195堂島軍行動開始。
彼の部屋は異常だった。
寮内の他の部員達の部屋とは明らかに異質なものだった。
堂島「…」
その部屋は彼一人で占領していた、つまりわかりやすく言えば堂島専用の部長室のようなものだ。
普通そのようなことは許されてはいないが、現在の状況では堂島のどのような専横も許されてしまう。
まるでそこは映画に出てくるような科学者の自室のようだった、真っ暗な部屋の中にパソコンの灯りだけが不気味に灯る。
コンクリートが剥き出しになっている、寮内の部屋とは思えない様相だ、おそらく、地上では無いだろう。
その部屋は寮の地下室のボイラー室を改造したものだった。
低音と、キーボードを叩く音だけがあたりに響く。
カタカタカタ…カチ。
堂島「植田にああは言ったものの…この前の敗戦は少し予想外だったな」
画面上には『霧島』の字、そして並ぶ数字の羅列、データ票だ。
この前の霧島との戦いに敗れたこと…予想の範囲外ではあったが、可能性としては少ないはずのものだった。
考えたくはなかったが、それほど南雲、真田、そして一年の三人の実力があまりにも大きかったと言う事だ。
それを抜かせば、桐生院と言えども霧島に負けるということ…考えたくは無いが、それほど桐生院は弱く…そして。
堂島「霧島は…強い」
夏前には歯牙にもかけなかったチームだったが、数値を見ると非常に安定している。
打撃陣でも一年生の台頭、そして元々素晴らしかった投手陣は緒伍貫のケガからの復帰で甲子園クラスだ。
決して二人とも速球派ではないが…決勝までの防御率0.00は賞賛に値するだろう、もっともそれを可能にするのは守備のエラー回数が大会最小なのも含めるが…。
堂島「不愉快だな…」
それはいい、どのような過程にしろ次の県大会で優勝をもぎとればいい。
堂島「結果…甲子園が全てだ、実力を見せれば組織も私を認めるだろう」
そうなれば…全ては思い通りに動く。
全ては、アレのためなのだ。
パソコンの画面に、メールが届いた事を知らせるメッセージが出る。
『差出人…KAMITAKA RIN』
堂島「プロジェクトK…プロペラなぞ、踏み台にすぎん」
コン、コン。
乾いた音が、二回叩かれた。
植田「no.354です」
堂島「…植田か、入れ」
すっと、ドアを開けて前髪の長い男が入ってきた。
堂島はパソコンを向いたまま応じる。
植田「いかがですか」
堂島「まだ想定内だ、当然全員を県大会に向けて調整するようにしてある。変に気合を入れて前座で消耗されても困るからな。植田、お前も県大会に向けて調整を始めろ。桐生院はたいしとことない、と思わせた奴を見返してやれ」
植田「はい、私は…いいのですが…」
パソコンの灯りに照らされた植田の顔が少し歪む。
その表情に堂島は顔をしかめた、目線だけを後方の植田に向ける。
堂島「…南雲か」
植田「はい、望月ともども不穏な行動が目立ちます」
堂島は大きく息をついた。
堂島「放っておけ、あれだけの少数では何もできん。実力はいいから、と自分を出すからこういうことになる。それを思い知らせなければならない…それに、いずれ『D』が完全に使えるようになれば、奴らなんぞ必要無い」
植田「…自分が目覚めるのはいつごろでしょうか」
堂島「人によってまちまちだ、肩の調子はどうだ?」
植田は長袖ジャージの袖をめくる、下に黒いあざのようなものが少し見えた。
植田「…いやにすっきりしています。感覚がないというか…麻酔をうたれたような」
堂島「ふむ…『秋沢』といい、もう少しかかるようだな。まぁ当然甲子園までには間に合わせるが」
植田「はい」
堂島「安心しろ…Dが目覚めれば決して負けることはない…普通の高校生には、な」
