192県の出会い















日曜日の午後。

市の真ん中を流れ、海へと向かう大きな川沿いに土手が張り巡らされて河川敷となっている。

目下のその広大な土地はカップル達の憩いの場や、少年野球、老人達のゲートボールの場となる。

しかし彼はわざわざその広場までの階段を降りずにひたすら川沿いに、その上の綺麗に舗装された道を颯爽とかけていく。

白地に青で『SYOSEI』と前に大きく書かれた長袖のトレーニングジャージは野球部専用だ。

夏頃にもらってはいたものの、少し肌寒くなってきたこの頃ようやくその出番がまわってきた。


県「はっ、はっ、はっ」


気温は一ヶ月前と比べて大きく下がっていた。

加えて今日はさらに十一月上旬並の気温らしい。

荒い息にも白いのが混じる。

『大手橋』の文字が書かれた看板が立てられた場所までくると、ようやく県は足を止めた。


県「…はっ、はっ…ノルマ、達成…。これで20km…」


肩を上下させながら独り言を呟く。

時計を見ると出発したときからすでに二時間が経過していた。


県「…ふぅ」

そして、眼下へと続く階段に腰掛ける。

爽やかな秋風が前髪をかきあげると、汗も少しひいていった。


県「…」


決勝戦から二週間。

そして降矢の欠場は将星に大きなヒビをいれた。

おそらく、彼が今年どころか一生野球をするのは厳しいと言われる現状がもたらしたのは、単純に大きな戦力ダウンだけでなかった。

元々、良い言い方をすれば個性豊かな、しかし悪く言えば全くバラバラな面々が集まっている将星。

それは絶妙なバランスでなりたっている、化学物質のようなものだ。

手を加えられた炭素と水素は恐ろしく結束力が高くなる。

しかしもし仮に一つ結合…物質と物質をつないでいる鎖が離れればそれはあっというまに分解して、ただの元素の塊となる。






きっかけは、西条と冬馬の言い争いからだった。

それは些細なものだ、降矢の見舞いに行くか、行かないか。

冬馬が西条に病院に向かおうと誘った「降矢のお見舞いに行こう」と。

しかし西条はこう答えた「アホ、アイツがお見舞いに来られて喜ぶような奴に見えるか」


西条は、良い意味でも悪い意味でも降矢のことを冬馬よりよくわかっていた。

それは彼が男だからだ。

降矢はそういう奴なのだ、誰かに憐れみの目を向けられるのを誰よりも嫌う。


しかし冬馬は違った。

優しい性格故、単に降矢のことが心配だったのだ、それを憐れみと言われれば否定はできないが、彼は彼なりに降矢のことを思ってのことである。

どちらが正しいかはわからないが、その西条のあまりにもそっけなさすぎる答えに冬馬は思わずカチンときた。



冬馬「…なんだよそれ!ひどいよ!」

西条「なんやとぉ…?」


西条は苛立っていた。

降矢への森田の死球がわざとでないのもわかっていた、審判のストライク判定もルールにのっとったことだとはわかっていた。

だが試合には負けた。

そのやりきれない怒りはどこに向ければ良いかわからなかった。

二位とは言え県予選に出場はできる、だが本来どう考えても勝っていた場面だった、それがこのザマだ。

うらむなら神をうらむしかなかったが、そんなものが存在するのかどうかも怪しい。



冬馬「チームメイトだろ!心配ぐらいしてやれよ!」

西条「誰が心配してないんや!」


思わず声を荒げてしまう。


野多摩「や、やめてよ〜二人とも〜」

県「そ、そうですよ、こんな時にケンカしてどうするんですか」

真田「…」

大場「お、おおお」

六条「あの、あの…」


いつもはこういう場は御神楽や、相川、降矢、吉田の誰かさえいれば止めるところなのだが、全員今この将星高校の練習グラウンドにはいなかった。

日曜日の午前、吉田は病院、相川はその吉田の代わりに部長会議。

御神楽と原田は県大会に向けて敵チームへの偵察へいっていた。



三澤「さ、西条君…落ち着いて」

西条「けっ!むなくそ悪い!俺は走ってくるで!」


荒々しく側のベンチにかけてあったジャンパーを羽織ると、西条はどこかへと走っていった。



野多摩「ま、待ってよ西条君〜!」

冬馬「…」

残された面々には気まずい沈黙が残った。

大場「さ、真田どん」

真田「案外脆いチームだな…まぁ、好きなようにすればいいさ。ガキじゃないんだから」

三澤「冬馬君、気を落とさないで」

六条「優ちゃん…」

冬馬「……梨沙ちゃんはどうする?」


六条は首をふった。

彼女も見舞いには行こうとはしなかった、しかし西条とは違う理由だった。

降矢が今目覚めていない現実を知るのが怖かったのだ。


六条「なんだか…怖くて、降矢さんのことだから、きっとその内帰ってくるって、そう信じてるから…」

冬馬「うん…ごめんね」

三澤「私も、緒方先生と一緒に午後からは雑用があるから行けないけど…多分病院には傑ちゃんがいるから」

