193反堂島軍行動開始。
























閑散とした山間の中にそびえ立つ桐生院学舎一号棟。

決して綺麗とはいえない学舎は十年目の改装工事を年末に控えている。

そして、その場所で午前中の授業を終えた一年十二組の望月は、焦っていた。


望月「…」


ぞろぞろと移動教室授業の生徒、つまり布袋と弓生が帰ってくるのを見て早速そちらに走り出す。

ドアを開けた瞬間に声をかけられた二人は面食らってしまった。


布袋「どうした望月、そんなにいきりたって」

望月「どうしたもこうしたもないだろっ」


弓生がふうっと、息をついた。

弓生「焦る気持ちはわかると思った方がいい。だが焦っても何もならないと思った方がいい」

望月「だからって動かなきゃ何も始まらないだろ」


この望月、降矢と対戦した時はプライドが高い男に見えたが、見た目以上に熱い男らしい。

その目は闘志に満ちていた。


布袋「望月、俺達が何もせずにいたと思うか?」

望月「え?!」


すっと、布袋が抱えていた教科書から一枚のルーズリーフを取り出した。


弓生「布袋、授業は真面目に受けた方がいいとおもった方がいい」

布袋「聞いてられるかあんな無駄話、大体スポーツ特待生だから適当にやってりゃいいんだよ。とりあえず、ここで話すのもなんだから、望月の机に行くぞ」

皮肉を受け流された弓生は、気づかれないようにため息をついた。





すでに周りの生徒は弁当を食べ始めたり、学食へと旅立っていく者が増えている。

三人も朝に買っておいたパンをカバンから取り出して、一口ほおばる。


布袋「このクラスにいる、野球部の山田と片岡、それに三井は全員堂島側だから、厳しいな」

ひそひそと声を潜めて、教室の後で固まるその三人を見る。

弓生「冷静に考えれば、一年生のほとんどは堂島派だ。可能性は薄いと思った方がいい」

望月「だけどよ、俺も一年の全員を把握してる訳じゃないんだ。しらみつぶしに探せば…」


と、弓生は自分のカバンから一枚のプリントを取り出した。

びっしりと文字が入ったそれは野球部全体の連絡網をコピーしたものだ。

それを望月の机の上に広げる。


弓生「これなら野球部全体をまとめる必要もない、ちなみに後三枚あると思った方がいい」

望月「おお!」

布袋「このマーカーで塗りつぶしてるのが、堂島側か?」

弓生「そう、…ただほとんどの俺達の知り合いがもう遅い、と思った方がいい」


と、少し表情が沈んだ。

入部した時にはたくさんの友人や知り合いがいたものだが、堂島に逆らう三人となった今はその部員達とも距離をあけていた。

いわば、浮いている状態だった。


望月「岩田も朝倉も…か」

布袋「こうして確認しちまうと、重いな」

弓生「説得してこちら側に引き込める可能性もあるが、時間を考えると…それよりも堂島に下っていない者を引き込んだ方がタイムロスは少ないと思った方がいい」

望月「だけどよぉ…」


弓生の持ってきた一年連絡網にはびっしりとマーカーがひかれていた。

むしろ、一枚目と言っていたこのプリントには布袋以外全員にマーカーがひかれていた。


弓生「たいしたカリスマ性だ、と思った方がいい」

布袋「もしかして、俺達三人以外にいなかったりしてな」

弓生「可能性はある。ただ、動向が不明な者も多い。昨日の藤堂先輩のように逆らったフリをしているだけかもしれない、と思った方がいい」

布袋「基準は?」

弓生「…一応基準は一軍二軍関係なく、命令に忠実だったり、急にベンチに入っているような確実に堂島側だと確信できる部員は青、不明だがこちら側にいない生徒には緑を引いている」


