204そこにいるのは誰
















四路「降矢毅の従兄妹にあたります、四路里美です」




吉田は一瞬あっけにとられたような顔を見せたが、すぐに笑みを取り繕った。

蛍光灯が壁と床を白く照らしているが、その女の子はひどく暗く見えた、いやその空間そのものが薄暗く感じる。

だから吉田は本心からの笑顔を見せれなかった、少し汗をかいていた。

窓はついていない、ところどころに消毒液と鏡台が鎮座している。

どこまでも白を基調として直線的な空間で、その少女は雰囲気をいっぺんさせるようにふわりと笑顔を浮かべた。

その瞬間に先ほどまでに暗さはどこかに消えてしまった。

ただの病院の廊下が目に入ってきたから、吉田も空気を緩和することができた。


吉田「あ、ああ、降矢の…」

四路「はい」


またやわらかく微笑む。

背後の冬馬も吉田の背中から少し顔を出した。

そんな都合がいいものがあるかどうかは不明だが、催眠術の応用的なもので『あの降矢と脱出した時』に見た四路の記憶は冬馬の中から消されていた。

さっきまでの不穏な空気は当に消えている。

四路は柔らかい笑みを崩そうとはせずに椅子から立ち上がって深く頭を下げた。

つられて吉田も頭を下げる。


四路「毅お兄ちゃんには、一人っ子の私にとって本当にお兄ちゃんみたいで…仲が良かったんです。最近は部活が忙しいらしくてあまり話もできなかったですが」

冬馬「…」


降矢にそんな従妹がいただなんて話聞いたことがなかった。

けれど、さっきまで存在が希薄化してた降矢という男にかなりの現実感が戻ってきた、冬馬はそう感じた。


吉田「その、なんて言ったらいいかわかんないけど、降矢がこんなことになっちまって」

冬馬「…」

四路「いえ、私は…。それに事故ですし、しょうがないといってやりきれないことはないですけど…しょうがないことです」


少女は悲しそうに目を伏せて病室に目をやった。

冬馬はその表情を見て心が痛んだ、だから四路の肩を叩いた。


冬馬「大丈夫」

四路「え…?」

冬馬「降矢は、きっと大丈夫」














四路「そうですか、お兄ちゃんのチームメイトの…」


落ち着いた内装、静かではあるが洒落たジャズが店内にかかっているおかげで居心地の空間となっていた。

アンティークグッズなどはないが、立派なバーカウンターのおかげで喫茶店らしさを醸し出している。

人は少なく、寝巻き姿の患者や見舞いにきただろう身内の婦人たちだけだった。

病院に付属している軽食堂で三人は軽い間食をとっていた、といってもがっつり食べようとしているのは吉田だけだったが。

冬馬はあんみつパフェ、四路はカフェオレを頼んでいた、吉田が思わず苦笑した理由はわかるだろう、四路の方が年下なのに、と。


吉田「おう、降矢は将星の救世主だからな」

冬馬「キャプテンお昼ごはん食べたんですか?オムライスにハンバーグだなんて…食べすぎですよ」

吉田「昼飯ケチってパワベース買っちまったから仕方ねーだろ」


四路がくすり、と笑いを漏らした。


四路「仲がいいんですね、ご兄弟ですか?」

冬馬「え…と、一応同じ部活のキャプテンさんなんだ」

吉田「流石に冬馬と俺は似てねーだろ、こんな女顔じゃねーしな」

がはは、と笑う。


四路「ふふ…」

冬馬「ねえ、四路さん、良かったら降矢の知ってること教えてくれない…?」

四路「毅お兄ちゃんの…?」

冬馬「うん…降矢ってさ、自分のことあんまり喋らないから…」

