038霧島工業戦11仕掛けられたトラップ
































四回裏、霧島工業の攻撃は二巡目になる。


『一番、サード、平井』






布袋「さぁ、ついに霧島打線二巡目か…」

望月「しかし、不思議だよな。なんで中盤だけ急に打ってくるんだ?」


いつもの観覧席の解説役の一人が首をひねった。


森田「さぁな。それはやった相手にしかわからん。いや…やった相手もわかってないはずだ」

弓生「…どういうことだ、と思ったほうがいい」

森田「俺にも良くわからん。ただ…」

望月「ただ?」









森田「やった相手全員はまるで狐につままれたような顔をしていたな…」
























マウンド上、集まる将星ナイン内野陣。

御神楽がグラブを口に当てて話した。




御神楽「ついに二週目であるが、データによるとここからが本番だ」

冬馬「そうですね、急に打ち始めてますからね」

大場「大丈夫ですと、今日の御神楽どんは絶好調ですと!」

原田「相手もまるでタイミングがあってないスイングッスからね」

御神楽「む、そうか?」



上機嫌でニヤリと笑う御神楽に対して……吉田はしかめっ面で腰に手を当てていた。



吉田「うーん、どうもひっかかるな」


吉田はバッターボックスの手前でストレッチをしている相手の一番バッターを見ていた。



御神楽「む、なんだ吉田。僕にケチをつける気か」

吉田「いや、そんなんじゃないんだけど。うーん、何か今までと雰囲気が違う気がするんでな」





吉田が親指で平井を指すと、つられて御神楽も平井を見るが、首をひねる。





御神楽「…別段変わった様子は見かけられないがな」

吉田「ん?そっか?…うーん、そうなのかな」

冬馬「待ってください、俺も何かそんな気がします」

御神楽「む、小坊主もそう思うのか?」

冬馬「『小』をつけないでよっ!」

大場「いやいや、小さいことはいいことですと〜!」

原田「あの、何か話がずれてるッスけど…」

吉田「ようするに、一打席目とは何か雰囲気が違うって事だ」











先ほどから言葉を発しなかった相川は腕を組みながらこの会話を傍観していた。



相川(流石だな、吉田)


ちらり、と横目でバッターボックスのそばの平井を見る。




相川(確かに一打席目とはなにか雰囲気が違う…というよりも何か『違和感』を感じるな、俺は)





一打席目、簡単に凡退した平井と、見た目的にも、なにか違和感を感じる。

それはささいな事かもしれないが、今の相川にはそれがはっきりとはわからなかった。



相川は悩みを吹っ切るように首をふってマスクをかぶる。




相川「とにかく、抑えよう。内野陣は集中していけ、御神楽は落ち着いてな」



皆「「「「「おおっ」」」」」



相川「どうも嫌な予感がする。御神楽、何があっても慌てるんじゃないぞ」

御神楽「うむ、心得た」





「プレイ!!」




バッターの平井。



相川(…後ろから見ていても何かが違う)



相川は明らかにそれの存在には気づき始めていた。



相川(…)



しかし答えまでのプロセスのあと一歩が足りない。

疑問が確信に変わることはない、ならば自分に出来ることは何か?

それは、一番抑える確立の高いリードをすることだ。



相川(まずは内角、スライダー)



御神楽はゆっくりとうなづいて、ステップに入る。

右腕がゆっくりとしなり、球に回転をくわえていく。



御神楽(ふっ!)


ビシィッ!!


スピードの乗ったスライダーが内角ボールゾーンから、真ん中低めに滑り落ちてくる!



御神楽「…っ!?」



バシッ!!



「ストライクワンッ!!」


『きゃああーーー!!御神楽様あ〜!!』








黄色い声が客席から飛ぶが、御神楽の顔は明らかに青ざめていた。

そう、御神楽も何か違和感を感じ取ったのだ。




御神楽「タイム!!」



再び、相川がマウンド上に駆け寄る。


相川「どうした御神楽」

御神楽「…僕にもわかったぞ。確かに、何か様子がおかしい」



投げてみて初めてそれがわかった、と付け加えた。



相川「俺もそれはさっきから思ってるんだが、答えが出ないんだ」

御神楽「ふむ…」

相川「わからない以上はとりあえず相手のやりたいようにやらせてみよう。だから、まずはまともに勝負していって、それから探す」

御神楽「…うむ。しかし、正体不明の敵を相手にするのは何か恐怖を感じるな」




相川はニッと笑い、帝王だろ?とミットで御神楽の胸を叩いた。


再び、ゲームが再開する。




相川(…よし)



相川のサインは外角スライダー、ボールに外す球。

御神楽は首を縦に振り、投球モーションに入る。

そして、御神楽の右腕が再びしなる!!



相川(いいコースだ!まずは外角、相手が届かない所にボールを一球投げて様子を見て…)



そこまで考えて、相川の思考は止まった。



相川「……なっ!!」



ブンッ!!


バッターの、平井の、届かないはずのバットの先端が、相川の視界の中に飛び込んできた!



相川「なっ…なんだとーっ!?」




カキィーン!!