なるほど、すでに望月達は二軍でも若干浮いていて、南雲を含めて四人でしか練習できないようになりつつある。

つまり、それ以外に全てマーカーが引かれるはずだ。


望月「…白はいないのか?」

弓生は黙ってプリントを取り出した。

それは、三枚。

弓生「昨日の時点で確認したのは三名のみ、一年二年あわせて、と思った方がいい」


カラフルになったプリントにあるわずかな隙間。

堂島という大きな壁のわずかなひび。


望月「二年三組、威武剛輝(いぶごうき)、二年六組、妻夫木大輔(つまぶきだいすけ)、一年五組、上杉俊英(うえすぎしゅんえい)」


読み上げ終わると、望月の心には軽い絶望がのしかかった。

三名、かよ。

敵の強大さを改めて思い知らされた。


布袋「とにかく、今日の練習が終わったら南雲先輩にもこれを知らせよう」

弓生「望月、確かに敵は強大だ。だが俺達はやるべきことをするしかないと思った方がいい」

望月「…そうだな。とりあえず、この一年の上杉とやらの顔を見にいってみるか!」

弓生「いや、少し待て、と思った方がいい」


と、勢いを止められて望月のバランスが崩れた。


望月「な、なんでだよ!」

弓生「まだ俺も布袋もパンを食べてないからだ、と思った方がいい」

望月「…」

改めて弓生のマイペースさを思い知らされた。







二階の職員室の前、教室のドアにはめ込んであるガラスから中を覗き込む三人。

怪しく見えないように必死なのだが、それが帰って怪しく見える。


望月「とはいうものの…五組って、普通のクラスだよな?」

布袋「ああ、一般進学クラス…その中で野球部に入るとは、なかなかだな」

弓生「よほど野球が好きなのか、それともただの身の程知らずの馬鹿なのか…と思った方がいい」

望月「ま、ソレは置いといてどうする?良く考えたら顔も知らない上に、俺進学のクラスに知り合いなんていないぞ」

それもそうだ、接点がなさすぎる。

布袋「やはり、それとなく部活の時に探してみるのがいいんじゃないか?」

望月「ちっ、時間がもったいなくて仕方ないぜ」












???「何を…企んでいるか…知らんが…無駄なことだな」

ふっと、ぞくりとするような声が後から聞こえてきた。

振り向くと、階段の途中に赤い目をした男が立っていた。


望月「う、植田…!」


植田匡人(うえだまさと)…かつて二軍にいて、練習試合で将星と対戦した投手である。

だがあの頃のような雰囲気はなりを潜め、今の彼は全てを凍らせるような冷たい瞳をしていた。

リノリウムの床の上をまるで滑るように、静かにこちらに歩いてくる。


植田「こうして…直接話すのは、久しぶり、かな。望月」

望月「…ま、まぁな。野球部全体が多いし」

植田「貴様らは……二軍な上に……堂島様と対立しているから…なぁ…」


悔しいが、一瞬だけ、その雰囲気に圧倒された。

それは南雲とも降矢とも違う、冷酷さが漂うオーラ。


植田「堂島様の…あの…命令で…お前らが黙っているはずは…無い」


ズバッ―――!

一瞬の動作で、植田は望月のカッターシャツの襟首を掴んでいた。

速い。

ぐぐ、っと持ち上げられて、望月の喉の奥から低い音が漏れた。


布袋「!」

望月「ぐ、て、てめぇ何を」

植田「……無駄なことは…しない方がいい…労力の無駄。…それに…少しでも…可能性があるなら…いつでも、お前たちを、潰す準備はできている」


決して筋肉質とは見えない植田の体なのに、望月の足は完全に宙に浮いていた。


望月「ん…だと…ぉ!!」

そして、何が起こったのか生徒たちが二人の周りに集まり始めた。


布袋「やめろ!植田!騒ぎはまずい!!」


しかし植田は布袋の言う事が聞こえていないのか、望月の体をさらにもちあげていく。

望月「か…はぁっ!」

そして腕が伸びきった状態で、下から望月を見上げる。


植田「悪いことは…言わない…やめておけ……それに、お前は…入学時から…堂島様が目をつけていた…今なら…まだ間に合う」

望月「はん…嫌だね!最初は確かに色々と行動を共にしたが…南雲さんと出会ってから、俺は思った!今の桐生院じゃいけない!!」

植田「痛い目…にあわない、とわからないようだ…な!!」


開いていた左手を、望月の顔めがけて拳を―――

ヒュッ…バシィッ!!


