200Dozen



























試合が決まったからといって、何が優位に立つわけでもない。

相変わらず状況の厳しさは変わらないのだ。


ガツンッ!

夕暮れのグラウンドにまた鈍い音が上がった。


布袋「…っ」

痛みが腕に走る。

地味だが重い衝撃が重なっていく。


弓生「やっぱり無理と思ったほうがいい」

布袋「…」

弓生「もう答える気力もなくした、と思ったほうがいいか?」

布袋「殺す…」


憎まれ口をたたくのが精一杯だった。

弓生はため息をついて、望月に手をふった。


望月「はぁ、はぁっ」

弓生「…駄目だ、今日は終わり。お前ももう限界だと思ったほうがいい」

望月「あ、ああ」

弓生「投げすぎるのも負担がかかるからな、と思ったほうがいい」


放課後の練習開始からすでに二百球近い球を投げている。

流石に毎日に続けていれば若いといっても、肩も重くなってくる。


弓生「本番に支障が出てもいけないしな、と思ったほうがいい」

望月「あ、ああ。布袋、大丈夫か?」


対象は軽くうずくまったまま動かない。

プロテクターからのぞく肌のあざが痛々しい。


布袋「…お前の球を甘く見てたぜ…」

弓生「こんなことを言えるぐらいなら大丈夫だろう、と思ったほうがいい」

望月「…なんかお前性格悪くなってないか?」

布袋「大体…テメェは…見てるだけで…何かしやがれってんだ」


途切れ途切れの言葉ながらもしっかりと悪態をつくことは忘れない。

それもそうだ、ボロボロになってキャッチングの練習をする布袋の後ろで弓生はと言えば、文句を言い続けているだけだ。


弓生「しっかりとアドバイスしている、と思ったほうがいい」

布袋「そんなこと言うなら、テメェがやってみろ!」

弓生「…」


ふぅ、と息をはいてあきれる。


弓生「お前が言い始めたことだろう、と思ったほうがいい」


ぐ、と詰まる布袋。


弓生「…俺なら、三上を使うがな、望月」

ちらり、と望月のほうを見る。

望月の表情は硬くなっていた。

望月「…」

弓生「勝てる可能性に賭けるほうがメリットは大きいと、思ったほうがいい」

望月「いや…これ以上、あいつらが三上に何してくるか…」

弓生「…お前は投げる側だから言いたいことは言えるが、と思ったほうがいい」

そういって布袋のほうを見る。

弓生「受ける側は果たしてお前の球を受けることができる人間が果たして何人いるかな、と思ったほうがいい」

望月「…」

布袋「望月が三上を危ない目に合わせたくないっつってんだ、しゃーねーだろうがよ」

弓生「…いい性格だな、お前は、と思ったほうがいい」

布袋「どういう意味だ」


ふっ、と弓生は目を閉じて笑った。

弓生「…望月、これだけは言っておく。お前の球を完全に受けるのはまず、布袋には不可能だ、と思ったほうがいい」

望月「!」

弓生「天性のセンス云々抜きにしても、経験や練習量が絶対的に足りない。普通の投手ならまだしも、望月の投手としての格は一級クラスだ。一朝一夕はもってのほか、普通のキャッチャーですら変化球を投げられるかどうかは、怪しい、と思ったほうがいい」

布袋「だ、だけどよ」

弓生「根性でできることと、できないことがあるのはお前らも良くわかっている、と思っているだろう?…そういうことだ、と思ったほうがいい。望月、本当に二軍に勝ちたいのなら…三上を使うしかない」

