037霧島工業戦10アイアンボール
四回表、将2-0霧!
県の内野安打と、吉田のタイムリーで二点を先制した将星!!
しかも未だ無死でバッターは四番大場!
大場「さぁー、いくとです!吉田どん!おいどんもやるとです!」
その巨躯で金属バットを振り回されるとまるでバットがとても軽そうに見えるのだが…もちろん、そんなことはない。
大場の『力』だけはなめてはいけないのだ。
赤城(…ちっ、やってもーたな。まさか先に点をとられるっちゅーのは考えてなかったで。ここまで勝ちあがってきただけの力はもっとるってことやな…!)
マウンド上に、霧島ナインが集まる。
「ドンマイ、ドンマイ」
「宮元、まだ二点だ。気にすんな」
宮元「…おう。ちょっと球が甘くなっちまったな」
赤城「…」
赤城はいつものポーズで考えていた。
くりくり…。
このままだと、成川の森田の二の舞である。
相川の頭脳と降矢の洞察力をなめてかかってはいけない。
特に降矢はスカイタワー攻略の張本人である。
一打席目は奇をてらった作戦で何とかなったものの…。
宮元「赤城さん」
赤城「…宮元、お前ら。この試合勝ちたいか?」
「「「!?」」」
内野手のメンバーに緊張が走る、しかし宮元だけはやはり、と言った表情をしていた。
宮元「出すんですね、アイツを」
「な、何!?」
「何言ってるんだよ、アイツは…」
赤城「そうや。――『アイアンボール』や!!!」
相川「…霧島の様子がおかしいな」
降矢「…」
いままで何度も修羅場を潜り抜けてきた降矢の頭に、何かの予感が通り抜けた。
降矢のそういう第六感は、将星ナインの中ではずばぬけている。
降矢「何か、出してくるな」
冬馬「何それ!?またサギみたいな変なことしてくるの!?」
県「そうなんですか降矢さん?」
降矢「さぁ、そこまでは知らん」
吉田「む?相手の投手がマウンドを降りるようだが…」
吉田の指差したマウンドからは、宮元がレフトに向かっていた。
『投手、宮元君に変わりまして………尾崎君!』
降矢「?」
三澤「尾崎?…そんな選手いたかなぁ」
三澤はペラペラとデータブックをめくる。
だが、三澤が調べ終えるより早く相川が口を開いた。
相川「確か選手登録の最後の方…背番号16番の選手。一年生だったはず」
吉田「なんだ?一年?」
御神楽「ふん…甘く見られたものだな」
相川「どういうことだ、赤城。勝負を捨てたか?」
原田「何いってんスか!そんな奴には到底見えないッス!」
冬馬「そうだね、まだ二点リードだし…ってことは…」
降矢「…何か、あるんだろうな。あの関西弁には」
一同がつばを飲み込んだ。
緒方先生「…ちょ、ちょっと待って!あの尾崎って選手、内野手登録よ!?」
降矢「!!」
吉田「何!?」
相川「内野手登録だと!?」
御神楽「落ち着け。あのサギ師の事だ。きっと尾崎という選手も何かを持っているはずだ」
そして、その尾崎がベンチから出てくる…!
相川「…見た目は普通だな」
中肉中背、どちらかといえば低い身長だろう。
かといって筋肉が体全身に張り付いているかといわれても、そうでもない。
唯一の特徴といえば、顔が整っているという事だろうか。
緒方先生「あら。イケメンじゃない」
県「それは関係ないですよ…」
冬馬「本当だ、カッコイー」
とりあえず顔はジャニーズ系だといっておこう、長い睫、ぱっちりとした二重の瞳、さらさらの黒い髪。
そんなことよりも、尾崎が投球練習をはじめた。
軽快な音がミットからはじけ飛ぶ。
しかし…。
相川「スピードだけなら、さっきの先発のほうが上だな…」
降矢「しかも全ての球がミットに収まる瞬間に失速してる。たいした球じゃねー」
パシーン!!
そう、それは例えるならチェンジアップのようなボールだった。
相川「大場、とりあえず振っていけ。当たれば儲けもんだ」
大場「はいとです!」
そのまま相川は、行け、と大場を送り出した。
県「あ、あれ?もう終わりですか?」
相川「…何かあったか?」
県「い、いえ僕の時はもっと具体的なアドバイスをしてもらったじゃないですか」
冬馬「プッシュバントだったもんね」
相川「…大場はそんな小器用な選手じゃない」
降矢&御神楽「同感」
「プレイ!!」
マウンド上は、まだ謎のベールに包まれている尾崎。
バッターボックスは大場!
尾崎(…さぁ、いくぜー!!)
尾崎、第一球を振りかぶって、投げる!!
