201イベントだのなんだの


























目の前の女の子は両サイドに束ねた髪が爆発していた。

そういう髪型なのだろうが、まるで針葉樹が両サイドから生えているようだった。


山田「ラッキーラッキー、野球部の生写真は高く売れるんだよねぇ」

甲高い声で意味不明な言葉を先ほどから喋っている。

相川「な、生写真?」

山田「そう、私だってびっくりだよもん。まるでアイドルのブロマイド並に売れるんだもん」

なんとなく、不快なような、それでいてなんとなく誇らしいようなそんな複雑な気持ちだった。

相川はこういうタイプを相手にすると着かれるだろう、とすぐにきびすを返して部活に向かおうとした。


山田「のわーっ!そぉい!ちょっとまったー!」


元気な奴だ。


相川「なんだよ…用が無いなら俺は急いでるんだ」

山田「用があるからいるんじゃない、写真が欲しいだけなら隠し撮りするーゆーねん」


恐ろしい女だ、人間フライデーか。


山田「野球部の人気をあげて、評判を上げたのは紛れも無い新聞部ですから!」

それは知っていた、ただいつも事実は知らないところで大きくなっている。

感謝はしているが、頼んでも無いことだったのでわざわざ腰を低くして礼をする必要も無いかな、と思っていた。


相川「それは知ってるよ、ありがとう」

山田「…あー、なるほど」



何故か女生徒は顔を赤らめてうつむいた。

何が、なるほど、なのか相川は知る由も無いことだった。

ただ少女が納得したのは、写真が売れる理由、とだけ記述しておく。



山田「ま、それはこっちが勝手にやったことだから良かったんだよ。新聞部の評判も上がったしねー」

相川「…無駄話をしてる暇は無いんだが」

山田「ま、待った!もう…せっかちなのは女の子に嫌われるよ!」



それはごめんだった、これ以上女を敵に回せばどうにかなりそうだ。



相川「…で、用って」

山田「ま、用っていうか、話って言うか、なんだけど」

相川「…」

山田「野球部も、これから辛いと思うんッスよー。なんてたって氷上さんは男を目の敵にしてるからねー。今のままじゃ野球部が潰されるのも、ありえないとは言えないと思うんだ」

相川「はっきり言ったらどうだ」


やたらと遠まわしな言い方に、いいかげんいらいらしてきた。


山田「手、組まない?新聞部と」

相川「手、だと?」

山田「そう。今のまま野球部が活躍してくれたらさ、こっちとしてももっと注目されてくるし。もう皆女子の方のクラブは勝つのが当然だから刺激が足りなくなってんのよ、奥さん」

相川「だとしても、どういうことだ」

山田「近頃文化祭が近いのは知ってる?」



それは知っていた。

将星は部活だけでなくクラブ単位でも何か催しをやらなければならないので、近々みんなと話し合わなければ鳴らなかったが、見事にそういう祭りとは縁の遠そうな奴が何人かいる。



相川「ああ」

山田「そこでさ、女子ソフトも、氷上さんも一発で黙らせる良い方法があるんですよー」

相川「何?」


ぴくり、と相川の眉が動いた。


山田「一つ、イベントをたてるの。それもすんごい盛り上げてね」

相川「イベントだと?」

いまだに相川には山田の言っていることの全貌が見えてこなかった。





山田「だからさ…野球部と、女子ソフト部とで、試合をするの。流石に全国クラスのチームに勝てば両方とも何もいわなくなるでしょ?」

ぶん殴りたくなった。

相川「馬鹿かお前…」

山田「ば、馬鹿って言ったなー!親父にも言われたことないのに!」

相川「野球とソフトじゃルールも違う、それに強さのレベルが違いすぎる」


一度だけ女子ソフト部の練習を目にしたことがあったが、目の覚めるようなプレーだった。

見事な連携、鉄壁の内野、そしてバッティング、どれを取っても情けない話だが野球部とは一回りも二回りもレベルが違う。


山田「なんだそれー、クオリティヒクスー。野球部って根性あるんじゃないのー?」

相川「そういう気合とか言う類の話はウチのキャプテンとやってくれ」


吉田なら、血気盛んに受けるところだが、相川にとってそういうのはキャラが違う。

手を二三度振った後、無駄話をした、と部活に向かおうとした。

その足を山田が引っ張る。


相川「しつこいな…」

山田「この話は氷上さんと海部さんがもちかけてきたの」

海部というのは女子ソフトのキャプテンである。

相川「何?」

山田「向こうは自信満々だったよ」

呆れた。

相川「…そりゃあな、仮にも全国優勝校だし…氷上に取っては野球部を潰す願ってもないチャンスだろう」



…待てよ?

さっきまでどうも、この女はこっちに寄っている気はしたが、どうも味方、という訳でもないのか?


