203桐生院コンタクト
















話は数日後にうつる。


桐生院の大きな大きな校門の前に、桐生院の制服とは違うブレザーの男が立っていた。

???「…相変わらず、息苦しい空間だな」

ふぅ、と大きく息をついて校舎を見上げた。

今の学校とはずいぶん雰囲気が違う、今の学校は馬鹿みたいな気楽な連中が多い。

おまけに元女子高校だかなんだか知らないが、女子生徒が異常に多く騒がしい。

おまけに少ない男子まで、周りにいる男どももお祭り好きだ…。

いや、あの捕手は少し違ったか。


???「何をやってるんだか」

短く切りこんだ前髪が、風で少しなびいた。

気づけば、ここに足を運んでいた…正直気になっているんだろう。

南雲、堂島、今頃どうしているのだろうか。

???「…行ってみるか」

裏切り者とはいえ、元チームメイトだ、少なくとも南雲はそんなことで自分を避けはしないだろう。

…南雲とは、かなり仲が良かった。

自分もすれた人間であることは否定しないが、奴はそんなことを気にしなかった。




道幅の広い道を、グラウンドに向けて上って行く、懐かしい道だった。

道行く生徒がこちらを見ては去って行く。

クラスメイトだった者で、実情を知らない者は気軽に声をかけてくる。

端から見ればただの転校にしかならないんだから。



真田が桐生院高校に足を運んだのには訳があった。











真田「負けた…?桐生院が、霧島に?」

将星が負けた翌日、昼頃部室にやってきた相川が伝えたニュースは驚くべき内容だった。

相川「2‐0だとよ。完封負けだ」

浮かない顔だが、理由は桐生院が負けたことよりも他にありそうだった。

真田「馬鹿な!」

相川「真実だ…桐生院は藤堂、望月、南雲、布袋、弓生を欠いていたがな」

真田「!?」


笠原監督は正気か、と真田は思った。

大和ら三年が抜けた後の桐生院、二年生で大した選手は少ないはずだ。

うぬぼれかもしれないが、自分や南雲がいない状況でどう他のチームに勝てようか。

牙を失った虎は、鹿にも置いていかれる。


真田「…馬鹿な、南雲を出さないで…」

相川「四番の堂島は三球三振だそうだ」


当然だ、元々バッティングはうまくない。

あの面子で四番をはる方がおかしい、まだ威武や近藤の方がマシだろう。


真田「…」

相川「桐生院も大変だな」

真田「…ちっ」

相川「気になるのか?」

真田「お前こそ、あの金髪が気にならないのか」

相川「…」

部室に、重い空気が流れた。


真田「…」

相川「秋からの予定も考えなくちゃならない」


相川はそれだけ言うと、真田に真新しいノートと筆箱を渡した。

真田は訝しげな表情をしながらもそれを素直に受け取った。


相川「いつでもいいが、なるべく早くがいいな」

真田「何がだ」

相川「桐生院野球部の練習を見学してきて欲しい、おまけに気がついた点なんかも書いてくれたら嬉しい気がする」

真田「…お前」

相川「元桐生院、としつこく言うつもりはないが…友人も多かったろう?そんなにすぐ桐生院が負けるとは思わないし…この大型メンバーチェンジだ、何かあったと考えない方がおかしい」

