200VS女の子




























見下ろされていた。

それは、プライドの高い人間特有の見下した目線だ。

相川はドアに一番近い席に座っていたから、首だけを動かして入ってきた人間を見ていた。


「「お、おはようございます!会長!」


まもなく、部屋にいた数人の女子生徒…各部の主将が各々入ってきた人間に対して頭を低くした。

敬意を払われた方は満足気に優越感に浸っていた…が相川が黙ったままと見ると否や、不機嫌さを顔で表した。



???「野球部は、相変わらず躾がなっていないようですわね」



腰まで伸ばした黒髪の光沢が美しい。

高貴な身分のオーラをかもし出している。

顔立ちは整っていて、可愛いと言うよりは美人と言う部類に入るだろう、ただ目だけは冷たく光っていた。

他の生徒と違って制服の方から少し下のところに緑色の腕章をつけていた。

将星高校、生徒会長、氷上舞(ひかみまい)。



相川「アンタにされた仕打ちを忘れたわけじゃないからな…氷上」

氷上「仕打ち…?言いがかりはよしてくださるかしら、私は不純物を取り除こうとしただけですわ。口の聞き方に気をつけなさい」



側にいた、側近と思われる二人がずいっと前に出る、片方ずつ前髪の長さが違う。

顔が良く似ていてそれぞれが護身用の警棒を手にしている、この生徒会長氷上の身辺警護をしている東雲(しののめ)という姉妹らしい。

まったく、物好きなことだ…もっとも、名家の少女であるらしいことは苗字を見ればわかるが、おそらく氷上の家とも関係があるのだろう。



相川「物騒なことだ…暴力事件を俺が起こすわけないだろう」

氷上「わかりませんことよ、男と言う生き物は野蛮ですわ」



完全に上からものを言う態度だったが、相川はさほど冷静さを失うことは無かった。

こういうのは降矢と真田と御神楽で十分に慣れている。

冷めた態度を崩すことは無かった。



氷上「…ま、そんな口が言えるの今の内だけですわ。今に私にひざまづくことになるでしょうに」

相川「…さぁ、どうかな」

???「あ、相川君…怒らないで」

氷上「桜井さん?…何故こんな輩をかばうんですの?」

桜井「え?え、ええと…」



桜井と呼ばれた小柄な少女は、手に持っていたノートを胸に抱えるようにした抱きしめ、下を向いた。

そのままおろおろと困った様子で、ちらちらと氷上の表情を伺う。

生徒会書記、桜井小春(さくらいこはる)。

アシンメトリにそろえられた前髪がさらさらと揺れる、冬馬といい勝負な背丈、丸っこい小さな顔、ナチュラルで栗色の髪、頭のてっぺんでピョコンと立っている、いわゆる、あほ毛。

そして、相川と同じ中学校出身である。




氷上「…何をしているの、会議が始まるのでしょう。速くしなさい!」



しびれを切らしたのか、氷上は相川から目をそらし歩いていった。

桜井は大げさなほどため息をついて、相川に頭を下げた。



相川(なにも俺に謝る必要はないだろうに)


六条よりかは幾分かマシだが、そんな気弱な態度で逆にこれから生徒会でうまくやってけるかどうか心配になってきた。

こんな会長の下だと、苦労も耐えないだろうに。



???「あまり会長に厳しい態度をとらないでください」

相川「…ん?」



どうも今日は話しかけられやすい日だ。

振り向くと座った相川の座高の少し上に目線があった、ちっちゃ。

氷上が留学で海外に飛ばされていた一年間、生徒会を守っていた生徒会副会長の百智怜奈(ももちれいな)である。


百智「あれでも繊細な方なんです。あのような態度ですが、あまり刺激しないようでいただければ幸いです…」




ぺこりと頭を下げる。

物静かな女だ、という印象があった。

後は小さいぐらいだ。

氷上よりは男に対して当たりは強くない、あと仕事はできる。

相川はこと野球に関しての情報収集能力はさっぱりだった、こういうことをやらせれば原田の方がデキるのだろう。





「えっと…それでは始めますね」


進行役と思われる、生徒会の女生徒が急いでホワイトボードに概要を書き始める。

当然のごとく相川以外は全員女子だ。

女好きならハーレムと喜ぶところだが実際は息がつまりそうだった、よくもまぁ、吉田はこんなのに月一出席していたな、と思う。

しかもこんな話だけの小難しい会議を良く耐えたものだ。

今になって思うと案外吉田も尊敬する点が多い…しかし、この状況を三澤がしれば、すぐに彼女のにらみつけるような目が頭に浮かぶ。



「えと、生徒会会計の長居恭子です、よろしくお願いします」



そう言って進行役は頭を下げた、目の細い少女だ。

理事長の孫、氷上は相川の四角に並べられた長椅子の向かい側に座った。

先ほどから凍るような冷たい視線が相川の顔を刺していた。


「えっと、本日は各予算の部費を取り決めるのですが、大まかなことはほとんど先生達が決めて下さっているので、ほぼプリント配布といつものようになります。えと、また旧校舎の改築が始まるので一部の部活のロッカーや更衣室は臨時として二号棟横にプレハブがたてられますのでそちらを利用してください」




