210やってやろう
体育倉庫に呼び出されたのが、朝の話です。
一時間目が終わったら体育倉庫に来てください、恋する少女より。
彼のキャラ的に、真っ向から信じてしまったのでしょう。
最近結構いい活躍してたし、そろそろ春が来てもいいんじゃないかと思ってたし。
そんな感じで一時間目が終わって体育倉庫に向かったら。
そこから記憶がないのです。
西条は暗がりの体育倉庫の中で必死に弁解した。
西条「だ、誰かがおった気もするけど、俺は…」
だが記憶が曖昧なせいか、どうも要領をえない。
かたわらの眼鏡巨乳少女はずっとうつむいていた。
柳牛「………」
海部「それが、言い訳か」
海部一人が責めるような目で西条を睨みつけている。
西条「言い訳じゃないんです!ほんまのことやねん!」
海部「しかし、お前は前も柳牛相手に事件を起こしたじゃないか」
西条「あれは無実やったやんけ!!」
海部「柳牛、確かにこの男だったのか?」
見つかった相手がまずかった。
運悪く二年女子の二時間目は体育だったのだ、体育委員の海部は当然体育で使ったハードルを直しに行く。
そうしたら女子ソフト部の柳牛と西条が倒れてるではありませんか。
西条「お、おい!あんた、そうじゃないんだろ!!言ってくれよ…」
柳牛「あの…私は…」
海部「柳牛、本当のことを話せ」
柳牛「あ……う……ご、ごめんなさいっ!!」
バタン、と勢いよく体育倉庫の扉を開けて出て行ってしまった。
残されたのは、海部と西条。
西条「う…嘘やん、もしかして俺ほんまにやってしまったんか…」
海部「とにかく…うちの女子も関わってしまったんだ、事を大きくしたくは無い…とりあえず昼休みにもう一度ここに来てもらう。そちらの責任者も連れて来い」
吉田「西条、お前…」
西条「ち、違うんです!俺はそんなこと…」
三澤「西条君は多分やってはいないけど、状況が不利すぎるよ…」
御神楽「こんな時に限って相川がいないとはな…」
とにかく、なんとかしなければならない、と三時間目終わりに西条は吉田に報告した。
しかし話をどう聞いても、野球部には最悪の結末が待っているとしか思えない。
吉田「とりあえず俺が言って話し合うしかねーだろ」
御神楽「僕も行った方がいいか吉田?何か嫌な予感がするんだ」
大場「お、おいどんも行くとです」
三澤「ううん、あんまり大勢で行くと相川君も言ってたけど話がややこしくなるんじゃないかな…」
御神楽「…ということは吉田と西条二人か…この馬鹿に話をさせるのは不安で仕方が無い」
三澤「でも相川君も何度電話かけてもつながらないし…」
吉田「まぁ、任せろ。なんとかしてくるつもりだ」
三澤「うん…多分、女子ソフト部も関わってるし…見つけたのが向こうの部長さんだったんでしょ?あんまり良くないことだけど、公になる前にどうにかして西条君の誤解を解けないかなぁ…」
大場「また先生にばれたら大事になるとです」
御神楽「それに、あの新聞部の奴らに知られたら今度こそ僕たちの立場はマズイことになるぞ」
西条「…すいません」
吉田「なぁに、やってないなら謝ることじゃねぇ」
御神楽「何か怪しい気もするけどな、毎回毎回なぜこうも西条が的にされるんだ?」
三澤「野球部、というよりも西条君に恨みでもあるのかなぁ…」
御神楽「まぁ、こいつなら恨みを変われるようなことしててもおかしくはないがな」
西条「そ、そんなこと」
吉田「まぁまぁ、とりあえず昼休みになったら体育倉庫にいけばいいんだな?」
御神楽「吉田、頼むぞ」
吉田「まぁ、見てろ」
そして、本日四回目の授業を終えるチャイムが校内に響き渡る。
よっしゃ、と一つ気合を入れて席を立つ。
将星高校は結構校舎が広く、体育倉庫まで結構な距離がある。
グラウンドへ降りるための階段を下り、さらにそのグラウンドの端に体育倉庫はある。