相川はすでにユニフォームに着替えて練習に参加しようとしていた。


相川「向こうの監督には、練習試合の礼も言っておいてくれ」

真田「どうしてわざわざ俺にやらせる」

相川「桐生院が負けたって聞いて一番ショックを受けてた君が、その桐生院を確認しにいった方が一番すっきりするんじゃないんだろうか、と、俺は思う」


あまりに正論だったので、真田は眉をしかめた。

真田「お前は、将星よりも桐生院の方があってるかもな」

相川「生憎、この高校が俺は嫌いじゃないんだな、これが」


プロテクターを持つと、颯爽と部室の外へ出て行く相川。

ガチャンと、扉のしまる音の後、真田は椅子を倒して壁に頭をつけた。

ごつごつ、と二三度当てながら、旧友の顔を思い浮かべた。


真田「…何があったんだ、桐生院」













ついて見ればこの様である。

グラウンド入り口のフェンスから中を覗き見ると、なにやら事が起こっていた。

誰も自分に目を向ける余裕など無い様だ。

将星とは比較にならないほど大きい部室のドア正面に、白髭の中年が立ち何やら演説をしている。

続けて歓声と、驚声、怒声。


???「監督!!!どういうことでしょうか!!」

笠原「言った通りだ、堂島。桐生院は実力主義…入れ替え試験を大袈裟にやってもおかしくはあるまい」

堂島「しかし、一軍と二軍総入れ替えなどと…!」

南雲「何か吼えちょるぜよ」

藤堂「ふん…負ける前から良いわけか、見苦しいな堂島」

望月「…」

堂島「貴様ら…」



真田はどこか懐かしく、何かせつない気分になった。

良く見た面子だが、もう自分はあそこにはいないのだ。






しばらく何か話し合った後。

監督の解散と共にざわめきながらも散らばって行く部員達、堂島も説得をあきらめたらしく自らの練習に戻った。


南雲「…ん?おおーーー!!!」


その内、目の隠れた細い男がこちらに気づいたのか大声をあげて走りよってきた。

あまり騒がないで欲しい。


南雲「真田ーー!!おまんどうしたかー!」

望月「!さ、真田先輩」

真田「久しぶりだな二人とも、あんまり穏やかそうじゃなさそうだが」

望月「…」

南雲「こちらも色々あったんぜよ」


からからと笑う南雲、対照的に望月は複雑そうな表情だった。

そりゃそうだ、今は敵同士だからな、敵とじゃれつくような輩は桐生院では南雲くらいだ。


南雲「…おまんは、どうしてこっちに?」

真田「霧島に負けたんだってな」


単刀直入だった。

こちらとて別に変に遠慮する必要は無い。


南雲「相変わらず言いにくいことをはっきり言う奴じゃの…まあ、そうぜよ」

真田「しかも主力抜きだ。相変わらず堂島様崇拝主義か」

南雲「間違っとるとは言わんぜよ」

真田「と、なると、俺は抜けて正解だったかもな」


???「裏切り者が、よくもまぁ顔を出せたものだな」

と、突然南雲の後ろから低い声が聞こえてきた。

オールバックに目つきの悪さは記憶に残っている。


真田「藤堂か、お前こそ霧島戦出てないらしいな。堂島に尻尾を振るのはやめたのか」

藤堂「何ぃ…」

南雲「ケンカしちょる場合か」

望月「そ、そうですよ藤堂先輩」

藤堂「…ちっ」


藤堂はつばを吐き捨てると、グラウンドの方へ戻って行った。


真田「相変わらず血の気が多いな」

南雲「おまんも藤堂がそういう奴っつーのはわかっとるだろうに」

真田「堂島に尻尾振ってたころよりもひどくなってる。まぁ、本気で振ってたとは一回も思わなかったけどな」

望月「真田先輩、今日は一体…?」


真田はshosei、とローマ字で書かれたバッグから新品のノートと筆箱を取り出した。


真田「…敵情視察ってところだ」











監督に声をかけると、気さくに返してくれた。

この人も頑固な割にはひきずらない、さっぱりな性格の人なのだ。

よしみだ、と言ってグラウンド全体が見渡せる部室の二階からの閲覧を許してもらった。

そうしてだだっ広いグラウンドを見渡している内に気づいたことがある。


何より驚いたのは、メンバーだ。

まず主力並の力を持ってるに違いないはずの、望月、布袋、弓生、南雲、藤堂、威武が二軍、おまけになんだが隔離されているような雰囲気が漂っていた。

さらに布袋が望月のキャッチャーをやっている、こんな馬鹿げた話があるか。