冬馬「はい…」









県はただうつむいているしかできなかった自分を恥じた。

こういう時に何かするのがチームメイトだというのに。








県「…僕はやっぱり、降矢さんみたいに、強くないや」


より強い風が吹いた。

そのまま飛ばされれば楽になるだろう、と思った。


県「…トレーニングだなんて、結局逃げてるだけじゃないか…」


足だけが速くても何の役にもたちやしない。

あの成川の試合でも最初は森田のスカイタワーに恐れて全く手が出なかった。

野球は陸上じゃない、バットに球を当てなければ話にならない、そんなことすらも脅えてわからなかった。



―――どうして、こう臆病なのか。




そして、気づけば成川の甲賀のことを考えていた。

足の速さは変わらないはずなのに、自分とは似ても似つかないあの圧倒的な走力。

野球というフィールドに、自分の能力を完全に適用させていた、あの走法。

ただ走ることしか考えていなかった自分にとっては衝撃だった、盗塁すら自分から試みたこともなかった。



自分はこの足の速さをもっと何かにいかすべきなのだ。



そう思ってひたすら走りこみを続けていたのだが、一向に変わらない。

走り方…スタートダッシュ、一体甲賀選手と自分の何が違うのか、相川先輩のノートを見せてもらっても一向にそれはわからなかった。

いや、一向にではない。

少しわかったことはある。






足の動かし方だ。

県は、足を完全に地面につけてから、次の足をあげる、それはかかとから地面に着地するということ。

しかし甲賀はかかとをつけてはいなかった、つまさきだけで、まるで地面にまかれた花びらの上を踏むように失速へ導かれる抵抗を最小限に抑えていた。

…とはいうものの、真似てかかとをつけずにつけてみてもバランスが悪くなって、余計に遅くなってしまう。

それは彼が長い時間をかけて会得したものなのだろう、一朝一夕で身につくものではない。

だが今は一朝一夕どころか、一分でもはやく、早く走れるようになりたかった。

指導力がない自分は野球でしか皆に貢献できない、それも寂しいことではあったが…。






と、階段の下の方から不思議な人物が上がってきた。

金髪の黒人…体格は県とそれほど変わらない、それにしてもこんな郊外で外国人を見るのは珍しい、偏見かもいれないが。

しかしすぐに、県は目をそらし再び風景に焦点をあわせ、二人はすれ違った。

はずだった。






しばらくの間。


県「あれ?」


ふと、側を見ると階段の下に何かものが落ちていた。

それは…薄い定期のような、写真と名前が入っている…。


県「こ、これってパスポート!?って、落としちゃまずいですよ!」


その写真はさっきの人相とうりふたつ、間違い無く先ほどの外国人が落としたものだ。


県「わわわ!」


急いであたりを見まわすと、橋の向こう側にある電車の駅に向かう彼の姿が合った。

まずいですよね、これ―――。

県は勢い良く起きあがり、目標を定めた。

目標はすでに橋を渡りきっていて、駅までもう60M弱。

普通なら追いつかない…けど、県の足なら!




県「ま、待ってくださいーーー!!!」



大声をあげながら、大地を踏みしめる。

前傾体勢のまま、加速度をまして橋に突入する。

歩道を歩く老婆の横をすりぬけ、風をかきわけて前へ前へと進む。

走る!











???「…what?」


少年はふっと、ポケットのわずかな軽さに気づいて、すぐさまジャケットのポケットに手をつっこんだ。


???「…」


見る見る血の気が引いていく。


???「お、落トシタ…?ま、マサカ!嘘ー!ド、ドーシヨー!パ、パスポートなくし…」


言いきる前に、ふっと、視界の端に何か高速で動くものがうつった。

それはさっき河川敷の階段に腰掛けていたおとなしそうな少年。


県「そこの金髪の人ぉーーーー!!!」

???「WAO!! Wonderful speed!?」


少年は我が目を疑った。

少年はアメリカ出身ではあったが、あれだけ早く走る同学年のベースボールボーイは知らなかった。


???「コ、コレガ噂ニキクJapanese KAMIKAZE!!!!!!??????」


そして、ふと自分の心に何かわくわくしたものが沸きあがってくるの気がついた。

少年も野球をやっていた、そして足の速さには自信があった。

随分久しぶりに、自分と「おいかけっこ」ができる人間を見つけた。

そう思った瞬間少年は駅の入り口から180度向きを変えて、県の走る方向と反対側を向いて走り出していた。







県「へぇあ!?」


県は驚愕した、そりゃそうだいきなり目標がすばらしい速さで走り出したのだから。

色々な状況が頭をよぎった。


県(ま、まさか実は悪い人なんじゃ…!)