御神楽「!!」

吉田「!」



打球は三遊間を抜けレフト前に転がって行く!


相川(馬鹿な…ボール球を打っただとッ!?)





平井、レフト前ヒットで、無死一塁!

御神楽は驚いていた。


御神楽(ば、馬鹿な?!確かに今の球はボールゾーンのはず…!)


しかし、それ以上に相川は呆然としていた。




相川(……な、何だと!?ありえないぞ!バットが伸びた?!まさか…)



まず頭をよぎった可能性は、さっきまでは手加減したスイングだったと言う事…バットを短く持っていた、という事か。

さっきは実際より短い範囲でスイング、そして今回は長い範囲でスイングをしたことによって、相川が錯覚した…?





相川(………赤城の差し金か?)



相川が振り向いた霧島のベンチでは赤城がニヤリと笑いを浮かべていた。











赤城(…まずは一つ目の罠にはまったな、相川君)


日ノ本「あの、赤城さん」

赤城「…よし、作戦通り頼むで」

日ノ本「はい!」








『二番レフト日ノ本君』





落ち着け、相川は右手を胸の前に持っていき、一本ずつ指を握っていった。



相川(落ち着くんだ。そんな奇策ぐらい頭になかったわけじゃない。何が起きてもキャッチャーってのは常にクールじゃないといけないんだ)








キャッチャーは常にクール。


いつも一歩引いた位置から試合をみつめ、時には見方を裏切る形でも勝利を考えなければいけない、辛い立場。

だからこそ、キャッチャーを務めるためには試合中は人一倍冷静でなければいけない。

相川はその言葉を焦った時には呪文のように心の中で繰り返していた。

そして、今も。







相川(……よし)



二番バッターに対して、相川が出したサインは再び外角の球。

しかし今回は、ストライクコースの球!!

御神楽、第一球!!



バシィッ!!



「ボール!!!」




相川「!!」

御神楽「!!」




…相川にとってはストライクのコース。

しかし判定はストライクではない。

相川の額に、汗がにじんだ。




相川(なんだと…?)



ということは、一番バッターは『ボール球をいともたやすく打ってしまった』。

そして二番は『ストライクのはずの球がボールと判定された』ということになる。


まさか、ますます訳がわからなくなった。

もしかして、今まで自分が信じていたストライクゾーンが微妙に違っている…。

赤城に、狂わせられたのか?



バシィッ!!


「ボール!!」


低目にフォーク、またもやボールの判断。

しかしそのコースは、今まで相川がストライクゾーンと信じていたコースである。




相川(…!?)


御神楽(くっ…!)




驚いているのはマウンド上の御神楽も同じだった。

一周目までは確かにストライクゾーンのコースだったはずだ。

なのに…まさか、また赤城が何かをしたのか?



御神楽(…いや、僕は僕を相川を信じて投げるのみである!)





…しかし。



ズバッ!!

「ボール!フォアボール!!」


審判の手が一度も挙がることはなかった。


ストレートの四球、完全にバッテリーのストライクゾーンは混乱していた。





無死、一塁、二塁。


『三番ライト山中君』




相川(…くそっ。何が違うって言うんだ。この審判ちゃんと目ついてんのか?)






ギリ、と歯を鳴らしても現状が変わるわけではない。

ミットの中の手も、マスクの下の顔面もすでに嫌な汗で埋め尽くされていた。

こんな体験は初めてだった、自分が自分で信用できなくなる。





「ボール!」



再び、カウントは悪くなる。

ノーストライク、ツーボール。

今まで、絶妙なリードで試合を作ってきた相川からすると、御神楽が投げれる範囲でバッターが打てない球を投げさせることによって、試合を優位に持ってきていた。

しかし、今のままでは四球だらけで、それどころではない。


狂った歯車は相川の思考を狂わせていた。

普段の彼なら絶対に考えることがない、采配を行ってしまう!




相川(とりあえず、ストライクをとらないとどうしようもない!)


ミットは内角のいつもより少し甘い球に構えられた。


御神楽、振りかぶって、投げる!

しかし…ボールは、相川の指示よりも真ん中高めに甘く入ってくる!!!








相川(まずいっ!!!)






ガッキィィィ―――ッン!!!








相川が、まずい、と思った瞬間に打球はセンターの頭上を超えていた!




ドカーッ!!



ボールは外野の後ろの壁に大きな音を立ててぶつかった!






能登「!?」

冬馬「打たれた!?」



フェンス直撃の長打コース!!



一塁、二塁ランナーはすでにホームイン!

打ったランナーも二塁へ!…タイムリーツーベース!!





相川&御神楽(…し、しまった!!!)



あれだけ苦労してとった二点が、いとも簡単に返されてしまった。



四回裏、将2‐2霧


気づけば、相川は二塁上の山中を睨んでいた。

相川(ぐっ…なんだ、なんだこれは!中盤に強いデータはわかっていたんだ!…それなのに気がつけば二点を取られて…夢でも見てるみたいだ!?)



無死、二塁。


そして、バッターは…四番、赤城!!!








back top next

inserted by FC2 system