034霧島工業戦8サギ師投法

















『ピッチャー、宮元君に変わりまして、赤城君』

アナウンスのコールと共に、球場全体がにわかにざわめいた。



森田「―――な、なんだと?」

布袋「ほー、赤城選手め、投手もできたのか」

森田「い、いや。そんな事は初耳だぞ」

弓生「…いや、データにも無い、と思ったほうがいい」

望月「にゃろー、選手交代までサギ師かよ」








『キャッチャーはピッチャーの宮元君が入ります』


そっくりそのままバッテリーが入れ替わる形になった。


降矢「…」

赤城「どや?驚いたやろ、降矢君」


先ほどは後、今度は前から降矢に話しかけてくる、赤城。



赤城「もうバットでは殴られたくないから、わいキャッチャーやめるわ」


へらへら、と掴み所のない笑い方で投球練習に入る。

ギリ、と降矢の歯が音を立てた。


降矢「テメェ…俺にはったりが通じると思ってんのか」

赤城「せやかて、あのままキャッチャーやってても、降矢君にぼこぼこ叩かれるやないですか」



振りかぶって、ボールを投げる。

降矢「…」


…パシーン、と気の無いボールが入る。



降矢(なんだ?これならさっきの宮元とかいう奴のほうがマシじゃねーか。まさか、本当に俺に殴られたくねーからやめたのか?)

宮元「ふふふ、金髪君。赤城さんを見くびるなよ?俺の投球術はなんてったって、あの赤城さんをモチーフにした――」


ゴガンッ!!!

またもや、バットはキャッチャーの防具ごしに顔面に激突した。


宮元「ぐわっ!て、テメェ!」

降矢「黙れよ。さっきからゴチャゴチャとよ、別に俺は落語聞きにきたわけじゃねーんだ」

宮元(くっ!あ、赤城さんの言うとおりコイツは一味違うな…)















相川「…どういうことだ?」


相川は、三澤に預けておいたデータ帳をパラパラとめくりはじめた。

しかし、しばらくすると大きなため息をういて、そのデータ帳を閉じた。


御神楽「相川、貴様のデータには奴が投手をやっていたデータは無いのか?」

相川「ああ。どうも読めないな、アイツが奇策でそんな博打を打つような奴じゃない」

緒方先生「そうなの?どっちかっていうと、訳のわからないことをやってきそうな選手に見えるんだけど…」

相川「いや、口調に騙されてしまうが案外勝負どころでのリードはまともなんだ。…とにかく俺と同じでデータを最重要視する…。しかし、データを見るだけでも奴と俺には徹底的な違いがある」


相川はぱたん、とノートを閉じた。


相川「…それが、ここぞという所で、賭けるか、賭けないか、だ」





そう、口は出してくるし、人の裏をかいたようなリードだが、それは全てこちらのデータに裏づけされたものだった、赤城は博打のリードはしない。

逆に、相川は前の桐生院戦で弓生にしたように、博打を打った一か八かのリードもする、データを信頼するものの、賭けに勝てば試合の流れが傾くと信じているからだ。




相川「その赤城の事だ。決して勝算がない作戦ではないはずだ」

吉田「ってことは…」

御神楽「何か、俺たちの知らない『降矢対抗策』が…!」












マウンド上の赤城はロージンバッグを入念に手につけていた。


赤城「こんなに早く来るとは思わんかった、企業秘密やから他のチームは知らんはずや。…やが、降矢君、アンタは要注意人物なんで使わせてもらうで」

降矢「あ、そう」

相変わらず興味なし、とそっけなく返答する降矢。

だが、その心にはわずかなら動揺が、波紋をきたしていた。

『プレイ!!』



さぁ、この赤城、一体どんなピッチングをしてくるのか…!

赤城「ほな、いきまっせ!!」


第一球!!


降矢(…カーブ)


パスン。


「ボール!」

降矢(???)



降矢は混乱していた、さっきの宮元のカーブのほうがキレも変化量も上だ。

投球練習も見ている限り、ストレートもたいして早くない。



降矢(…ってことは、ちんちくりんのFスライダーとかのっぽのスカイタワーとかみたいな、得体の知らない球があるってことか?)



赤城、振りかぶって第二球!

パシーンッ!!

外角のストレート!


「ストライクツー!!」



降矢(…わかんねー)


見えない霧の向こうを、見ようとしても、霧が晴れない限り見れない。

そんな心境だった。


赤城「どないしたんや降矢君?さっきから手ぇ出してこーへんけど?」

降矢「まー、焦るな。二、三球投げさせてやら無いと可愛そうだろ?」

赤城「減らず口は、相変わらずやな…!」



カウント2-2からの第三球目!!

降矢(さー、追い込まれてやったぜ。決め球に何を持ってくる!)

赤城「いくで!降矢君!!!」

降矢(…!!)


















バシィッ!!
























「アウトー!」




相川「!!」

御神楽「な、何!!」


冬馬「――――ああっ!!」



ファーストベースを少し飛び出した冬馬がタッチされる。


赤城「ほい、1アウトや」

冬馬「―――っつ!!」


そう、赤城が投げたのはファースト…つまり牽制だったのだ。


赤城「あちゃー、油断してましたな」

降矢「な、牽制だと!?」


いとも簡単に、ピッチングでなく牽制でチャンスを潰されてしまった。


降矢(や、やられたぜ、この野郎。本当にコイツはド素人だ!…このキャッチャーの言動と、さっきのリードの時みたいな得体の知れない雰囲気で、知らず知らずのうちに騙されちまった)








いわゆる、疑心暗鬼である。

そう、『要注意』と呼ばれていた降矢に対してだけ。

しかも一球投げて「お前は降矢に通用しない」とピッチャーに宣告して。

そんな時に出てきた赤城に『もしかして赤城はすごい投手なのではないか?』という『思案』があった訳だ。

読者の皆さんも、少しそういう風に期待したのではないだろうか?


