208真実と嘘の二乗













冬馬「…へ??よ、四路さん?」

六条「知り合いの方ですか?」


キッチンから手を拭きながら六条は冬馬にたずねた。

玄関先には赤みがかった髪の少女が立ち尽くしていた。


四路「あ、いえ、立ち寄ったら明かりがついていたので…」


そういえば玄関横にあるお風呂場の電気をつけたまんまだった。

その明かりが外に漏れたのなら、降矢の現状を知ってる人物ならばまず不審に思う。


四路「…それに、やっぱりここでしたか」

ナナコ「さっちゃん!」

四路「もう、心配したんだから」





勝手しったるように、靴を脱いで玄関に上がってくる。

冬馬も六条も見覚えの無い制服だった。

ベッドの上のナナコは先ほどと違ってはじけるような笑顔を見せている。


四路「…冬馬さんと…えと、そちらの方は…」

六条「あ、ろ、六条梨沙、です」

四路「えと…私は四路智美です。降矢毅…おにいちゃんの従妹です」

六条「従妹さん?初めて聞きました」

四路「あ、と。兄はあの、あまり喋らないので…」



口を開いても出てくるのは叱咤激励で良い方、大体が嫌味か悪口か皮肉だ。


六条「あはは…」

ナナコ「さっちゃん…えーちゃんは??」

四路「ナナコ、毅お兄ちゃんは今入院してるの」

ナナコ「にゅーいん?…病院にいるの?」


微妙なニュアンスではあったが、どこか不安そうになる。

察したのか、四路はつとめて笑顔でベッドから上半身を起こしているナナコの肩に手を置いた。


四路「大丈夫、すぐに帰ってくるから…」

ナナコ「うん…」

四路「それよりも、どうして勝手に一人で出歩いたの、心配したのよ」

ナナコ「はがねくんが、逃げろって」

四路「…え?」

ナナコ「わかんない、とりあえずえーちゃんのところに行けって言われて…」

四路「…どういうこと?…鋼の身に何かがあった…?それで?」


ナナコは首を振った。


ナナコ「駅からの道はさっちゃんに教えてもらったことがあったから、必死に歩いてきたの」

四路「そう……」

ナナコ「さっちゃん、ナナコどうすればいい?」

四路(とりあえず…今ここを動くのは懸命じゃないわ、降矢君には悪いけど…しばらく、この家にいるしか、ないかな…)

冬馬「ちょ、ちょっと、どういうこと??」


勤めて小声で話していたつもりだったが、鋼の話が出たのでついそのことを失念していた。

四路は、しまった、と軽く歯軋りした。


四路「えっと…その、今ナナコの家庭はちょっと複雑なことになってて…」

六条「しゃ、借金とかですか…?」

冬馬「もしくはいいところの娘さん?」

四路「そうじゃ…ないんですけど」

冬馬「でも、おじいさんしかいないって、言ってたし…」

四路「おじいさん?」


ナナコの方を振り向いても、ナナコはニコニコと笑っているだけだった。


四路(おじいさん…?ダイジョーブ博士のことかしら…でも、上手い具合に勘違いしてくれてそうね、この二人は…)

冬馬「ナナコちゃんどうするの、四路さん?とりあえず家のほうに一回連絡した方がいいと思いますけど…」

四路「えっ?…あ、ああ、えっと、その、家は、今まずくて…」

冬馬「や、やっぱり何か物騒なことになってるんじゃ…」

四路「え、えとあんまり深くは言えないですけど、ナナコちゃんはその…私の家で預かることになってたんですけど、私の両親も今交通事故で入院してまして…」

冬馬「あ、それでこの前病院にいたの…?」

四路「えと、それは毅お兄ちゃんのお見舞いもあったので」


どうにかこうにかごまかせたようだ、四路は心の中で嘆息した。

苦い笑みを浮かべながら次の事態を考える。

ナナコを今外に出すのはまずい、見たところ無事ではあるがまだ全快ではないだろう。

ベッドから立ち上がってトイレへと歩いていくナナコの、足元がふらついていた。

慌てて六条が側に駆け寄って体を支える。

どうにか彼女を事態が落ち着くまでなんとかどこかに置いておきたい。

四路(鋼のことも気になるし……多少無理矢理かもしれないが…この二人なら…)

