035霧島工業戦8何とかして一点を





























予選三回戦の将星高校と霧島工業の試合は0-0のまま中盤に突入していく。



しかし、気になるのは霧島工業のデータであった。

それは霧島工業が中盤だけ異常に強くなるという、謎めいたもの。








もちろん、それを知らない相川ではなかった。



相川(データを参考にすると、奴らのこの予選全得点の九点は全て『四回から六回』にとられている…)


どういうことなんだ、たまたまなのか、それとも。


相川(いーや。向こうはサギ師だ。たまたま、と思うとやられる)


もちろん『たまたま』という偶然ををそれらしく見せている可能性もあるが。

それはうちの金髪野郎の得意技である。







しかし、相川の心配は空振りに終わった。


三回裏。


相手の七番、八番を得意のスライダーが冴え、連続で三振にしとめる御神楽。

現時点で御神楽が出したランナーは無し、パーフェクトだ。




『九番ピッチャー宮元君』


御神楽(うむ、今日は調子が良いようだ)


右手を開いたり閉じたりして握力の感じを確かめる。

球は走っている、御神楽は確信していた。








…しかし相川は、その調子の良さに逆に不安を感じていた。

相川(おかしい)


そう、相手はあの赤城である。

相川が飛ばさせている打球の方向のパーセンテージまで調べ上げている緻密なデータが、『攻撃面に関しては』この試合ここまで発揮されていない。

それが、相川に違和感を残していた。






相川(一打席目の赤城だってそうだ。あの野郎思わせぶりなスイングしやがって、とんでもないボール球を三振だ)





