204一軍戦1望月の試練
















だだ広い桐生院高校の奥、かなりの設備を誇る桐生院野球部専用グラウンドは、すでに観客も入り熱気を帯び始めていた。

何事かと聞きつけた記者やスカウト、そして大和らOB達も当然この試合を見物に来ていた。

マウンドに集まる内野陣、そして一軍のオーダーに、布袋と望月は唖然とした。

先行は一軍、堂島側。

望月「…一番、国分…?」

自分たちが知っている頃の一軍のレギュラーとはずいぶんと様変わりしていた。

威武「…?」

藤堂「一年坊主か?」

布袋「多分…」

桐生院は野球部員が雄に200を超える、各人の名前を完全に把握しているものはほとんどいない。

その中でも国分と言う名前は聞いたことがなかった。

望月「堂島に見出された、ってか」

布袋「しかし…このオーダーじゃ…」

先ほどキャプテン同士が交換しあったオーダーを思い出す。

一番 遊 国分
二番 二 烏丸
三番 一 牧
四番 補 堂島
五番 三 秋沢
六番 左 綺桐
七番 中 神緒
八番 右 真金井
九番 投 植田

そこには聞き覚えの無い名前がずらりと並んでいた。

藤堂「おい、どういうことだ…」

先の地区予選に出場していた時のレギュラーメンバーは堂島、牧、植田だけである、それ以外はどうも記憶に怪しい面々が顔を並べる。

これでは…。

布袋「畜生…せっかくの弓生のデータも無駄じゃねぇか…」

弓生が調べたデータは、今年の春から出場している選手たちだけだ、この中では植田、堂島ぐらいしか公式戦には出場していない。

まさに、ほとんど名前を聞かないような面々が揃えられたという訳だ。

望月「逆に、あまり見ないぐらいならたいしたこと無いんじゃ…」

一縷の望みをかけて望月がつぶやくが、藤堂はそれをすぐに否定した。

藤堂「甘いな望月。堂島がそんなことをするとは到底思えん」

すでにバッターボックスには、その一番の国分という男が立っている。

ずいぶんと揉み上げが特徴的な男だった、ヘルメットを飛び出し、耳の下から口のすぐ横まで伸びている。

背はあまり高くなく、がたいも普通だ、だが。

藤堂「何かある」

一同がゆっくりとうなずいた。

ただでさえ、守備人数が少ないのだ、小手先で当ててくる俊足バッターには十分注意したいところだ。

ちなみに、ファーストとセカンドの間に威武、ショートとサードに間に藤堂。

キャッチャーに布袋、ピッチャー望月。

センターに弓生、ライトに南雲、レフトに上杉がついている、計七名、変則守備位置だ。

外野が内野寄りとはいえ、これは三振を取れと暗に言っているようなものである。

望月は自分の肩を二三回さすった、これは大変面倒なことになるかもしれない。


布袋「…」

望月「…」


無言で目線を交わす二人。

ついに試合直前まで布袋が望月の変化球を取れることはなかった。

前に落とすのが精一杯というレベルである。

それでも。

それでもやるしかなかった。


望月「やるしかねぇ」

布袋「だな」

望月は目を閉じて大きく息を吸った。


『プレイ!!』




始まってしまった。

三上はマネージャーたちと試合を観戦していた。

「おいおい、本当に始まっちゃったよ…」

「監督正気なんかな、このまま二軍が負けたら南雲さんらがいなくなっちゃうのに」

三上「…」

まだ三上には鼻の頭から後頭部にかけて痛々しい包帯が巻かれている。

誰も二軍が勝つなどとは夢にも思っていなかった、実力はともかくこの人数差だ。


―――事情をきいて、それでも俺達に力を貸してくれるのなら…待っている―――


確かに弓生はそう言った…言ったのだが。

あの望月の強い目線とは最後まで合うことはなかった。

今はただ見ているしかない、三上は望月に目をやった。




一軍席の堂島は、そんな不安そうな三上を横目で見た後、ふん、と鼻で笑った。

敵う、と思っているのだろうか。

曖昧、あまりにも曖昧すぎる希望だ。

人は、まさか、多分、もしかして、に期待して…そしてつぶれていく、おとなしく従っていれば三年のときに出してやったものを…。

失うには惜しい人材だ、だが主人に従わないペットは虎と言えど銃で殺すしかない。


堂島「ここまでだ」










ガキッッ!!

望月「っ!!」

初球高めのストレートを見逃した後の二球目だった、振りぬいたバットはボールを捉えた…が打球は鈍いサードゴロ、一瞬望月はこれでワンアウト、だと思った。

望月「しまっ…!」

だがサードはいない。

深めに守っていた藤堂が必死にボールを捕球するが…。

藤堂「!!!」

振り向いた時すでに、国分はファーストベースを駆け抜けていた。

『オオオオオーーッ!!』

『ちょ、あいつ超足速くなかったか!?』

『あんなやつ野球部にいたか!?』

『俺、あいつと一緒のクラスだぜ!!』

いきなりのヒットに沸き立つ外野、しかしそれをさも当たり前のように国分はファースト上で冷めた表情でバッティンググローブをはずしていた。

つまらなさそうに、地面の砂をならした。

望月(う…)