意を決して、正座へと居住まいをただし冬馬の目を覗き込んだ。


四路「…この家使わせてもらえませんか?」

冬馬「はい??ど、どういうこと??」

四路「い、いえ…その、毅お兄ちゃんの家に住まわせてもらえないか、と…」

冬馬「え、ええ!?ど、どうして…」

四路「も…もともと私も両親が事故にあってたので、毅お兄ちゃんの所へに住ませてもらおうと思ってたんですが…こんな有様で…。それにナナコちゃんのこともあるので…」

冬馬「う、うーん…四路ちゃんの家は?」

四路「え?!あ、え、えと、その…」


しまった。

勢いで流せるかと思ったんだが、こんなところで正論を吐いてくるとは。

ふ、普通か、ダメだ、嫌な汗が流れているのがわかる。

和久井や鋼…もう少し先の話になるが堂島相手ではアレだけ啖呵をきった少女も今はそれが嘘のように、そわそわと落ち着かない。

対する冬馬は責めてるつもりはないが、何故か慌てる四路を見て不審に思………。


冬馬(……帰ってきた時に、降矢と会いたいのかな…)



思わなかった。

大体四路の予想は当たっているのである。

なんとか、ただの従兄が好きな少女で評価は終わっているようだ、神経すり減らして演技した甲斐がある。


ヴーーン。


と、鈍い振動音。

向かい合う二人してごそごそと制服のポケットをいじる。


四路「もしもし」


ピ、っという電子音で振動は途切れた。

四路はいつものくせで口元に手を当てて携帯の相手に応じた。


『……あねさん、話がまずい方向にいきかけてる』

四路「…俊介?何があったの」

『ナナコを送ってた鋼が襲われちまったらしい」

四路「…なんですって」

『行方がわからないから、連絡が遅れちまった』

四路「ナナコはこっちにいるわよ、なんとか保護したけど…」

『わかってる、今神高さんとこにつれてくのはマズイだろ』

四路「誰がやったかわかる?」

『強硬派だな、あねさんの穏健な行動を良く思ってない奴がやったんだろう。大方神高と手を組むのが嫌なんだろうよ』

四路「…鋼は?」

『行方不明だ、まあーアイツのことだから生きてるとは思うけどよ』

四路「…」

『心配かい?ったく、羨ましいねぇ』

四路「ふざけないで頂戴!!」

冬馬「わきゃ!?」

四路「あ…ご、ごめんなさい」

『どうしたい』

四路「い、今少し取り込んでて…ちょっと待って一旦合流しましょう」

『わかった、じゃ頑張駅のホームで待ってるからよ』


ピッ、と音が鳴って会話は途切れた。

四路は神妙な顔つきのままだった。

ナナコのことはどうしたものか…ここはとりあえずうやむやにして降矢の家に置いてしまおう。

この二人だから置き去りにするほど人でなしでもないだろう。


四路「ごめんなさい冬馬さん…私ちょっと用事があって出なくちゃならないんです」

冬馬「へ?で、でもナナコちゃんは…」

四路「とりあえず毅お兄ちゃんの家で預かる形にすると思うので…あ、警察には連絡しないでください、事態がややこしくなる可能性があるんで…」

冬馬「え、ええ!?でもナナコちゃんまだ子供だよっ!?」

四路「す、すぐに戻ってきますので…あとこれ…私の携帯の電話番号です、何かあったら連絡ください、それじゃ…」


ちょ、ちょっと、と話を止めるまもなく四路は飛び出していく。

玄関でトイレから出てきたナナコとすれ違うが、口だけ謝罪して前を向いた。


ナナコ「さっちゃん?」

四路「ごめん、すぐに戻るから…!」


風のように外へと消えてしまった。

残された冬馬は、戻ってきた二人にどう説明したらいいものか、と悩ませた。










六条「でも…この辺りでは見かけない制服でしたし、中学生でしょう…?ずいぶん大人びた雰囲気は持ってましたけど、ご両親も入院されてるしここで二人で暮らすのはやっぱり無茶なんじゃないでしょうか…」

冬馬「だよねぇ」


ナナコは疲れたのか、ベッドに戻るとすぐに眠ってしまった。

やはり雨水にさらされたままだったからか、倒れてた時すごく体が冷えていた。

二人して風呂をわかせて体を温めて…。


冬馬「でも…やっぱりこの子も大変なんじゃないかな」

六条「……あれですか?」

冬馬「うん」


二人とも口には出さなかった。

服を脱がしたときに、背中に小さな傷がたくさんあったのだ。

中にはあおくなったアザもあった。

虐待…どこかの家に預けられていたのなら、警察にも両親にも連絡できない理由がわかる。

見かねた四路がそこから逃がしてあげた、というのが二人の結論だった。

妄想の域を出ないものではあったが。


冬馬「あ、そうだ、梨沙ちゃん家、確か託児所なんだよね?」

六条「私の家が、というよりも両親が働いてるだけですが…あはは。でも、私もそれ考えてました、詳しい事情を落ち着いて四路さんが話してくれるまで、一時的に預かったほうがいいのかな、って…」

