211一軍戦8闇があるから光は差す














キィンッ。

またもや金属音、ボールはファールボールを転々と転がる。

望月「…っ!!」

望月の顔からは再び滝のような汗が流れ始めていた。

両手を膝にいた、仇をも見るような目つきで打席の秋沢をにらむ。


三上(なんて打者だ……!!)


先ほどから、数えてなんと11球連続ファール。

しかも、望月が持つ全ての球種を、内外高低に投げ分けたのを、全ていとも簡単に軽くファールする。

意味する答えは、いつでもお前の球を打てる、ということ。


望月「はぁー、はぁー…」


肩が大きく上下する、気力は失われていないが、精神的な疲労は相当大きいと見える。

三上からボールを受け取ると、振り返ってロージンを拾う。


秋沢「無駄だ」


秋沢はずれかけていた眼鏡を、チャキ、と直した。

中指で鼻の頭のフレームを押す、独特のポーズだった。


秋沢「無様に逃げ出したほうが、懸命だ」

望月「うるせぇっ!!」



怒りに任せて投げる、秋沢が真に恐ろしいのは…。


キィンッ!!!


望月(また…っ!)

打球はファールグラウンドを力なく転がった。

コースは外角高めの『ボール球』である、そう秋沢はストライクだろうがボールだろうが、どんなに外れていようがひたすらにカットし続けてきた。

植田も、秋沢も執拗に望月を否定し続ける、望月投手という存在をひたすらに全否定し続けてくる。

しかし、逃げるわけには行かない。




笠原(ここで逃げれば…)

大和(望月君はこの先投手として、やっていけなくなる)



カキィインッ!!

『ファ、ファール』


実に、この回秋沢に対して16球目を投じている。

三上も歯がゆい思いでいっぱいだった。


堂島(絶望だ)


人は自分の全てを否定された時に、生きる意味を失う。

望月は植田に投手としてのプライドを否定された、そして今秋沢は望月の投手としての存在を否定しようとしている。

こんなこと、よほど恨みが無ければとてもできたものではない。

秋沢もまた、望月に対して黒い感情を抱いていた。

れだけ努力しても、上達しても、人間には限界がある、秋沢は二年の春にそれを悟ってしまったのだ。

これ以上やったとしても、自分は南雲や藤堂達に追いつくことはできない、いや、二軍すら脱出することはできない、と。

そんな折に、望月という一年が鳴り物入りで桐生院に入学してきた、そしてあっという間に一軍へと昇格していった。

自分の一年間を望月はわずか一週間で乗り越えていった、秋沢は心優しい男だったから、心から望月を祝福した。

わずか一週間ではあったが、望月に桐生院のノウハウを教えたのは秋沢だったからだ、この現在、秋までに二軍から一軍に昇格した部員を嫌というほど目にしてきた。

わずかな、思いだったのだ。





――俺は、何故駄目なのか。





カキィンッ!!!

『ファ、ファール!!』



望月(なんなんだ、なんなんだよっ!!)

ついに望月は心の中で悪態をつき始めた。

対する秋沢は相変わらず無表情で眼鏡のずれを直している。

三上(すごいバッティングセンスだ…秋沢先輩)

打とうと思えばいつでも打てる、来る球来る球に対して全て軽く合わせている。

振り遅れてはいるもののストレートも変化球も全てバットに当て続けている。

秋沢は無になっていた。


望月「とっとと、くたばれっ!!」



セットから望月が投じた18球目。

それが秋沢に対して、初めての失投であった。


望月「!!」


高めのスライダーになるはずだった、が、指先がうまくひっかからず完全に抜けた球になる。

ボールは軽く弧を描きながら高めに浮く棒球となった。



やられた。

今この場にいる誰もがそう思い、望月は思わず目をつぶった。










だが。




――コキンッ。





聞こえてきたのは、またも力ない金属音だった。

ファール。

必要なのは、打つことではない。

相手の戦意を喪失させることだ。


秋沢「どうした、終わりか」


秋沢の無機質な言葉に、望月の顔が青ざめた。





大和「なんて男だ…秋沢君」

大和の唇も軽くふるえていた。

投手として対戦するなら、これほど恐ろしいことは無い。

今のファールは単に失投を打ち損じたのではない、それは今までの秋沢の打席を見ていればよくわかることだ。

誰もがわかる失投をカットした、ということはだ…打つチャンスを逃した、ということだ。

文面どおりの言葉ではない、それは相手を見下し、相手を否定する行為だ。

三上(絶望…)

秋沢の先ほどの言葉が、ついに現実味を帯びてきた。

もう望月には投げる球がなかった、三上もリードのしようがなかった。

嫌な予感、あくまでも予感ではあったが…おそらく秋沢は。



牧「望月君がマウンドをおりるまで、ファールを打ち続けますよ。…永遠にね」


望月の心は一回よりもさらに、深く濃い闇に包まれていた。














気温は下がってきたとはいえ、まだ夏をわずかに残しているぬくもり。

だが望月の吐く息は、これでもかというぐらい白かった。

体が沸騰しているのかと思えるぐらい。


望月「ふしゅー…」

大和「…すごいぞ、望月君。よくここまで…」

露草「君は実に良い投手だ」

望月「それは聞き飽きたよ。お世辞ならやめてくれ」

露草「まさか…ここまで私の教えを忠実に再現するとはね…。赤月創の息子以来だよ」

望月「赤月…?」

大和「赤月創…ま、まさかあの赤月選手ですか!?」

露草「ま、それはいいことだ。…君は見事にこの私の球を身につけた。…人はいつか闇に包まれる。世界には太陽が隠れる時間帯もあるからだ。その時に…この球が君の闇を照らすことを心から願っている」










ゆっくりと、ボールの握りを直した。

心を落ち着ける。

光は闇があるからこそ、輝く。

望月は、右腕を振り下ろした。


シュ―――。


三上が要求したのはストレート、望月の気力にかけた。

わずかな希望…ストレートの早さに秋沢が打ち損じることを願って。

ボールは望月の右腕からまっすぐに伸びていく。


秋沢(愚かだ)


ストレートで打ち取れると思ったか。

秋沢のバットはまるで蛇のようにボールにからみつきに…。







バシィンッ。




三上「え?」

秋沢「…な」



ボールは、秋沢のバットが完全に出る前にミットへとおさまっていた。



望月「バッターアウトだぜ、秋沢さん」





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