布袋「!」

望月「!?」


その左手は途中で止まっていた。

左手に巻きついた、ひも状のもの…の先にあるのは弓生だった。

弓栄が額に巻いていたバンダナで植田の左手を止めたのだ。

『オオッ!!!』

ギャラリーからも歓声があがる。


植田「……貴様……」

弓生「やれやれ、黙ってみていればやりたい放題だな、と思ったほうがいい」


植田は弓生の方を向くと、望月を地面に下ろした。

ようやく開放された望月の喉から、酸素が補給される。

望月「げほっ!げほげほ!」

布袋「望月!大丈夫か!」

植田「…お前…名前は確か…」

弓生「名前なんてどうでもいい。あれだけ大勢いる部員の中で、俺はちっぽけだからな、と思った方がいい」

植田「ほぅ……」


二人、にらみ合う。


望月「けっ!負けた奴が偉そうに!!今の桐生院の状況わかってんのか!?」

植田「…そちらも、今の状況を…わかっているのか?あの試合は…わざと負けたんだ」

布袋「なっ!!!」

『ザワッ』

にわかに見ているギャラリーも色めき立つ。

植田「そう…堂島様はおっしゃった」

布袋「そ、そんなことが!」

植田「あの試合…負けても県大会にも出れる…わざわざ無駄な努力を…する必要はない」

望月「ふざけんなテメェ!!」

弓生「そんな野球じゃ、県大会も甲子園も」


つかみかかろうとした望月だったが、弓生に手で制された。

しゅるしゅると、バンダナを直しながらゆっくりと目線を植田に向ける。





弓生「―――このままじゃ、負ける。そう思った方がいい」

植田「…戯言だな。桐生院に…負けは許されない」

弓生「その負けを人為的に作り出したのは……誰だと思っている……!!!」


『こら!!!何をやっとるかー!!』


昼休み終わりのチャイムがなると同時に、教師が職員室から出ていた。

やはり騒ぎが大きくなりすぎたらしい。

まずい、と生徒たちはすぐに教室に帰っていく、桐生院では生活指導は絶対的に厳しい。


教師「お前…野球部の植田じゃないか、何をやってるんだ!」

植田「……いえ、少し方針でもめまして…お騒がせ致しました」

教師「全く…野球部は威武といい、問題はもうごめんだぞ!」

望月「…イブ?」

教師「ほら!お前らも早く教室に帰れ!」


とと、三人は追い払うようにその場を後にされた。

去り際の植田がこちらを向いて少し笑ったような気がした。



…いまだ酸素がたりないのか、布袋に肩を借りて階段をあがる。

望月「…ありがとよ弓生、お前ってクールじゃなかったんだな」

弓生は驚いたような顔で望月を向いた。

そう、元々望月と布袋は中学から一緒だったが、弓生だけは高校で仲良くなった男なのだ。

普段から皮肉とマイペースを貫く彼には、色々とわからないことも多い。


弓生「冷めたそぶりを見せるようなミスはしない、と思った方がいい」


いつもの皮肉が返ってきた、照れ隠しか。

布袋は望月の方を見て、白い歯を見せた。

少なくとも悪い奴じゃないのは、この半年で十分身に染みている。


望月「でさ…気になったのは、威武…って名前」

布袋「ああ、先生が言ってたな」

弓生「…秘密裏になっているからわからないと思うが…威武剛輝は七月に堂島を殴ってからニヶ月の謹慎処分中だ、と思った方がいい」

望月「は、はぁ!?」

弓生「今まで真面目に練習していたのに、急に反旗を翻したらしい。野球部でも少し噂になったが、関係者以外は口止めをされている上に、威武先輩自体あまり目立つ部員ではなかったからな、と思った方がいい」

布袋「それで、反堂島、か」

弓生「間違いない。…そして、今日、その威武が謹慎を解かれる」

布袋「ま、待てよ。よく退部にならなかったな」

弓生「学校側としてもそういった問題を公にしたくはないんだろう…それに殴られた堂島も威武先輩のことを考えてニヶ月部活動禁止だけで許したらしい。…周囲の目を気にしたつもりらしいが」

望月「…とりあえず、話してみる、か」


でも、堂島をぶん殴った男か、と考えると少し背が震えた。











南雲「威武、と妻夫木か。それはわしも思っとったぜよ」


部活、いつものように二軍グラウンドからさらに隔離された場所でキャッチボールをする。

今日からそれに藤堂も加わっている。

桐生院の練習はプログラム制、基本は自主的にプログラムにそって練習をやっていくのだが、二軍はグループごとにバッティングゲージの使用を許されたり、自動ノッカーを使ったり、機械練習でそれぞれ行われている。

一軍は流石にチームとしてまとまる為にシートノックや走塁練習もやるらしいが…。

当然のごとく、南雲達は南雲達で一グループとなっている、それは誰も言わないうちに勝手に隔離されたようなものだ。


藤堂「威武と妻夫木か…二人とも良くわからない連中だがな」

いつものように冷たい口調で言い放つ藤堂。

弓生「後一年に、普通課ですが野球部にいる上杉という男がいます。当然実力がたりなく、二軍でくすぶっています。練習が終わり次第、話をつけてみようと思います、と思った方がいい」

藤堂「ふん、妙な口調なことだ」

望月「そっちは何かありましたか?」

南雲「駄目駄目ぜよ、威武と妻夫木以外は聞く耳すら持ってないのー」

藤堂「どいつもこいつも、洗脳されてるんだ」

布袋「そうか…」

南雲「よし、練習が終わったらわしと藤堂は威武と妻夫木。望月達はその上杉を当たってくれや」

望月「はい!!」




だが、弓生の脳裏には一つの不安がよぎっていた。

今五人、その三人がもし全員加わったとしても…八人。


弓生(後一人か…と思った方がいい)












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