相川は御神楽の弱点を知っていた…それは『スタミナ』である。

一回戦、二回戦と先発を任せた御神楽であったが、やはり投手としてのスタミナはまだ十分についていなかったのだ。














三回戦の試合の前――。


相川「次の先発もお前で行くぞ、御神楽」

将星高校サブグラウンド、投球練習のためマウンドに立つ御神楽に対して相川はボールを返した。

御神楽「うむ。任せたまえ」

冬馬「ちょ、ちょーっと待った!!」

相川「なんだ、冬馬?まだ御神楽の投球練習だぞ」

冬馬「ま、待ってよ。俺だって桐生院戦の時は先発したんだよ」

相川「そんなことは知っている」

冬馬「じゃーなんで御神楽先輩ばっか先発なのさ。俺にだって投げさせて!」


そう、冬馬が先発したのは練習試合での桐生院戦の時だけであった。


相川「…そうだったか?」

冬馬「そ、そうだよ!俺だって御神楽先輩には負けてられないもん!」

御神楽「ふふ、言うな。これも実力だ」

冬馬「なんだとーー!!」










相川が冬馬を先発に使わない理由は二つあった。


一つは、決定的な球威不足。

威力よりも球のコントロールで勝負する冬馬は体力がスタミナが切れた瞬間に長打を食らう危険性がある。

もう一つは、その体力が少ないということ。


もとより体格が小さすぎる冬馬は冷静に判断できる相川から見れば…当然、投手として不向きである。

それでも、冬馬にFスライダーがある限りは冬馬をマウンドに立たせるつもりだった。

しかし、先発にたてるとリスクが高すぎる。







冬馬「俺だって投げたいんだー!」

相川「…じゃあ、せめて体力をつけろ。桐生院戦の時を思い出せ、打たせてアウトをとる上、死球も出さないピッチングをしたにもかかわらず、バテたじゃないか」



球数にするとあの大量失点を喰らう時点でわずか六十球を過ぎた程度だった。

それも途中から桐生院のバッターが打てない焦りを見せ始めたせいで、冬馬にプレッシャーをかけて無くても、だ。



冬馬「うう〜〜!わかりました…じゃあ走ってきます!」

相川「お、おい冬馬」



言うが早いが冬馬は外を走るために飛び出していってしまった。


相川「…はあ」

御神楽「ふむ、あの執着ぶり。何かあるのやもしれんな」

相川「さーな。まぁいい、御神楽続きだ」







相川は冬馬が「背番号1をつけているのに(御神楽の背番号は6である)先発しないのに責任でも感じてるのだろう、と考えていた。

それは半分は正解であったが、真実はすこし違った。

冬馬の本当の理由はまた少し先に話すことにしよう。






















―――こんな話があったため、相川は御神楽を先発として使うことを決めていた。

まだ、帝王学とやらのための一貫として体力が鍛えられている御神楽のほうが、基本的な体力はある。


…しかし、それはあくまでも基本的な体力である。

投手のスタミナと、マラソンを走る陸上選手の体力が違うことを考えてもらえばいい。



つまり、『御神楽は投手としての体ができていない』のだ。

前回の成川戦の時、終盤に来て腕や足が重くなってきていたのがその証拠である。











話を元に戻すと、御神楽の弱点はスタミナである。




相川(俺が知っている事をアイツが知らないわけが無い)





ならばキャッチャーとしてのリードの時のように投手御神楽の弱点を狙ってくるのが普通だ。

例えば粘って打ったりして地道に御神楽の体力を削る方がよっぽど、打ち崩せる確率は高い。

それなのに、まともに攻めてきたのはあの降矢の奇跡のフライの時の三番山中まで、である。





相川(…まてよ、という事は急に打たなくなったのは―――赤城がバッターボックスについてから―――!)



だとしたら、あまりにもできすぎた話だ。

何かあると疑ってしまうのは仕方が無い。

何か、赤城が相川の知らない御神楽の弱点を掴んだのだろうか?

それともサギ師の名のままに、さっきの降矢のように…結果としては何も無い、ということなのか。













しかし、打席の九番宮元も…。




バシィッ!!


「ストライクバッターアウト!!」


御神楽「うむ、絶好調であるぞ!」





御神楽の外角のストレートを振るがボールに当たらず三振、この回三者連続三振だった。




相川(…)



相川の額を嫌な汗がつたっていく、あまりにもおかしい、うまくいきすぎてる。

この時点で相川も御神楽も赤城のトリックにかかっていた。











『四回表、将星高校の攻撃は、二番センター県君』


バッターボックスに向かう県を相川が止めた。



相川「県、なんとしてもランナーに出ろ」

県「え、どうしたんですか相川さん?」

相川「何だか悪い予感がする。今のうちに点をとっておかないとマズイ」

県「え?どうしてですか?御神楽先輩すごく良いピッチングしてるじゃないですか」



降矢「俺も同感だな。早めにケリをつけねーとだりーぜ」

県「ええ?降矢さんもですか?!」


ベンチ裏で暑さから逃れていた降矢もいつのまにか県の隣に立っていた。



降矢「『良いピッチングすぎる』んだよ。あの関西弁サギ野郎が何にもしねぇ訳ねーだろ?一回に俺を狙って打つなんて身の程知らずな作戦立てた割にはな…。俺の守備が弱いだろーと踏んでたんだろうがよ」

相川(…降矢め、やはり馬鹿ではないな)

降矢「だからこそ俺はさっき無理してまで一発を狙った。ちんちくりんが一塁で殺された以上、一発しか点が入らねーからな」



相川は降矢の肩を叩いた。



降矢「んだよ、先輩」

相川「よくわかってるじゃないか。見直したぞ」

降矢は笑うことも無く、不愉快だ、という表情で相川を睨んだ。

降矢「俺は元からこーだろーが」

相川(確かにな…)






見てるところはしっかりと見てる男だ、だからこそあの時もスカイタワーの弱点を見つけ出し、打てたのだろう。


相川「いいか、県。赤城はきっとお前の足が早い事も知ってるだろう」

県「は、はい…」


















赤城(なんや?相川君のアドバイスか?…まーええわ。もうわいのトラップは完成しとる。後は獲物がかかるのを待つだけや、四回が楽しみやな)


そして、アドバイスを受け終わった県がバッターボックスに立つ。



赤城「お、県君。アドバイスはしっかり聞いてきたんか?本当に先輩達はいい人ばかりやな〜」

県(…う、聞いちゃ駄目だ!)





