192月と雲


























私立桐生院高校は、関東平野の北にある山の際にあり、広大な土地を抱えている。

進学、スポーツ共に力を入れており、特に野球とラグビーは全国から選りすぐって推薦で生徒を集めてくるほどだ。

その、スポーツ特待生達はほとんど寮生活。

特に今の堂島が支配する上下関係が厳しい野球部の中では下級生たちにとって寮生活は地獄に近い。

ただ、例外があった。

それが201号室の、南雲、藤堂、望月、布袋、弓生達だった。

反堂島側として隔離されたが、それは逆に彼らの結束を固める元となった。

普通、桐生院野球部寮は一年三人、二年三人で部屋割りは決められるのだが…当然二年の足りない一人は、今将星にいる真田、だ。

ここまで読んだ読者なら、疑問が残るだろう、果たして藤堂とは誰なのか。

藤堂「…」

以前、大和が桐生院に来た時、副主将の名前を言ったのを覚えているだろうか?

そう、この長髪で目つきの鋭い男が桐生院の副主将、藤堂拓也である。

壁にもたれながら、窓の外をぼうっと見ているその姿には何かハイエナのような飢えた威圧が感じられた。





外はもう夜の帳が落ちている。

あの試合の後、口数少なくミーティングを終えたメンバーは部屋に帰る。

それぞれがそれそれの思いを胸に秘めて夜を過ごす中、藤堂は206号室から201号室の妻夫木と入れ替わりでこの南雲達の部屋にやってきた。


南雲「藤堂、どうしたぜよ。あれだけ堂島に従っていたお前が」


握力ボールを握っていた南雲が、部屋の片隅の南雲に話しかけた。

藤堂はつまらなそうに、顔も向けずに返事を返した。


藤堂「従っていた…?ふん『フリ』だ、お前らみたいに真っ向から逆らってもメリットはない。大人しくついていく方がはるかにマシだ」

望月「今日の登板…本当なら藤堂先輩だったはず。どうして先発は植田に?」


藤堂の目がギラリと光った、青白い怒りが望月を一瞬で圧倒した。


藤堂「堂島は…俺がアイツに騙されていないことを悟りやがった。だから、降ろされたそれだけだ。フリまでしてたのにな、正直あそこまで鋭い奴だとは思わなかった」

南雲「騙される?」


藤堂は、辺りをはばかった。

そして窓を開けて手を外に出した。


布袋「何をしてるんですか?」

藤堂「…これだ」


しばらく手を動かした後、藤堂は何かを掴むと部屋の真ん中に『それ』を投げ捨てた。

それは小さく黒い箱のような物体。


弓生「これは…?」

藤堂「喋るな」

藤堂はいきなり勢い良く、それを踏み潰した!!