威武(コイツ、速い)

いくら深いあたりだったとはいえ、二軍の守備位置が異常だとはいえ、あまりにも簡単にヒットを打たれてしまった。

おそらく、普通にサードが取っていてもセーフだったのでは、そう思わせるほどの俊足だった。

弓生並…いや、以上だろうか、加速の速さは桐生院の中でも1、2を争う足の速さを持つ弓生を軽く越えているかもしれない。


藤堂(こんな奴がいたのか…)

まだ一回だと言うのに、すでに嫌な予感がしてきた。

布袋はちっ、と舌を鳴らし、望月は早くも額から流れてきた汗をユニフォームで軽くぬぐった。



堂島「馬鹿が…直球で抑えられると思っているのか」

D。

プロペラ団によって、体の筋肉の一部に限界を越えた動作を可能にされた証。

リミットがあるとはいえ、それはただの人を一流選手並の能力に変える、一瞬の栄光、夢を見させる。

堂島(くく…俺以外の一軍にはそれぞれ特殊な能力が潜んでいる。早く諦めた方が身の為だぞ、望月)

国分のDは足…『鎌鼬』

以前将星が当たった成川に甲賀と言う選手が疾風という足技を使っていたが、これはまったく別物である。

ただ普通に速いのだ、なんの変哲も無く速い。

当然…。


威武「望月、走った!!!」

望月「ぐっ!!」


セットポジションからの投球動作に入った直後、いきなり国分が地を蹴った。

すさまじい速度で加速して、投げ終わる頃にはすでには距離の半分を駆け抜けていた。

布袋(なめやがって!サードの肩なめんなよ、刺してやる!)

布袋が勇み足で捕球体勢に入ったが…!!


キィンッ!!

望月「!」

藤堂「エンドラン!!」


二番の烏丸は藤堂がセカンドカバーに入るのを見透かしたように打球を三塁方向に転がす、セカンドベースに入ろうとした藤堂の全く逆をつかれた形になった。

打球は三塁ベースの横をあざ笑うかのように抜けていく!

見事なチームプレイだった、まるで自分たちがやっていることがチームの和を乱すといわんばかりの。

『オオオオオ!!!』





無死、二塁、三塁。



堂島「…無茶な勝負だったかな…」

???「その通りですね」

堂島「お前もそう思うか、牧」


ネクストバッターズサークルに座っていた男が堂島の方を振り返った。

サングラスの向こうの目は逆行で全く見えることは無かった。



牧「茶番は終わりです、さっさと終わらせましょう」



望月「…」

なんだこれは、こんなはずではなかった。

もうちょっと良い勝負ができると思っていた。

人数の分が悪いとはいえ、こちらは元レギュラー軍団みたいなものだ、それぐらいで良いハンデだと思っていた。

それが、こうも簡単にストレートを当てられている。


―――露草「見た目は確かに速い…が、それじゃあ、打たれるよ」―――


あのオッサンの言うとおりということなのだろうか。

望月光はこんなものなのか。


三上(…望月君…!!)




セットから、ゆっくりと投球動作に入る。

それでも、ストレートを投げるしかない。


牧「どうせストレートなんでしょう?」

望月「…!!」



ビシュッ!!!

布袋「!!」

望月「し、しまった!!!」

投げる前から投球を予告されたのに動揺したのか、望月が投げたストレートは布袋の遥か上空、完全なるワイルドピッチだ。

当然取れるはずも無く、三塁ランナーの国分が悠々ホームに滑り込み、一軍に労せず一点が入った。


堂島「監督、話になりませんな!どうでしょう、十点差がついた時点でコールドというのは」


堂島は、わざと聞こえるような声で監督に叫んだ。

イラっときて、思わずその方向をにらみつける。

コールドだと…?


望月「…!」

堂島「ふふ、怖い怖い。だがお前の敵は牧だ」


打席の牧はすでにやる気のない構えとなっていた。


牧「こんな奴が桐生院の次期エースですか…落ちたものですね」


ふざけんな。

…こんな、こんなもんか、俺は。





三上(馬鹿げてるよ望月君!ストレートだけじゃ…さすがに望月君といえども、望月君の持ち味はあの落差のあるフォークじゃないか!)

望月「くそったれが!!!!!」



しかし、力みすぎて投げるボールがストライクになるはずも無く、牧、四番の堂島に連続四球を与えてしまう。

いまだ望月は一つのアウトも取れずにいた。


布袋「落ち着け望月、焦ったら相手の思うツボだ」

望月「わかってる!!」







神野「まずいな、奴さん。完全に血が上ってるぜ」

桐生院OB達も望月の醜態を見て、不安を隠せずにいた。

宗「布袋がキャッチャーじゃ…敵うわけもない」

灰谷「おまけに七人だ…勝ち目なんかねぇぜ」

まさか、うまく堂島に乗せられたのだろうか。

ここまで堂島は予測していた、ということだろうか。


大和「いや…まだだ」


綺麗な唇からは、諦めの言葉は出てこなかった。


大和「あれを使えば…あるいは…」





五番、サード秋沢。

無死満塁。


一軍1-0二軍





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