206なんともならんかね















西条は憮然としていた。

それはそうだ、自らの弁護すらまともにさせてもらえない。

怒りを通り越してあきれ果てていた。

何も1から10まで信じてもらうつもりでもないが、せめて2ぐらいまでは信じてほしい。

こうも反論が許されないのであれば何のための尋問か。


「いい加減白状したらどうなの、わたくし達だって忙しいのですからこんなことに時間はあまり裂けたくはありませんのよ」


だからやってねーと言ってるだろうに。


西条(らちがあかん…)


やってないことをやってないと言っているだけなのに。

どうしても西条のせいにしたいのは、おそらく…。





六条「相川先輩…」

冬馬「西条君、会議室に入ったままずっと出てこないんです…」


二年生B組のクラスは、いまだに喧騒が残っていた。

始まるはずの授業はまだ始まっていないので、クラス中は話し声であふれている。

その内容のほとんどが、でっちあげ暴行事件のことだ。


吉田「でもよ相川、西条がんな事やるわけねーだろ!」

三澤「そうだよっ、西条君ちょっと短気だけど…」

大場「そんなことする人じゃなかとです」

県「でも、それならすぐ帰ってきてもいいのに…」

野多摩「遅いですね〜…」

御神楽「西条のせいにしたい、ということであるか?」


ご名答だ。

流石帝王さん、と相川は目を閉じたまま口を開いた。

いつの間にか、真田、西条、降矢を除いた野球部メンバーが相川の前に集合していた。


相川「西条、というよりも男子生徒に問題を起こさせたいんだろう。ただでさえ俺たち男子を嫌ってるような連中は、上にいる」

三澤「そんな…」

吉田「でも、そんなことになったら…」

御神楽「野球部の廃部だけならともかく、下手すると…」

相川「男子生徒そのものが他校へまとめて転入、なんてな」

六条「そんな…!」

相川「ま、これは大げさな話だ。…が無いともいいきれないのは怖い」

三澤「もともと厳しい女子高だもんね…」

相川「去年は吉田、おまけに今年は降矢や西条みたいな奴がいるもんだから向こうもあんまりいい顔はしてないみたいだな」

御神楽「だろうな」


くくっ、と御神楽が苦笑する。


三澤「もうっ!笑い事じゃないよ御神楽君!」

御神楽「ぐあああーーっ!!す、すいません三澤さん、この通り、土下座!!」

大場「おおっ!!」

野多摩「腰が、低い?」

相川「……騒ぎにきたなら帰れっ!二時間目からは授業があるらしいぞ」


親指でさした壇上には、桜井小春がおぼつかない手で連絡事項を黒板に記入していた。











いい加減、一時間が過ぎただろうか。

いまだに西条は我慢し続けていた、爆発しないだけえらいと思ってほしい。

香水のきつい中年女性達に囲まれて、西条はなんだか気分が悪かった。


「…なんとかいいなさい!!」

「む、村井先生、もしかしたら本当にやっていないんじゃないですか?」

「…」

「先ほどクラスの子が、あの校内新聞は良く嘘が書かれてるって言いにきましたし…」


味方がいない訳でもないのか。

少しだけ、西条はニヤついた。


「何がおかしいのっ!!」

「…別に」


そっけない答えで再び下を向いて、口を閉じた。

三十分を過ぎたあたりから、弁解の意味が無いことに気づいた。

こうなれば徹底抗戦だ。

部屋のすみにかかった時計の音がやけに大きく聞こえている。


ガラッ!!!


―――と。

勢い良く会議室のドアが開いた。

顔をのぞかせたのは、新聞部の…。


西条「―――て、テメェは!!」

「なんですかいきなり!出て行きなさい」


ちっちっちっ、と指を振る。

自慢げな顔で後ろ手を組み、抗議の声もなんのその。

こつり、とローファーの音を響かせながら部屋に入ってくる傍若無人。


山田「新聞部の山田理穂でーす」

「し、新聞部…?」

「あ、あなたがあの新聞を書いたっていうの??」
















山田「………違うよ」


西条「はぁ!?」

その少女はこともなげにそういいきって見せた。


山田「確かに、西条君と柳生さんのやりとりを見て、面白そうだからその新聞を書こうと思ったの。先生も知ってると思うけど、あの新聞はその…申し訳ないんだけど…最近はみんなが喜んでくれるようにゴシップ…面白さ優先で真実でないような記事を書いてるんです…だけど、その原稿は書きかけのまま『誰かに盗まれた』の」