すらすら、と配布されたプリントにのってあることを読み上げる。

以前来たときもこのような感じで、いともあっけなく終わった。

将星の部費は部員から徴収が基本的ではあるが、学校側からの予算は年度ごとでなく、学期ごとの変更となる。

大きな働きをした場合やデメリットの多い場合は変動する。

とはいうものの、ほとんどは一学期の予算のまま対した変化は無いのだが…。




相川(…お)



印刷された枠の一番下部の野球部の欄。

以前の部費より更にアップしていた。

一学期の時点でようやく試合が成立し、それなりの設備が必要とかなり部費が増えたのだが、今回は更に夏に県大会ベスト8という、成立二年目にしては快挙を成し遂げたのでさらにアップしていた。

緒方先生も大きな胸を揺らして頑張ったのだろう、これでようやくあの古い部室も建て替えられるかもしれない。



「以上ですが、何か質問等ありますか?」


プリントから目を上げて進行役がいう。

態度こそ変えないものの、かすかに雰囲気が変わっていた。

恐らく予感がしたのだろう、この娘だけではない、この場にいるほとんどのものがそうだ。











氷上「――――異議がありますわ」



的中した、とばかりに皆がいっせいに声の方を向いた。

冷ややかな目をした、彼女が不満そうにプリントを見下していた。

桜井と百智が同時にため息をついたのを見て思わず相川は苦笑した。



氷上「…通常は学期ごとの予算増はまずありえない、はずでしょう? 長居さん」

長居「…は、はい」



良く通る声だ。

決して低いわけではないが、人を威圧する響きがあった。



氷上「野球部のこの予算は何かしら?…あの程度の部で、他の部と予算の大差が無い…納得いかないですわ」

長居「そ、それは…や、野球部は今年の夏の大会で、県でベスト8に入ったんですよ」



あはは、と固く笑いながらの説明。



長居「創部二年目でのベスト8は快挙で、男子の部もこれで活発になれば、という教職員達の意見もありまして…」

氷上「―――私は、納得がいかない。といってるんですの」



無茶苦茶だ。

それは暗に野球部の予算が気に食わないと言っているようなもので。

下げろ、と言っているようなものだ。



氷上「おかしいじゃないですの…バレー部は全国でベスト4、バスケ部も県大会優勝、アーチェリー、卓球、バドミントン、剣道、フェンシング、いずれも女子のスポーツ部では、将星はいずれも全国クラス。ソフトボール部にいたっては全国優勝を何度も経験していますのよ!それが、野球部ごときと同じだなんて、納得がいきませんわ!」




明らかな言いがかりだったが、誰も何も言わない。

一昔前なら、自分の所の予算を増やすために何人かが便乗しているところだが、今は野球部の肩を持つ女子も多くなっていた。

何よりも試合を見にきた生徒たちの噂が口コミで広がり、それが捻じ曲がり、誇張され、やれ冬馬は実はジャニーズ系だの、御神楽は貴公子だの、新聞部も大会中は総力をあげて野球部の特集をした。


なんといっても整った顔立ちの男が多いから、女の子に受けがいい。

おまけに個性豊かで、試合は毎回シーソーゲームと、盛り上がり要素がいくつも重なって野球部の人気は日増しに高くなっていた。

さっきから相川と親しげに話している先輩も当初は野球部に対して批判的だったが、いつのまにか相川に見とれることも多くなっていた。

しかし、敵が全ていなくなった訳じゃない。





???「確かに…これでウチの練習場をさらってるんだから、納得はいかないな」



低い声だったが、女子だ。

ショートカットの黒い上、半袖の袖口から日焼けの後が見て取れた、それでも肌は黒いというよりはだいぶ白かった。

引き締まった体は県や冬馬よりよっぽど力は強そうだ。

名前を海部晶(かいふあきら)といい、名門将星女子ソフトボール部を引っ張る部長である。



氷上「ですわよね、晶」



ちらり、とそっちの方を向いて言う。

海部は表情も変えずに頷き、相川の方をにらんだ。

冗談じゃない。

どうしてこう女性に何度も睨まれなきゃならないんだ、相川は気づかれないようにため息をついた。

よくもまぁ、吉田は何度もこんな会議に出席したものだ、終わったら何か奢ってやろうという気分になった。



海部「今の野球部の練習場も元はと言えば、ソフト部のものだ。前の部長は野球部に対して寛容だったが、私は違う。すぐにでも返して欲しい気分だ」

相川「悪いけど、もうちょっと貸してくれないかな」



ようやく相川が重い口を開いた。

威圧感も何も無く、ただ喉から音を発した感じがした。



海部「うちは部員が多いから、一年の間はひたすら外周を走ったり、素振りをするしかない。三年生が引退したことによって、一年生がようやくグラウンド練習に加われるのだ。だが、今年は一年生が多いから練習スペースもまともに取れない。いくらうちのグラウンドが広いとは言え、場所はいくらでも欲しい」



