209どうなってるんだこれは
















嫌な予感というものは、肌で感じるものである。

朝起きたときから、大体一日の流れなんてものは予想がついてしまう。

珍しく寝坊してしまったのは、目覚ましの電池が切れていたから。

携帯の電源も切れていた、充電していたと思ったら充電器のコンセントが抜けていたのだ。

父親も母親は朝早くから仕事に出ているから、朝は一人だ。

朝食を楽しむ時間もなく、あわただしく着替えて外に出る。

家から大分歩いたところで、靴下を左右間違えていることに気づいた。

おまけに腕時計もしていない。

さらに黒猫が前を通り過ぎ、靴紐が破けた。


相川(…散々だな)


ため息をつきながら、駅へと向かっていく。

相川の家から将星高校へは、電車で四駅。

まだ特急ではない分、朝のラッシュもマシなのがラッキーだ。

そして、ポケットをまさぐってまたブルーな気分になった。


相川(…忘れたか)


サイフと定期入れがない。

悪いことは続くものか…遅刻確定だな、とため息を吐いて来た道を引き返す。

まだ家から遠く離れていなかったのが幸いした。


相川(……)


住宅街の横を抜けると、大きな交差点にぶち当たる。

国道と中程度の広さの道路がぶつかっているから、交通量も多くない。

横を見ると小学生の女の子が一人。

ランドセルを背負っているが、服装がなんとなく高級そうだった。

白を貴重としたフリルのついたシャツに黒いスカート、それにしてもこんな時間帯に一人で登校なん

てこの物騒な時代に珍しい。

なにか馬鹿大きいイヌのぬいぐるみを抱いている、ポンポンがついたゴムで髪の一部をまとめていた

、可愛い部類に入るのだろうが相川はロリコンではない。

大場じゃあるまいし。

まぁ、関係ないか、と相川は視線を向こう側の信号に戻した。

ちょうど赤から青へと変わり一歩を踏み出す、隣を先ほどの女の子が勢いよく駆け出していった。

向こう側に黒塗りのこれまた高級そうな車が止まっている、おそらくこの子を迎えに来たのだろうか





相川(今時お嬢様って奴か…)


まぁ、いつの世にも富と貧は混在しているし、最近もお金持ちの例を見ている。

頭の中に最低な生徒会長と、三澤にこき使われている帝王が思い浮かんだ。

……人それぞれだな。

前を走る女の子は横断歩道の白いところだけを渡っていた。

…お嬢様でもやるんだな、自分ルール。







ふっと、右を向いたのは何か予感があったのかもしれない。

今朝からどうも嫌な予感がしていたのだ。


相川「おい」


口を開くと同時に走り出していた。

視界の隅に入る黒い巨体。

少女の姿が完全に黒い影に覆われる、瞳にはトラックの車輪がうつっていた。

二歩目で、追いつく。

いやに世界がスローに流れていく、女の子の体に手が届く瞬間まできっちりと現状を把握できた。

意外と余裕がある。

居眠り運転か、と冷静に判断する瞬間も確かにあった。

こういう時は大体叫ぶんじゃないのか、とか思いながらも思い切り地面を蹴る。

抱きかかえた胸の中の子は驚くほどおとなしかった。


ズシャアアアアアアアッ!!!!


