでからの、決め球は。


植田「貴様は俺の球を、打てはしないっ!!」

植田の右腕が、残像を残して輝いた。

ギャオンッ!!!!!










南雲「―――それが、打てるんぜよ、これが」

カッ…キィ――――ンッ!!!!



望月「お、おおおっ!」

三上「打ち返した!!」

『ワアアァーーーッ!!!』

植田「な…っ!!」

堂島「ば、馬鹿なっ!!」





南雲は…打席の『後ろ側』に立ったのだ。

それならばわずかながらストレートが空気抵抗に負けて失速するのを待つことができる、それに加えて今打席はかなり速めに「居合」を開始した。

完全に振り遅れていたはずの南雲は、完璧にストレートをセンター前に弾き返し…。











『あ、アウトー!!」



南雲「!」

誰よりも驚いたのは南雲だった、自分の当たりは完全にセンター前に落ちたはずだ。

…が、打球が落下したと思われた地点には、すでに桐生院のユニフォーム姿があった。


堂島「センターは…神緒か。ヒヤヒヤさせおって」

堂島は胸をなで下ろした、アイツなら大丈夫だ。

よほどの当たりではない以外、ヒットになどなるはずもない。

神緒「なんだよ植田ちゃん。打たれてるじゃん」


いやらしい笑みを浮かべながら、髪の毛が外に大きく跳ねた髪型の男がボールを植田に返した。

神緒柳…七番センターの男である。


堂島「ふ、残念だったな南雲。神緒の守備範囲は貴様らが驚く広い、そうそうの当たりではヒットにはならんよ」

南雲「ちゃ…冗談きついぜよ」



あの当たりでアウトになるとは。

南雲は顔こそ笑ってはいたが、冷たい汗が背中に流れているのを感じた。




上杉「さ、さすがです!!」

布袋「おっしーぜ南雲先輩!」

望月「あの植田の球を完全に捉え…」

藤堂「打席の後ろに立ったな、南雲」



植田から良い当たりを飛ばしただけで盛り上がる一年陣を藤堂の言葉がさえぎる、その言葉は完全に的を得ていた。

南雲は、片手で「○」を作ると、バットを静かに横たえた。



三上「で、でも…今の当たりなら」

妻夫木「お前ら脳みそからっぽか?植田はまだストレートしか投げていねーんだぜ」

望月「う…!」

弓生「あのストレートに変化球までつけられたら手も足も出ない、そう思った方がいいですね」

南雲「言いにくいことをはっきり言う奴じゃのぉ…」




南雲は苦笑した、だが事実だ。



威武「カナメ…」

南雲「すまんきに、わしもヒットやとは思ったんじゃが」

藤堂「あのセンター、相当守備範囲が広いな…南雲が打った瞬間にすでに打球の落下点に向けて走っり出していた。反射神経が良すぎる」

南雲「ほんに、肩のこる相手じゃのぅ」

威武「…」

妻夫木「ま、南雲が駄目なんだ。気軽にいってこい、威武」






威武はこくりと、頷いた。

三上には、どうして二年生たちがこれだけ余裕があるのかわからなかった。

六点差である、バスケットや卓球の試合ではない、そう簡単に六点を返せるはずがないのだ、しかもマウンドは植田だ。

いまだ攻略の糸口すらつかめていないというのに…。

南雲は不安そうな三上の頭に大きな手を乗せた。



南雲「マネージャ、まだ二回じゃ。後七回あるきに、大丈夫ぜよ」

三上「南雲先輩…」












堂島(でかぶつ、か)

打席の巨人には堂島にも嫌な思いがあった。

もともと何を考えているのかわからない上に、古いグローブを捨てただけで放り投げられたのだ、単純に頭が悪いのかもしれない。

植田(どうしますか)

堂島(さて、と)

威武はその巨体にふさわしく桁外れなパワーを持っている、おまけにミート能力も高く、打撃能力だけなら前桐生院の四番神野に並ぶ実力を持つ、といわれていた。

だが如何せん、変化球を打つのが苦手すぎた…がそれは裏返しにすると…。


堂島(ストレートは、投げたくないな)



本音である、バッティングピッチャーが投げたストレートを軽々とかっとばすのを嫌というほど見ている。

だが、二軍投手のカーブも打てないほど変化球が苦手だ、とたんにフォームがガタガタになる。

堂島は是非とも変化球を投げさせたかった、が、それは植田の気持ちに反するだろう。










堂島「何ぃ…?一巡目は全部ストレートで投げるだと」

植田「…はい」

植田がそのことを告げたのは試合の前日だった。

すでに「D」は仕上がっていた。

堂島「貴様…いくらDが完成したとはいえ…相手は藤堂に南雲だぞ」

植田「わかっています」

植田は冷めた表情だった、力を手に入れると人はこんなにも変わるものなのか、堂島は少々自分のやっていることが恐ろしくなった。


植田「しかし…藤堂に南雲がそんなにすばらしいバッターでしょうか」

この一言は堂島の神経にふれた。

堂島「ほう…言うな」

植田「今の私の実力ならストレートでも十分です」

堂島「しかし、勝率は常に100%でありたい。ストレートにこだわる必要はなんだ」

植田「望月です」

堂島「何だと?」


いや、予想はしていた。

当然といえば当然の答えかもしれない、植田は今まで望月という男一人の背中を追い続けてきたのだ。


植田「監督は俺に、望月のストレートを見習えといいました。あんなチビの、力の無いストレートをです」


確かに望月のストレートは力が無かった、しかしそれは全国で見たときの話である、一年生の中で望月のストレートはずば抜けて速かったし、伸びていた。

植田のストレートは球速こそあるものの、球速ほどの速さはどうしても感じられなかった、だからこそ笠原は植田にストレートを見習えと言ったのだ。

植田からすれば、屈辱であった。

他人の模倣などと、他の人からすれば些細なことかもしれないが、人一倍自尊心の強い植田にとって、それは耐えられないことであった。

他人は見下すために存在するのだ、彼にとっては。







それ以上堂島は植田の迫力に押されて何も言えなかった。

納得はいかなかったが、どうせ全てを握っているのは堂島だ、気に食わなければ捨てればいい。

やれやれ、とため息をついて堂島は植田にストレートのサインを出した。

六点あるし、植田の目を覚まさせるにはちょうどいい機会だろう、そろそろ目を覚ましてもらわないと困る。

現実になろうと、妄想は妄想なのだ。

植田は、頷いた。





威武(ストレート、俺、打てる)

威武には自信があった、ストレートなら160kmだろうが打てる自信がある。

来い、直球を、まっすぐを投げてこい。



植田「…勘違いを、するなよ」


威武がストレートを得意なことぐらい植田もわかっている。

だが、自分のストレートはわかってても打てはしない。

その為の、ストレートだ。


植田「お前が得意だろうが、ストレートとわかっていようが、俺の『微塵』は…打てん」







―――ズガンッ!!!

信じられない音を立てて、ボールはミットに突き刺さった。

威武のスイングは、到底追いつくはずもなく、二回表の桐生院の攻撃もゼロに終わった。




いまだ、植田の投球は、ストレートのみ………!!








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