しかし、忘れてはならない、あくまでも赤城は『サギ師』の『キャッチャー』である。









にやり、と赤城の顔がゆがんだ。

赤城「だーれもわいが『すごい』なんて一言も言ってへんからなぁ……」

降矢「野郎ぉ…!!」

赤城「やけど、ルールやからわいが降矢君を抑えないとあかん、ちゅー訳やなぁ、めんどくさい」


めんどくさいとは、言ってくれる。


降矢「ど、どこまでもなめきった野郎だな」



こうなると、借りを返すには、唯一つ。



降矢「スタンドへぶちこんでやる…!」

赤城「おお、言うねぇ。まー頑張ったってや」



この時点で降矢は打ち気に走っていた。

ここまで挑発されていたからだ、それを赤城が見逃すはずが無かった。




降矢「素人に抑えられてたまるかよ!!!」


カウント2-2から、赤城が投じたのは…!!



降矢(ぐあっ!…お、遅い!!)


球速90kmのゆるい球がミットに向かっていく――勿論降矢は待ちきれるはずも無く。


降矢「ぐ、野郎ぉぉーーーー!!!」



ブンッ!!!



パスッ。

「ストライク、バッターアウト!!!」



そして降矢を抑えた赤城は再び捕手の位置に戻った。

降矢の負けであった。












森田「…流石だな、赤城」

望月「あの、金髪を手玉に取るとはなーたいした野郎だ」

布袋「その名の通り、サギだがな。決して力でねじ伏せたわけじゃない」

弓生「最後の最後まで騙して騙してアウトをとった、と思ったほうがいい」




降矢は思いっきりヘルメットを蹴りつけた。


降矢「オラァ!!」


バギン!!

ヘルメットは勢い良くベンチに飛んでいき、大場に命中した。


大場「おおう!」

降矢「野郎ぉ…こけにしやがって」

冬馬「降矢、ごめん…俺の不注意で」

降矢「うるせぇ!向こう行ってろ!俺に話しかけんじゃねー!!」

冬馬「うっ…わ、わかった…」


相当イラついている。

冬馬はおずおず、と申し訳なさそうに降矢から離れていった。



相川「気にするな冬馬、俺もあの赤城の術中にはまっていた。まさかあれだけ降矢勝負と見せかけて牽制だとはな」

冬馬「はい…せっかく無死のランナーだったのに」

御神楽「まだ、三回であろう。落ち込むには早い」






降矢には降矢なりに別の理由で打てなかったことを悔やんでいたのだ。


降矢(畜生ぉ…あそこで打たねぇと…そのために打順下げたんだろうが!)



降矢はしっかりと試合の流れを掴んでいたのだ。

もちろん『霧島が中盤に急に強くなる事』も。

だからこそ早めに先制しておきたかった、だから相手のピッチャーの特性を良く見るために打順を下げたのだ。




そして、もう一つ。

腰を捻り、そこから打つ『サイクロン打法』と周りが勝手に呼び始めた降矢の打法は決してまだ完成してはいない。

だからこそ打順を下げて何が足りないのか考える時間が欲しかった。






『一番、ピッチャー御神楽君』


降矢「ナルシスト!!」

御神楽「ふぅ…いい加減、そう呼ぶのは止めてくれたまえ。帝王と呼べ、帝王と」


ガシッ、と成川高校の森田と対戦した一打席目のときのように御神楽の襟を掴む。


降矢「…何が何でもこの回に点をとるんだ!」

相川「降矢、お前」

御神楽「…そんなこと、わかっているさ」

降矢「俺はあんなふざけた野郎に負けるわけにはいかねー!!」

御神楽「うむ、その心意気はわかる」

降矢「…まだ、謎だらけだ。打てるときに、打っとくしかねー」












そして、御神楽がバッターボックスに立つ。



赤城「さあ、一回りやなぁ。ぼちぼちそちらさんのこともわかってきましたわ」

御神楽「ん?」

赤城「御神楽君、アンタはな手前でちょっと変化する球に弱いねん」

御神楽「なんだと?!」

赤城「まー、そう目くじら立てんといてぇや。ボールを最後までよーく見て打つのがオススメやな」

御神楽「…確かに降矢の言うとおり、ふざけているな」


御神楽のバットを握る手に力が入る。

敵の弱点をわざわざ教えることによって、ますますサギ師の術中にはまっていく。



宮元が投じた一球目!!




御神楽(…ふざけた真似を。ボールを良くみろだと)



バシーッ!!

「ストライクワン!!」

御神楽(変化していないではないか!こちらの弱点をついてこないのか!?)

赤城「おやおや、あんまりこちらの言う事信用したらアカンで〜。なんてったってわいはサギ師やからな」

御神楽「ぐ…」



宮元の二球目!



御神楽(お、同じストレート!?)


しかし、同じ軌道で手前で少しだけ変化する!


御神楽「く、おのれ!」





ガキッ!!

平凡なセカンドゴロ、ファーストに送球されて…。


「スリーアウト!チェンジ!!」



御神楽「この…」


考えれば考えるほど、無意識のうちにサギ師の術中にはまっていく。






そして、勝負は『急に霧島が強くなる』中盤へ―――!










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