他の二軍も彼等を腫れ物に触るかのように扱っている。

何があったか大体察しはつくが…大方堂島絡みだろう、真田の時よりひどくなっているだけの話だ。

身の軽さや素振り一つにしても他の二軍とは違う、まるで石ころの中に宝石を投げ込んでるようなものだ、ほかの二軍には悪いが。



比べて一軍。

確かに、個人個人の能力そのものは高い。

しかし、やはり南雲らのように目を見張るほどではないのだ。

…とは、思っていたのだが。





真田「…?」

先ほどから投球練習を続けている投手。

何か、目を見張るものがある。


真田「あんな奴いたか…?」


記憶を探って見るも、桐生院の野球部員は百名近い、当然全員の顔を把握してるわけでもなく。

…それにしても綺麗な投球ホームだ、動きに無駄が無い、面白みがない言い方だが、ロボットのようだ。

ストレート自体のスピードはそれほどでもないが、変化球のキレが凄まじい。

望月のフォーク並だ、それはすなわち大和のスライダーに匹敵する。


真田「…ちっ」


注目選手がいても名前がわからないんじゃ、メモのしようがない。

???「あのー」

真田「うん?」

気がつけば、隣に部員がたっていた…何故か鼻のところを怪我してるらしくガーゼをあてていた。

???「暑いので、お茶でもどうぞ」

真田「…あ、ああ、悪い」

桐生院って、外部にこんな愛想がよかったのか。

真田は少し桐生院に対する見方を改めた、少しだが。

真田「…おい、君」

???「は、はい?」

真田「悪いが、選手の名前、知ってたら教えてくれないか?」

???「あ、はいわかりました」

真田「あの、ピッチャーだ」

取りつけられた柵にひじを置いて、指で指し示す。

???「あ…」

何故か一瞬の間があった、が部員はすぐに答えた。

???「あれは、植田君です」

真田「…植田ね、ありがとう」

あ、はい、と部員は素直に頭を下げた、礼儀がいい。

???「あの…真田先輩、ですよね」

真田「ん?どうして俺の名前を…」

???「色々有名ですから」

部員はにこっと、笑った、憎めない人間だろう。

真田「有名、ね」

ため息をつきながら真田は再び選手チェックに入った。

…注目するのは後二名ほどか、他は大した事無い、これじゃ霧島ごときに負けるわけだ。


???「あの…」

まだ行ってなかったのか、部員はそこに突っ立っていた。

真田「なんだ」

???「…どうして、桐生院をやめちゃったんですか?先輩すごい上手かったじゃないですか、南雲先輩、藤堂先輩と同じでレギュラー間違い無しって言われてたのに」

真田「辞めた、か。違うな」

???「へ?」

真田「そんなことより、アイツとアイツの名前はなんていうんだ」

???「あ、はい…えと、牧先輩と秋沢先輩です」

真田「マキ、アキサワ…ね。やれやれ…近藤も木村も高井も二軍か…客観的に桐生院を見てきた奴から見たらおろかな行為だろうよ」

???「は…?」

真田「お前も桐生院の選手なら自分のチームの実力ぐらいチェックしとけ、今の一軍と二軍、実力だけで判断したら確実に半分以上入れ替わるよ。…堂島の差し金だろうとは思うがな」

???「は、はい…」


名前と注目点を軽くメモったぐらいで、真田は早々にノートをかばんにしまった。

やはりこういうことは自分に向いてはいない、相川が自分でやればいい。

あいつの情報収集能力と見極める能力は桐生院にきても通用する、つくづく将星にいるのが惜しい男だ。

判断力、決断力、冷静さ…あの吉田とかいう馬鹿よりよっぽど部長に向いていると思った。


???「お帰りですか?」

真田「ああ」


そっけなく言うと真田はかばんを肩にかけた。


真田「…なぁ、お前は俺にどうして辞めたか、って聞いたよな」

???「は、はい」

真田「辞めたんじゃない、辞めさせられたんだよ、堂島にな」

???「え…?」

真田「お前が思ってるほどいこの部は野球しましょう、っていう部じゃないよ、特に今はな」


真田はそれだけを言い残すと、立ち去った。



???「…望月君…やっぱり、おかしいんだよ、桐生院は」














まだ外は夏の暑さが残っている、だから帰りの電車は、冷房が効いていて心地よかった。

座っているよりも立っていた方が冷房が直にあたるから、真田は立っていた。


真田(…)