四路「お兄ちゃんらしいですね、ふふ。と、いっても私も中学生になってからのお兄ちゃんはあんまり知らないんですが…」

冬馬「っていうか、あんな降矢にこんないい妹がいるなんて人生わからないもんだよ」

吉田「従妹だっつーに」

冬馬「あ、そ、そっか。大丈夫?暴力とか振るわれなかった??」

四路「暴力…?」


四路は不思議そうな表情を浮かべた。


四路「お兄ちゃんはあんな感じですけど、とっても優しいですよ」

冬馬「え…ええ…?」

吉田「優しい降矢…?想像できんな…もぐもぐ」

冬馬「確かに最近ちょっとマシにはなってきたけど…」

四路「え…と、お、お兄ちゃん学校では結構悪い人だったりします…?」

吉田&冬馬「「うん」」

四路「そ…そうですか…」


ずーん。

目に見えて、落ち込んでしまった四路を見て冬馬は慌てて手をふった。


冬馬「さ、ささ最近はそうでもないよっ!うんっ!俺と約束してくれたし」

四路「約束?」

吉田「約束??初耳だぞ俺は」

冬馬「あ…い、いや、そのたいしたことじゃないんですが」

四路「…何ですか?」

冬馬「あ、あはは、えーと、いや、試合で負けたくないって言ったら、じゃあ俺が勝たせてやるみたいな感じのことを」

吉田「へぇー、あの降矢がねぇ…」

冬馬「最近丸くなったと思いますよ、うん」

吉田「間違っても男の友人相手にそんな約束するような奴には見えんかったが…まぁなんにせよ平和なのはいいことだからな、はっはっは」

四路「ふーん…」


ずずー、と残り少なくなったカフェオレを音を出してすする。


冬馬「ど、どうしたの?四路さん」

四路「冬馬さん、でしたっけ?」

冬馬「う、うん」

四路「…仲、いいんですね、お兄ちゃんと」

冬馬「え?あ、う、うん」

四路「それじゃ、あんまり暗くなっても悪いし、そろそろ帰りますね」


窓の外はいつの間にか暮れていた。

傍らにおいてあった学生カバンを肩にかけると、やたらと急ぎ足で四路という少女はその場を後にした。

ご丁寧にカフェオレ代の200円だけは置いていったが。


吉田「な、なんだ?変な子だなぁ、急に帰っちまって…」

冬馬「妬いたのかなぁ?」

吉田「は?もちでも焼くのか?」

あたらずとも遠からじ。

冬馬(いや、でも俺は男だと思われてるはずだし。…そうとうなブラコンなのかなぁ)

真実はまた別のところにあるのだが…。

冬馬「キャプテンはそんな鈍いから周りをやきもきさせるんですよ」

吉田「あ?俺が鈍い??」

冬馬「いい加減にしないと三沢先輩も愛想つかしちゃいますよ?」

吉田「なんでそこで柚子が出てくるんだ?」


前言撤回、この人はやっぱりあほだ。

しかし重いムードに包まれることはなくなっていたし、心なしか足取りが軽くなっていた。

冬馬もそろそろ帰るように吉田にその旨を伝え、二人して病院を出た。

きっと降矢は帰ってくる。

なぜか少しだけ確信できた。

明日は日曜日、また練習が始まる。

降矢がいなくても私たちはがんばらなければいけない…でも。


冬馬「今のままで…大丈夫なのかな」









ケンカ別れした西条とのことが不安だった。

そんな彼は、何かおかしな感覚で目を覚ました。

柔らかい。

柔らかいけど、いい感じに弾力があって硬い。

西条「なんやこれ」

ぱちり、と目を開けると何か巨大な二つの山が目の前にあった。

???「…あっ」

ふるん、とその山が揺れた。

どうにも見覚えがある……………緒方先生?

