036霧島工業戦9吉田の馬鹿と意地




























四回表、将星0-0霧島。

無死、ランナーは一塁に俊足の県!!


『三番、サード吉田君』


吉田「よぉしゃーーーー!!!」

『ワァァァ!!』






吉田はブンブンとバットを木の棒のように回し、バッターボックスに入る。


相川「吉田、無心で行け!お前なら打てる!」

吉田「はっはっは!!任されよ!」


相変わらずの謎の高笑いを残し、赤城との勝負に立つ。







三澤「あ、相川君。傑ちゃんが打てるっていう根拠はあるの?」

相川「ない」

きっぱりと言い放った。

三澤「うわ。あっさり〜…」

御神楽「トンデモ馬鹿のアイツが敵うわけが無かろう。サギに騙されるようなものだ」

冬馬「でも、キャプテンは何とかしそうなオーラがあるじゃないですか!」

相川「そう、打てるって根拠はないが―――打てない根拠も無いんだな、これが」












おおげさなほどに素振りを繰り返し、鼻息を荒くする。

そう、気合は十分だ!!


吉田(燃えてきたぜコンニャロー。こうやって皆が一丸となって勝利に向かうっていうのはマジでいいもんだぜ!!)

赤城「ほー、燃えてますなぁ。吉田君」

吉田「当然だぜ!!俺達はいつだって全力で立ち向かってんだ!」

赤城「なるほどなるほど、いいこっちゃなー」



ニヤリ、と笑う赤城。


吉田「なんだよ。また何かあるのかコンニャロー?」




相川(心配なのは、アイツが馬鹿みたいに純粋だっこととだ、それは人を惹きつける魅力であると同時に、どうしようもない弱点だからな…)



赤城「まずは…ここやな?」

赤城がわざわざ口をはさんでくる。

吉田「はっはっは!どこに来ようが、打ってやるぜ!!」





宮元の第一球!!




吉田(高めストレート!!ホームランボールだぜ!)





ぼそり、と赤城が呟いた…。


赤城「吉田君、自分とこのベンチのマネージャーめっちゃ可愛いやんな?もしかして吉田君の彼女でっか?」

吉田「!!??」





ブンッ!!

吉田はとんでもない空振り!!


バシィーーッ!!

「ストライク、ワン!!」



そのまま勢いあまって、地面に倒れる。

ドシャッ!!


吉田「ぐえっ」



かえるのつぶれたような声を発して、黙ってしまう吉田。

相当格好悪かった。







緒方先生「よ、吉田君ーーっ?」

相川「何やってんだ、あの馬鹿は…」

能登「…ホームランコース、空振り…」

原田「キャプテーン!!しっかりして下さいッス!」

御神楽「…ぐ、愚民が…失態をさらしおって!」







赤城「おやおや、どうしたんでっか?」

吉田「て、テンメー!!」

赤城「おおう!顔赤ぉして、どうやら本当のようですな」

吉田「違う!アイツはただの幼馴染だってーの!!」


尻についた泥をはたきながら打席に戻る。


赤城「ほー、なんや違うんかぁ。なんや、それなら別に言ってもかまわへんな?」

吉田「な、何が…げっ!?」



宮元はすでに投球モーションに入っていた。



吉田「くくーっ、無心無心!!」

赤城「まあ、落ち着けやぁ」

吉田「誰のせいだコンニャロー!!」





先ほどとは違い、少しゆるい球が宮元の右手から放たれる。


吉田(チェンジアップか!?)



しかし、少し躊躇してたのが幸いして、球を待つタイミングはあっている!

しかもコースは甘い、真ん中少し低め…振り切ればショートの頭上を越す!



吉田「だらぁぁーーっ!!」

赤城「わいな、見たんやで」


吉田の体がぴくりと反応した。





赤城「あのマネージャー…三澤さんが、かっこええ男と歩いておった所な」




吉田「―――っ!?」



途中まで出かけていたスイングが止まった…。


ビシィッ!!





「ストライクツー!!」





相川「あの馬鹿…」

冬馬「どーしたんだろ?そんなに厳しいコースでもないよね???」

降矢「…つーか、お前ら本当の馬鹿か。あのうろたえよう見てりゃ、何か話しかけられてるんだろ。…内容までは知らんが」

相川(馬鹿野郎、無心だって言ったろ!)
