ニヤリ、と堂島は笑った。
パソコン画面には相変わらずメールボックスがあり、項目は「Dの経過と報告」とあった。
植田「南雲はいかがしますか」
堂島「後一週間足らずの命だ、やめさせてしまえば何もできまい」
植田「…嫌な予感がするのですが」
堂島「集めても八人だ、勝負にすらならん。最低の人数ですら満たしていない」
植田「…はい」
堂島「案ずるな植田。いつだって私の計画に間違いはない、そうだろう?」
植田は無言で頷いた。
堂島「一応目をつけていろ…特に藤堂はしたたかな奴だ。盗聴器にも気づく、クレバーな奴だよ。あいつだけは何をしでかすかわからん。…突き進む事しか知らない馬鹿だけなら恐れとなりえないが、曲がる事を教える指揮官がいればその軍団は大きくなる」
植田「…わかり…ました」
堂島「植田。お前は何も考えずに私の言う事を聞いていればいい…そうすれば、今よりも強くなれる。お前の嫌いな負けは、もうなくなるんだ」
植田「………」
堂島「わかったなら、行け。私はまだ仕事がある」
植田「はい」
先ほどと同じ動作でドアをしめ、再び空間に静寂が戻った。
堂島「人間は果たしてどこまで行くのか………『神高』か。敵には回したくない恐ろしい女だよ…。それを桐生院でためそうとしている、俺も俺だがな」
そして、ドアの外。
植田「…堂島様は、ああいうものの…釘…ぐらい…さしておいたほうが、いいか」
…。
望月「―――三上信吾?…ってマネージャーの三上君か?」
望月の脳裏にふくよかな顔をした男が重い浮かんだ。
三上といえば、桐生院の二軍男子マネージャーの一人だ、大きい体で雑用を全てなんなく笑顔でこなす、いつも明るく人気のある存在である。
弓生「そう、彼に頼めば難なく上杉を探し出せる。それに目もつけられないまま、と思った方がいい」
布袋「な、なるほど、流石弓生。マネージャーなら向こうにも勘付かれない!」
弓生「先回りされて、何も知らない上杉を口止めされても困るからな…と言っても、前の部屋の状況じゃどこに盗聴機が仕掛けられているか気になる所だが、と思った方がいい」
望月「な、内密にいかなきゃな」
弓生は頷いた。
弓生「マネージャーはここ三階の一号室から二号室を当てられている、と思った方がいい」
桐生院の一年のマネージャーは全四人、ここは全員一年生で、四人で一室だ。
布袋「よし、マネージャー室なら入るのに何も怖くないな」
望月「適当にフォームチェックみたいな感じの言い訳でで入ればいいか?」
弓生「気をつけた方がいいのは、俺達が二軍でも浮いていると言う事を忘れてはいけない、ということだ。その場よりも三上一人を呼び出せばいい、と思った方がいい」
三人はそれぞれを見て、頷き、ドアを叩いた。
三上「ふぉーむちぇっく?」
なんとかかんとか二軍グラウンドまで三上を呼び出した三人は、望月のフォームを見て欲しい、と頼んだのである。
まだグラウンドには自主練習をしている部員が数名いたが、望月達のことには気づいていない様子だ。
暗闇を照らす照明を頼りに、ネットのドアをあけて、グラウンドには入っていく。
望月「そ、そうそう。俺最近ストレートの走りが弱くなってる気がしてさ」
三上「んー…そうかなぁ?望月君は逆に今のフォームの方がいいと思うけど?」
とりあえずブルペンの近くで望月は自分の準備をし、その間に弓生が話しかける。
弓生「…それはそうと、三上」
三上「ん?」
丸い顔が振り返る。
弓生「上杉…という男を知っているか?と思ったほうがいい」
三上「上杉君?…どうして?」
弓生「ちょっと私用でな、呼び出せるなら呼び出して欲しい」
かなり真剣な弓生の顔に驚いたものの、三上はすぐに笑顔でOKサインを出した。
布袋「ほ、本当か!?」
