205策略戦略謀略なのだぁ






















将星高校二年生、相川属するクラス2-Bは朝礼も行われずに喧騒にまみれていた。

海部「相川ぁ!!これはどういうことだ」

そんな大声で言わなくても聞こえてるって。

相川はため息をわざとらしく大きくはくと、再び背もたれに深く背を預けた。

海部「聞いているのかっ!!」

っていうかこの女生徒と同じクラスだったのか。

普段休み時間は勉強してるか、見かねた吉田がわざわざ話しかけてくるぐらいだから、あんまりクラスのメンバーと交友を持ったことはな

い。

顔ぐらいは覚えてるつもりだったが、どうも今年は野球部がまともに始動したことに浮かれすぎてたみたいだ。


海部「ぐぅぅぅ」

相川「そんな大きな声出さなくても聞こえてる、落ち着け」

海部「落ち着いていられるか!!!うちの部員が野球部の部員に脅されて暴力を受けたんだぞ」



きっかけは朝、誰もが通る下駄箱が置かれている一号棟の一階の踊り場にある構内掲示板に張られていた、新聞部が作る学内新聞である。

『野球部部員が女子ソフト部、女性部員を恐喝!?』

大体『!?』マークがついている時点で事実がどうかも紛らわしいし、そもそも西条はそんなことするような人間じゃない、相川はすでに

この報道がでたらめであることを決め付けていた。

朝のホームルームの時間ではあったが、もしこの事件が事実であったなら品行方正で通っている将星高校にとっては大事件である。

緊急会議を行うために全教師が呼び出され、一時間目は異例の自習時間となっていた。

本来なら海部もキャプテンなので会議には加わっているはずなのだが、すでに女子ソフトは話をし終えたという話なので海部は先ほど足音

をたてん勢いで教室に帰ってきた。

そして入るなり相川にくってかかったところである。

隣の友人と思われる女生徒が海部をなだめてるが、相川自身は窓側の自分の席の椅子に腰掛けたまま、外を眺めていた。

その落ち着いた態度が許せなかったのか、海部の顔は怒りで赤くそまっていた。


相川(やってくれるぜ、会長の仕業かあの新聞部のガキの仕業かはわからんが…)


相川のシナリオはすでに大分先の方まで進んでいた。


相川(嘘だとしても、学校側はこの事件をよくは思わないはずだ。ただでさえ男子生徒に波風が立ちやすい雰囲気の校風だってのに。多分

氷上はその隙を逃さないだろう)


ならば、文化祭に女子ソフトと野球部を対決させて、それで野球部が正々堂々戦うならばこのような事件が起こるはずがないとかなんとか

言って。

要するに氷上の立場からすれば、野球部をつぶせればなんでもいいのだ。

だから後の遺恨が残らないように、堂々と野球部を廃部させるステージをなんとしても作る、そこまで持っていけばアイツの計画は順調と

なる。

だからこそ相川はまずそのステージに持っていこうとしなかったのだが。


相川(西条の無罪は確定として…)


大体、あの構内新聞が割りとデマなのは、この学校の生徒なら誰もが知ってるはずだ。

それでも男子生徒が女子生徒に対して起こした事件だから、教師側は敏感になっている、マスコミにでも漏れたりすれば、ってことだ。

まったくあのクソガキはそこまで考えてこの事件を起こしたのか…。


相川(…)