グシャリという音とともに、無残な残骸、そして中から出てきたのはコードやケーブル、何かの破片。

冷たい目がそれを冷静に見下ろし、口を開いた。


藤堂「盗聴器だ…お前らの所もやはりつけられていたか」

弓生「と、盗聴器と思った方がいい!?」

布袋「な、なんでそんなものを」

藤堂「反乱分子を全て隔離するためだ。俺の部屋にも仕掛けている。多分全ての部屋にな」

望月「…!」


一同は驚愕に表情を凍らせた。


南雲「…ここじゃ、ちょっと気味がわるいぜな。夜間練習用グラウンドに行った方がいい」


桐生院には野球部専門のグラウンドがあり、夜間照明灯や室内練習場もついていて夜でも一応練習できるようになっていた。


南雲「多分今の時間、今日負けた悔しさを返すために練習してる奴が多いはずぜよ。音に混じれば聞こえないはず…」

望月「ちょ、ちょっと待ってください、俺まだイマイチ理解が…」

藤堂「できないなら、する必要はない」

ばっさりと望月の言葉を切り捨てた。

望月「う…」

弓生「南雲先輩は…知ってたんですか?」

南雲「堂島のことじゃ、想像はつくぜよ」

布袋「何故言ってくれなかったんですか!」

南雲「言ったところでお前らが変な行動をとれば、また何か妙なことをされるぜよ」


三人は、当たり前の答えに言葉が詰まった。


藤堂「どうやら貴様は話が通じるみたいだな、南雲」

南雲「それが二年のとき二軍遠征したチームメイトに言うことかのぉ?」

藤堂「さぁな、いちいち人の顔を覚えるほど暇じゃないんだ」


南雲は苦笑いしつつ、毅然と部屋を出る藤堂の後をおった。

残された三人はただ座っているしかなかった。




広いグラウンドを、夜の闇を切り裂く照明灯が照らす。

空の星が消えるほどそこは明るかった、眩しいくらいだ。

そして金属音。

やはり今日の負けが相当ショックだったのか、それとも下のものにとっては上に上がるチャンスと見たのか、大勢の部員がすでに練習を開始していた。


南雲「ほぅほぅ、ご苦労なことぜよ」


負けたというのに、へらへらと笑いながら入ってきた南雲を幾人かが怪訝な目つきで見る。

桐生院は戦場だ、将星と違ってチームメイトだろうが一人一人がライバルであり敵である、そこに生易しい感情は一切ない…一部を除いてだが。

藤堂は無言でグラウンド内のベンチを指差した、誰もが練習しているためそこには誰もいない。

腰掛けることもせずに藤堂は壁にもたれた。


南雲「それで、何故わしらの部屋に来たのかのぉ」

藤堂「俺はプロになるために桐生院に来た。そのためなら多少のプライドは抑えてでもメリットをとるべきだ。今の俺にとって堂島に逆らう事は何のメリットもない」


どこか遠い目で、藤堂はぼそりと南雲に聞こえるか聞こえないくらいかの声量で話し始めた。


藤堂「…そう皆も思ってると俺は思っていた。所詮、他人同士だとな。責任を被る指導者がいるなら、そいつに任せて自分は自分のことをやっていればいいと。副主将なれたのも、別になりたかったからじゃない。最初から堂島に逆らわなかったのが俺だったという話だ。…別に、アイツに洗脳された訳じゃなく、アイツ自身が先輩にも好かれてたしな、いずれこいつが台頭する。そう思ったからだ」

南雲「ほぅ」

無表情なまま南雲は相槌をうった。

藤堂「だが…他のやつは違う。何か堂島の得体の知れない力に惹きつけられている。まるで魔法のような話だ。メリットデメリット関係なしに、堂島という存在に付き従っている。…洗脳でもされてるようにな」

カキィーンッ。

また大きな打撃音が、打撃シートの方から聞こえた。


藤堂「だが、俺は違う。奴にひきつけられて洗脳された訳じゃない。どうやら、それに気づかれたから堂島に隔離されたらしい…お前らと同じようにな」

南雲「なしておまんは洗脳されんかったんかの?」

藤堂「消えていった真田、城戸、そしてお前らと一緒だ。自分に自信を持っているからだ。いくら桐生院に来れたとはいえ、心のどこかでは皆不安を抱えている。本当にレギュラーになれるか、とかな。馬鹿な話だ、そんな奴は去ればいい」


藤堂は軽蔑するような口調で、遥か彼方に飛んでいくボールを目で追った。


藤堂「…堂島に洗脳されている奴は、皆そうやって心に隙を持っている。だが俺やお前らは違う…自分自身を信じているから、おかしなものに惑わされない。…力のある奴が、降ろされる馬鹿な場所になったもんだ、桐生院もなっ!!」

ドカァッ!と大きな音をたてて、思い切り壁を蹴る…ゆっくり足を離すと、大きな凹みができていた。

周りの奴が多少こちらを見るが、藤堂と目が合うとすぐにそらした。

藤堂「見ろ。どいつもこいつもクズばかりだ」

南雲「そりゃ、お前の怖い顔を見れば誰も目をそらすぜよ」

からからと笑う南雲、対照的に藤堂は冷めた表情で壁の凹みを見つめていた。

藤堂「本当に怖いのはお前さ南雲」

ゆっくりと下から藤堂が覗き込むように南雲を睨んだ、細い体ながらも南雲の身長は190に届いている、藤堂よりも背丈は高い。

藤堂「へらへら笑って、その癖…何にも縛られちゃいない。お前は…なんなんだ」

南雲「さぁ。わしはただ何にも考えてないだけぜよ。馬鹿には勝てん、っちゅーやつじゃ」

藤堂「…………ふん、まぁいい。とにかく、今のままじゃ桐生院は終わる。俺の夢も、お前の夢もな。おじゃんだ。堂島に対抗する為には、こちらの実力を周りにわからせるしかない。監督ですら堂島に惑わされてるような事態だ」

南雲「ふむ」

藤堂「この桐生院野球部には、数多くの部員がいる。その中で俺のように言いなりになっているようなふりをしている奴はいるはずだ。それをなんとか九人探して堂島と戦うしかない」