万匹とかして逃げてる途中だったり…いや、まさか、そうしたら階段を上ってくるところから走ってるはずだ。


県(あ、そうか、そうですよ)


簡単なことに気づいた、見知らぬ土地で外国人にいきなりすごい勢いで追いかけられたら誰でも驚く。

しかし、このままでは彼にパスポートを渡せない、考えた結果県は大声で叫んだ。


県「ノーモアヲーーーーーーーーー!!!(NO MORE WARRR!)」



対象は逃げる速度を増した。



県「逆効果?!」


心から、もう少し英語の授業を真面目に受ければ良かったと悔いた。














???(オ、思ッタヨリ全然早イヨ!アイツ何者ナンダ!?)


あんな細い体なのに陸上選手並に早い、どう考えても体格はマラソン向きだ。


???(コ、コリャ本気出サナキャ追イツカレルネー!)


すでにパスポートのことは頭から吹き飛んでいた。

…?

と、後ろの方で少年が何かを叫んでいた。


県「ノーモアヲーーーー!!!」

???(……NOMO ARE WAR…?野茂タチハ戦争…い、意味不明ネ!?)



























おいかけっこを越えたおいかけっこ、それを更に越えたおいかけっこ3ってとこだ、と某サイヤ人が魔人と戦っている時に言いそうなぐらいそのハイスピードランナウェイはレベルが高かった。

すでに橋は遥か彼方へと遠ざかり、既に県境の国道へと差し掛かっていた。

そして二人ともほぼもう「走り」は「歩き」に変わっていた。


県「ま…まって…くださ…いー、いー」

???「ハ、速イネー…流石カミカゼネー…」


ゴール寸前のマラソンランナーのごとくへとへとな彼等。

その勝負は地面の空き缶によってつけられた。

県の足元に転がる上司の英語の名を冠した缶コーヒーの空き缶はまるで生き物のように県の足に絡みついた。

そして、勢い良く顔面から地面にたたきつけられた。

ガツンッ!

鈍いいやな音がした。


県「へぶし!?」

…こともなく、単に県が空き缶を勢い良くふみつけて転んだだけである、スティール缶は固く踏んだぐらいでは潰れずに、回転するのだ。


???「…O,OH!!!!Are you all right!?」


突然外国人の少年は足を止めてこっちへと向かってきた、どうやら悪い人じゃないらしい。

すかさず県はポケットからパスポードを取り出した。


県「こ、これを…」

???「コ、コレハボクノパスポート!?拾ッテクレタノカイ!?」

県「は、はい〜」


へろへろになりながらも、なんとかうなずく県。

何故か外国人は感動して、県の手を握ってきた。


???「流石、流石ネー、ワビサビ、ハラキリ、テンプラー!ヤッパリニッポンジンハ親切ヨー!!」

県「あ、あの、どうして逃げたんですか…」


もっとも疑問に思っていたことを、県はおくすことなく言った。


???「逃ゲタ?NONO!デモ楽シカッタヨー!youベリーベリーファストランネ!」

県「は、はい?」

???「…惜シーネ、youガチームメイトダッタラナー…」

県「あ、あの?」


自分の世界に入っていた外国人を呼びとめる。


???「何ネ?」

県「あのー…すいません、ここ、どこだかわかります?」




走ったはいいが、二人とも知らない場所へとたどり着いていた。



???「Oh,bow shit …」

県「あ、あはは、その…」

???「sorry,ミーノセイデコウナッタネ、大丈夫デモ電車ニ乗レバ帰レルヨ!駅探シタラok ok!」


確かにもっともである、日本人が外国人に日本で道を教えられてどうするんだ。


県「で、で、でも僕お金持ってないです…」

???「What? 大丈夫大丈夫、ミーガ奢ルヨー」

県「え?!で、でも悪いですよ!」

???「No No!袖振り合うのも多少の縁ネ!」

県「は、はぁ…」

???「ミーmany many monny持ってるよ!安心できるyou!」

県「す、すいません、どうも…」

???「それにしてもyou本当に足速い速いネ!なんて名前!?」



やはり、異人さんはとてもフレンドリーです。



県「え、えっと…県…県三四郎っていいます」

???「サンシロー!?youもしかして柔道やってるのカー?!」

県「あ、良く言われるけど違います、あはは」

???「そうだよね、ジュードーだったらあんなに足速くないよ」

県「あ、あの、キミの名前は・・・?」

???「ミー?ミーはね…」














ミッキー「マイネームイズ、ミッキー・バーミリオン!!Nice to meet you! Sanshiro!!!!!!!!!!!!!!!!!」














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