理が通っていたから、相川は返す言葉を一瞬見失った。

が、しかしこっちにだって理がある。

今のメンバーなら後一年しっかり鍛えれば桐生院に勝つのも夢ではない、と相川は思っていた。

西条と冬馬の二枚の左看板に、真田と吉田、初心者だった原田も県も、野多摩も随分と使えるようになってきたし、御神楽はセンスがいいから問題は無い。

大場も意外性のある一発を、良い時にここまで打ってきた、練習環境を考えてもおかしなぐらい人材がそろっている、いわば奇跡だ。

だが、相川にとっても降矢の怪我は予想外だった。

降矢は、将星の攻撃の要であり、決定的な一撃も、先制の一撃も秘めた逸材であった。

今の将星の攻撃力は、格段に下がっている。





海部「野球部には、一号棟横の中庭を使ってもらいたいと思っている」

相川「一号棟の中庭って…あんなの、素振りとキャッチボールぐらいしか取れるスペースがないじゃないか」

海部「それで十分だろう?うちは全国、そっちは県大会ベスト8」

相川「…ソフト部も、来年は危ういな」

海部「何?」





相川「全国だの、県だのにこだわってるような小さい奴が部長なんだからな」






ざわっ、と周囲がどよめいた。

決して相川は大人しいわけじゃない。

…かと言って降矢や吉田よりは冷めているが、言う時は言う。

しかし、言ってから相川は少し後悔した、どうも吉田の無鉄砲さが感染ってきてる、と思った、自分の発言にため息をついたが、それがどうも向こう側の気に触ったらしい。

大きな音を立てて、海部は立ちあがった。




海部「なんだと!貴様!」

氷上「無礼ですわ!!!」

百智「相川君!」

桜井「あ、相川君、謝った方がいいよぉ…!」

相川「頭を下げてほしいなら、いくらでも。でも、場所を渡すつもりはあんまりない」

海部「ぐ…」


ぎり、と歯をきしませた。

この女、気は短いらしい。



長居「あ、あの、今日のところは解散ということにしませんか?時間も押してきてますので…皆さん部活もあると思いますし…」



と、流石に事態を重く見たのか、生徒会会計が止めに入った。

海部は納得いかない、といった表情だったが、騒ぎを大きくするのもメリットはない、と大人しくなった。

氷上は以前睨みつけた表情を崩そうとしない、何もしていないのにここまで嫌われる理由があるかよ、相川は聞こえないように呟いた。



とりあえずはその場は治まり、会議は解散となり相川も席を立った。



氷上「覚えておくことね。…野球部、このままではすまさないわよ」



相川は触らぬ神にたたり無し、と無視を決め込んだ。



氷上「き、きぃーー!む、無視ですの!?ひどいですわーーっ!」


…聞こえない、聞こえない。


桜井「あ、相川君…」

百智「相川君、話が…」

相川「練習があるんだ、悪いな」



何人か生徒会の人間に呼び止められるが、この場にいるのはかなわんと、相川はそそくさとその場を後にした。












玄関まで歩いたところでようやく落ち着いた。

部長会議が毎回あんなムードなら胃が壊れる、と愚痴でもいいたくなった。

男同士の緊迫した雰囲気にはなれてはいたが、女の子との、というのでは相川はあまり得意ではなかった。

なんせ今までそういう経験が全く無いのだから。

今になってようやく女性があまり得意ではないことに気づいた相川だった。




相川「やれやれ…これから気が重い日々が続くな…」

???「そうね、大変だと思うわー。なんてったって、会長はまるで蛇のようにしつこいからね〜」

相川「!?」



自分の独り言に返事が返ってきた。

驚いて相川は横を振り向くが誰もいない。



???「下、下!」

相川「下?」


えらく幼い声だった。

指示の通り下を向くと、カメラを構えた、前髪をゴムで止めた女子生徒がしゃがみこんでいた。


相川「…!」

パシャっ、とフラッシュがたかれる、まぶしくてつい手で顔を覆った。

???「へへー、相川君の驚き顔ゲトー」

相川「な、なんなんだお前は!」


山田「んー?新聞部部長の山田理穂だよ、りほタンって呼んでにゃん♪」


どう考えても関わりたくないタイプだった。


相川「…今日は厄日か」

それも女運最悪の。


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