198sliding door


























神野「久しぶりだな南雲」

やたらにガタイがいい、髪が後に向かって逆立っている男がゆっくりと近寄ってきた。


藤堂「…」

神野「威武に藤堂に南雲か、また珍しい取り合わせもあったもんだ」


屋上の三人を見て、神野はまずは苦笑をもらした。


灰谷「ま、もっとも二年は元々仲が悪かったみたいだが」

藤堂「もう関係ない貴方達が今更何の用ですか」

神野「相変わらず礼儀を知らない奴だな、藤堂」


バチバチ、と火花が散る。

元々堂島と違って藤堂はあまり三年とは仲が良くなかった。

それでも当時は藤堂は堂島に誰よりも取り入っていたので、副主将になっただけだ。


灰谷「なんだかもめてるらしいな、南雲。二軍が廃部とかどうのとか」

南雲「…はい、堂島が実力がないもんはいらんと、全員消そうとしちょるんぜよ」

神野「ちらっと噂には聞いたが…まさか本当だとはな、堂島の奴め一体どういうつもりだ…?」

藤堂「それにしても今更先輩方がなんですか?あなた方は堂島に対して友好的だったはずだが…?」



神野は灰谷の方を向いた。

灰谷「…実際問題、俺達がいなくなってからの堂島が変だっていうのは、ちょくちょく練習を見にいってる大和から聞いてた。それでいざ実際に二年の奴に現状を聞いたら、二軍がなくなるだの、南雲達が堂島ともめてるだの」

神野「それで霧島如きに負けるなんて…これはどうも話がおかしいな、と思ってな。望月も弓生も布袋も試合には出てなかったみたいだが」

藤堂が鼻を鳴らした。


藤堂「ふん、結局は桐生院のネームバリューが汚れるのを心配してるだけですか」

灰谷「相変わらず嫌な野郎だなおい」

神野「まぁ、それもあるな。築きあげた名門桐生院の伝統を汚されるような弱さを持ったチームでもない…堂島が何かを考えてるとかしか俺にはどうも思えなくてな」

灰谷「それに、お前らも今二軍なんだろ?後もう少ししたらやめさせられる…何か考えてるんだろ?お前らのことだから」

威武「俺たち、堂島と、試合、する。勝つ」

藤堂「お前は黙ってろ!」

神野「心配するな、別に堂島にチクるとかそういうつもりは毛頭ない」

南雲「…では、一体どうしてわし達の所に…?」


神野はぽりぽりと頭をかいた。


神野「…なんというか不安になってな」

南雲「不安?」

灰谷「何つーか、元々桐生院は厳しい野球部だけどよ、そうじゃなくて、今の野球部にはなんつーか…そう、アレだよ。「不気味」さ…がしっくりくるかな」

藤堂「不気味さ…?」


疑問系にしてみたものの、藤堂も南雲もその感覚は瞬時に理解した。

言葉で表せないが、納得そして理解は出来る、その雰囲気。



灰谷「なんか、でかい、とんでもない恐ろしい『バケモン』…見たこともない恐怖…」

神野「今の堂島が…いや『堂島がしようとしている何か』が、そんな感じ…。悪いな上手く説明できなくてよ」

灰谷「二軍潰す、ってことは、今堂島に唯一反抗してるお前らがいなくなるってことだろ?…そうなったら、どうなるか、なんか考えたら俺も神野も怖くなってよ」

神野「…なるべくなら、穏便にことをすましたいと思って、お前らに会いに来た訳だ」

南雲「穏便に…ぜよか?」

灰谷「大和を交えて監督とも話をした、今のままの野球部じゃ勝てないってこともな。俺達でできることなら…と言ってもそんなことないかもしれないけどよ、なんかあったら、さ」

神野「黙って見ていられない焦燥感が、あるんだ」


屋上の風が五人の間を吹きぬける。

いつの間にか、空の太陽は雲に隠れてしまっていた。


南雲「…先輩、今わしらは一軍に勝負を挑もうと思うちょるぜよ…。もし二軍のわしらが一軍に勝てば…二軍を強制になくす『弱者はいらない』という理論が真っ向から反対することに、なる―――」