南雲「戦う?」

藤堂「そうだ。幸い俺は微妙な立場だが、副主将というポジションがある。俺も含めて一度二軍へ落ちる。そして改めて堂島に勝負を挑み。勝った方が『一軍』になれば、俺達が主導権を握れる」

南雲「…ふむ」

藤堂「期日は少ない。次の県大会の選手登録まで後二週間だ。それまでに九人揃えて二軍へ落ちて、勝負までつけなければいけない。…事態は一刻を争う」

南雲「おまんは…」


南雲のつまようじが、上を向いた。


南雲「おまんは何故そこまでムキになっちょるぜよ?」

藤堂「お前はムキにならないのか?…わざわざこんな目にあう為に俺は桐生院に来たんじゃない」

南雲「わしは、野球がやれれば、それでいいぜよ」


からからと笑い出した南雲に藤堂は呆気に取られた。

だが、すぐさま表情を変える。


藤堂「…失望したぜ南雲。そんなぬるい考えの奴だったとはな」

南雲「わしが桐生院にきた理由は『もっと上手い奴と野球がやりたかったから』じゃ。別にプロとかも考えとらん。ただもっと広い世界を見たい、強い奴と野球がやりたい。それだけぜよ」

藤堂「…ちっ」


ツバを吐き捨てると、藤堂はポケットに手をつっこんで足早にその場を後にした。


南雲「いろんな奴がいるの、この桐生院には」

望月「な、南雲先輩!」


と、入れ違いに望月が走ってきた。


望月「た、大変です!今ど、堂島の奴が!!」

南雲「どーしたぜよ望月、そんなに慌てて。とにかく落ち着くぜよ」


とりあえず、酸素を補給して呼吸を整える。



望月「い、今追加ミーティングで…堂島が二軍の奴は強制退部させるって…!!!」

南雲「…!!!」


南雲の目の色が変わった。








桐生院野球部寮、201号室。

五人が輪になるように座っていた。


藤堂「恐れていた事が、現実になったな」

南雲「…」


南雲の表情は硬いまま変わらない、まるで人が変わったようだった。

長い前髪の奥の目は必死に地面を見つめている。


望月「一週間後に、最後の試験をした時点で二軍の奴は退部らしい…ふざけてる!!」

布袋「ど、どうしろってんだ!!」

弓生「…」


流石に弓生も動揺を隠せない。

何故なら、今南雲、望月、布袋、弓生の四人は二軍に落とされているからだ。

表向きは練習に対して真面目ではないと言われているが、実際は堂島に反対して別グループで練習を続けていたから。

まだ真田がいた頃は人数も多かったが、真田がいなくなってからは一人一人が堂島を恐れ始め信奉し始め、ついには四人だけになってしまっていた。

そして藤堂も発覚してからは二軍に落とされていた。

そして、今のまま二軍にいれば…強制退部。


藤堂「お前の好きな野球もできなくなるってことだ南雲」

南雲「…!」

望月「な、何か方法はないんですか!!」

藤堂「堂島に反対していない奴を集めてお前ら二軍と一軍で対戦。勝てば総入れ替えの注文をつけてな」

布袋「そ、それだ!!」

弓生「しかし、監督が納得するか、と思った方がいい」

藤堂「あのジジイも今の状況を面白く思ってないはずだ。桐生院に革命が必要だとな。なんだかんだ言ってアイツも責任を感じてはいるだろう。今回の二軍強制退部は、おそらく造反組の俺達…後顧の憂いを絶つための王手だと堂島は思っているはずだが…無理な改革は自分の首を絞める。異例の事態に、光明はあるはずだ」


望月は立ち上がった。


望月「やりましょう!やるしかない!!」

藤堂「…本来お前みたいな熱い奴は嫌いなんだが。……この際手を組んでやる、一年エース。俺も辞めたくはないからな」

布袋も弓生も黙って頷く。

南雲「…間違っとる…間違っとるぜよ堂島…!!」

藤堂「南雲、どうするんだ。戦うのか、逃げるのか。ここで決めろ」

望月「南雲先輩!!こんな所で終わるつもりですか!!!堂島につかなかった時、約束したじゃないですか!最後まで野球をやって桐生院を卒業するって!!」

南雲「…」





南雲も…ゆっくりと膝に手を置いて立ち上がった。

南雲「望月!!」

望月「はい!!」

南雲「一年はお前に任せるぜよ。二年はわしと藤堂で、堂島に反感をかっている者がいないかどうか確かめる!」

布袋「南雲先輩…!」





南雲「わしは…野球をやめとうはないぜよ!!」



二軍強制退部まで後一週間。








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