001そんな奴もいるもんだ。
























私立将星高等学校。



「将星高校」はもともと「将星女学院」と言う。

女子高だったのだが最近の少子化傾向によって理事長の命により、一年前に共学校になったのだ。

…が、そんなことはどうでもいい、と思った。



???(別に知ってても知らなくても死にやしないだろ…)



そんなことを、降矢毅は思っていた。







降矢毅(ふるやつよし)は中学時代は「悪魔の降矢」とまで言われた悪のトップだった。

本人はそんなつもりはなかったのだが、その見た目と行動によって周りが勝手にそういうイメージを持ってしまった。

…しかしどこをどう間違えたのか、体育館の裏がぴったりな彼にはおおよそ似合わない綺麗な教室の机でうなだれていた。



”将星”という名はこの辺りでは有名である、以前はいわゆる品行方正のお嬢様学校だからだ。

…しかし、彼はそんな高貴なイメージとはかけ離れている。

首にかかる金髪、耳に一つ二つ開けたピアス、ポケットからはみ出たシルバーアクセサリー。


降矢「だりーな、もう」


教室で一人呟いても、周りには誰にもいない。

ため息も壁に吸い込まれて消えた。

別にクラスメイトに避けられてるわけじゃない…いや、避けられてるかもしれないが、今は放課後だから。

別にこの高校に入りたくて入ったのでなかった。

元々、こう言ってはなんだが公立の程度の低い学校にいくつもりだった訳だし。

私立の申し込みで適当に探した学校がここだっただけの話だし。

それが、公立の方に落ちて私立の方に受かるとは…。


降矢「ありえねー話だ」


きっと、共学に変わったことによって、この学校は男子を確保するのに必死なのだろうか、それでもこの降矢の低い学力で良く受かったものだ、相手も相当必死と見える。

ま、なんにせよこの学校に来てしまったのなら、それなりに頑張っていかなければならないだろう、とは思う。


降矢(郷に入れば何とやらだ)


薄っぺらい鞄を持つと、廊下に出た。

しかし、物足りない、何かこう熱くなるものはないものか。

こんな学校じゃ、降矢と同じような奴なんぞいるわけがない。

ひょろひょろとか大人しいとか暗いとかまじめな方々ばかりなのだ、暴言を叩きあい、夜の街に繰り出すような生徒は見渡した限りいない。

そういう人間が得意という訳ではないが、少なくともガリ勉君よりは扱いがわかりやすい。

しかしまぁ、入学式から嫌な予感はしてたのだが…このガリ勉君達は、何を考えてるかさっぱりわからない。

…とは言ってもそんな愚痴ばっかりじゃ始まらないし、何か学校に来る楽しみを作らねばなるまい。



降矢「せっかく、可愛い女子がたくさんなんだからな」



ふふふ、と悪のオーラが漂う笑い。

さすが元女子高、世の中の汚れを知らなさそうな真っ白で純粋な女の子がたくさんだ。

そう考えればここに来たのもそんなに悪くはない、女子高という利点を最大に利用して周りに女をはべらす様な青春を送ってやる…いや、嘘だが。


降矢「とは言っても」


このままの私生活ではとてもここの女子達には近づけそうに無い、なんてたってお嬢様達が多いから、外見ですでに若干引かれている。

降矢「…ってそれじゃ駄目だっつの…あー、クラブぐらい入ってみるか…」


実は降矢君って真面目なスポーツマンなんだね!みたいな雰囲気を出していけばどうだろう。

降矢(アホか俺は)

