194その名は威武
練習も半分を過ぎた頃、二軍練習場がにわかに騒ぎ出した。
(お、おい。来たぞ)
(ああ、でけえ…)
それは入り口の方から徐々に広まっていく、一軍と比べてはるかに薄汚い二軍グラウンドではあるが、今はこちらの方に全員が注目していた。
藤堂「随分と騒がしいな」
当然、反堂島五人衆もそちらを向く。
もはや泥だらけの、ステンレスでできた二軍用部室、その前に何名かの一軍と、二軍、そして二軍代表者であり堂島側である木村と部長堂島が、その輪の中心にいる。
そして、その輪にもう一人、ずば抜けて頭が出ている男がいる。
堂島も背丈は180ぐらいで、相当背丈は大きいのだが、それを更に上まっている。
下手すると210cmはある成川の森田よりも大きいのではないだろうか。
巨人という名称がぴったりつく。
その風貌に、望月は度肝をぬかれた。
望月「う、うわ、でかっ!」
布袋「あ、あれが威武…?」
藤堂「ふん、相変わらず図体だけはでかい男だ」
藤堂はさほど驚くでもなく、鼻息をならすだけだった。
望月達は寮で暮らしているので会う機会もあったのでは?と思う読者のために説明しておくと、この威武という男、望月が二軍にいた頃は一軍にいたのであまりあう機会が無かった…。
さらに望月たちが一軍にあがって夏の試合に登板した辺りで、ちょうど二軍に落ちたのだ。
実質、望月が意識して威武を見たのは初めてと言える。
南雲「また、堂島が余計なこと言わなきゃいいんじゃが」
藤堂「あのハゲもそこまで馬鹿じゃないだろう。誰だって痛い思いはしたくない、前回でこりてるはずだ」
腕を組む南雲を含めた一同は、輪の中には入ろうとせず様子を伺っていた。
藤堂はさほど興味の無いようで、後ろにあった金網のフェンスにもたれかかっている。
望月「…前回?」
南雲「おう、そうぜよ望月。威武が堂島を殴った原因は、堂島が古くなった威武のグラブを勝手に捨てようとしたことからぜよ」
弓生「?」
南雲「詳しい事はわしにもわからん、じゃが威武はよほどグラブに思い入れが合ったようでの、それが元で堂島ともめての、最終的に堂島が『腐ったリンゴはいらん』って言ってグラブをとりあげたのが逆鱗に触れたようじゃ。大事にはならなかったが、威武はその場であの堂島をかついで投げたんじゃと」
布袋「ど、どんな怪力だ…」
そんなバケモノじみた巨体が今グラウンドの向こう側の入り口に立っている。
その男と協力するのか、と思うと背筋が少し寒くなった。
南雲「まぁ、根は悪い奴じゃないきに、そんなに心配せんでええよ」
は?と三人が南雲の方を振り向いた。
布袋「知っているんですか?」
南雲「まぁ、一年の頃から仲良かったからのぅ。野球が純粋に好きな奴じゃ」
望月「ま、待ってください、じゃあどうして俺達にそういう人がいることを言ってくれなかったんですか?」
南雲「…忘れてたぜよ」
おいおい、もしかしてこの人はあれなんじゃないか、という表情を望月と布袋は隠せなかった。
弓生「南雲先輩はもしかして天然ボ」
望月「はいはいはいはい、えーと、今向こうまだなんか立て込んでるようで声かけられないですね!」
当たり前のように天然ボケと言おうとした弓生の口を必死で塞ぐ。
望月(馬鹿野郎!お前思ってても言うなっての!)
弓生(しかし、あれはモロだぞ、と思った方がいい)
望月(あのな)
藤堂「で、どうするんだ。このまま練習しないのなら俺は帰るぞ」
南雲「お、すまんすまん、練習も大事ぜよ」
望月「い、いや待ってください二人とも、い、威武先輩がこっちにきますよ」
ん、と後を振り向く二人。
視線の先には、地面を揺らす巨体がゆっくりとこちらの方に歩いてきていた。
(お、おい、南雲さんところか?)