相川(まず相手の言う事は無視しろ、何を言われてもだ。人と話すってのはそれだけで集中力が乱れる、一流バッター以外はな)










赤城「なんや〜無視かいな。優等生の癖に無視するなんて、県君は最低やなぁ」

県(……!)

赤城「ま、ええわ。ほんなら相川君のアドバイスの効果みせてもらおうやん」





赤城がいつもの一休さんポーズをした後に指を鳴らすと、霧島工業の守備陣がいっせいに前進した。


県(あ…相川さんの言ったとおりだ!)







相川(まー自分でもわかってると思うから言うけど、お前はパワーが無い。そんなことを知ってるのはあたりまえの赤城は絶対に守備のシフトを変更してくる)








県(ってことは…)











相川(つまりそれは絶対にこの回をゼロで抑えるということだ。

それなら次の四回に何か仕掛けてくるのは明白になる。

つまり何が何でも相手よりも先に点をとらなきゃならないんだ)













赤城「どや、県君。まあ君の力ならこんなもんやろ。なんせ外野フライを打ってないもんなぁ」


そういえば、と記憶を掘り起こしてみれば確かにそうである。

県は赤城の事に納得してしまった。


県(こ、こんなことまで知ってるなんて…赤城選手、恐るべしです!)







相川(さぁ、こっからが本番だ!…いいか、県)









宮元が第一球を投げる…ストレート!!


ビシィッ!!


「ボール!!」

県「ふ、ふぅ〜…」











相川(ボール球は絶対に見逃せ!フォアボールでもランナーに出れるからな)













県「よし!」

赤城(…なんや、変な自信にあふれとるな。…しゃーない、宮元ストレートに投げて来い!)


宮元の第二球もストレート!!











相川(いいか、お前がやることはバントだ!!)
















県「…!!」


さっとバントの構えをとる、県!

赤城(あほか!!何のために守備を前進したのかわかってるんかいな?!そんなことは予測済みや!!)



赤城は大声を出して指示を伝える!!

赤城「ピッチャー、ファースト、サード!ダッシュや!なんとしても殺せ!」






声にあわせて三人が猛ダッシュをかける、いわゆる、バントシフトだ!


赤城(一点も取らせへんで、相川君!!)









相川「今だ!!!県!!押すんだ!!」




赤城「なんやと!?」

降矢「パシリが!!意地見せろこの野郎ぉ!!」






県「は、はいーーー!!」





ガツンッ!!


バントの構えから県は勢い良くバットをそのまま押し出すようにバットに当てる!

ボールは…サードの頭上にあがる!!!



赤城「プ、プッシュバントやと!?!?…サード!サード下がるんや!!!」







しかし、打球はサードのグラブの少し上をかすめるように抜けていく!!




冬馬「ぬ…」

三澤「抜けたーー!」



ボールは三塁ベースの前を、てんてんと転がっているが…!




原田「県君!!走るッス!!」

「させねぇっ!!」

すぐにショートがカバーにまわる!



赤城「ショート!絶対にアウトをとるんや!」


ショートが一塁に送球…!!









降矢「馬鹿が…なめんなよ。アイツは日本一早くジュースを買ってくる男だ!!」









赤城「!!!」



なんと、県はショートが送球する前にすでに一塁ベースを踏んでいた!



赤城「早い!!」




『ワァァーー!!』

将星女子生徒応援団からも声援が飛ぶ!

赤城(ぐっ!やられた…プッシュバントやと!?)







弓生「…将星のあの必死ぶり、なんとしてもこの回一点をとるつもりだ、と思ったほうがいい」

布袋「何?」

森田「当然だ、相川も霧島の中盤の強さを知っているだろ」

望月「先手をとっておくべきと考えたんだろ?確かにあのサギ師のリードじゃ後半に点を取るのはますます難しい」

森田「しかし、将星は…赤城のトリックを見破れるかな?」









四回表、将星ノーアウト、ランナー一塁!
















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