海部「来たか…」
すでに体育倉庫の前には、海部、西条、そして氷上がいた。
吉田「え?氷上じゃねぇか、どうして」
海部「私が呼んだ」
吉田の疑問には海部が答えた。
赤がかったショートカットの女子ソフトキャプテンは腕を組みながら憮然とした表情で立っていた。
氷上「生徒同士の諍いを収めるのも生徒会の仕事ですわ」
西条「お、おいあの子は来ないのか?」
海部「柳牛は来ない、また何をされるかわからないし、本人も気にしてるんだ」
西条「そんな…俺は何もしとらんわ!」
氷上「この際あなたが本当にやったかどうかはどうでもいいんですの」
西条「なんやと…?」
氷上「問題は、未遂とはいえ二度も男女間で問題があったということ。流石に私たちでもこれ以上はかばえませんことよ」
西条「ちっ、最初からかばう気なんてないやろうに…」
吉田「西条」
西条「う…は、はい」
吉田「こちらの言い分は、西条はやっていない、以上だ」
海部「ふざけるなよっ!!二度もあの子は問題にされたんだぞ!もともとナイーブな性格なんだ、これからの試合に影響が出たらどうしてくれる!」
海部は堰を切ったように怒声でまくし立てるが、対照的に吉田は意外と冷静だった。
吉田「試合に…?」
氷上「柳牛さんは女子ソフト部のエースですの」
西条「エース!?あ、あいつが!?…人は見かけによらんもんやな…」
吉田「それに関しては…俺たちには頭を下げて詫びる意外にどうしようもない」
海部「…まずいのは、この事件を新聞部が知ってしまった、ということだ」
西条「な、なんやと!」
海部「柳牛があれだけ落ち込んでれば周りも怪しむだろう、噂も飛び交ってる。また野球部か、ってな」
西条「………違う、体育倉庫に入った途端…いきなり覚えてなくて」
海部「どうせ頭に血でも上ったのだろう」
氷上「野蛮の男子の言うことを、先生方が聞くと思いますの?」
西条「ふざけんな!!それじゃ差別やないか!!」
海部「当たり前だ、もともとここは女子高なんだぞ。そこに男子が来てるだけならともかく…私たちの練習の場も奪って…」
西条「やりたいことをやって、何が悪いねん」
海部「……野球部のキャプテン、この口の悪い部員をなんとかしろ!!」
吉田「口の悪い…?」
きり、っと吉田の表情が真剣な者に変わった。
吉田「確かにうちの部員はやってはいけないことをしたかもしれない。ただ証拠も無いのに、ウチの部員の悪口を言うのはやめろ」
海部「う……」
氷上「言い争ってる場合ではないですわ、そのために私が来たのですもの」
吉田「どういうことだ?」
氷上「実際に先生に知られたら今度こそあなた達おしまいですわよ。二度目なら、私たち以上に言い訳が聞かないわ」
西条「…なんや、ずいぶん俺らに肩入れするやないか、野球部を嫌ってたんちゃうんかあんたら」
氷上はさっと、長い前髪をすくいあげた。
氷上「私たちも鬼ではないわ、あなた達にチャンスをあげようと思って」
吉田「チャンス?」
氷上「このまま言い分も聞かずに野球部を廃部にしたんじゃ、あのできる相川君にいつ闇打ちされるかわからないもの。だから、チャンスよ」
西条「だから、なんやねん、チャンスって」
氷上「試合」
西条「は?」
氷上「試合よ、今度うちの文化祭があるわ。そこで、あなたたち野球部と女子ソフト部の試合をやってもらうの。勝てばこのことを無理矢理もみ消してあげもいいわ?」
西条「…なんか裏があるんちゃうんか」
氷上「もちろん、負けた場合は野球部は廃部にさせてもらいます」
西条「廃部?!」
吉田「そういうことか」
氷上「当然よ、今ここで私がこのことを知らしめてあなたちの首を飛ばすのは簡単なのよ?」
西条「なめんなや!!女なんかに負けると思っとるんか!!」