フォームは、右のオーバー…やや斜めに傾いた位置から手が出てくる。
そのままボールは何の変哲もないスピードでミットに収まる!
パシーッ!!
「ストライクワンッ!!」
降矢(…ほー。あの怪物が見送った)
相川(めずらしいな。いつもぶんぶん振り回すくせに)
何か思うことでもあったのだろうか?
…大場は躊躇していたのだ。
大場(…何か、おかしかとです)
どうも、『球が見やすい』。
…見やすい?
大場(おかしな話とです。いつもなら早いボール(ストレート)には目すらもついていかないとです)
御神楽の球もまともに見えない、もちろんさっきの宮元の球もはっきりとは見えなかった。
そんな動体視力しかない大場なのに、この尾崎のボールははっきり見えるのだ。
遅いからだろうか、いや、なんとなくそれだけではない気が…。
大場(…悩むのはおいどんの仕事じゃなかとです。振り回していくしかなかとです!)
ぐいっ、と背伸びをして構えなおした。
尾崎、第二球!!
ボールが放たれる…しかし、また『ゆっくりに見える』!
この瞬間は一瞬であるが、確実にいつもよりは球に目がついていくのだ。
大場は、バットを出した!!
ガッ!!!
バットにボールが当たる!
大場(あ、当たったとです!!)
後は得意のパワーで、運んでいくだけだ!!
――――――――しかし!!!
グッ。
大場「!?」
すぐに異変に気づいた。
体のバランスが崩れている事に気づく!
その後に襲ってくる、手首への衝撃と痛み!!
大場「こ、これは!?」
ガツンッ!!!
鈍い音ともに、ボールはゆるい放物線を描いて、ピッチャーグラブに収まった。
大場「うっ!?」
冬馬「あっ!?」
県「ぴ、ピッチャーフライ!?」
相川「なんだと!あの大場が球に押された?!」
降矢(球威にやられた?まさかそんなスピードはないぞ)
御神楽「…いや、一瞬…一瞬だったが大場のバランスが崩れた」
降矢(…バランス?)
大場が、アウトになりベンチに帰ってくる。
大場「み、冬馬君…手がビリビリしびれて痛いとです…スプレーしてくれとです」
冬馬「え!?ちょ、ちょっと待っててね」
相川「何!?」
相川はすぐに、大場の手を取った。
相川「痛みが走ったのは打った瞬間か?」
大場「そ、そうとですが…」
相川「……わかったぜ。あの尾崎の謎がな」
御神楽「僕もだ。…それは球の重さだ!!!」
三澤「球の…!」
原田「重さッスか?!」
相川「大場、お前もそう感じてたかもしれないが…。多分だが、俺はこう思う」
大場「な、なんとです!?」
相川「アイツの球は回転数が恐ろしいぐらいに少ない!!」
普通、ストレートとは回転数が早いほどいい、といわれている。
プロの選手はみなそうだ、その方が球にノビが出てくる。
伸びると、球は実際のスピードよりも早く見え、打つのが困難になる。
相川「だが、アイツはそれの逆を利用したんだ」
つまり、ノビが極端にない、ということは回転数も極端に少ない。
すると、逆に球は極端に遅く見える。
大場の目が球についていったのもこれだ。
相川「こう言うとこの球は打ちやすそうだ。だが、ノビがある…回転数が高いということはどういうことだかわかるか?」
吉田「はっはっは!さっぱりだ!!」
相川「お前には聞いてない」
冬馬「よく言われてるのは、回転数が高ければ高いほど『球の球質は軽くなる』……あ!!…ってことはその逆!」
御神楽「…そういうことだ」
相川「つまり、あの尾崎のボールは極端に回転数が少ないチェンジアップのようなものになっている」
理論の逆を突いた、赤城の策…!!
相川「あいつの投げるボールはまるで『鉄の球』みたいに球質が『重たい』んだ!!」
赤城(早速気づいたみたいやな、相川君。この『アイアンボール』に…しかし、わかっててもこのアイアンボールを打つことはできへんで!!)
ガキィンッ!!
相川「ぐぅぅっ!!!」
ボールはまったく飛ばずにサードゴロ。
しかし、相川の腕には尋常ではないしびれが残っていた。
相川(ぐっ!球が見えるからボールに当てやすいが、重すぎて前に飛ばねぇ!)
その後も『アイアンボール』を前にアウトをとられ、将星の攻撃は二点で終了した。
四回裏、霧島工業の攻撃。
赤城「さぁ、ほないきましょか!!」
「「「おおおーー!!!」」」
相川(さぁ、運命の二周目だ。中盤戦…ここをのりきれば…!)
将星高校、二点リード!