202supernova



























三上信吾は、思索していた。

―辞めたんじゃない、辞めさせられたんだよ―

自分の寮室に戻ってから、自分で作った桐生院のデータノートを見ながら、三上は考えていた。

脳内では、真田の言葉がリピートする。

―やれやれ…近藤も木村も高井も二軍か…客観的に桐生院を見てきた奴から見たら愚かな行為だろうよ―


三上「やっぱり…」


探し出したデータを比較して、気づく。

今の桐生院の一軍メンバーの不確かさに。


三上(…近藤先輩、木村先輩、高井先輩、三人ともに去年の三年生ほどじゃないけど、今の桐生院では上位クラスの実力だ)

彼らは今、二軍にいる。

そして、現在二軍にいる、南雲、望月、藤堂、威武ももちろん実力は一軍クラスである。


三上(一軍だった人で、実力を持っていた人が二軍に落ちている…?)


断言はできないが、今一軍にいるメンバー…のレギュラーのほとんどが二軍暮らしの長い部員ばかりだ。

…が、妙な点がある。

三上(…これは!)

「おい、三上、風呂の時間だぞ」

三上「へ?」


同室のメンバーに話しかけられて時計を見ると、午後八時をすぎていた。


「お前がぼーっとしてるなんて珍しいな」

「ま、見た目はぼーっとしてるけどな」

三上「ほっといてくれよ〜」


愛想笑いを返しながら、ノートを閉じる。

ここ最近…特に甲子園が終わってから。

堂島先輩が主将に就任してからの桐生院は、どこかう異様な雰囲気が漂っている。











さっぱりした後の夜風は涼しい、網戸をはめられた窓から秋風が吹き込んでくる。

鼻の傷まだしみるので、三上は湯船にはつかるだけにしていた。

帰りの廊下の途中で、突然ルームメイトが話しかけてきた。

「それにしても、驚いたよなー」

短く刈った頭をふると、軽く水しぶきがとんだ。

三上「何が?」

「何が、じゃねーよ。今日の監督の言葉だよ」

「あー、あれな、入れ替えの奴」

「俺は焦ったね、監督あんなこと言う人じゃないと思ってたもんよ」

「まぁな。でも、別に俺たちはマネージャーなんだし、勝っても負けても変化ないって」

それはそうだ、一理ある。

だが、この入れ替え試験は、桐生院の進退をかけた一戦になるかもしれない。

想像。

あくまでも、想像では、あるが。

三上が脳細胞をフルに活用して、三年引退後の桐生院の奇跡…堂島の行動を見ていると、ひっかかるものがある。

繰り返すように、想像ではあるが…堂島はまるで。



―――救世主なのだ。



おかしな考えだとは、思った。

だが、先ほどのデータを見ても、明らかだった。

入部当時はまるで実力の無かった選手、しかし堂島が声をかけ―――言い方は悪いが、堂島軍団に下った選手は着々と実力をあげているのだ、もちろん南雲や藤堂には適うべくも無いが、入部当時から考えれば信じられないほどの実力の上がり方である。

それが、爆発したのがこの前の入れ替え試験だ。

今回は試験前から少しもめ事が多かったが、それでも堂島軍団の実力は一軍と言えるに十分な実力だった。

国分(こくぶ)、烏丸(からすま)、牧、秋沢、綺桐(きどう)、神緒(かみお)、真金居(まかない)。

そして、植田。

彼らは近藤、木村、高井、布袋、弓生…この辺りの実力に迫っていっている、恐ろしいスピードで。

…しかし、それならそれで、何故南雲たちと、『競わせよう』としないのだろう。

今の一軍の様相を見ていると、まるで独裁状態だ。

しかし今の一軍にいるメンバーは実力では劣るが、堂島と共に桐生院という厳しい世界を生き抜いてきた部員ばかりだ、入団当初から別次元にいた南雲や藤堂、威武らとは違うのである。

