195必要なものは知恵と鍛錬と覚悟
























ミッキー「瞬発力とブレーキ?」

吉光「そう、最短距離速くを走るだけなら誰でもできる。…だが盗塁はともかく、ベースは四つ、カーブは三つ。ベースランは三回自分をの方向を曲げなければならない」


ずず、っとスパイクで土のグラウンドに四角を描く。


吉光「ミッキー、少し離れたところから、この四角をベースを見たてて曲がってみろ」

ミッキー「…?」

吉光「ちなみに、タイムも一応測ってみるからな」


吉光がポケットからストップウォッチを取り出す間に、四角から20Mぐらい離れたところまで歩いて行った。

そしてベースから九十度曲がったところの5M先のところに、これまた、吉光はスパイクで線を引いた。


吉光「よしミッキー、今いるところにラインを引いてから走って来い」

ミッキー「わ、わかったヨ!」


ガリガリと地面に線を引いて、からスタートの姿勢にもっていく。


吉光「よーい、ドン」


ドンッ!

ガッ、ガッと地面を蹴ると同時に体は加速していく。

四角に差し掛かり、ミッキーは定石通り塁の端を踏んで、体の方向を代え、九十度の方向に向ける。

そして吉光が引いたラインを通過すると同時に勢い良く吉光はタイムを止めた。


吉光「おう、いいぞミッキー」

ミッキー「あ、うん」

吉光「サンシロー君、今の見て何か感じたか?」

県「…え?」


いや、ベースの内側を踏んでなるべく小さく回って駆けぬけた、ミッキーの走りはベースランの常識とも言えるコースをたどったはず。


県「…うーん…」

吉光「ミッキー、お前はわかるか?」

ミッキー「な、何がネ?」


吉光はくっく、とうつむきながら笑った。


吉光「確かにミッキーの走り方は正解だよ。少年野球なら100点だ」

県「え?」

吉光「だが…それはアマチュアの話。プロはどこまでも追及しなきゃならねぇ。ミッキーがさらに速く走ろうと願うなら、ゴールのないレースに挑戦しなけりゃならなくなるぜ」

ミッキー「ゴールのない、レース…」


いくら走っても、どれだけ走っても、速さにゴールはない。

自分の限界を感じてもそれでもアスリートは常に挑戦しつづけなければならない。


ミッキー「…それでも、ボクもアキラのように走りたいネ」

県「ミッキー…」


固い決意の目の光だった。

それを見て吉光は笑みを浮かべた。


吉光「お前ならそう言うと思ったぜ。…じゃあ、俺が今わかってることを教えてやる」

ミッキー「うん!」

吉光「よし、いいか、まずは。車のレースを想像してみろ。ドライバーがもしブレーキ効かさずにカーブに突っ込んだらどうなるとおもう?」


県の脳内にかつて深夜やっていたカーレースの悲惨なコースオーバー事故がよぎった。


県「事故…になりますよね?」

吉光「ま、当然だ、わかるなミッキー?」

ミッキー「う、うん」

吉光「だからドライバーはスピードを落とさなければならないんだ」

ミッキー「スピードを落とす?!そ、そんなことしたら余計に遅くなるんじゃ…」


確かに普通に考えれば、スピードを落として曲がれば曲がる距離は少なくなる。

しかしミッキーほどのスピードとベースランの上手さがあれば、最高速で少々コースをオーバーしてもスピードを落とすよりも遥かに速い。

さらに一般的に言えば一度落ちたスピードを上げるには、さらにエネルギーを必要とする。

速さを追求する世界では0.00001秒の加速の差が1mの距離を生む。


吉光「そうだな、でもTryingってのは大事でな。なんでもやってみなけりゃわからないもんだ」

ミッキー「…?」

吉光「いいか?ミッキーのタイムは『7.54』だ」


そう言うと、吉光はミッキーにストップウォッチを渡して、先ほどのミッキーがスタートした位置まで歩いていった。

吉光「同じ距離を走ってみる、ミッキータイマー頼むわ」

ミッキー「わ、わかったネ。……Ready......GO!!!!!」


ダンッ!