そのまま勢いよく前に転がっていく。

女の子を悲惨な目にあわせようとしたトラックは何事もなく視界の彼方へと消えていった。

…なんて危ない。

相川がお人よしでなければ、確実にこの子は天に召されていただろう。


「みっ…瑞希ーーーーーーーっ!!!」


黒塗り高級車から、白髪の老人が走りこんでくる。

腕の中の子の家族の肩だろうか。


「瑞希!!瑞希しっかしろっ!!」


瑞希。

それがこの子の名前だろうか。

少女…瑞希は相川の腕の中でぐったりとしていた、瞳は閉じている。

なんとか揺さぶってみるが反応は無かった。

何かに当たった感触はなかったが、もしかしたらわずかに接触したのかもしれない。


相川「とっ、とりあえず救急車を呼んでくれっ!」

「え?あ、牧野っ!!牧野!救急車を呼べえ!!」


いつの間にか騒ぎを聞きつけたのか、あたりに人だかりができていた。

住宅街でもあるし、近所のおばさん達がなんだなんだと集まってくる。

何故か少し恥ずかしかった。


「きっ、君も大怪我してるじゃないかっ!!」

相川「え?」


ふっと、下を見るとアスファルトに黒いしみができていた。

少しづつ視線を上にあげると右足のすねから上のズボンが完全に破れていた、その下からビタビタと

赤い液体がしたたっている。


相川「…滑り込んだから…」


普段土のグラウンドでやってるから、同じ感覚でヘッドスライディングしてしまった。

気が付いた途端に鋭い痛みが足を襲う。


相川「いって…」

「牧野っ!!まだ救急車はつかんのかっ!!」

「お、お待ちください旦那様」


牧野と呼ばれた車の運転手が、震える手で携帯電話を操作している。

しかし、一向に要領を得ない。


「貸せっ!!わしがやるっ!!」


旦那と呼ばれた白髪の老人がその携帯電話を奪い取った。

二人ともこの少女が目を覚まさないので取り乱しているのだろう。


「わしだっ!!救急車を呼べっ!!あ?ど、どこだって?!牧野!ここはどこだっ!!」

「は、え、えっと…」


しかし、相変わらず二人とも話しにならなかった。

ギャラリーのおばさん達が次々ここは国道17号だよぉ、とか叫んでるが老人と119の相手とは上手い具合に連絡を取れていないようだ。

ため息をついて、足を引きずる。


相川「貸してください」

「ん?!」


二の句を告げさせずに携帯電話をひったくると、すぐにこの場所の住所を伝えた。

ここの近くに市民病院がある、おそらく三分ぐらいで到着するだろう。

一仕事おえて相川は大きく息を吐いた。


瑞希「…んぅ…」

相川「ん?」

「みっ、みずきっ!!」


どうやら気を失っているだけらしい。

腕の中の小さな少女は小さくくぐもった声を出した。


相川「良かったですね」

「あ、ありがとう!!君は娘の命の恩人だ!!」

相川「いや、あの、そんなたいしたもんじゃないですが…」

「ちょっと、相川さんとこの大志君じゃない??」

相川「え?あ、えっと、矢野さん」

「大怪我してるじゃない!!おかあさんに連絡取ったほうがいいよ、おばちゃんが電話しようか??




ギャラリーの中から一人の夫人が相川に駆け寄ってきた。

母親の友人だ、相川も顔は知っている、年末になると母親たちは友人を集めてよく宴会をしているから…その場で酔いつぶれた母親を持って帰るのは相川の役目だった。

だから相川は孝行息子と呼ばれている。

実際は学力の割に進学校よりも吉田との野球を優先して将星に行ったのだから、親不孝だが。



相川「あ、お願いします、仕事中だから迷惑かけれませんが…」

「何言ってるの!!そんな大怪我してるんだから!!」


どうやら親を呼ぶことになったらしい。

が、老人が君もついでに病院に行け、と指示してくれた。


「なぁに、心配するな治療費はわしが持つ!牧野!!おろしてこい!」

「は、はい旦那様!!」

「わしは瑞希と彼と一緒に病院に行く、とりあえず屋敷のものを何名か呼んでこい…聖名子もな」


しばらくするとけたたましいサイレンをあげながら救急車が到着して。

相川とその子は担架で運ばれて車に積まれた、人生初経験である。

側で応急手当を行っていた救急員が相川に話しかけてきた。


「あっと、家族の方ですか?」

相川「あ、いえ、彼女はそちらの男性が…」

「わしの孫じゃ」

「あ、じゃあ君の名前は??」

相川「相川大志です、大きいに、志すで」

「わかりました、えっとそちらのお嬢さんは…」







「橘瑞希じゃ」

















吉田「なぁにぃ?相川休みだって??」


朝一で2-Bを訪れた吉田は大口をあけた。

隣の三澤にだらしがない、と戒められる。


「うん、なんだかトラックに轢かれたって」

吉田「え、えええええ!?」

三澤「う、嘘!!」

「よっしー、それ違うよ、私女の子を庇って助かったって聞いたよ?」

「あれ?そうだっけ??」

「あと、相川君は無事だってー、足怪我したらしいけど?」

「あれ?そうなの、まなー私は相川君が女の子が誘拐されそうなところを救ったって聞いたよー」

「私は相川君が借金取りに刺されたって」

「あれ?!謎の組織と対決してたんじゃないの?」


話してた女子の次から次へとわらわら女子が集まっていく。

うわさがどこから嘘に変化したのかはわからないが、相川は最終的にはヤクザの息子になっていた。


三澤「…あはは」

吉田「相川……お前すごい奴だったんだな…!!」

三澤「そんな訳ないでしょっ!!」


氷上「大変ねぇ、こんな時に」


吉田「!?」

三澤「…氷上会長」


振り向くと、氷上舞が教室の入り口に立っていた。

片足をドアの入り口にかけ、腕を組んでいた。


氷上「…で、相川君は無事なんですの?」

「へ?」


そして何故か吉田と三澤をスルーして、女の子たちの群れに突入した。


「無事は無事らしいけどー」

「あ、会長もしかして相川君のこと心配なんじゃないの??」

氷上「なっ!?何を言ってるんですの!!そんな訳が…」

「かいちょー顔赤いよーー」

「おやおやますみん、これはあれですかな」

「そうやねぇ、まさかあれですかねぇ」

氷上「ちょ、ちょっとあなた達っ!!」



吉田「氷上ってあんなキャラだったか?」

三澤「うん、野球部には厳しいけど、女の子には人気あるんだよ?」

吉田「ふーん…はっはっは、意外だな」

氷上「何がおかしいんですの!むきーっ!!……それより、覚悟しておくことね、吉田傑君」

吉田「ん?」


もうたくさんだ、と言ったように氷上は女子の群れを離れて、教室を出て行こうとした。

すれ違いざまに吉田のことを睨みつける。



氷上「相川君がいないということは、今のあなた達は…ふふっ」




そして、事件は二時間目が終わった時に起きた。

体育倉庫で西条と女子ソフト部の柳牛が抱き合って寝ているところが海部によって発見されたのだ。









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