西条「…ん?あんた誰や」

めがねもかけてるし、胸もとんでもないことになっていたが、どうにもこうにも雰囲気が違う。

???「あっ、あっ、あっ、その、ご、ごごごめんなさいぃぃ」

六条かコイツ、いや、どうやらそうじゃない。

六条がリスなら、こいつはハムスターだろう。

ひどすぎる、声をかけたぐらいで顔を隠さないでほしい。

むくり、とゆっくり体を起こす。

かわいらしい声の持ち主は手で顔の下半分を隠した状態でこちらを見ていた、視線が定まっていない。


西条「柔らかいのは砂浜かいっ!」

???「びくぅっ!!」


硬いのは貝殻だった。

変な期待抱かせやがって畜生め。

そうではない。


西条「っつー…そうや、俺なんかさっき頭に当たって…」

???「あ、あああああのあのあの」

西条「だからなんやねん」

???「あぅあぅあぅ」


苦手だ、こういうタイプは。

西条も降矢と似たようなところがあるので、はっきり物を言わない奴はとことん苦手だった、女子男子限らず。

目の前の症状はついに言葉をなくしてしまったらしい。

じっと下をうつむいたまま何も言わなくなってしまった。

病気かこいつは。


西条「…あんたが解放してくれたんか、ありがとさん。んじゃ、俺はいくわ」

???「…あっ」


ぎゅっ、とジャージの袖をつかまれた。

早くこの場を退散しようと思ったのに…西条は苦笑いで振り向いた。

相変わらず下をむいたままの女の子が袖を握っていた、子供か。

肩口まで伸ばした髪に、柔らかい黄色のヘアバンドをしている、メガネに巨…爆乳で六条と緒方先生を足して割ってもっと強力にした感じだ。


西条「な、なんでしょー?」

???「あの、その、私の、せいで、ああ」

西条「はい?」

???「ボ、ボール、ぶつけて、私、練習してて」

西条「ああ?」


気づけば、少女は赤色のストライプユニフォーム、そしてアンダーシャツ。

将星女子ソフトボール部のユニフォームを身にまとっていた。

そして西条が寝ていたそばに転がるいつも見ている硬球よりも少し大きい…ソフトボール。


西条「まさか、これぶつけたんアンタか?」


少女は言葉もなく黙り込んでしまった。

悪気があった訳ではないだろうし、少々頭痛がするがもういいだろう。

それよりもこの居心地の悪い雰囲気を早くなんとかしたかった。


女の子「ごめんなさい…」

西条「あ?え、ええよ別に、っていうか袖離してくれへん??」

女の子「べ、弁償を…」

西条「怪我にどうやって弁償すんねん」

女の子「じゃ、じゃあキズモノにしてもいいですから!!」

西条「じゃかしゃあドアホ!!」


思わず笑ってしまった。

こんな関西弁のつっこみでなんだが、西条の顔は爆笑していた。


西条「ひっひ…おもろいなぁ、なんやねんお前っていうか、びっくりしたわ普通に」

女の子「だって、だって、死んじゃうと思って…」

西条「…っていうか、お前確かウチのクラスの…」


そう言えばこんな顔いたなぁ。

あまり目立たないから記憶は薄いが、国語の時間にぼそぼそと小さな声で喋ってて先生に起こられて泣きそうな顔してた気がする。


柳牛「あ…や、柳牛観羽(やぎゅうみう)って…いいます」

西条「あーそうそう、俺西条、覚えてる?」

柳牛「は…はい、そのいつも金髪の悪そうな人と一緒に歩いてますよね」

西条「あ、あー、そういう覚えられ方か…」

柳牛「えっえっ!?ご、ごめんなさいっ」

西条「お前ほんまに六条みたいな奴やなぁ…」

柳牛「…六条さん知ってるんですか…?」

西条「このユニフォーム見たらわかるやろ、六条は野球部のマネージャーやで」

柳牛「あ…ご、ごめんなさい」

西条「お前らよく似てるなぁ」

柳牛「そ、それでキズモノなんですけど…」

西条「もうええやろそれは」

作者もキャラがかぶって大変に違いない。


???「ふっふっふ…」

西条「…?誰や」

気がつくと、後ろに少女が立っていた。

高そうではないが、コンビニでは売ってないカメラを肩に下げている。