吉田「…マジか?」

赤城「嘘ついてもしゃーないからなぁ」


吉田は少しの間の後、そうか、と短くつぶやいた。


赤城「わいはてっきり吉田君とつきおうとると思ってたから、なんのこっちゃ思うて。いやぁ…それにしても吉田君は好きやのに、可愛そうやな」

吉田「お、俺は別にアイツの事なんてどーでもいいんだよ!」

赤城「素直やないなぁ。いつも一緒におるくせに。ちゃーんとデータはとってんねんで」




どうやら詳しいのは野球のデータだけではないようだ。

…というよりもここまできたら、すでにストーカーのレベルだが。




赤城「それやのに、別の男と楽しそうに話しとるからなー。あの子も『悪女』やな…」

吉田「ふざけんな!!!!!」


ビリビリ、と空気が震えた。



吉田「テメェ、俺はいいけどアイツのことを悪く言うならぶっ殺すぞ!!」

赤城「おお、熱い熱い。でも、さっきのは変えようの無い事実やで?」

吉田「……黙れよ、畜生」








「タイム!!」








審判がタイムを宣言した、いたたまれなくなった相川がかけたのだ。



相川「吉田!お前あれだけ赤城の言う事を……って、どうしたんだ」


吉田の顔色は一目でわかる程、悪かった。


吉田「……」

相川「お前な…また騙されてるんじゃないのか?」

吉田「あんさ、相川よぉ…俺はお前を男と見込んでるんだ」

相川「はぁ?何言ってんだよお前」

吉田「…もし、もし。自分の大切な人間が、他の奴を好きだったらどうする?」

相川(…どうせ、赤城のくだらない嘘なんだろうなぁ。三澤だろ、きっと)




相川の勘は素晴らしかった…いや吉田がわかりやすすぎただけなのか?





吉田「…どうすりゃいい?」

相川「今そんなこと言ってる場合かよ」

吉田「俺にとっては一番重要なんだ!

相川(…この単純さ。やっぱ馬鹿だなあコイツ。もうきっと赤城が嘘つきってこと忘れてるんだろうな)


しかし、相川はふと気づいた。

相川(…しかしまぁ、三澤の事を考えてるんだろうな、コイツ)

まだ吉田が三澤のことを好きなのか、それとも妹が嫁に行く寂しさのようなものなのかはわからないが。


吉田「俺はよぉ…やっぱ、好きな人が好きなようにするのが一番だと思うんだ…」

相川「そうか、お前の好きにしろよ」


相川は、どうせ嘘なんだから、と思っていた。


吉田「…だよな。ふっきらなきゃ前に進めないよな…」





半端なことをそのままほうっておけるような吉田ではなかった。

いつだって白黒はっきりつけたいのだ.




吉田「…俺、俺言ってくるよ!!」


吉田はベンチに向かって走り出した。

何だか後姿が少し悲しそうに見えた。



相川(…馬鹿が、三澤がお前以外の男を見てるわけねーのにな)

相川は少し苦笑した。









吉田「柚子!!」

三澤「きゃあっ!どうしたの傑ちゃん!」


吉田はいきなりベンチに走ってきて三澤の肩をつかんだ。


吉田「…」

三澤「…?」


そのまま見つめあう二人。

限りなく真剣な吉田と、きょとんとした三澤。







吉田「し、幸せに…なれよ…」

三澤「え?」

吉田「幸せになるんだぞーー!」


そのまま、またバッターズボックスまで走っていく。









三澤「え?え?どういうこと?」


残された三澤の頭には大量のはてなマークが浮かんでいた。


緒方先生「…どうしたのかしら?」

相川「馬鹿なんだよ、馬鹿」


呆れた顔で、ベンチに戻ってくる相川。

相川には、吉田が三澤のことを好きなのか、それともやはり妹として大事な幼馴染として見てるのかはわからなかった。

だが三澤のことを大事に思っているのは確かだ、それだけまっすぐな馬鹿なのだ。


相川「…アイツの馬鹿は一生直らん」




















赤城「どないしたんや?いきなりあの三澤さんのとこまで走っていって」

吉田「…けじめ、つけてきたんだよぉ……」


吉田は、泣いていた。

見事なまでの、男泣きだった。


赤城(…ぎょっ、こ、コイツ泣いとるで)








吉田「俺は、馬鹿だけどよぉ…」









宮元が第三球を振りかぶる。












吉田「俺は馬鹿だけどよぉ…」












ボールは、スライダー!!












吉田「馬鹿なりのなぁ…」












赤城(ええで!コースは内角の厳しい所や!!打ってもサードゴロ…)


















吉田「意地があんだよぉーーー!!!」















むりやり、振り切る!!!!!!