氷上「そう?吉田君、この子は乗り気みたいだけど、この勝負受けるの?」
吉田「…俺たちが買った場合、部費をあげてもらおう」
氷上「…………まぁ、いいわ」
西条(おおっ、流石キャプテン、言う時は言いますね)
吉田(だろ?相川にも注意されたしな、メリットの無い勝負はするなって)
氷上「日時は、わかってる思うけど。場所はこのグラウンド、貸しきってギャラリーも呼ぶわ。それが約束だもの」
西条「約束?」
氷上「こちらの話よ…それじゃ、受けるのね。この契約書に、サインしてもらってもいいかしら?」
いやに用意周到なのに、吉田は気づくべきだったろうか。
それでも目の前の海部という女性に対して並々ならぬプレイヤーとしての気迫を感じていたのも確かだ。
吉田もまたそういった勝負に燃えるタイプだ、戦ってみたいと思ったのかもしれない。
吉田「わかった、やってやろうじゃねぇか」
必要ないのに、万年筆で指を切って血印だと二人ではしゃいでいた野球部員が体育倉庫の前からいなくなって十分。
その契約書を見ながら氷上は、口を開いた。
氷上「あっけない、相川君がいないとここんなものなのね。あれこれ考えてた私が馬鹿みたい」
海部「しかし…舞、わざわざ試合をやる必要はあったのか?」
氷上「どういうことかしら」
海部「お前はその…友達だからこういうことは言いたくないんだが、柳牛に嘘までつかせて、おまけにあの西条っていう一年を睡眠薬で眠らせて…。やっている時はそうでもなかったけど、今になって、私たちひどいことしてるんじゃないかって」
氷上「今更よ、晶。それとも、野球部に勝つ自信がないの?」
海部「そんなことはないっ!」
氷上「それじゃ、あの子達にトドメをさしてくれればいいわ」
海部「…確かに恨めしい存在ではあるが…廃部はやりすぎかもしれない」
氷上「怖気づいたの?」
海部「誰がだっ!!」
氷上「それじゃ、女子ソフトの子たちにも報告してくれるかしら」
海部「わかった、お前の期待を裏切らないように頑張るよ」
氷上「それじゃあね、晶」
海部「それじゃ、舞」
氷上は一息ついた。
午前中だけ済ますと決意して、本当にそれですんでしまった。
まるであの女は悪魔だ、それを実行する私も似たようなものか。
山田「グッジョブよん、かいちょー」
わずかに体育倉庫の扉に隙間が開いていたのには誰も気づかなかった。
ややこしい話ではあるが、海部と山田は直接手を結んでる訳ではないのである。
氷上「これでいいのかしら」
山田「ほらね、私の言うとおりになったでしょー?」
氷上「相川君がいないだけでこれなのね」
山田「それにしても、海部さんがあんなこと言うなんて思ってなかったけど、女子ソフトのキャプテンと言えばしごき方が鬼って話だけどさー」
氷上「あの娘、ああ見えて人一倍優しいのよ。だから普段厳しくしようとしてるだけ」
山田「ま、でもとりあえずムキになるタイプってのは本当だね。怒らせておけばちゃんと動いてくれるでしょ」
氷上は、山田をじっと見た。
この天真爛漫な声ででこんな事を言うから恐ろしい。
まるで裏で暗躍しているような人物には見えない。
氷上「試合、大丈夫かしら」
山田「会長も心配なんだから。いいのよ、勝ってもテキトーな言い訳してやめさせちゃえば?」
氷上「そ、それはダメよ」
山田「なんでよー、別にいいじゃんかいちょーだし」
氷上「あ、相川君に悪いでしょ…」
山田「ずいぶんと彼の肩を持つねー、犬猿の仲なのに」
氷上「…素直になれないだけよ、私は」
山田「……ふーん」
氷上「とにかく、後は当日を待つだけね」
山田「…かいちょ、本当に男嫌いなの?」
氷上「それはもう、どうでもいいことよ」
山田「…まぁ、私はお金さえ入ればいいけどね」
相川はついに午後の授業にも顔を出さなかった。