201桐生院コンタクト


























その日の練習前全体ミーティングはかつてない緊張に満ちていた、といっても一部だが。

澄み渡った青空には雲一つ無く、照り付ける日差しが地面に無数の影を作っていた。

笠原が部室の大きなドアに立っている、隣に堂島。


堂島「それでは、監督、どうぞ」

前説を終了した堂島が、監督に発言権を譲った。

どこまでも憎たらしい奴だ、と今でははっきりと笠原監督は感じていた。

帽子を深く被りなおして部員達の方を向く。


笠原「…知っての通り、霧島に地区予選では破れた。…が、県大会で優勝すれば何の問題も無い、センバツのチャンスはまだある。頑張って欲しい。反省は各自が一番感じていると思うのであえて言わない、があきらめるのではなく見返すつもりで練習にはいっそう身をいれろ、いいな」

『はい!!』

笠原「それと、今日は重要な発表がある」




望月の心臓は周りに聞こえるんじゃないかと思うぐらい鳴っていた。

隣にいるバンソウコウとテーピングだらけの布袋も同じだった。


笠原「次の日曜日に、一軍と二軍で紅白戦をしてもらう。もし、二軍が勝てば一軍と二軍総入れ替え、一軍が勝てば二軍は全員退部の条件付で、だ」





『―――!!!』

部員全員に衝撃が走る、ざわめきは少しづつ大きくなり、やがて津波のようになった。

「お、おいおいどういうことだよ」

「今度の入れ替え試験で…二軍が全員退部ってのはきいていたけど」

「まさか紅白戦になるなんてな…」

堂島は血相をかかえて監督に食いついた。


堂島「監督!!!どういうことでしょうか!!」

笠原「言った通りだ、堂島。桐生院は実力主義…入れ替え試験を大袈裟にやってもおかしくはあるまい」

堂島「しかし、一軍と二軍総入れ替えなどと…!」

狼狽する堂島に、南雲と藤堂が歩み寄った。

南雲「何か吼えちょるぜよ」

藤堂「ふん…負ける前から言い訳か、見苦しいな堂島」

望月「…」

堂島「貴様ら…」

笠原「この前の試合、霧島に負けた責任が誰にあるとは言えないが、負けたのは一軍だ。確かに実力を底上げするために二軍制度をなくすのには一理あるが、二軍の奴にもチャンスをやればいいだろう」

