197being


























桐生院野球部寮、201号室、室長南雲要。

午後、8:30入浴後。

きゅっ、と赤いラインがひかれる。

南雲、藤堂、望月、威武、布袋、弓生。

確定の6人、そして未確定だが上杉、妻夫木。

弓生は大きく息をついた。


弓生「合わせて、八人。そう思った方がいい」

南雲「…」


そう。

野球をする最低条件に一人足りない。

藤堂「八人でもできないことはない…が」

南雲「捕手が、いないぜよ」


そう、偶然か因縁かポジションは八つばらけているが、ただキャッチャーだけがいない。

藤堂は口元に手をもっていって、咳払いをひとつした。


藤堂「…ブルペン捕手は」

弓生が首を振ると、藤堂の顔に不機嫌さがともった。

望月「…いや、でも可能性がないわけじゃないんだ」


そう、元キャッチャーのアイツなら。

皆が望月の方を見る。

望月「でも…」


望月の脳裏に殴られた『三上』の顔が浮かんだ。

自分のせいだった。

自分のせいで、関係なかったはずの三上の鼻は砕かれた。

鼻骨粉砕骨折、もちろん表面上は練習中の事故ということに堂島が上手く丸めている。

…訴えようと思っても、三上自身「自分のせいで迷惑かけたくないから黙っててくれ」と望月を止めたので、結局その場はおさまってしまった。

確かにあの事件が表様になれば堂島たちは…少なくとも植田は退部になる可能性はあるが、それ以前に俺達も次の試合出場が危ぶまれる。

それに本人に訴える気が無いんだ、どうしようもなかった。

上杉と話すためだけに話しかけただけなのに、三上の鼻はぐちゃぐちゃだ。

今は病院に運ばれて手当てを受けている…。

ひどかった。

あの後、ふいてもふいても鼻血はとまらず、痛みの感覚で本人は失神寸前だった。



望月「…これ以上、俺らの戦いに一般人を巻き込めない」

藤堂「なんだと…?」

藤堂が立ち上がる。

藤堂「甘いな望月。誰だそれは、教えろ」

望月「駄目です…!それにあのケガじゃまともに野球なんかできやしない!」

布袋「望月…」

藤堂「…ちっ」

脅しても無駄だとわかったのか、藤堂は部屋を出て行った。

南雲「…なだめてくるぜよ」

南雲もそれを追いかけていく。

残された空間には、気まずさだけが残っていた。


布袋「お前の気持ちもわかるが望月…このままじゃ、俺達のやってたことは全部無駄になるぞ」

望月「…そうだとしても…三上の鼻はもう同じ形にはならないんだぞ」

弓生「…」

望月「堂島は許せない…だが、もう関係ない奴まで被害をあわせたくない。これ以上三上を誘ったんなら…辞めさせられるならまだしも…もっとひどい怪我を負わされたら…。駄目だ。…上杉も誘うのはやめておこう。俺達七人でも野球ができないことはないんだ」

…。

固い決意だった。

言い出したら聞かない人間である、典型的な投手型人間だ。

それを中学からの同級生布袋は良くわかっていた。

布袋「…仕方ない、俺がやるよ。キャッチャー」

弓生「なんだと?!と思った方がいいか?」

布袋「どういう日本語だそりゃ」

望月「…ほ、本気か布袋!?」

布袋「他に誰ができんだよ。俺は一番近くお前のピッチングを見てきたんだ、まだ俺が一番マシだろ。やるとしたら」

望月「…布袋」

布袋「まぁ、苦し紛れだがな。やらない訳にはいかないだろ」

弓生「後は五日…その間に捕れるのか、と思った方がいい。望月は…桐生院でもトップクラスの球速と変化球の持ち主だぞ」

望月「…」

布袋はあきれた。

布袋「やるかやらねーかなら、やるしかないって言ってるだろしつこいな。…明日から投球練習は俺がつきあうぜ望月」

望月「布袋」

布袋「何しけた顔してんだ、まだ始まってもないんだぜ…監督の交渉は南雲先輩達に任せて、俺達はやるべきことをやるしかない」









後四日。

一年生、望月の教室、二時間目休み時間。

望月「どうだった?」

望月に話しかけられた弓生は口を開いた。

弓生「まずは心配ない、と思ったほうがいい。極力上杉にも俺達と関わらないようにしている。それでも俺達に協力してくれるなら、試合当日に来てくれ。とは言ったが…。どうやら植田も三上と望月しか見ていなかったようだしな…と思った方がいい」

と、開いていた望月の前の席に腰掛ける。

布袋「お前は毎回どこからその情報を仕入れてんだ」

弓生「…じーっと見ていればわかる、と思った方がいい」

相変わらず変わった奴だ、布袋は顔をしかめた。

弓生「とにかくこれ以上人間を集めるのはやめた方がいい、下手に動くと俺達の行動自体が止められる可能性がある、と思ったほうがいい」

布袋「最低、六人で戦う覚悟をしなきゃ、ってことか」

望月「心配すんな、俺が全員三振にとればいい話だからな」

親指を立てた同時にチャイムがなる。

先生『ほらー、席に着けーー」

慌てて自分の机に戻る弓生と布袋。



弓生(…初心者の布袋が望月の本気の変化球をまず捕れるとは思えない…スライダーもシュートもフォークも威力は強い…堂島ですら受けれないことがあったぐらいだ。…そうなると、ストレート勝負…はたして桐生院の選手をストレートだけで抑えられるのか…)