望月「…」

弓生「勝てば…三上への危険性も薄まる…と思いたいな。100%とは言えないが」

望月「だけど」

弓生「よく考えろ望月。三上が元キャッチャーだと思った瞬間、奴らは俺達が勝つ可能性を全てつぶしてくる、と思った方がいい」

望月「俺達が三上と練習していれば、三上がつぶされる可能性が高くなるかもしれないだろ!」

弓生「…わからないな、何をそこまで恐れているんだ、と思ったほうがいい」


弓生にとって、唯一の疑問だった。

弓生だって、布袋だって、南雲だっていつ真田のように襲われたり、狙われたりする可能性はある。


望月「それは………」

弓生「…?」

布袋「望月、お前が三上と『一文字』を重ねてるのはわかるが…別に一文字は三上とは違う」

弓生「一文字?」

望月「…悪い、先に帰らせてもらうぜ」


スパイクについた土を軽く払うと、急に望月はきびすを返して言ってしまった。

あまりの態度の豹変に弓生は声をかけることはできなかった。

日が傾きかけたグラウンド残された弓生と布袋。


弓生「一文字とは、何者だ、と思ったほうがいい」

布袋「…望月が中学の頃組んでた、一つ下のキャッチャーだ。びっくりするぐらい三上に似てるよ」

弓生「それがどうした、思ったほうがいいか?」

布袋「アイツ。望月は暴投で一回一文字の選手生命をなくしかけたことがあったのさ」

弓生「…詳しく話してほしい、と思った方がいい」












布袋「俺達が中学生。―――シニアチーム、帝京ウォルブスに入っていた頃だ」











一つ下の学年に一文字っていうすごい才能を持ったキャッチャーが入ってきてな。

望月は当時、すでに超中学級の投手と呼ばれていた、だが如何せんその球を受けられるキャッチャーがいない。

俺たちは名前が有名でありながらも、どうしても上に上がってはいけなかった。

だが、その一文字が入ってきたことによって、俺達は一気に頂点に昇り詰めることになるだろう、と思われていた。



布袋「だが…事件がおきた」

弓生「事件?」

布袋「…そう。忘れもしない、二年生の夏の大会二回戦だ。望月が放ったワイルドピッチで、一文字は目を怪我しちまったのさ」

弓生「?どういうことだ?普通プロテクターがついているだろう、と思っていたほうがいい」

布袋「運が悪かったんだ。1/10000000の確立さ。…地面にバウンドした球が巻き上げた砂の中にガラスかなんかの破片が入ってたんだ。それが目に入っちまった」

弓生「…」

布袋「一文字はその傷が元で一時は失明も考えられたが、奇跡的に手術が成功してな。その場は難を逃れたが、一文字は一年間野球ができなくなった。望月もそれが元でしばらくストライクが投げれなくなる。」

弓生「ストライクが?と思ったほうがいい」

布袋「ワイルドピッチングを意識するあまりな。その後一文字は俺たちのチームを去っていった。…同時に望月もようやくストライクが入りだした」

弓生「…意外と繊細な奴なんだな、と思ったほうがいい」

布袋「投手なんて、案外そんなもんだと思うぜ。…まぁ、その一文字に似てる三上が植田に殴られてうずくまった瞬間、アイツの目には一文字と三上が重なって見えたんじゃないか?」

弓生「…いわゆる、『トラウマ』、か」




見送った景色の向こうはもう闇に包まれて何も見えなかった。













望月「…はっ、はっ」

宿舎に向けての道を走る。

グラウンドから寮までは結構な距離がある、朝はいつもランニングの練習だ。

望月「…大吾…」

ふっと、脳裏を丸みを帯びた優しげな顔がよぎった。

一文字大吾。

もうずっと気にもしてないつもりだった、だが心の裏側のどこかにまだそれがあるのかもしれない。

きっと、三上がこれ以上怪我することを恐れているのは…。



???「…望月」


と、寮の入り口で誰かが壁にもたれかかっていた。

その人物は確かに望月の名前を呼んだ。


望月「…?秋沢…先輩?」


六時をすぎ、照明がつくとその人物の顔が鮮明に照らされた。

短く刈り上げた髪に、理知的…というよりもインテリ風な顔に良く似合う分厚い眼鏡。

確か前に右目と左目の視力が極度に違うと聞いたことがあった。

そのグラスが光で反射して、その奥の瞳までは見れそうもなかった。

秋沢晴樹、二年生である。

一年時は特に目立った能力もなく、二軍での生活を余儀なくされた。

しかし、人一倍努力は怠らなかった人間であったので、同僚の信頼は厚かった。

望月も入ったばかりの時はよくこの人物に桐生院のノウハウを教えられ、世話になった記憶がある。

しかし…夏少し前からメキメキと実力を挙げ、急に一軍へと上がる。

その頃から口数も少なく、訳のわからない独り言も増えるようになり自然と彼の周りから人は減っていった。

伴って望月とも接する回数が減っていったわけだが…。


秋沢「久しぶり…に…なるのか?」

望月「え、あ、は、はい。そ、そうですね、ご無沙汰してます!」


深く腰を折って、お辞儀をする。

が、口調がどこかおかしいのはやはり明確だった。


秋沢「…二軍がぁ…そう…ええと…うん…試合…する、らしい…な?」

望月「は、はい」


嫌な予感がした。


秋沢「…堂島様に…逆らう…か……」











―――メキ。



望月「!?」

次の瞬間、足はすでに宙を浮いていた。

望月(!?な、な!?)

あまりにも突然なできごとで、対応ができなかった。

決して秋沢は身長は大きくない、ガタイがいいわけでもない。

でも今目の前の彼はものすごい怪力で望月を持ち上げていた。

うえ…だ…と…一緒…?


望月「か…はっ!?」

秋沢「…わからない、故…違う、望月じゃなかった…?誰?イナクナルノハダレ」

望月「な、何言って…」

秋沢「―――、―――!」

メキメキメキメキ!!

首にものすごい圧力がかかる!

望月「ぐああああああああああ!?」

ま、まずい!息が…できない!









秋沢「…ドウジマ様、は、どうして、お前らを始末、シナイ、のかワカラナイ。お前も、オレニナレば、楽だゾ、ドリョクいらない…才能を超えるサイノウ、天才をコエル天才になれル」











???「―――望月君っ!!!」


いきなり横から何かが飛び出してきた!

それは、目の前の秋沢をタックルで吹き飛ばした!

開放された望月は激しくむせたが、大丈夫、怪我はなさそうだ。






望月「…だ、大吾?」


薄くなった思考で、わずかに捕らえた背中は大きかった。

秋沢「…ぐ……はっ!…………」

うずくまる秋沢。

三上「望月君!大丈夫!?」

望月「三上…か」

秋沢「…まぁ、いい。どうせ、試合になれば、全て、終わる…」

ふらっと、立ち上がってその場を後にしようとする秋沢。

三上「ま、待て!!」

追いかけようとする三上の腕を引っ張った。

望月「いい、放っておけ。…あいつ等は人のいる前なら手をだしてこない…」




















三上「…何があったのか…教えてよ。おかしい、おかしいよ!何もかもが!このままじゃ…桐生院がなくなっちゃう!!!そんな気が…するんだ―――」










試合まで、後三日。




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