209俺のために鐘はなる














頭上の雲は相変わらず分厚く、押しつぶされそうなほどの重さを感じる。

藤堂「…」

藤堂は大きく息を吐いて、バットを立てて大きく構える…が少しそこから前かがみになる。

植田は少し目を細めた、それはずいぶんと特徴的なバッティングフォームだった。


植田(クラウチングか)


藤堂の目線が先ほどよりもぐっと低くなった、しかしにらみつけてくる目線の強さは先ほどよりも鋭さがましている。

二死、直球のみで三振…ここまでは予定通り。


植田(問題は藤堂だ)


帽子の唾をくい、と直してロージンバッグを拾う。

藤堂は微動だにせず、じっと植田の動作に集中していた。


藤堂(…全てど真ん中ストレートだと、ふざけやがって)


この俺にも同じ手が通用すると思うな。

ギリ、と歯を強く噛んだ。

ゆらり、とゆっくり植田は足を上げた、ワインドアップモーションからの…第、一球。


ビシュッ!!

ストレート。


藤堂(間抜けだぜ、バッテリー。俺がど真ん中ストレートを打てないわけが…)







―――バシィッ!!

『ストライクワンッ!!』


幻覚か。

空振りの動作のまま藤堂は止まっていた。

確実に…確実にボールを捉えたはずだ、目をこする。



藤堂(馬鹿な、ボールが消えただと…)



ヘルメットに手を当てる、自然と堂島のミットに目がいった。

堂島「どうした、藤堂。……ま、そんなものか」

藤堂「何ぃ…」

堂島「どこまで言っても…口だけの人間はすぐに終わるものだな」



藤堂の額に、血管が浮かび上がった。

何だ、何が違うのだ。

確かにストレートだ、ストレートのはずだ。



藤堂(わかってても、打てないストレート…そんなものが、あるのか)


あくまでもストレート勝負にこだわる植田に、望月の表情は険しかった。

怒りで手が自然と震えていた、見せ付けているのだお互いの力の差を。



望月「…植田」

上杉「も、望月君落ち着いて」

妻夫木「ムキになったら負けだぜ望月」



妻夫木はふふん、と先ほどの三振を気に留めないように手をふった。

望月とは対照的に、二年生組は意外と余裕の表情で試合を観覧んしていた、南雲もあごにこぶしをあてて微笑んでいる。



南雲「挑発に乗れば、それこそ奴らに思うツボじゃ」

望月「そ、そうですけど…!」

妻夫木「ここまであからさまだと、逆に笑えるだろ」



くっくっく、と妻夫木は声を押し殺して笑う。

人事だと思って、望月は少し不愉快になった…が挑発にのってはいけないのは、どこからどう見ても明らかだ。

納得できない部分はあるが、失点は全て自分のせいだ、今は味方が打ってくれるのを信じるしかない。

神に願ったのは、ずいぶんと久しぶりだ。




堂島「何故、そこまでムキになるのだ、藤堂」

藤堂「…」

藤堂は堂島の言葉に対して、目を向けなかった。

堂島「哀れな話じゃないか、他人のために負ける…その敗績を自分も被らなければいけなくなる…。それは桐生院ではないよ、桐生院はいつだって自分の責任は自分で」

藤堂「喋る暇があったら、俺を抑える努力を考えろ」



藤堂は堂島の言葉をばっさりと遮った。

先ほどと同じく、ボールに立ち向かうようなクラウチングフォームで植田を見据える。

湿った風が、砂を巻き上げたのが、合図だった。

ゆっくりと左足を、あげる、ゆっくりと、あくまでもスロウに…それが植田のピッチングフォームの特徴だった。

まるで強弓の弦を限界まで引いてから…弾かれるようにその球を射出するっ!!


植田「食らえ」




ビヒュ―――!!




風を切り裂き、高い音が聞こえたような気がした。

ストレートは、またもや藤堂のバットにあたる瞬間に消える…!!