堂島「し、しかし普通の試験をやればいいじゃないでしょうか!」

笠原「…この前のようになっても、か?」

堂島「…!」


この前、の試験とはつまり秋の予選のレギュラーを決める前に行われた試験だ。

試験とは名ばかりで、まず試験の前に練習態度云々何かと理由をつけて試験無しで二軍に落とされたメンバーも少なくない。

かと言って堂島に逆らったところでキャプテン命令なのだ、問題を起こすと言って次の入れ替え試験の資格も剥奪されるのは目に見えている。

笠原は疑問を覚えたものの、何か堂島なりに考えがあってのことだろうと考えていた。

何故か笠原自身もこの時堂島を信頼していたのだ、しかしそれも試合に負けてからは徐々に覚めていった。

冷静に考えれば南雲ら主力を外して勝てるはずないのだ、甲子園にいくまで相手にデータを取らせない為、とはよく言ったものだ。

納得してしまった自分が情けなかった。


笠原「試合ならわかりやすくていい。代表九人を決めろ、その代表九人と九人で試合をやれ。二軍が一軍に勝てば総入れ替え、負ければ退部だ」

「そ、そんな!!!」

「俺達が一軍にあがれる訳ないじゃないですか」

悲鳴ともとれる叫びがあがる中、笠原は冷静に答えた。

笠原「誰が二軍全員、と言った」

「え?」

笠原「総入れ替えがあるのは、代表九人のみ、つまり負けて退部になるのもその代表九人のみだ。流石に二軍全体を退部にするのは俺とてためらうものがある」

堂島「…!!」

堂島がにらみつける先で、藤堂は思わずニヤリと笑う。

そして笠原が両手をあげた。

笠原「それでは全員が一軍にあがれる可能性を持つ選手、希望者は集まれ」

また、ざわめき。

「そ、そんなこといってもよぉ…」

「リスクがでかすぎるし…」

「別に試合しなけりゃやめなくてもすむわけだろ・・・?」


南雲「んじゃーわしがいくぜよ」

藤堂「当然だ。リスクにおびえてるような奴が勝てるはずもない」

威武「俺…野球、する、勝つ」

望月「…いくぜ」

布袋「やれやれ…まさか本当にこうなるとはな」

弓生「うまくいった、と思った方がいい」


当然、六人が我先に、と手をあげて笠原の前に並んだ。

明らかに堂島に対抗しようとしている、それだけはどれだけ馬鹿な部員でもわかった。


「お、おい、やっぱりあいつ等…」

「だ、だけどよ…あの面子なら一軍にも勝てるんじゃね?」

「馬鹿野郎…堂島さんに逆らってただですむかよ、真田さんみたいになるのがオチだぜ」

???「…」


そんな中で、眼鏡をかけた細い男が躊躇していた。

―――お前は俺達と一緒に、戦うんだ!―――

いつか布袋に言われた言葉だった、上杉俊英は手をあげ仲間に加わるのをためらっていた。

今のままでいればおそらく一生一軍に上がるチャンスはないだろう…しかし、一軍に上がっても試合に出れるかどうかはわからない。



堂島「…馬鹿が、貴様等六人しかいないではないか!」

布袋「六人で十分だぜ」

藤堂「そういうことだ」

堂島「な、何…!!!」



上杉(ろ、六人…)

いくらあのメンバーでも六人じゃあ叶うわけが無い。

それでも自分が入ったところでなんのプラスになるか…。

しかし自分以外の周りはすでにやる気もなく、違う話をはじめている。

上杉(ぼ、僕は…)

桐生院で一般部員だなんてありえない話だとはわかっていた、それでも、それでも野球がやりたかった。

クラブ見学で見た閃光のような大和の姿が頭から離れない。

上杉(…)