冬馬「うん…」

六条「私から見ても、お父さんもお母さんもどこかで大損しそうなほどお人よしですから、多分断りはしないと思います」

冬馬「…そ、それはどうなのかな」

六条「くす、冗談ですよ…。でも、やっぱり、このままにはしておけないですよね、もうこんな時間ですし…」


見せられた腕時計は9:20をさしていた。

先ほどもお互い自宅から心配されて電話がかかってきたところだ。


六条「とりあえずお父さんに電話して、車で迎えに来てもらおうかと思います…。優ちゃんはどうする?」

冬馬「うーん、とりあえず私は家が近いからいつでも帰れるよ。梨沙ちゃん一人にはさせれないしね…、そうと決まったら、一応四路さんに電話しないと」

















四路「そう…すいません、こちらの問題なので…いやいや、それでは連絡先だけ教えてもらえますか?…はい、はい、じゃあナナコをお願いします…私も落ち着いたら事情を話しますので…失礼します、ありがとうございました」

ピッ。

電子音は雑踏にかき消された。

人で溢れる都市の駅、ホームから出た改札の開けた場所、その奥に二人はいた。

鋼よりもずいぶん背丈は低いが、年は降矢たちと同じくらいの男が両手を横に広げて、やれやれ、とポーズを取った。


???「事情ねぇ、そんなもん無いのに」

四路「いくらでも作るわ。私の家族だって、草の者にやらさればいいし」

???「あねさんも大変だねぇ、本来そんなことする立場じゃないのに」

四路「…それで、どうなってるの」

???「どうもこうもさっき話した通りさ。強硬派が、あねさんの態度を怪しく思ってる…と思ったらモルモットが連れ出される始末だ。表向きはどうにかこうにか外界実験でごまかしたけど」

四路「ナナコはモルモットなんかじゃないわ!!」

???「わーってるよ…とりあえずは鋼が無事なのを祈るしかないな。No.7はどうするの」

四路「もともと研究室から連れ出すのが目的だったから、別にあそこにさえいなければいいわ」

???「おいおい、プロペラ団が襲う心配は無いのかよ」

四路「もともと最重要機密事項だから、私と一部の人間しか顔は知らないわ。…多分ボスでも知らないと思う」

???「なるほど、襲われる心配はないってことか」

四路「死んでも別にかまわないわ、ただあの場所にい続ければまた第二、第三のあの子が生まれてしまう。研究を遅らせるのが目的だから」

???「…おいおい、さっきの話し振りからすると、情が移ったっぽいんだが?」





四路「…情?……………そんなもの、無いわ」



風が、通り過ぎていった。






















〜〜〜♪

翌日、生徒会長の氷上舞は誰よりも早く登校して、生徒会室の一席に身を沈めていた。

雀の声が窓の外から聞こえてくる、早起きは気持ちがいい。

朝の光を浴びてガラスを通して机が輝いていた。

ピッ。

そんな中流れていた軽快な着メロをわずかな動作でとめる。

普段の会話の割りにファンシーなアクセサリーがぶどうのように実った携帯を開く。

相手は『作戦』を実行する人物だ。

相川と氷上がもめた会議のとき、氷上の側に仕えていた側近東雲姉妹。

姉が沙紀、妹が美紀といい、氷上の幼いころから執事の役割を果たしている。



氷上「…もしもし、沙紀?相川君はどうなったの?」


相川が邪魔なら、退場させればいい。

山田は、そう言った…つまり、相川がいない間になんとか野球部を丸め込めばいいのだ。

一年生の女子に、相川の前で気分が悪い、と倒れたフリをさせる。

東雲姉妹に手配を整えてもらうように依頼した、彼女たちならまず成功させるだろう。




氷上(相川君がなんだかんだ言ってお人よしなのは、周知の事実ですわ……しかし、それでも食い止められるのは午前中が限界でしょうが…)

『お姉さま!?』


電話の向こうの相手は、何故か慌てていた。


氷上「…沙紀?何かあったの?」

『そ、それが…相川君の周りに何故か人だかりができてて…あっ!!救急車に乗っていっちゃった…!!』

氷上「なんですって?」







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