三上「別に構わないけど…うん、っていうかあそこにいるよ?」
望月「は?」
三上が指差した先にいたのはバッティングゲージに入っていたメガネをかけた細い男。
布袋は思わず閉口した。
布袋(この体でよく桐生院に来たな…)
小さい望月と比べてもその筋肉の付き具合はあまりにも貧弱だった。
高校から野球を始めた…といった感じだ。
布袋「…ずいぶん細いな」
三上「上杉君は高校に入ってから野球を始めたからね、皆に追いつく為に必死で毎日練習してるみたい」
弓生「…」
望月「あ、三上、ちょっといいか?」
三上「あ、フォームチェックだね、わかった」
望月は布袋と弓生に目でサインを送る。
自分が見ている間に話をつけて来い、そういうことだ。
二人は頷いて、バッティングゲージの上杉に近づいていった。
上杉「…?」
自分の影に、別の影が重なった事に気づく。
振り向くと後ろに二人の男がいた。
弓生「上杉、俊英…だな、と思った方がいい」
上杉「は、はい。思ってるけど、何か?」
布袋「ちょっと、ツラかせないか」
上杉「へ?!」
この体格差だ、布袋は一年でもかなり大きい、すごまれれば萎縮するのが普通だ。
怯えたような感じでバットをおそるおそる地面に置く。
瞬間二人は上杉に近寄った。
上杉「!?」
布袋「即決に言おう…上杉、力を貸してくれ」
上杉「ち、力?」
弓生「…今からいうことは誰にも言うな、言った瞬間お前を痛い目に合わせる、と思った方がいい」
上杉「ううっ!?は、はいっ!」
布袋「もうすぐ二軍は辞めさせられる、そんなのはごめんだ。お前だってそうだろ?」
上杉「で、でも、それはしょうがない…」
布袋「違うな、やるかやられるかだ。…いいか上杉。お前はまだ堂島にとりこまれていない」
上杉「と、とりこまれていない?」
弓生(わかったぞ…堂島のことだ、こんな奴を配下にしても仕方ないと思ったんだ、と思った方がいい)
布袋「俺は野球を辞めるのはごめんだ。九人集めて一軍に、入れ替えをかけて勝負を申し込む…!」
上杉「う、うん」
布袋「お前は俺達と一緒に、戦うんだ!」
望月を見ていた三上は首をかしげた。
三上「んー…専門じゃないから詳しい事はわからないけど、そんなにおかしいってことはないと思うよ?」
望月「そ、そうかな?それならいいんだけど」
当たり前だ、望月は何よりフォームを綺麗にする事に命をかけている。
粘り強い下半身と綺麗なフォームなら小柄でも重い球を投げられると信じているからだ。
三上「実際に投げてみた方がわかりやすいんじゃない?僕が捕ってあげようか?」
望月は呆気に捕られた。
三上は構わずにそばに置いてあったグラブを手早くつける。
望月「お、おい、悪いけど俺は素人にとられるほどの球じゃないぞ」
三上「大丈夫大丈夫、素人じゃないから」
言うとホームベース上に軽く座る。
三上「本気でいいよ〜」
望月「お、お前が本気かよ?」
だが、構え自体はまともだ。
しかし、野球ができるならどうしてマネージャーを…?
考えるよりも早く体はピッチングフォームに入っていた、どうやらキャッチャーがかまえると投げてしまう体質になっているらしい。
しかし。
望月「!!」
投げる瞬間少々タイミングがずれる、思い切り低めにいってしまう。
望月「や、やべぇワンバウンドしちまう!!避けろ三上!プロテクターつけてないんじゃ痛いぞ!!」
ボールは言葉どおりホームの手前でハーフバウンド…。
『バシィイィィイィ!!!』
望月「…」
しかし、並の捕手でも中々捕れないハーフバウンドのワイルドピッチングを、三上はなんなくグラブに収めていた。
望月「み、三上…お前」
三上「自慢じゃないけど、もとキャッチャーなんだ、僕」