一歩目を力強く踏み出して、吉光はグラウンドを吹きぬける。


県(は、速い!!…けど、ミッキーとそんなにスピードは変わらないように見えますけど…」


確かに短距離のトップスピードはミッキーと…いやもしかしたら県自身と同じかもしれない。

しかし『何か違和感』があった、確実にさっきのミッキーよりも速く見える気がする。

そしてベースに近づくにつれ、言っていた通りに徐々に前傾姿勢が起きてきて、スピードが落ちる。


県(うん、確かにミッキーよりも走る距離は少なく見える…けど、やっぱりスピードが落ちている分遅いんじゃ…)


ベースの内側を踏んで体の向きを変える。

それは理想といわれる、ベースの外側から大きく回る曲線を描く走行ラインとはことなり…形容するとまるでロールプレイングゲームの主人公が九十度に体を曲げて走り出す様子を大人しくしたような。


県「!!」

ミッキー「!」


二人の目が大きく開いたのは吉光がベースを踏んだ次の三歩だった。



一歩目で完全に体の向きを次の目標に向けて固定。

二歩目で加速を増す。

三歩目ですでにトップスピードに持っていく!


カチンッ!!

ラインを通過した瞬間にミッキーはタイムを止めた。

それを県が覗きこむ。


県「…ろ、6.04…」

ミッキー「Oh....my god....!」

吉光「どうだ?結果が出るとわかりやすいだろ」

ミッキー「アキラ、何をしたネ!」

吉光「何もしてねぇぜ、これが一瞬の瞬発力となだらかなブレーキだ」

県「瞬発力…!」

吉光「普通は非常識の走り方を、加速度を極限まで高めることによって常識に変える…。案外発明と似たようなもんだ。ありえないことをありえないと決め付けた瞬間に道は閉ざされるぜ」

ミッキー「アキラは…アキラはあの最後の試合ですでにその走り方に気づいたのカ?」

吉光「気づいた…ってか思い出しただけだ」

ミッキー「思い出した…?」



吉光「俺の爺さんの走り方が今の俺の走り方で…あの覚悟を決めた瞬間に、それが脳裏をよぎったんだ」




ミッキー「…ヨシミツカケルの走り方…」

県「…」

吉光「ただ、お前等に覚えといて欲しいのは、これはあくまでも俺の走り方だ。人はそれぞれ、自分にあった走り方を探すのが一番ベストだ。普通の奴が俺の走り方するよりも、ミッキーの走り方の方が多分速く走れるだろう」

ミッキー「自分にあった走り方…」

吉光「そうだな、悪いな。でもさっきも言ったろ、このレースにゴールはねぇんだ。速さに答えは無ぇ」



その言葉は今まで聞いたどの言葉よりも説得力があった。



吉光「俺のレクチャーは一例であり、アドバイスにすぎねぇ。お前の道はお前で見つけろ、ミッキー」

ミッキー「…イエス」

吉光「っと、そろそろ時間も潮時だ、レクチャーも終わりだな。川澄監督がこねぇ内に退散してくれ」

県「は、はい、わかりました」

ミッキー「…」

県「み、ミッキー行きましょう!」



ミッキーは何かを考えているのか、下を向いたまま黙っていた。



吉光「あ、そうだ、お前等にこれやるよ」


差し出されたのは二枚のチケットだった。


県「これは…?」

吉光「今日の試合だ、暇なら見ていきな。と言っても消化試合だがな」

ミッキー「…」

吉光「ミッキー、もっとたくさん世界を見ろ。そして練習して、考えるんだ」

県「あ、あの吉光さん…」

吉光「あん?」

県「…僕はミッキーや吉光さんみたいに、スタートを切る勇気すらも、無いんです…」




ふむ、と吉光は大きく息をついた。




吉光「俺の爺さんは日本のプロ野球ですげぇ足が速かった選手だった。その爺さんが残した言葉に『走ることに必要なのは、知恵と鍛錬と覚悟』って言葉がある」

県「知恵と、鍛錬と、覚悟…」

吉光「サンシロー君。人間はな、覚悟を決めた瞬間になんでもできるんだ」


吉光は笑っていた。

吉光「俺がスタートを切ると覚悟を決めた試合。その試合で俺は走れなかったら、野球をやめるつもりだった」

ミッキー「…!」

吉光「走ると決めたら、もう何も考えず足を動かせ。走り方は体に身についてるはずだ」



県は大きく頭を下げた。















夕暮れ、太陽が沈みかけ空の赤が青に変わる頃、球場に証明が灯されて、巨人‐頑張の試合が始まった。

県とミッキーはキャッチャーのすぐ後ろ、バックネット裏の席にてその試合を観戦していた。

今まで見たことの無い迫力に県はワンプレイごとに、鼓動がはねていた。

しかしミッキーはと言えば、先ほどからずっとだんまりを決め込んでいた。

答えがないことが、そんなにショックだったのだろうか。


ミッキー「答えは、自分で見つけろ…カ」






『八番、セカンド吉光、背番号28』



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