『ストライクッ、ツー!!』




藤堂「ちっ…」

堂島「やはり、お前は口だけの男だよ。植田のストレートは打てない」



いや、そんなこともないぜ、と藤堂は心の中でつぶやいた。

藤堂(音で判断すればいい話だったんだ)

そう、ミットにおさまる音は、自分が目測で追ったボールがミットに入る予測よりもずいぶんと早かった。

導き出される答えは一つ。


藤堂(予想以上に振り遅れている)

ノビがいいのか、いや良すぎるのか。


人間の目など、考えている以上に当てにならないものだ、あるはずのないものを見てしまう、あるはずのものが見えなくなる。

頼っている気もないのに、視覚を信頼しすぎている…耳と目の感覚は天と知ほど違うというのに。



藤堂(さて、どうするか…)


なんにせよ、後二回は自分に打席が回ってくる。

南雲にせよ威武にせよ、まずは足がかりを作っていかなければならない。

藤堂は苦笑した。



藤堂(…他人のために、か)


らしくない、実にらしくない。

…が、そんなことを言ってる場合じゃない。


植田「勘違いをしてる奴が、非常に多い」


植田がゆっくりと話し始めた、その口調はとても滑らかで滑舌の良いものだった。

植田「一軍は一軍だ。二軍とは違う…。何故、俺たちが一軍でお前らが二軍なのか、しっかりとわからせてやる」

藤堂「何ぃ…」

植田「桐生院は、実力主義、だ」



安易に、お前らは弱いと言っているのだ。

また、ゆっくりと植田は足を上げ始めた、この遅い動作もあの速いストレートを余計に速く感じさせているのか。

いや…藤堂は考えるのをやめた。



『!!!』

神野「な、なんだと!!」

牧「…バント…ですか」



一転、藤堂はバントの持ち方に切り替えてきた。

堂島(ふざけているのかっ!!)

そんなことは、ない。

藤堂(どれぐらい速いか、追ってやるぜ)

バントなら、ど真ん中ストレートを当てれなければ、恥だ。

植田「いや…」






―――バシィッ!!


『ス、ストライクッ、バッターアウト!!チェンジ!!』


藤堂の額から汗が一粒流れ落ちた。



植田「何故、俺が一軍で、アンタが二軍か…。この試合を最後まで見てれば、全ての人間が、納得する」



『ス、スゲエ!』

『アイツついにストレートだけで藤堂さんもを三振にとったぞ!』

『なんだよ…なんでこんな試合組んだんだ、六点も開いてちゃもう勝ち目ねーじゃねぇか』



ガシャンッ!!

藤堂はベンチに戻ると自分のバットを思い切り投げつけた。

慌てて南雲が嗜める。


南雲「ちゃ、ちゃ、荒れるな荒れるな」

藤堂「荒れてなど、いない」


口調は思ったよりも冷静だった、南雲を少し呆気にとられて。

振り返って目を細める、相変わらず目線は鋭かった。


南雲「おまんでも駄目か」

藤堂「骨が、折れそうだな」


バントですらも、かすらなかったストレート。

悔しさは無い、それよりも次の展開に向けて集中力は高まっていた。

藤堂という男…外見や言動とは裏腹にかなりの冷静さを持ち合わせている。

ムキになるかと、思えば案外さばさばとしていた、「引きずらない」といえば大きすぎる長所だ。




藤堂「望月」

望月「は、はい」

藤堂「慌てず、落ち着いていけよ」



表情は険しかったが、怖さは消えていた、一回とはえらい違いだ。

藤堂は気づいたのだ、現状に誰かの責任ばかり攻めていては絶望しか待っていない。

皮肉にも、植田の圧倒的な力が彼にそれを気づかせた。



藤堂「勘違いするなよ、これ以上の点差をつけられるとまずいだけだ」

布袋「大丈夫だ。落ち着いていけばお前なら大丈夫」

妻夫木「だが、油断するなよ」


望月は力強く頷いた。





二回表、一軍6-0二軍



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