爆発した髪の毛を後ろで二つにまとめた小柄の少女が不適な笑みを浮かべたいた…っていうか、新聞部長山田理穂だった。


山田「女の子疑惑はぽしゃりそうだけど、新たなネタが見つかったわねぇ、ふふふ」

西条「何が?」

山田「これなーんだ」


山田が取り出したのはテープレコーダーだった。


山田「ぽちっとな」

『ザ、ザーー…じゃ、じゃあキズモノにしてもいいですから!!……じゃかしゃあドアホ!!』

西条「お前!!これ…!」

山田「さっきのセリフだにょ、これで野球部を脅せるネタがようやくできたにょ」

柳牛「えっ?えっ?」

西条「脅すぅ…?何がや」

山田「西条君知らないのぉ?この将星にはね、野球部と生徒会をめぐるふかーい確執があるの」

西条「ああ、例の会長が男嫌いって奴か?」

山田「ずだーーん、知ってるのぉ!?」

西条「前に相川さんとキャプテンから聞いたわい」

山田「いたた…まぁいいや、それでぇ、その会長が帰ってきて野球部をつぶそうと躍起になってるわけよ」

西条「なんやと…?」

山田「でも無理やり潰したら風当たりも強いし、野球部も最近調子いいしね、どうにか合法的に潰す方法を考えたわけよ」

西条「合法的ぃ?」

山田「文化祭に開催する、女子ソフト対野球部のガチンコバトル…負けたほうは、廃部っていう…」









西条「アホはほっといて、俺は帰るで」

山田「あーん!!なんで野球部はそういう冷たい反応ばっかりぃ!!大体あたし先輩なんだぞぉ!二年だぞぉ!」

西条「そりゃ悪かったな。やけど、そんなリスクある話相川さんが受けるかいな。女子ソフトは全国区なんやろ?」

山田「だから、脅すネタを考えてたんじゃない。出ないのなら、出ざるを得なくすればいい」

西条「それでさっきのセリフか?…ばかばかしい、誰が信じるねんあんなん」

山田「物事ってのは、すこーしエッセンスを加えるだけで簡単に面白くなるんだょ?西条君、さっきのセリフに…柳牛さんがお金を西条君に借りてたとなると…」



『金が返せないやとぉ??』

『体で返しますから!!』

『体ってお前…おさわりじゃすまんぞ?』

じゃ、じゃあキズモノにしてもいいですから!!

じゃかしゃあドアホ!!『体で返せばええと思うなよ??金返せへんねやったら、お前の家族から取ればええやろうが』

『そんなっ!』


山田「西条君最低だね…」

西条「妄言やないか!!誰が信じんねんこんなん!!」

柳牛「そ…そんな、西条君」

山田「ほら?」

西条「アホやないか!!」

柳牛「ひどいです…」

西条「なんやねんこのショートコント…」


西条はいい加減げんなりしていた。


西条「俺はもう帰るぞ」

柳牛「さ、西条くん」

西条「また月曜日な柳牛、そんな気にしなくてもいいから、これ」


言うなり西条は駆け出して行った。

残されたのは、柳牛と山田。


山田「柳牛さんだっけ…?」

柳牛「え…」

山田「女子ソフトの大会お疲れ様、監督も褒めてたよね」

柳牛「そんな…あの、えと」

山田「でもさぁ…ちょっと協力してくれないかなぁ」

柳牛「へ…?」

山田「嫌なの?」

柳生「そ、そそそそんな!!」

山田(きしししし、この娘なら…いい感じにことが進めそう…頼んだら断れないタイプだわさ)





こんな馬鹿げたことを誰が信じるだろうか。

だが馬鹿げたことで馬鹿騒ぎしたい女の子は多かったようだ、お嬢様学校だと思って馬鹿にしていた。


相川「西条が恐喝…?そんなことをする奴じゃないだろうに」

御神楽「しかし…学校中大騒ぎで、西条の奴職員室に呼び出されたぞ」


月曜日の午前中、将星の校内は騒然となっていた。

新聞部が校内掲示板に張った学内新聞のおかげで。




『野球部部員が女子ソフト部を恐喝!?』



海部「相川あ!!これはどういうことだ!!」


相川は額をぺしりと叩いた。

やれやれ、面倒なことになってしまった。





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