笠原「では、以上ではいいか。まぁ、いつでも追加は受け付けるがな」



上杉は手がふるえていた。

心の半分は手を上げろといっている、もう半分はやめろと言っている。

もしかしたら桐生院三年間の中で栄光を掴む最後の瞬間になるのかもしれない。

上杉「…!」


気づけば、前の布袋が上杉の方を見ていた。

口パクで、頼む、と言っている。



覚悟は決まった。


男だろ、上杉俊英!と言い聞かせた。



上杉「はいっ!!!」

『ざわっ!!!』

一瞬にして二軍のざわめきが大きくなった。

布袋「…上杉っ!!」

頼りない足取りで、布袋の隣に並ぶ上杉。

可愛そうなくらい体格が違っていた…しかし、一人は一人だ。

布袋「恩に着る!!」

上杉「あ、あまり期待はしないでくれ」

弓生「最初から頭数にしか考えてない、と思った方がいい、安心しろ」

布袋「その言い方はどうよ…」

南雲「おんしゃ…わしゃ感謝するぜよ!」

威武「仲間、俺、心強い」

藤堂「ちっ…足をひっぱるなよ」

望月「いいのか…?」

上杉「男が決めたことに、後悔は、ないっ」

望月は苦笑すると、手を差し出した。

上杉は緊張しながらも、その手をしっかりと繋ぎなおした。









結局七人で戦うことになってはしまったが、六人よりはいくらか心強い。

なんといっても、一人増えるだけで守れるスペースは格段に広がるのだ、ありがたい。


南雲「どこの誰だか知らんが、ありがたいぜよ!!」

監督の解散の声の後、南雲がすぐに上杉に近寄ってきて大きく肩を叩いた。

上杉「は、はいっ」

布袋「来てくれると信じてたぜ!」

弓生「嘘はいかん、嘘は、と思った方がいい」

布袋「お前はいつも一言多いんだっての」

望月「…これから試合まで、身の回りには気をつけてくれよ、もしもがあるから…」

上杉「お、おう、わかった」

談笑する一年を余所に、威武は先ほどからずっとグラウンドの外を見つづけていた。

威武「…」

南雲「…?さっきからどうしたんぜよ威武、ぼーっとしちゃって」






威武「カナメ…あれ、真田?」





南雲「何…?」

旧友の名前に、南雲は思わず威武の見ていた方向を向いた。

フェンスの端にこの学校ではない制服の男が立っていた。


南雲「…ん?おおーーー!!!」

人物を確信した南雲は思わず大声をあげ、手を振りながら走り出した。

短い前髪に切れ長の目、間違い無く赤い風である。

隣にいた望月も南雲と同様に真田のところへと走っていた。


南雲「真田ーー!!おまんどうしたかー!」

望月「!さ、真田先輩」


真田は再会を喜ぶ様子も無く、相変わらずクールに対応した。

真田「久しぶりだな二人とも、あんまり穏やかそうじゃなさそうだが」

望月「…」

南雲「こちらも色々あったんぜよ」


からからと笑う南雲、対照的に望月は複雑そうな表情。

望月は正直、どういう風に南雲に接していいかためらっていた。

元味方とは言え、今は敵ではある、そんなに敵と親しくするほどの奔放さは南雲並にはない。


南雲「…おまんは、どうしてこっちに?」

真田「霧島に負けたんだってな」


単刀直入だった。

相変わらず言いにくい事をはっきりと言う奴だ。

南雲はよくわかっているから何のショックも受けないが、望月は少し動揺した。


南雲「相変わらず言いにくいことをはっきり言う奴じゃの、はっは。まあ、そうぜよ」

真田「しかも主力抜きだ。相変わらず堂島様崇拝主義か」

皮肉な笑みを浮かべながら真田はグラウンドの彼方に視線を馳せた。

南雲「間違っとるとは言わんぜよ」

真田「と、なると、俺は抜けて正解だったかもな」

藤堂「裏切り者が、よくもまぁ顔を出せたものだな」


と、突然南雲の後ろから藤堂の低い声が聞こえてきた。

敵意剥き出しの態度で思いきり真田をにらんでいた。


真田「藤堂か、お前こそ霧島戦出てないらしいな。堂島に尻尾を振るのはやめたのか」

藤堂「何ぃ…」


相変わらず癇に障る野郎だ、藤堂は前々からこんな態度の真田を気に入ってはいなかった。

すました態度で事実を飄々と言い放つ真田は何かと癪なのだ。


南雲「ケンカしちょる場合か」

望月「そ、そうですよ藤堂先輩」

藤堂「…ちっ」


藤堂はつばを吐き捨てると、グラウンドの方へ戻って行った。


真田「相変わらず血の気が多いな」

南雲「おまんも藤堂がそういう奴っつーのはわかっとるだろうに」

真田「堂島に尻尾振ってたころよりもひどくなってる。まぁ、本気で振ってたとは一回も思わなかったけどな」

望月「真田先輩、今日は一体…?」


真田はshosei、とローマ字で書かれたバッグから新品のノートと筆箱を取り出した。


真田「…敵情視察ってところだ」











三上も、現状に対応できていなかった。

望月達の様子の変化に伴って監督の入れ替え試合宣言だ。

偶然と思うほうが変だ、明らかに望月達は堂島達と対抗しようとしている。

何故望月達と堂島達は相容れないのか。

マネージャーとしてサポートしてきた三上にとって、それは謎のままだった。






???「…ちっ」

急に来客が来たからと、監督に茶を入れるように頼まれて部室の二階のテラス部分に出てきたのだが、来客はひどく見覚えがある上に、いきなり舌打ちをしていた。

三上「あのー」

???「うん?」

声をかけると、不機嫌そうな表情で振り向かれた。

ますます見覚えがある、というか転校した真田先輩じゃなかろうか?

三上「暑いので、お茶でもどうぞ」

???「…あ、ああ、悪い」

お茶を渡すと予想外に礼儀よく頭をさげた。

???「…おい、君」

三上「は、はい?」

???「悪いが、選手の名前、知ってたら教えてくれないか?」

三上「あ、はいわかりました」

???「あの、ピッチャーだ」

指で指し示された先には、例の彼がいた。

三上「あ…」

鼻の傷が少しうずいた。

三上「あれは、植田君です」

???「…植田ね、ありがとう」

三上「あの…真田先輩、ですよね」

真田「ん?どうして俺の名前を…」

三上「色々有名ですから」

あまりにも急に転校した上に…他の高校として登録されていた。

おまけに堂島ともめた上に、だ。

真田「有名、ね」

ため息をつきながら真田は再び選手チェックに入った。

三上「あの…」

真田「なんだ」

三上「…どうして、桐生院をやめちゃったんですか?先輩すごい上手かったじゃないですか、南雲先輩、藤堂先輩と同じでレギュラー間違い無しって言われてたのに」

真田「辞めた、か。違うな」

三上「へ?」

真田「そんなことより、アイツとアイツの名前はなんていうんだ」

三上「あ、はい…えと、牧先輩と秋沢先輩です」

真田「マキ、アキサワ…ね。やれやれ…近藤も木村も高井も二軍か…客観的に桐生院を見てきた奴から見たら愚かな行為だろうよ」

三上「は…?」

真田「お前も桐生院の選手なら自分のチームの実力ぐらいチェックしておけ、今の一軍と二軍、実力だけで判断したら確実に半分以上入れ替わるよ。…堂島の差し金だろうとは思うがな」

三上「は、はい…」


名前と注目点を軽くメモったぐらいで、真田は早々にノートをかばんにしまった。

何か考え事をしているようだが、表情からは何を考えているのかはわからなかった。


三上「お帰りですか?」

真田「ああ」


そっけなく言うと真田はかばんを肩にかけた。


真田「…なぁ、お前は俺にどうして辞めたか、って聞いたよな」

三上「は、はい」

真田「辞めたんじゃない、辞めさせられたんだよ、堂島にな」

三上「え…?」

真田「お前が思ってるほど、この部は野球しましょう、っていう部じゃないよ、特に今はな」


真田はそれだけを言い残すと、立ち去った。



三上「………望月君」













三上「…やっぱり、おかしいんだよ、桐生院は」










top next

1 inserted by FC2 system