一見馬鹿に見える。

こんな事件起こしてデマだった場合、下手すりゃ新聞部は廃部…だ、が、普段の言動からしてデマが多いから、いつものことか、と流され

る場合も考えられくはない。

常識ではありえないが、そのデマに対するファンも多いという事実があるわけで。

まぁ教師側の対応がすべての方向性を決定付けるわけだが…それとも氷上に無理やり命令されたのか、ならこんなデメリットを犯してまで

その作戦に乗ったことも理解できる。

一番上手いルートを通れば新聞部の『部費』が上がるからだ。


海部「聞いているのかっ!!!」


再び教室内に怒声が響いた、いつの間にかその騒ぎに何事かとかけつけた女子生徒のギャラリーが二人の回りに輪のようにできていた。


相川「騒いだって見世物になるだけだぞ」

海部「貴様ぁっ!!」


しびれを切らした海部が相川のブレザーをつかんだ。

ゆっくりと相川の目線が海部の方を向く。


相川「気持ちはわかるが、お前だって嘘だってわかってるんだろ?」

海部「なっ…ど、どういうことだ!」

相川「新聞部のデマを本気で信じるような馬鹿じゃないだろう、アンタ」

海部「真実だったらどうするんだ!!」

相川「廃部だな」

海部「く…そ、それですむと思ってるのか!!」

相川「すむよ」

海部「なにぃ…!」

相川「少なくともあのわがままお嬢様の気はな」

海部「………ぐっ」

相川「アンタだって、なんであのわがままお嬢様にそこまで従うんだ。そこまで俺たち野球部が憎いか?袖ふりあうのも多少の縁だ、確か

に俺らみたいな弱小な部が部費を取ってるのは腹の立つことだろうよ」


相川はゆっくり、それでも女性の気を立たせないように優しく海部の手を自分のブレザーからはずした。


相川「だけど、それで下手すれば社会問題になることを無理やり騒ぐまでやることか?そこまで自分の思う通りにならないと許せないのか

?」

海部「そんなことはっ!」

相川「まぁ、他の奴がどうかわからないが…一応忠告しておくと、あんまり騒ぎすぎると帰って女子ソフトの心象を悪くしかねないぞ」

海部「…!!!くそっ!!」


はき捨てると、海部は相川の席から離れて教室を出て行った。


相川(やれやれ、あの怒り方も演技かと思うとどうも人間ってのを疑いたくなる)


