208一軍戦5裏エース
ようやく長い一回表が終わり、六点を追撃する二軍。
打席に一番のセンター弓生が入る…対するは、一軍先発、植田匡人。
弓生(長い長い道のりだ、と思った方が良い)
差は六点、野球の六点は遥か彼方だ。
だがしかし…植田の実力が霧島工業戦の時ほどならば、逆転は夢物語ではない。
だが、弓生は現実がそんなに甘くないという予感を、バッターボックスに立った瞬間からひしひしと感じていた。
弓生「…」
マウンドに立つのは、先日廊下で諍いを起こした相手だ。
目を隠すほどにのびた前髪から、醒めた瞳が覗いている。
堂島「ふん…あそこで諦めていればよかったものを。わざわざ試合で負けて恥さらしになる必要もなかったろうに」
背後の堂島が、こちらに聞こえる独り言をつぶやいた。
弓生はそれに見向きもせず植田をにらみつけていた。
まずは、力量を測らねばならない、考えてみれば南雲、藤堂、威武という滅茶苦茶な実力を持った選手が味方にいるのだ。
自分が無理する必要は無い。
植田「あの、霧島の試合が…」
弓生「…」
植田「わざと、だということを、証明してやる」
――ィィンッ!!
残された音がまるでなかった。
植田が右腕を振り下ろした瞬間に、ボールはミットへと入っていた。
速い。
弓生は今の一瞬、植田のピッチングフォームに見とれていたことを後悔した、それほど綺麗なフォームであった。
弓生(わざと負けた…か、それほど冗談でもない、と思った方が良い)
この球が投げれるなら、まともに望月と競える。
だからこそ何故あんなふがいないピッチングをしたのかが、余計に弓生にとって腹が立った。
ガッ、と地面の土をスパイクで思い切り踏み鳴らした。
藤堂「…植田の野郎、あんなに速かったか」
南雲「いや…」
確かに実力はあるが、ストレートもそこそこ、コントロールで打たせてとるピッチングを主体とするピッチャーだったはずだ。
南雲(実力を、隠していたんか?)
だとすれば…植田の実力、本当はこれが実力ならば。
植田「勝てないよ、お前らじゃ」
バシィイイイッ!!!
二球連続のストレート、またしても手が出なかった。
速すぎる、下手すると大和より速い。
弓生(…っ)
思わず弓生は下唇を噛んだ、体が反応する前にボールがミットに突き刺さった。
そんな感じだった。
大和「…!」
大和は目を見開いた、これほどの投手がウチにいたのか。
神野「お、おい大和」
宗「植田って、あんなだっけか?」
大和「いや…僕の知ってる限り…あんなピッチングは…」
灰谷「実力を隠してた、って訳か、いけすかねぇな」
この前霧島戦での失態がまるで嘘のようだ。
堂島はニヤリ、と笑った。
堂島(まぁ…実力を出すには速いが、実践に向けてのいいテストになるだろう)
サインを出すと、植田は軽く頷いた。
弓生「ストレート三球続けるなんて真似はしないでしょう、と思った方が良い」
堂島「さてね…」
ワインドアップからの植田の三球目…。
――ゴッ!!
まさか。
バシィッ!!!
『ストライクバッターアウッ!!』
弓生「三球連続…ストレート」
あてつけだ。
望月の両手に思わず力が入った。
俺は、ストレートだけで十分だ……ピッチングがそう語る。
植田(悔しいか?望月)
植田は二軍側の望月に目をやった。
あの日…訳のわからないチームと練習試合をしたとき。
顔も知らないふざけた金髪のバッターに打たれてから、植田の桐生院での投手人生は大きく変わった。
今まで誰にも打たれたことがなかった、中学の時もエースで四番だった…それが、桐生院に入れば状況が変わった。
望月という存在はあまりにも自分より大きかった、常にトップだった彼が常に二番手に甘んじるようになってしまった。
俺と奴の何が違うのか。
何も違わないはずだ―――。
植田「次は誰だ」
今までの苦しみを、味わってもらう。
二番、ショート妻夫木がバットで体をほぐしながら打席に立つ。
妻夫木「ふふん、霧島程度に負けた人がえらそうに言うね言うね」
堂島「くくっ…わかってないのはどっちだ」
妻夫木「…」
堂島「布石だよ。全部…わからん奴にはわからんだろうがね」
妻夫木「かもね」
妻夫木は、最後まですかした雰囲気を崩さなかった。
わかろうが、わからなかろうが、どっちでもいいのだ。
こんな大博打に出たのは初めてだ、この緊迫感は予想以上に楽しい…スリルを味わう自分に後悔した。
もっと冒険してれば良かったんじゃあないか、と。
植田「三人で…ストレートで…終わらせ、る!!」
ズバアアアンッ!!
『す、ストライク!』
四度目のストライクコール、しかも…。
妻夫木(コイツ…)
弓生「なめてるな、全部ど真ん中だ、と思った方が良い」
布袋「ええ!?」
望月「何だと!?」
用意されたベンチに座り込んだ弓生は苦い顔をした。
これはただの一軍対二軍戦ではない、そこら中に負のオーラが蔓延していた。
…そう、一軍のレギュラーの誰もが、何かしらの怨念や嫉妬を抱えていたのだ。
それは光り続てきた南雲や、望月に対して。
堂島は闇から光を襲おうと、している。
二球目。
バシィイイッ、ブンッ!!
『ス、ストライクツー!!』
五球連続ストライク、しかもど真ん中ストレート。
妻夫木(かすりもしねぇ、か)
ミットの音よりもだいぶ遅れて振ってしまっている、かなり屈辱だ、目測よりも植田のストレートは速い計算になる。
あの将星との試合、望月と植田の球速は同じだった。
だが…徹底的にノビが違っていた、だから望月のストレートは当時の植田とは完全に威力が異なっていた。
しかしそれは当時の話だ。
堂島「植田はあらゆる面で望月を越えるように努力してきた。ストレート、変化球は元より、力配分、精神力」
そして仕上げのDが、植田の真の実力を今の高校球界でもおそらくトップクラスに肩を並べるほどに成長させた。
望月へのコンプレックスと嫉妬、そして自分への失望が植田を変貌させたのだ。
植田「打てないよ、お前らじゃ」
バシィイイイッ!!
『ストライク!!バッターアウッ!!!』
妻夫木「…なるほど、その自信わかるよ」
二者連続、ストレート三球三振。
しかもど真ん中だ、望月へのあてつけ以外のでも何者でもない、植田はマウンド上から望月を見下ろしていた。
これは、復讐だ。
妻夫木「奴さん、俺らのことは眼中にないみたいだぜ」
金属バットを肩に担ぎながら妻夫木が藤堂に話しかけた。
へらへらしている妻夫木と対象的に、藤堂は厳しい表情を崩さなかった。
常時怒りを表している表情だが、今日はいっそうひどい。
妻夫木とすれ違いざまに、藤堂は軽く舌打ちした。
そのままバッターボックスにたつ。
藤堂「なめられたもんだ」
植田「…裏切り者、か」
藤堂「いつまでも、馬鹿の元にはついていたくはないんでね」
皮肉だったが、藤堂はニコリともしなかった。
南雲「さて…お手並み拝見といくぜよ」
上杉「え?」
三上「な、何がですか?」
南雲「ただ堂島に従ってただけでは藤堂も一軍にはおらんかったはずぜ。ど真ん中ストレートに160km投げられても三振せんはずぜよ」
三番、セカンド藤堂。