(そ、そりゃあ堂島さんに逆らったってことは…隔離組だろ)
(堂島さんも徹底してんな〜)
またもやざわざわと声が色めきだつ。
人々の間をすり抜けて、威武は南雲の前に立った。
近くで見ると、更に迫力がある。
角ばった頬に、白く光る目、なによりも縦も横も望月の二倍はある勢いだ。
布袋(ち、近くで見るとさらにすごいな…160cmの望月がおもちゃに見えるぞ)
南雲「お帰りぜよ、威武」
威武「…カナメ、帰ってきた、俺」
口足らずなのか、何故か片言気味言った。
声量は体の割に小さい、聞こえるか聞こえないかぐらいの呟きだった。
威武「俺、迷惑、かけた。すまなかった」
だが低い声は、小さくとも腹に響く、その壮大さは大地を思わせた。
望月「め、迷惑?」
威武「…南雲、堂島殴った俺、かばった。それ以来南雲、堂島と仲悪い」
弓生(そういうことか…)
威武「…?」
何を思ったのか、いきなり辺りを見回しだす威武。
威武「…ここ、人少ない。おかしい、二軍でも、もっと前はたくさんで練習してた」
藤堂「ふん、俺達は堂島に造反したからな。それに、もうすぐ二軍も解散だ」
ぬっと、藤堂の顔を覗き込む威武。
威武「二軍、解散…?」
藤堂「寄るな暑苦しい。あのハゲ、一週間後に二軍にいるものは邪魔者として強制退部させるそうだ」
威武「…退部?やめる?」
南雲「ああ、ちょっとややこしいことになってるぜよ」
威武「…俺、難しいこと、よくわからない、だが、野球やりたい」
藤堂「うっとおしい喋り方をする奴だ!!」
ぐっと、威武の服を掴んで引き寄せる。
藤堂「いいか、そうするためにはお前は俺達と一緒に堂島と戦うしかない!かって一軍と二軍を入れ替えるんだ!」
威武「…?」
藤堂「ちっ…どうもコイツは苦手だ」
掴んでいた腕を放して、藤堂は歯ぎしりした。
南雲「藤堂は短気すぎるぜよ、威武。わしらが野球を続けるためには、堂島と試合して勝てばいいんぜよ」
威武「…なるほど、俺、野球したい。だから勝つ」
南雲「いい返事ぜよ」
うんうん、と頷く南雲。
南雲「…今日からまた、一緒に野球ができるな」
威武「…俺、すごく嬉しい、またバット振れる」
持っていたバットケースから一本取り出して、振る。
風が凪いだ。
布袋「す、すっげ…」
中学時代、中学最強のバッターと恐れられた布袋でさえも、威武のスイングには驚愕した。
まるで発泡スチロールのバットを振っているように、振り回す。
威武「…?」
目を点にして見る三人にようやく威武が気づいた。
威武「お前ら、誰だ?」
望月「う、あー、えと、一年の望月ッス!」
布袋「同じく布袋です」
弓生「弓生…だと、思ったほうがいい」
威武「…カナメ、味方?」
南雲「ああ、こいつらはわしらの味方ぜよ」
威武「そうか、俺、威武。よろしく」
そう言って右手を差し出す、その手は馬鹿みたいに大きかった。
その様子にまた呆れてため息をつく藤堂、上空にはそろそろ赤が染みてきていた。
藤堂「後は妻夫木だな、南雲」
南雲「ああ…アイツはわしにもよぅワカラン奴ぜよ」
藤堂「例えるなら、『葉』…風に漂う男」
練習を2クールこなし、道具を片付ける。
そしてグラウンドにグループごとの班で毎日当番のグループがならしをかける。
それが終わって着替える頃には、もう外は真っ暗になってきていた。
夕食は全員そろっていっせいに食堂でとる、広い食堂に一人ずつバイキングのような感じで決められたおかずを取っていく方式だ。
それを食べ終われば、班ごとに入浴そして就寝、これが桐生院の寮生活だ、ちなみに威武は自宅から通っている。
だが風呂に入る前に望月達はやることがあった、自由時間の間に「上杉」を探さなければならない。
またもや三人連れ添って、上杉を探す。
寮の中はいわゆる社宅寮のようになっており、結構豪華である、ホテルとまではいかないが民宿なみの内面である。
ぺたぺた、とスリッパの音がマヌケに響く。
布袋「で、何号室なんだ?」
弓生「…さて、そこが難しい所だ、と思った方が良い」
ぴたり、と階段の所で弓生は泊まり、腰を掛けた。
上は屋上、もちろん鍵がかかって扉は閉まっている。
望月「難しい所?」
ボサボサの頭をガリガリとかく望月、そろそろ髪を切らなければならない。
弓生「俺達は反堂島派、つまり『目をつけられている』。そんな奴らがのこのこと上杉を探しに行けば、怪しまれるのは間違いない、と思った方が良い」
望月「うむむ」
布袋「じゃあどうしろってんだ」
弓生「アイツを使う」
布袋「は?」
弓生「もう一人いた、見逃していたが…誰にも目をつけられていない奴がな、と思った方が良い」
弓生はニヤっと笑った。
そして、南雲達は妻夫木を捕まえていた。
こちらは何も考えずいきなりトイレにいた妻夫木を無理矢理問い詰める。
威武の巨体をいかして、妻夫木を羽交い絞めにする。
妻夫木「て、てめぇら…どういうつもりだっ!」
南雲「少し強引じゃないけ?」
藤堂「手段を選んでいる暇は無い」
妻夫木「…?読めたぞ…お前ら最近何か企んでいるらしいじゃないか、それか」
藤堂「そうだ…妻夫木」
藤堂「堂島と死ぬか、俺達と生きるか、選べ」
桐生院、水面下での争いが勢いを増す。