198夢の続き


























『ワアアアアァアアア!!』

『続いた!続く三番の吉川もライト前ヒット!!これでセカンドランナーの一番五島が帰ってパワフルズ二点ーー!なんと四者連続安打!上原、突然の乱調、どうしたのでしょうか!?』

『原さんがマウンドに行きますね、それにしても上原は、というよりもパワフルズのこの勢いは一体何のなのでしょう』



原巨人監督「どうした浩二、お前らしくない」

上原「す、すいません監督。…ただ」

原「ただ?」

村田「あいつ等昨日までのパワフルズとは違いますよ、あの吉光とかいうガキが打ってから目の色が変わってます」

原「…ふむ、若手に負けていられない意地、という奴か?」







原監督の見解は少々違っていた。


「これで二点目!も、もしかしていけるんじゃねぇの!?」

古葉「…可能性が、夢を産みましたね」


パワフルズはいつも酷評と戦っていた。

どうしても黄金期の選手達と比べられ、ファンからは野次が毎日のように飛ぶ。

勝っても勝っても、黄金期には並ぶことすら適わない。

いつからか選手達は、結果が返ってこないことに対して無気力になっていた。

そう、例えるならいくらテストで90点を取りつづけても「以前は全て100点だった」と叱られるようなものだ。

それらが重なり合い、パワフルズは実力がある選手がそろっているにもかかわらず腐っていった。

いつからかその負のオーラはゆがんで行き、勝てない試合は勝てないという、固定観念が見に染み付いてしまっていた。






だが、きっかけはいつも些細で、ひょんなことから始まる。

絶対に打てないだろう完全な仕上がりの今日の上原を、吉光という二軍上がりのドラフト六位が綺麗ではないといえど、完全試合を阻止したのだ。

最初は運だ、そう橋森は決め付けていた。

だが四者連続ヒットが続いても、それは運といえるだろうか?

…きっとそれも運といえる…が、そんなぶっとんだラッキーは橋森に「もしかして」を抱かせるには十分なものだった。


『四番、サード橋森』

今まで沈みきっていたパワフルズ応援団の声援がボルテージを増して行く。


『さぁ、この場面で一打出れば一点差。四番の橋森ですが…っ!?原監督なんと、ここで上原を降板させます!』

『防御率の関係もあるので、無理はさせないでしょう。日本シリーズも控えていますからね』


原(パワフルズには悪いが…今年ウチが優勝できたのはパワフルズに大勝させてもらったおかげ。少しでも調子づかせるわけにはいかない)

『ピッチャー、上原に代わりまして、岡島、背番号28』

「おおお!やっぱり岡島か!」

「原監督も容赦ねぇな!」



橋森は苦い表情を浮かべた。

まだ速球派の上原の方が断然マシだ。

橋森「…ちぃっ」

左の、しかも大きく縦に割れる岡島投手のカーブに橋森はめっぽう弱かった。

今季も五打席対戦して安打無し、向こうにとって橋森は安パイなのだ。




川澄「…橋森」




『おっと?ここで、パワフルズ川澄監督動きます。ここは…代打でしょうか?』

『普通はありえませんが…シーズン中盤、橋森も腰を痛めていますからね。相性の良さを考えるとそれもありえないとは言えません』


ベンチ前に、すっと立つ川澄。

すでに体には老いが見え始めていた、噂によると色々とわずらっているらしい。

橋森を呼び寄せて、遠くを見つめる。


川澄「橋森よ…今日の岡島は見てる限りじゃあまり調子はよくなさそうだ」

橋森「…気休めですか?」

川澄「阿呆が、俺がそんなことを言ったことがあるか?」

橋森「…いえ」

川澄「考えて見ろ、吉光が上原を打つ確率と。お前が岡島を打つ確率と、どっちが高いと思う」

橋森「それは」

川澄「何を気後れしとんだ、阿呆。今日のパワフルズはついてる。シーズン中の散々たる成績を見て、神様が最後に贈り物をしてくれたのかもしれん」

橋森「…」

川澄「お前ももう野球のことは骨の髄まで染みてるだろう、助言なんぞはいまさら無い。…が、気持ちで負けてるようでは何も始まらん」

橋森「負けていないですよ」

川澄「どうだか」


くっく、と川澄は老人独特の低い笑みをみせる、喉が少し揺れた。


川澄「さっき岡島のコールを聞いたとき、舌打ちしよったろ。無意識のうちに苦手意識ができとるんだ、岡島に」

橋森「う…」

川澄「大きく構えろ、橋森。そんな縮こまるような奴ではなかったろう、お前は。昔は斎藤だの槙原だの桑田だの北別府だの与田だの誰が出てきても自分のバッティングをしていたぞ」