再び目線を窓の外に移すと、先ほど集まっていたギャラリーも散らばっていく、ひそひそと話し声が聞こえるがあえて意識を集中させない

ことにした。


桜井「相川君…」

相川「…ん?」


散っていくギャラリーの中に一人、最近見たような小柄な少女が。

同じクラスであり、生徒会書記の桜井小春だった。


桜井「大丈夫?」

相川「大丈夫って、何が?」

桜井「その…海部さん、すごい怒鳴ってたから…」


怒鳴られたぐらいでびびってちゃ、何事もやってられないと思うんだが。

中学の野球部では、先輩や先生に死ぬほど怒鳴られた記憶がある、この皮肉な性格は直さなきゃいけない。


相川「…まぁ、嫌われたかもな」

桜井「相川君を嫌う要素なんて、ないのに」

相川「野球部だからな」

桜井「でも、やったのは違う人なんでしょ…なのに」




相川「…やってねーよ」


少しだけ、口調のトーンが変わる。

それを察したのか、桜井の表情が少しおびえたものに変わり、髪の毛が少し揺れた。


桜井「ご…ごめんなさい」


それだけ言って桜井は自分の席にとぼとぼ、と歩いていった。

ちっ、と相川も舌打ちした。

無罪とわかっているはずなのに、多少いらついている自分がいる。

何故こんな大事な時期に…。












西条「だから俺はやってないって言っとるやんけ!!!」

緒方「お、落ち着いて西条君…」


西条は職員室の横にある会議室の、さらにそのまた横にある生徒指導室に閉じ込められていた。


「ちっとは静かにせんか、西条」

四十台前半風の、ガタイのいいジャージの教師が西条の頭をぐりぐりでなでる。


西条「安西先生…俺はやってないですよ、ほんまに」

安西「それぐらい俺もわかっとる」


生徒指導の安西武弘は、そのゴリラのような風貌と話し方の割りに話のわかる教師であり、道徳に反する事意外は割りと多めに見る、きわ

めて珍しい生徒指導の割りに好かれている教師であった。

自身も口うるさい教師が嫌いだった、という逸話を前話に聞いたことがあった。

まぁこういうタイプの男なので、自然と西条のような生徒とは接する機会も増える。


緒方「私も…野球部の顧問としての贔屓目もあるかもしれませんが、それでもこの子はそんなことをする子じゃない

安西「問題は火のないところに煙は立たぬってことなんだ」

西条「はぃ??」

安西「何かしらあるからこんなデマがたってるんだろ??まぁ、あのお堅い叔母さん教師陣は熱くなってるからわからないかもなぁ」


ごりごり、と青く残った髭剃りあとをこする。

将星の教師陣で力を持ってるのは、まだ女子高の頃から教鞭を振るっていた女性教師陣である、当然男子生徒が編入してくるのにも大反対

していた。

風紀が乱れる、とかいう言葉をいの一番に嫌うPTAみたいなタイプなのだ。

だから今回みたいな事件が起こるのを一番恐れていて、いち早く男を否定したい女性を尊重したいような人たちである。


西条「お、俺訴えられたりせんよなぁ…」

安西「何弱気になってんだ西条、お前はなんもしとらんのだろ?」

西条「は…はぁ」

安西「じゃあ堂々としてろ」

緒方「安西先生…優しいんですね」

にっこり。

安西「い、いやーーあはは、そ、そんなことないですよ!教師として生徒を信じるのは至極真っ当な…」

ちなみに、安西先生、御年27である、老け顔であった。


ガチャリ、とドアが開いて、教頭と一人の女性教師が顔を出した。

「西条君、ちょっと来てくれるかしら」

西条「ようやく俺が弁解できるんかいな…長いこと待たせおって」

「……早く来なさい、まったくこれだから男子生徒は…」

西条(聞こえとるわクソババァ)


西条は一人、生徒指導室から会議室へと呼び出されていった。


緒方「大丈夫かしら…」

安西「まぁ、あの手のタイプは何かやったのなら自分から責任を取るっていって自首するでしょうよ」















氷上「首尾は?」

山田「上手くいったよん、学校中大騒ぎって感じね」

???「………でも、大丈夫?こんなことして」

山田「どういうこと?棗ちん」

夙川「……嘘だってばれたら、新聞部は…」

氷上「大丈夫よ…私がなんとかするわ、それに彼らをステージにのせる準備は着々とできあがってきてる…」

山田「すべてが上手くいった暁には、お願いしますよぉ殿様ぁ♪」

氷上「ふふ…これで、野球部も終わりね…」

夙川「…そう、簡単に行くかな」

山田「へ?」

夙川「…悪いけど、私はあなたを信用していない、氷上会長」

氷上「…そう、まぁ、別にかまわないわ。力さえ貸してくれれば」

山田「な、棗ちん」

夙川「いこう理穂、こんなところで三人でいると変な疑いをかけられない」

山田「ちょ、ちょっと…」



走り出してきて、廊下に出てきた。

まだ授業は始まっておらず、ざわざわと生徒間での話し声が響いている。

小柄でやや伏せ目がちな瞳、軽くウェーブがかかったロングヘアー、少し暗そうな雰囲気を漂わせた少女…新聞部副部長夙川棗(しゅくが

わなつめ)が口を開いた。


夙川「……理穂、どういうつもり?」

山田「んー、相川君の出方を見たかったってのもあるかな」

夙川「……やっぱり、ただ氷上会長に従った訳じゃなかったのね」

山田「それより棗ちん、駄目だよあんなこと言っちゃ」

夙川「…でも」

山田「今は従ってるふりしなきゃ…どっちでもいいんだから、私たちには、女子ソフト対男子野球部が対決さえすれば…」

夙川「……理穂は、怖いね」

山田「そうかな?普通じゃない?…どっちが勝ってもいいのよねぇ、でかいステージを私たちが仕切って、観客にチケットを売りさばけば

それだけでカメラがたくさん…うふふ…」

夙川「……デマはどうするつもり?」

山田「西条君?…別に無罪でも有罪でもいいよ。あういうタイプには興味ないし」

夙川「そうじゃなくて、こんな大騒ぎになったら…」

山田「スケープゴートでも作る?」

夙川「え…?」

山田「だからぁ、私たちが書いたことにしなければいいんでしょ?あの新聞」

夙川「…どっちのせいにするの?」

山田「そうだなぁ、会長にすると後で怖そうだし、やっぱりソフト部かなぁ……もう新聞ははがしてあるしね、後はどうやって状況証拠を

作るかだよねぇ…」

夙川「……やっぱり、理穂は、怖いね」

山田「普通だよ♪」




山田は見るものを惚れさせるほど綺麗に笑った。




吉田「お、おい相川ぁ!!!」

また騒がしいのがきたなぁ…。

冬馬「相川先輩!!」

県「さ、西条君が…!」


今頃まとめて来たか。



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