相川「どういうつもりだ。…山田、とか言ったな」

山田「いや、実はさー…新聞部も氷上さんに嫌われてて…」



そりゃそうだろう、野球部の特集なんてしてる、といえば氷上が躍起になるのは目に見えたことだ。



山田「この話を野球部に受けさせないと、廃部って言われてて…こっちとしても苦しいところなんだよー」



どこまでも汚い奴だ、プライドと誇りは別のところにあるらしい。

気に食わないなら潰す、だと。

俺だったからいいものの、お人よしのキャプテンと冬馬にでも聞かれてみろ、情けで勝負を受けるに決まってる。

ただでさえ、うちの部は両極端ではあるが、どちらかというとお人よしが多い、こうして周りから矛先を向けさせられてくると辛い。






氷上「そういう話ですの、相川君」



階段から降りてきたのは、氷上だった。


相川「…氷上、アンタな。他の部を巻き込むのはやめとけ」

山田「ひ、氷上会長ー?!」



美しく艶やかな唇があやしく光る。

肩にかかる黒髪を片手で後ろへ払った。


氷上「悪い話ではないと、思いますわよ。…チャンスを与えてあげたんですの、私は」

相川「勝率1%のチャンスはチャンスじゃない」

氷上「とんだ腰抜けですのね」



腹からこみ上げてくるものをこらえるだけの度量は相川は持っていた。

そうでなければ捕手なんてやってられない。

いつでも冷静、というのは相川の座右の銘でもある。




相川「腰抜けで結構。俺はリスクの高い賭けは好きじゃないんだ。ここで戦わなくても、結果を出せば誰も何も言えなくなるだろう」

氷上「結果なんて、どうやって出すんですの?」

相川「今は秋の県大会の真っ最中だ。俺達は地区予選を勝ち抜いた」

氷上「…二位、ですけれどもね。それに、数少ないうちの選手の一人を失ったらしいじゃないですの」



この女、どこまでも周到だ。

おそらく野球部のことを調べ上げている。


氷上「それに…貴方は断ることはできませんわ」

相川「…なんだと」

氷上「断ったその時点で、野球部はおそらく大会に出ることも不可能になるでしょう、おーほっほっほ!!」



今時そんな古典的な笑い方をする奴がいるか。

相川は呆れながらも、口を開いた。



相川「アンタがどれだけ頑張ったところで、去年俺達は耐えぬいた。またワガママを貫くようならまた理事長に外国に飛ばされるぞ」


決して理事長…氷上舞の祖母は彼女に甘いわけではない。

ただ両親が溺愛しているらしい。

本人のやりたいように育てたが故ここまでワガママになったのは去年彼女と色々と争ったときに相川は調べ上げている。

当時から相川の情報収集能力は目を見張るものが合った。

…野球以外のことを調べるのにはあまり乗り気ではなかったが。

ともかく、その点を上手く突いて相川は理事長じきじきに嘆願し、氷上は留学という形で野球部の件は片がついたのではあるが、この話はまた別の機会に語ろう。



氷上「…今度の私のは決して「ワガママ」ではありませんことよ」

相川「何?」

氷上「無理に約束を取りつけたい訳ではありませんの、ただ貴方がたにはそれ以外方法が無いと言うことですわ」



どういうことか、いまだにさっぱりわからなかった。



氷上「私は野球部とソフト部のどちらが強いのが単純に見たいだけですの。それだけの部費をもらう価値があるチームなのか」


戯言を、相川は心の中で吐き捨てた。

それは言葉の上でだろう、思ったが口にはしなかった。


氷上「もちろん貴方がたが勝てばそれなりの部活ということで、もうそれ以上私達は野球部に対して何も言いませんわ。…ただ、負けた時は、その程度の実力の部活を将星が含んでいると思われるのは、非常に心外ですわ」

相川「叩き潰す、と?」

氷上「野蛮な言い方ですわね。荒々しい真似はしたくありませんの。全員自主退部ということになりますわ。そうなればこちらとしても手荒な真似はしなくてすみますもの」


このクソアマが。


相川「…」

氷上「文化祭のメインイベントともなれば、それなりの人も集まるでしょう。それだけの証人がいれば貴方達も逃げることはできなくなりますわ」


ニヤリ、とその形のいい口が三日月形に裂ける。

…確かに氷上の言う通りだ、が。

やはり相川が話を断るといえばすむことだ、なんとか話を先延ばしにして関東大会に出場すればこちらのものだ。

全国区とでもなれば誰も口出しできまい。



相川「ま、文化祭実行委員には悪いがやはり受けられないね。デメリットの方が高い」

氷上「ま、そうですわね。だが、私は何度も言っているはずですわ『貴方が断ることはできない』と」

相川「それをワガママって言うんだよ、もうこれ以上くだらない話をする気はない。俺は行くぞ」

氷上「高野連に、審議を出せば、もめるでしょうね」


審議?

氷上「それは、許されないこと、ということも調べましたわ」

相川「何が言いたい!!」












氷上「そちらの部員の一人が性別を隠して試合に出場している。…このことが知れれば野球部はすぐに廃部にならざるをえないでしょう」













相川「…なんだと?」


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