川澄は目を閉じた。

川澄「過去の栄光は誇りである、と同時に鎖でもある。…しかし、鎖を千切るのもまた栄光だけだ。橋森、行ってこい、パワフルズの四番が誰かを思い知らせてやれ」


橋森はうつむいたまま、黙って、バッターボックスへと向かった。

足取りは来たときよりは少しだけ軽かった。







マウンド上では、村田と岡島がサインの確認を行っていた。

岡島の顔から余裕が見て取れた、得意のカーブはいつもより少しキレがないが、橋森相手ならそれでも十分だ。


村田「油断だけはするなよ、今日のパワフルズは何かが違う」

岡島「わかってますよ。…ま、軽くゲッツーで流れを止めてやるとしましょう」




『さぁ、岡島セットポジション。対する四番橋森、一発出れば一点差という場面です』

『まずはカーブから入ってくるでしょう、どこでストレートを投げるかがポイントになってくると思います』




橋森は大きく息をついた。

今日のパワフルズはついている。

もしそうだというなら、自分もついているはずだ。

おそらく岡島は初球、右打者の橋森の体に食い込んでくるようなカーブを投げてくるだろう。

いつもは橋森はそれにがたがたにフォームを崩し、内野ゴロの山を築いていた。

だが、それはボールに当てに行こうという意識が強かったため。

今の橋森の考えは違っていた。


橋森(ついてるってんだろ?どうせなら、思いきりふってやろうじゃねぇか)


万に一つ、当たれば幸いだ。

いつものように内野ゴロになるよりは、ツキにかけた方がマシだ。





岡島「…しゅっ!」


『岡島!第一球!!』




――カーブ。





























キィンッ!!!




橋森「―――嘘…だろ」





『ドォオオオオオオオオオオオオ!!!』

歓声が、怒涛に変わった。

『な、なんと!なんとなんと橋森一点差に迫るスリーランホームラン!!!!まさか、苦手の岡島の、それもカーブを完璧に捉えた140M弾だぁーー!!』


呆然だった。

いつものように岡島のカーブは大きな軌道を描いて、胸元に食い込んできた。

なのに普通にフルスイングしてどうして、ジャストミートするんだ。

ファーストベースを駆けながら、橋森の背中には冷たいものが走った。


橋森(ついてる所じゃねぇ…こりゃあ、奇跡だ)



いや、奇跡ではなかった。

吉光のヒットが「もしかして」を生んだ。

あくまでも、その夢の続きなのだ。

















そして。

『な、なんとパワフルズ勝ち越し!!岡島に代わった三沢から、六番の福屋にも一発が飛び出しましたーー!!ビッグイニング!この回パワフルズなんと八点目!!試合をひっくり返しました!!』

『いやー、驚きですね!!』



橋森「どうなってんだよ、これは…」

ガチャリ、とドアが開いてベンチに室伏が戻ってきた。


室伏「始まる前に諦めていただけです。1%に賭ける勇気があれば、可能性は跳ね上がる」

橋森「室伏…」

室伏「川澄監督、リリーフお願いします」

川澄「ふん、監督に命令とはたいした度胸だ…」








バックネット裏の県も、まるで夢でも見ているような心地だった。

お祭り騒ぎの観客達のなかで、ぼそりと呟く。

県「ぎゃ、逆転…しちゃいました…よ?」

ミッキー「Wao!!! It's miracle!!!!! beutiful!!!!」


ミッキーはというと、すでに自らも熱狂的に飛び跳ねていた。

当然だ、六点差挽回の試合なんてめったにお目にかかれない。


県「圧倒的な力を持ったエースの上原投手に臆せず…そこから奇跡が起きた…」


将星は。

桐生院戦の時、誰も一言も言わなかったが、五点差がついた時点で皆自然と諦めていた。

1%に賭ける前に、立ち上がる気力すら失っていた。


県「…僕に足りなかったもの…」









『ゲームセット!!なんと七回から登板はパワフルズのエース室伏!!パーフェクトピッチングで巨人の追撃すら生みませんでした!8対6!圧巻パワフルズ!』

『ヒーローインタビューは、一点差に迫るホームランを打った橋森選手と、逆転ツーランの福屋選手に来てもらいました!!おめでとうございます!!』

すでに黒くなった夜空に、証明が白くぼやけていた。

半分浮いているような状態で、橋森はインタビューに対して答えた。


橋森「今日のヒーローは吉光です。あの上原投手からのヒットで何もかもが変わりました。1%に賭けることで、99%の失敗を恐れない勇気が生まれました」






1%に賭ける勇気。

そして99%を恐れない勇気。

県の顔つきが、そして目が、変わった。













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