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室内練習場に、しばらく沈黙が訪れる、しかしすぐに素っ頓狂な声が反響した。

望月「は?み、ミゾット?」

思わず自分のくたびれたグラブを見た。

そこには確かにミゾットのロゴが刻まれていた、文字はかすれてMの文字が半分しかなかったが。

それより、ミゾットと言えばスポーツブランド…特に野球においてのグッズ作成においてはMIZUNOと最大手とも言える会社のはずだが…。

露草「ずいぶん使い込んでくれてるようだね、僕としてもうれしい限りだ」

ふふ、と穏やかな笑みを見せる。

年の割にずいぶんと体格が良いことに望月は気づいた、肩幅はおそらく自分よりも大きい。

露草「いい変化球を持ってはいるんだけどね。フォークかな?すごくキレがいい」

そばに落ちていたボールを拾ってくるくると回し始めた。

それをピタリと止めて望月の方を見る。

露草「でもね…さっきも言ったけど、あのストレートじゃ、このフォークも宝の持ち腐れ、だ」

望月「お、おいおい」

望月の表情が若干厳しくなった。

初対面なのにやけに痛いところをついてくる、すでにその笑みも憎たらしく見えてきた。

露草「大和君…もね、そうだったんだ」

ぼそり、とつぶやく。

望月「は?」

間抜けな声を出してしまった、意外な名前が意外なところから出てきたからだ。

どこか遠い目をしながら露草は二の句をつげた。

露草「最初は背こそ高かったけど、細いし、ストレートも頼りない、変化球も曲がらない。投手としては不適格な人間だった。特にこの、桐生院では、ね」

???「ずいぶんな言いようですね」

と、室内練習場に一人の男が入ってきた。

望月「や、大和先輩!?」

落ち着いた雰囲気でにこりと笑う、目の前のどこぞの社長とはずいぶん違う笑みだ。

整った顔立ちはすでに高校野球とは違う、その上の領域の顔立ちになり始めているように思えた。

露草「事実だからな、ふふ」

大和「まぁ、僕も恩師には何も言えませんよ」

望月は困惑した。

一体全体なんでどうしてまたミゾットの社長と大和が知り合いなんだ。

懐かしそうに辺りを見回しながら、投手ブルペンの二人のところまで大和はゆっくりと歩いてきた。

露草「さて。…まぁ大和君は僕が呼んだ訳なんだけどね」

望月「え?」

大和「望月君」

急に大和は真剣な顔になった。

その表情に、圧倒されてしまう。

大和「君は…ものすごい才能の持ち主だ。それは…僕なんかよりよほど」

望月「な、何を言ってるんスか」

露草「いや、僕もそう思うよ。一年ですでにストレートも変化球も完成されてる。ただ、高校生レベルの話だけどね、それは」

大和「だけど…一つ上に昇るには、新しい何かが必要だ」

望月「新しい…何か?」

大和「僕は露草さんから、ストレート「白翼」ムービング「黒牙」を教えてもらった。そして、君も新しい武器を手に入れなければ…これから君は戦うことはできない」

ごくり、と望月はつばを飲み込んだ。

大和「本当ならば白翼だけでストレートは完成していた。しかし、僕はそれを完璧に会得することができなかった。だから、ストレートが二つあったんだ。白翼…は未完成だった」

あれで、未完成?

望月の脳裏にあの消えるストレートが思い浮かんだ。

回転数をあげることにより、ボールの伸びを極限まで伸ばす、阪神タイガースの藤川投手のストレートのようなボールだ。

わかっていても打てないストレート、それを大和さんよりも小柄な俺が投げれる訳が…。


大和「君と僕に与えられた才能。それはボールに自分の力を正確に伝えられることだ」

望月「え…?」

大和「だが…僕は今の状態になるのに三年間かかった。君は一年にしてすでに今の僕の半分まで来ている」

望月「…」

大和「その力…君なら…」

そこまで言って大和は着ていたジャンバーを脱ぎ、バッグからグラブを取り出した。

露草「早速始めるのか?」

大和「正直、僕は望月君にこれを教えるのはもっと後でもいいと思っていました。だけど、僕がプロに入ればその機会は少なくなる。…その上、この状況です」

望月の脳裏に、あの男の顔が浮かんだ。

大和「望月君は全てわかっているとは思うけど…僕は部外者でありOBだから一軍、二軍。どちらを応援する訳にもいかない。…でも僕個人としては…君がどこまで伸びていくかを…見ていたいんだ」

露草「えらく望月君を評価してるんだね」

大和「ええ…。彼なら…あの怪物と呼ばれた松坂…いやそれ以上の投手になるかもしれない」

大和は当たり前のようにブルペンの向こう側に歩いていった。

大和「露草さん、お願いします。望月君、遠慮はいらない。思い切り投げてくれ」

そして腰を落とすと、捕球の体制に入った。

ぽんぽん、と望月の方が二回叩かれた。

露草「始めようか、不本意かもしれないが。悪いが、今の君に選択権は無い。このままでは、一軍とやらに、君たちは…負けるよ」

そこに、先ほどまでの温和の男性はいなかった。














その日、南雲要はいつもより早く目が覚めた。

桐生院高校は山中にある、なので高度も高い、吹いてくる風は少し肌寒いが、しっかりと目を覚ますにはよかった。

寮の屋上から遥か向こうに海が見える、生まれ故郷の高知の桂浜を思い出す。

南雲(…ついに来た)


そう、今日は一軍と二軍の運命をかけた一戦が行われる。

さすがに緊張しているのか、あまり眠れなかった。

だが、集中力はいつにも増して研ぎ澄まされている気がした。

鳥の声、木々のざわめき、風の音、周りの風景全てが五感を通じて認識できる。

足を組み、禅の姿勢に入る。

目を閉じれば世界は自分ひとりになった。

堂島。

入部した時からすでに彼は違っていた。

実力は南雲たちの方が当然上だった、しかし…。

いや、いまさらどうこうと考えるのはやめよう、すでに始まってしまったことなのだ。

―――そして終わりは近づいている、七人でどこまでやれるかはわからないが…。

目を見開く。

水平線の向こうには、まだ見果てぬ夢がある、負けるわけにはいかない。







午後からの低気圧進行により、頭上にはどんよりとした雲が浮かび、太陽も隠れてしまった。

砂の舞うグラウンドは、水を巻かれ最高の状態にキープされている。

どこからイベントを聞きつけてきたのかはわからないが、グラウンドへと通じる通路沿いの広場は試合を見に来た桐生院の生徒で埋め尽くされていた。

笠原「それでは、始めてもらおう」

向かい合う九人と七人、どう考えても不利な状況だ。

しかし二軍メンバーにあきらめてるものはいなかった。

全員『ハイ!!』

南雲は、堂島と目が合った。

何を言おうとしているかはわからなかった、しかし南雲は笑顔でそれに答えた。


堂島「今日で終わる。そして新しい桐生院が始まる」

南雲「今日で始まるぜよ。そして今までの桐生院は終わる」






この日のために呼ばれた審判が高らかにプレイボールの声を告げる。

桐生院の運命をかけた一戦が始まった。



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