考えることは多いが、考えないようにした。

どうせ堂島が絡んでいるんだ、最後はそこに行きつくに決まっている。

それでも考えるとしたら、植田、牧、秋沢…。

今まで名前も聞いたことの無かったような奴らが、どうしていきなり一軍に、しかもあれだけの能力をつけて…。

あの三人は他の一軍とも実力はかけ離れていた、南雲達に匹敵するぐらいだろう。

それでもあまり印象には残らなかった。


真田「…」


もう、自分は桐生院ではなく、将星なのだ。

そう考えるようにしよう、と思った。

仲間だとか、そういう意識はまだ無いが、少なくともつきあいにくい奴らばかりでもないということだ。


???「…あら?」

真田「…あ」


思わぬところで思わぬ人物に会ってしまった。

駅の途中で乗りこんできたのは、顧問の緒方先生だった。

スーツにつつまれた胸が歩くたびに揺れる、真田は思わず顔をそむけた。


緒方「真田君じゃない、どうしたのこんなところで」

真田「…桐生院への、視察の帰りです」

緒方「そう、今から将星へ行くの?」

真田「はぁ…時間も余ってるし練習できるんじゃないかと」

緒方「そう、熱心熱心」


緒方が何故笑顔になったのか、真田には理由がわからなかった。

笠原に同じ事を言ったところで当たり前のように頷かれるだけだろう。

…この女とあの爺を比べるのが間違ってるか。

それにしても美人だ…じゃない、監督がいない野球部がいまだにあるとは…しかもこの顧問まったく野球の知識がなさそうだし…。

そこまで来て相川の顔が浮かんだ。


真田「なるほど」

緒方「へ?」


実質相川が監督か。

真田「いや、別に」

それにしても、この女は何故ためらいもせず俺の前に座るのだ。

しかも暑いからといって、そんなにスーツの前を開いたら上の真田からは、もろに谷間が見える。

意識してないのか、天然なのか…わざとか。


緒方「真田君、もうみんなにはなじんだ?」

真田「皆?」

緒方「野球部の皆よ、いい子ばかりだからすぐになじむと思うけど」

笑顔で言う。

抜けてる天然と馬鹿、臆病に気の短い関西弁、あまりにもなじめなさそうな環境だ。

元々、真田自身も群れる性格ではないのだが。

真田「…ふー…俺は」


言いかけて、緒方がまだ笑ってることに気づいた。

別に群れるつもりはない、というのを真田はやめた。

この笑顔は毒気が抜かれる。

そしてこういう世の中を幸せだと思えるタイプと話してるのは辛い、相川のように鋭すぎる奴や、藤堂のように皮肉たっぷりのような奴と話してる方がマシだ。

…その割には、南雲はあっけらかんとした奴だ…そういえば吉田とかいう奴も似てるな、そうするとなじめなくも無いと言うわけか?


緒方「俺は、どうしたの?」

気がつくと、じっと見つめられていた。

真田「俺は………まぁ、勝手に慣れますよ」

緒方「そう」

言ってまたくすくす、と笑う。

どうもペースが崩されるな…真田はため息をついた。

最初南雲に話しかけられたときも同じような感じだった。


真田「…先生は、なんで顧問なんかしようと思ったんですか?」

緒方「私?」

後方の流れ行く景色を見ていた緒方に問い掛けた。

緒方「そうねぇ…あこがれてたのよ、青春を部活に捧げる青年に…まぁ憧れてたのはラグビーだけどね」

真田「ドラマですか」

緒方「うふふ、そう、私って影響受けやすいから…それで教師になったようなものだしね」

真田「…そんな感じに見えます」

緒方「そうかしら?…でも、楽しいわ。あの子たちが頑張ってるのを見ると手助けしたくなるし…もっと野球を勉強しなきゃならないし、ノックぐらいしてあげれるようにならなきゃならないんだけど、私運動神経悪いのよね」

と、苦笑する。

まぁお世辞にも見た目は熱血文学少女だ、ドラマや漫画とかに憧れて先生になるようなタイプだ。

…例えになっていないか、とにかく後胸がもう少しちいさけりゃ、もう少し自由に動けたんじゃないか、とは思う。


真田「がんばってくださいよ」

緒方「うふふ、ありがとう」



だから、こういう素直に笑われるのは苦手なんだ。

皮肉で言ったのに。

そして、気づいた。

なるべく皆、降矢の話題を出さないようにしているのが。

あの金髪がいなくなっただけで、この調子だ、情けない部だ。





少しぐらい力になってやるか、という同情も沸いてくる。

しかしすぐに、馬鹿か俺は、とも真田は思った。


真田「…ま、将星に来た以上は、俺もやりますよ、できることは、ね」





がたん、と音を立てて列車は目的地に到達した。







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