まったくもって、一般人、だった。

それが天下の桐生院で一軍、まるで堂島は救世主だ。

…しかし、それでも。

周りから見れば情に流されてるようにしか見えないし、今の実力では桐生院は全国では戦えないだろう。

堂島先輩は…優しさを貫くのだろうか。

一般的な野球部では、がんばってきた選手が出るのは普通だが、ここは桐生院だ。

それは入部してまだ九ヶ月の三上にもいやというほどわかっていた。

あくまでも、想像であるが。



「なんだ、またぼーっとして」

「お前さっきノートじゃなくて、エロ本見てたのか」

三上「ち、違うよ〜」


そんなにぼーっとしていたのだろうか、三上は慌てて考えを遠くへおいやった。

あくまでも、これは想像に過ぎないのだ。


「どっちが勝つと思う?」

「何が?」

「南雲さんか、堂島さんか、だよ」

「んー、どっちにも勝って欲しいんだけどなー」



意外と思われるかもしれないが、堂島は決して部員から嫌われているわけではない。

どちらかというと、慕われているのだ。

堂島自身、野球が特別上手いわけではないが、面倒見のよさ、先輩にも愛想がよく、一軍とは言いがたい実力ながらも苦労の末主将の座をつかんだ、ヒーローなのである。

逆に、南雲や藤堂の方がどちらかというと一般部員にとっては近寄りがたいのである、彼らは違うところにいるのだ。

一年から一軍、二年でベンチ入りで甲子園で戦う男たちは、一般桐生院野球部員から見ればまるでテレビの中のプロ野球選手なのである。

だから、堂島を応援する部員も少なくないのだ。

何も知らない人から見れば、この戦いは「天才VS一般人」なのである。

人間の悲しい性ではあるが、自分には無いものを妬んでしまうのも、また人間である。



三上「どっちに、か」


それでも三上は納得がいかなかった。

確かに堂島先輩はすばらしい、すばらしいのであるが、何か違う。

確かに魅力的ではあるが、多分違う。

本当にそういう魅力のある人ならば、望月や南雲たちと対立するなんておかしいはずなのである。

少なくとも最初から才能がある選手といえども、隔離するのはおかしい話だと思った。

なんたって、望月君は、あんなにいい奴なんだから。





試合は次の、日曜日。




















望月光は、ひたすらに投げていた。

夜の灯りがしぶきにあたり、乱反射する。

誰もいないブルペンの壁に、低い音が響いた。


望月「…はぁ、はぁ」


次で何球目だろう、百球目あたりまで数えてからわからなくなった。

多分その倍はいってる、はず。


少し暑くなってきた肩を休めるため、望月は、その場で腰を地面につけた。


望月「たりねぇ…」


望月には、大和ほどのストレートがあるわけではない。

だから堂島達をストレートだけで、ねじふせるのは不可能だ。

かといって、変化球は…臨時捕手、布袋が取れるわけがない。

自慢ではないが、フォークなら県内一の自身がある。

神様は身長は与えてくれなかったが、長い長い指を与えてくれた。

おかげでストレートの威力は、あまり無いのだが。


試合は次の日曜日。

それまで指をくわえてられる望月ではない、毎夜毎夜、布袋とのピッチング練習が終わった後にこうして一人で投げ続けている。


それでも、かすらせないストレートは投げることはできなかった。

握りを変えてみても、フォームを少し変えてみても、やはり身長の低さのせいで、どうしてもストレートの威力は一流とは呼べない。

たとえ球速はでても、当てられる、見た目よりは遅い球なのだ、それはピッチャーにとっては屈辱的なことだった。

だからこそ望月はフォークを覚え、変化球を覚え、生き延びてきた。

天下の桐生院のホープとも呼ばれたのだ。


それでも、どうしてもストレートは威力がとまってしまう。

これでは、日曜日、ただでさえ守備が少ないうちにとって当てられることはほぼヒットに等しい。

行き止まりだった。



望月「ちっ」

両手両足を広げて、大地に転がる。

夜の月は綺麗だった、今日は雲ひとつ無い。

いい夜だ、このイライラさえなければ。



???「もう、終わりかい?」



望月「―――は?」


突然、低い声が聞こえてきた。

体を起こして振り向くと、すぐ後ろに背広姿の大きな男が立っていた。


???「君、身長の割にはいい、ストレートを投げるね」


何を言ってるんだコイツは。

その前に、何故部外者が入ってきてるんだ、しかもこんな夜遅くに。


???「見た目は確かに速い…が、それじゃあ、打たれるよ」

望月「なんだと!」


わかってはいるが、人に言われるとどうしても腹が立つのだ。


???「真にいいストレートは、伸びるものさ、どこまでもどこまでも…遠くにね」

望月「???」

???「君はものすごい男だね、さっきから君が投げた球、300球を越えてるよ」


三倍だったらしい、どうも疲れてるらしい。


???「だが投げてるだけじゃ疲れるだけさ、肩もつぶれる。君は知恵を持たなくちゃ」

望月「ち、ちえ?」

???「何かを生み出した後の、人々はとても運がいい。先人が何年もかけて閃いたものを、一瞬にして学べるのだから。身につくかどうかは、別としてね」

望月「だ、だいたいおっさんなんなんだよ!訳のわからないことばっかり…」

???「おいおい、おっさんとは失礼だな。…まぁ、いい。君はいいな、物怖じしない。まるで獅子の心のような強さを持っている。普通の投手なら、300球も投げる体力も根性も持ち得ない」

望月「質問に答えろよ!」








???「失敬、私は露草十(つゆくさみつる)…君が今使っているグローブを作った会社、ミゾットスポーツの、社長だ」







top next

inserted by FC2 system