南雲は、現状をゆっくりと話し始めた。
















ガツンッ。

鈍い音の後に鈍い痛みが、徐々に体の表面に浮かんでくる。


布袋「〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

弓生「悲鳴にならない痛み…ある意味拷問、と思った方がいい」

布袋「だっ…黙れ傍観者…痛たた…」


思わずうずくまる、見るとすでに先ほどの痛みがそっくりそのまま肘に痣として浮かび上がっていた。


望月「お、おい大丈夫か布袋?」

布袋「大丈夫なように見えるんならテメェの目は節穴だ」


思わず悪態をつく、プロテクターの向こうの口。

捕手用防護服に身を包んだ布袋は、痛みにうずくまっていた。


弓生「スライダーでこれじゃ、フォークは受けれない、と思った方がいい」

布袋「ひ、他人事みたいに言いやがって!お前もうちょっと悲壮感出して言えよそのセリフをよ!」

弓生「言い方が違っても結果は変わらない…と思った方がいい」

布袋「気持ちの問題だ!…ちっくしょ、望月!もう一回投げて見やがれ」

望月「お、おいおい一朝一夕でできるもんでもないし、もう明日にした方が…」


キャッチャーミットとユニフォームの隙間の肌色がほぼ肌色でなくなってきているのを見て軽く望月は顔を青くした。

だが布袋はバシッと勢い良くミットを叩いた。


布袋「うるせぇ、投げてこい!」

望月「だ、だがよ…」

弓生「先輩達はまだ練習に来ない…何かあったのか、と思った方がいい」

布袋「そういえば…」








「な、なぁお前ら」


と、予期しない声望月達が練習しているブルペン用マウンドの後の方から聞こえてきた。

振り向くと金網越しに、何人かがこちらを見ている。

それは…二軍の部員達ほぼ全員だった。


布袋「ん、んん!?な、なんだ大勢で」

弓生「…何の用だ、今日はブルペンは望月が使える番のはずだぞ、と思った方がいい」

「あ、あのさ…今から、ど、堂島先輩に謝りに行かないか?」


…一瞬、何を言われたのかわからなくて、布袋は目を丸くした。

布袋「…は?」

弓生「お前たち…どういうつもりだ、と思った方がいい」

「な、なんていうかさ、その…流石の堂島さんでも鬼じゃないだろ?」

「そ、そうある意味さ、今回の二軍退部って責任は…お前らにあると思うんだ」

無責任な言葉を、我も我もとなげかける。

布袋と弓生は呆然となった。

「だ、だからさお前らさえ謝ってくれたら、多分俺達辞めずにすむと思うんだけど…」

「俺達だって二軍だけどさ…その、野球は辞めたくないしさ」


間違った、弱さだ。

でも、弓生は仕方ないと思った。

よっぽど自分に自信がない限り、強者に従うしか生き残る道はない。


「な、頼むよ、南雲達にも話せばわかてもらえると思うんだ」

「お前らのワガママで辞めさせられたくないんだよ、こっちはよ…。な?長いものには」













???「―――巻かれろ、って言うけどね、確かに」




他を寄せ付けない。

圧倒的な威圧感。

そして強さと大きさと偉大さを讃えた黒い瞳。

黒い牙と白い翼を持つ男がそこにはいた。


「やっ……」

「や、大和先輩だっ!!!」



全員が、その場に直立不動になる。

明らかに一般人とは違うオーラを放っている…選ばれた者。

たとえユニフォームでなくともその存在は圧倒的に大きかった。



大和「…久しぶり、だね。布袋君、弓生君」

布袋「う…」

弓生「…お久しぶりです」

思わず二人も雰囲気におされて頭を下げる。

何がどうのこうのじゃなくて、神々しさのようなものが大和からあふれ出ている。

にこりと笑って、二の句を告げた。


大和「望月君はいるかな?」

望月「お、お久しぶりですっ!」


すぐにマウンドを降りて大和に駆け寄ってくる望月。

堂島にないカリスマ性だ。

本当のカリスマとはこれをいうのだろう、そう感じた、それほど大和から放たれる雰囲気は圧倒的だった。


大和「少し…話があるんだ。監督も交えて」

望月「…話?」

























監督室にはすでに先ほど屋上に居た五人がそろっていた。

望月「…あ、あれ?神野先輩、灰谷先輩?!それに宗先輩、南雲先輩も…?」

そこにはかつて…いや今年の夏に甲子園に出場した桐生院の三年生のレギュラーメンバーがほとんど揃っていた。

灰谷「おう望月、久しぶりだな、ちっとでかくなったか?」

宗「灰谷、今はそういう話じゃないだろう?」

神野「…事情は南雲から聞いた。そして…監督も…『見た』んだ」

布袋「…?」

弓生「見た?」


三人の顔が一斉に奥の監督席にむく。

気のせいか、座っている笠原監督の顔が少し青かった。


笠原「…俺はとんでもない奴を桐生院の頂点に立ててしまったのかも、しれない…」

宗「…監督落ち着いてください」

大和「落ち着いて、そして全てを語ってください。藤堂に、南雲に、望月に」



そして、口を開く。






笠原「夜…に。誰もいない夜に…堂島と、怪物二匹が立っていたんだ―――」
















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