バキャーーーーッ!!












吉田が使っているのは木のバットだが…その木のバットが粉々に砕け散った!











緒方先生「ああっ!!」

原田「バットが折れたッス!!」

御神楽「しかし振り切った分飛んでるぞ?!」



赤城「くっ!!」




ボールはふらふらしながらも、左中間に…!!


三澤「落ちた!!ヒットだよ!!」







『ワァァーーー!!!』



俊足のランナー県はすでに二塁を蹴っている!!



相川「県!!つっこめ!!」

降矢「お前の足ならセーフだ!!」





そして三塁コーチャーの冬馬も手をグルグルと回す!



冬馬「いけるよ!県君!」

県「てやああ!!」





三…本塁間を疾走する県!!

そして、バックホームされた球も向かってくる!!




降矢「かわせ!パシリ!!」

赤城「させんで!!」



ストライクコースの返球はミットにおさまる!!

そして赤城はすぐにタッチに行く…!!




吉田「県!飛ぶんだーー!!」

県「うわあーーー!!」




パシリで鍛え抜かれた脚力はジャンプ力をも強くする!!

座っている赤城の上を飛び越えていく!


赤城「上やと!?ぬあああっ!!!」



赤城もタッチに行く!!







しかし!

ミットの少し上を県はすり抜けていき、地面に落ちると同時にホームに手があたる!!




「セーーーフ!!!」


『ワァァーーーーー!!!』






宮元「赤城さん!!もう一人来てます!!」

赤城「なんやて?!調子にのんなや!」




バッターの吉田もホームベースへ突入していた!!


降矢「馬鹿が…!」

大場「そりゃあ、暴走ですと!!」






吉田「うああああ!!!」



吉田の姿勢が低くなる!


赤城「またジャンプか!?そう何度も引っかかるわいやあらへん!!」


赤城はミットを構え、吉田の動作を凝視する!!

しかし、吉田の姿は赤城の眼中から消えた!






―――フッ!!




赤城「消えた!?」

宮元「赤城さん!横です!!」

赤城「!?」


吉田は一瞬で、赤城の横へ回り、ホームへと滑り込む!!!!


吉田「うあああーーーっ!!!」

赤城「だーー!!」


バシィッ!!


赤城のミットが吉田の肩をタッチする!!!


「セーフ!!!」


しかし、審判の手は横に大きく開いた!!


宮元「な、なんだと!?」


わずか一瞬吉田のホームインの方が、早かったのだ!







『二点!二点入ったわよ!!』

『きゃーー!!』

『ワァァーーッ!!』




赤城「くそっ!!」


バシィッとミットを地面にたたきつけた!


赤城(…くっ、わいのミスや!で、でもまさかあの場面で吉田君が暴走するなんてデータはなかったで!?)











吉田「…」


吉田は地面に倒れたまま、折れたバットのほうを見たまま呆然としていた。



さっきの折れたバットは、吉田がずっと使っていたバット。

それも、三澤にプレゼントされたものだった。

それが、真っ二つに叩き折れたのだ。




相川「吉田ーー!!先制だぜ先制!!やりゃあできるじゃねーか!!」

大場「…でも変とです、吉田どん。何だか悲しそうとです」

三澤(…傑ちゃん)




赤城「ナイスヒットや、吉田君。わいの完敗や…」



赤城は折れたバットを吉田の元へ持っていった。




吉田「…赤城」

赤城「まさか、あの内角を打たれるとは思ってなかったわ…」

吉田「バットは折れたけどな」

赤城「それでも振り切った成果や」

吉田「かもな…」



吉田はよろよろとした足つきでベンチへ戻っていった。






相川「やるじゃねぇか!このやろう!!」

大場「吉田君!ナイスバッティングとです!!」

原田「スゲーッス!!」

吉田「はっはっは!!そうだろう!…」

三澤「…」


三澤と目が合ってしまった。


三澤「な、ナイスバッティングだね!」

吉田「…ああ」

三澤「…す、傑ちゃん?」

吉田「…」


しかし、吉田は目をそらしたままそれ以上喋る事はなかった。






相川「馬鹿が…、おい吉田」


ガシィッ。



後ろを見ると降矢に肩を掴まれていた。



相川(なんだよ?)

降矢(……おもしろいから、黙ってよーぜ。ひひひ)


そのまま悪魔の笑みを浮かべた。

相川(お前な)

なんとなく、相川はタイミングを逃して言いそびれてしまった。








とにかく、将星は二点先制したのだ!


将2-0霧













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