桐生院を相手として捉えて考える、などとは夢にも思わなかった。

頭はあまり良くない望月と布袋だ、自分がサインを送った方がいいな、と弓生は早くも授業を無視して思考に没頭した。









放課後の教室。

布袋「やっぱり、三上は欠席してんのかな?…ってうおあ!なんだ弓生そのルーズリーフはよ!」

弓生の机の上にはびっしりと書き込まれたルーズリーフが所狭しと並べられていた。

弓生「捕れても、リードができればどうしよもうないだろう。…前一度、将星とかいう高校と当たったことがあったな、と思った方がいい。その時の捕手が素晴らしいリードをしていたので、それを思い出しながら投球方法をまとめてみた、もちろん俺は捕手じゃないから、正確ではない、と思った方がいいが」

布袋「ほぉ…一番打者は…柿沢先輩、高目が弱い。っておい、なんで知ってるんだ?」

弓生「じーっと見てればわかる、と思った方がいい」

布袋「また、それか。おい」

弓生「それより望月は…?」

布袋「爆睡してるよ。アイツは授業を体力回復の場にしかしてないような野郎だ」

弓生「…起こして練習にいくぞ、時間が無駄だ、と思った方がいい」

望月「もう起きてるわい」

思わないところから声が聞こえたため、びくっと布袋は震えた。

布袋「お、お前起きてたのかよっ!?」

望月「今さっきなー」

んー、と大きく伸びをして首を鳴らす。

すでに帰り支度も整えていて、行く準備は万端だ。

布袋「野球少年だなぁ」

望月「てめーもだろうが。いいから早く行こうぜ、時間は無いんだ」


先んじてガラリ、と教室のドアを開けると眼前に誰かがいた。

それは望月からすれば想定外の人物であった。


望月「…!」

三上「も、望月君」


そこには鼻の表面を包帯やらガーゼやらでぐるぐる巻きにしたぽっちゃり少年がいた。

三上だ。

その顔面は痛痛しいものとなっていた。


三上「き、昨日は…その、迷惑かけちゃってさ」



















望月「自分の身が大切なら、もう俺に話しかけんな」





三上「―――え?」

二の句を返す暇も無く、もう望月の姿は階段の方へと向かっていた。

…彼なりに考えた結果だった、極力三上とは関わらないほうがいい。

そうすれば、堂島に何もされずにすむだろう。


布袋「待てっての望月!速ぇって…ん?三上?」

三上「あ、布袋君…」

布袋「…望月の奴、なんか言ったのか?」

三上「俺に話しかけるな、って…」

布袋「だろうな、お前は選手でもなんでもないただのマネージャーだ。それを巻き込んじまった望月は自分に責任を感じてんだろうよ」

三上「そ、そんな、別に気にしなくてもいいのに」

布袋は目を丸くした。

布袋「…鼻折られて気にしなくていい…って、変わった奴だなお前も」

三上「あ、いや、その〜…」


布袋は三上の肩に手を置いた。

布袋「…お前は何も知らなくていいから」

三上「へ?」

弓生「…本当にそれでいいのか布袋」

布袋「俺は望月のダチ、だから。それを優先させる。じゃ俺もいくぜ弓生。お前も日直の仕事終わらせて早く来いよ」


布袋も駆け足で階下の望月を追いかけていった。


三上「…?一体、どういうことなんだ?」

弓生「…今野球部は複雑なことになってる、と思った方がいい。もし、もしお前が…その鼻の痛みをやり返したいのなら…」


そこまで入って弓生は三上に耳を寄せる仕草をした。

そのまま小声で話す。


三上「上杉…君?」

弓生「事情をきいて、それでも俺達に力を貸してくれるのなら…待っている、と思った方がいい。もちろんこのまま知らないままでも、俺は一向に構わない、と思った方がいい」


それだけ言うと弓生は黒板を消しに教室に戻っていった。

三上「前々から部内の雰囲気がおかしいのは気づいてたけど、どうなってるんだ…?」

残された三上は、首を捻るしかなかった。

所詮一般部員から見れば、南雲も望月も一グループとしてまとめられているようにしか見えないのだ。

なぜなら堂島は、ばれないように、彼らを少しづつ隔離しているから…。












場所は変わって桐生院高校二年塔。

巨漢と細身、そして目つきの鋭い男が屋上のドアの前にそびえ立つ。

南雲「んー、風が気持ちいいのぉ」

東から吹いてくる風に大きく体を伸ばす南雲、少し震えると大きく息を吐く。

藤堂「…六人で戦う、か。まぁ構わんがな、元々実力のない奴をいれても邪魔になるだけだ」

威武「俺、どうなっても、野球する、勝つ」

藤堂「心意気だけは立派だな」

南雲「どうするぜよ藤堂、妻夫木も言っていたが…大前提として監督を納得させないと駄目ぜよ」

強制退部まで後四日、それまで手をこまねいていたのは、昨日、一昨日と監督が学校を出払っていたからである。

笠原監督は今日の部活には出るという、ドラフトでも注目されている大和を見に来るスカウトを応対するために、だ。

南雲「あんまり余裕はないの、監督は人気者じゃきに」

藤堂「指導力以外はあまり褒められた者じゃないがな」

威武「…どうする、話、するのか」

藤堂「現状を説明した上で、手短に話さなければならない。しかし、そのことで俺達とかけあってくれるかどうか…」



その時、屋上のドアが開いた。




???「おー、いたいた。頑張ってるか南雲」

???「今大変らしいが、受験で力になってやれなくて悪かったな」




屈強な男が二人。

見覚えがあった。






南雲「神野先輩、灰谷先輩!?」











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