「なんですって?!」

山田「多分、あの場所であの話を聞いてた人が私たち以外にもいるんじゃないかな。ねぇ西条君」

西条「だぁほぅ!!」


思わず声を張り上げた。


西条「あんた……悪い奴やな。んなこと信じられる訳ないやろ!」

山田「だってそうとしか思えないじゃない、私は貼ってないもの」

西条「…嘘つくのも対外にせぇや!!」



大きな音を立てていすを立ち上がる。

今まで教師達にせめられてた鬱憤をはらすかのように怒声をわめき散らす。

しかし、その唇に。

そっと人差し指が添えられた。



西条「……」

山田「ちょっと黙っててくれないかな」



可愛げ、表情は笑っている。

だが見つめてくる瞳の奥は笑っていない。

西条は思わず体を震わせた、嫌な汗をかいている。


山田「…別に私は野球部に恨みなんてないわ」


言葉だけを取れば、ただの一言である。

だがその言葉には別の意味も含まれていた。

野球部に恨みのある………それが、犯人。


山田「ま、野球部に恨みのある人間なんて山ほどいるんじゃない?…先生も、男子生徒は気に食わないって言ってたしねぇ…うふふぅ」

「……ぅ」

山田「とにかくぅ、この件は無実ってことでどうでしょう?」

「無実も何も、証拠が…!」

山田「なつめちん、かもーん☆」


開きっぱなしのドアから、新聞部副部長の夙川棗がおずおずと顔を出した。

ひんやりとした表情に少し冷めた目は、部長と対照的だった。


夙川「…失礼します…ほら、貴方も」


一人ではなかったようだ。

ドアの外にいる人物に、手招きして呼び寄せる。


西条「…お前は」

柳牛「し、失礼します…」


渦中の人物その人だった。

制服で包み込んだとはいえ、長袖セーラー服は重力に逆らうように皺ができている。

めがねの奥の瞳は不安と緊張でゆれていた。


柳牛「……あの」

夙川「先生、彼女が事件の発端の人物です」

山田「そして、西条君の無実を証明する人物なのだぁ!!」


「なんですって?」











昼食を告げるチャイムが校内に響き渡る。

西条が外の空気を吸ったのはようやくそのころだった。


西条「…正直、複雑な気分なんやが」

山田「どして?危機を救ったのは私なんだよ?」

夙川「…」


気を取り直して、柳牛の方を向く。


西条「お前には感謝しとるよ、あんがとな」

柳牛「えっ?あっ、は、はい、ど、どういたしまして…」


言葉尻が弱くなった。

人の危機を救ったのだからもっと威張ってもいいと思うんだが。

西条はふん、と鼻で息をついた。


相川「西条、終わったのか」

西条「んん?相川先輩」

相川「その様子だと、難は免れたようだな」

西条「俺は何もやってませんよ…」




お前らがいるとうるさいから、と一刀両断して相川と野多摩が代表して会議室の前で西条を待っていた。

長期戦になるようなら昼飯ぐらい差し入れに、と思ったがその様子もなさそうだ。

とりあえず購買で買ったパンを放り投げた。


西条「と」

相川「ま、釈放祝いってことで」

西条「釈放て、だから俺は…」

野多摩「西条君よかったね〜〜〜っ」

西条「のぅわ!!気色悪い!!抱きつくなっ!!」

柳牛「あっあっ」

夙川「…あなた達、まさか」

野多摩「ふぇ?」

西条「……………思ったことを口に出すんやったら女でも容赦せぇへんで」



おかしい。

罠にはめたはずだったのに。

西条たち野球部と柳牛、夙川がその場を後にしても山田だけは残っていた。

廊下の曲がり角から、生徒会長が歩いてくる。


氷上「どういうことですの」

山田「やっほー、会長」

氷上「やっほー、じゃありませんことよ!!せっかく野球部に罪をなすりつけようとしたのに…」


氷上は、正直男子野球部がなくなりさえすれば、手段はどうでもいい。

しかし山田はそうではない。

なんとしても、野球部VS女子ソフト部を成立させたいのだ、だからただ野球部が廃部になるだけではまずい。


山田「まま、今回のことは、伏線ってことで」

氷上「伏線?」

山田「そ、とりあえず教師たちや生徒たちに野球部に『その』可能性があるってことを植えつけるのが目的なのよん」

氷上「…詳しく話してくれるかしら」


氷上の要望にこたえつつ、生徒会長であり理事長の孫という立場を全面的に利用して、自分が得をする方法を導き出さなければならない、せっかくつかんだチャンスなのだ。


山田「まぁ会長が後は吉田君を説得できるかだね」

氷上「吉田君…?どうして、問題は相川君なんじゃないんですの?」

山田「まぁ、そうなんだよねぇ、机上の空論ってか。まぁ、そこをなんとか相川君を連れ出してくださいよ氷上さん」

氷上「連れ出す…?どういうこと?」

山田「なんでもいいんですよぉ、そこらへんの女の子をお金でつって相川君の足を止めてくれれば」

氷上「…足を、止める?」

山田「邪魔なのは、相川君でしょ?」








山田「邪魔なら、一時的にステージから退場してもらえばいいだけのことですよ、将軍」






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