思わず自分に突っ込みを入れてしまった。




降矢「しかし…」


クラブは悪くないかもしれない、前途の希望も少しばかり含むが、真面目に部活やっていれば、少なくとも知り合いの一人や二人はできるかと。

と、廊下を歩いていると目に入ってきた部員募集のポスター、めずらしく女子のみではない。

この学校、元女子高なので、女子のみ、と言うクラブが多いのだ、例えばテニス、バレー、ソフト…しかもそのどれもが非常にレベルが高い。

もちろん新学期なので教室のいたるところに勧誘のチラシが貼られている。

しかし、全てと言っても過言ではないくらい”女子のみ”である、言い換えれば男子お断りだ。


降矢「野球、か」


そのポスターには「君も一緒に甲子園をめざそう!!イェイ!!」と、でかでかマジックで書かれている、いや、イェイはいらないと思う。

シンプルなデザインだが、見ているこっちにまで気合が伝わってきそうだ。

そこかしこに修正液の跡が見られるのは見なかったことにしたい。



降矢「…しかし、これじゃどこ行けば部員になれるかわからん」



そのポスターには部室も練習場所も書いていなかった、手書きの気合も空回りだ。



降矢「…だが、野球も悪くねーか」



あれだ、甲子園とか言う奴に出れば一躍人気者だ、目指せシンデレラストーリー。


降矢(だが場所がわかんねーんだよなー)


いや、担任に聞きに行けばいい話なのではないだろうか。

そう考えて窓枠のポスターをはがそうとしたら、もう一つ手が伸びてきた。


降矢「ん?」

男子生徒「あれ?」


振り向いた先にはずいぶんとかわいらしい、男子生徒…って男子生徒?






降矢「なんじゃこのちんちくりんは」


仕方がない、隣にいたのは俺の目線のはるか下、ちんちくりんと呼ぶに相応しいちびっ子。

オレンジ色にも見える栗色の髪に大きな目、いや、なんて幼い。


降矢「…この学校には中等部は無いはずなんだが」

男子生徒「こ、高校生だよっ!」


降矢の身長は高く、軽く180は越えている。

しかし…その自分と比べてるとしてもこのちんちくりんは小さすぎる。

顔も愛らしく、女子の制服を着てたら間違いなく女の子であろうルックス。

しかし彼は見まごう事なき男子生徒の証であるブレザーを着こなしていた。




降矢「おしいな」

男子生徒「何が?」

降矢「…いや、なんでもない」


そんなことを考えてもどうしようもない、俺はポスターをはがすと、担任の所に行く事にした。


男子生徒「ま、待ってよ!降矢君!」

降矢「うるせーな、なんだよ」


そこまで言って降矢はある疑問に気づいた。


降矢「…待て、なんで俺の名前を知ってんだ?」

男子生徒「え、有名ですよ、結構真面目な生徒が多いこの高校でそんな格好してるのって一人しかいないから」

降矢「…」


返す言葉もない。


降矢「で、なんだよ、俺に何か用か」

男子生徒「降矢君、野球部に入るの?」

降矢「ま、何かやらんと俺もおちおちこの学校にいられそうに無い」


先生たちやクラスメイトの白い目はちょっとご勘弁して欲しいものがある、せめて部活ぐらいやっていればマシだろう。


男子生徒「俺も入ろうと思ってるんですよ、でも場所が書いてないから…」


なるほど、考えてたことは一緒のようだ。


降矢「じゃー、ここでつっ立ってても無駄だ、行くぞ」

男子生徒「あ、待ってくれよ、おーい!」

降矢「あとな…」


降矢は振り向いてちんちくりん君の顔に人差し指をつきたてた。


降矢「俺を君付けするの止めろ、虫唾が走る、敬語も止めろ、イライラする」

男子生徒「わ、わかった、そうして欲しいんなら、そうするけど」

降矢「名前は?」

男子生徒「え?」


甲高い声ですっとぼけるちんちくりん、やっぱ、こいつ女じゃないのか?


男子生徒「あ、ああ、俺は冬馬優(とうまゆう)だ」

降矢「冬馬、ね」


実際どうでもよかったのだが、呼びづらかったから聞いただけだった。


降矢「ところで、冬馬」

冬馬「どうした?」

降矢「…職員室は、どこだ」























将星高校はとても広い、第五号棟まであるのだ。

…別に言い訳のつもりに使うわけじゃないが。


冬馬「あはははは」

降矢「…いい加減笑うのをやめたらどうだ」

冬馬「あはは、悪い悪い、でもさ、迷うだなんて、ぷぷ」

降矢「ぶん殴ってやろうか」


ここまで降矢がコケにされたのは始めてだった、やはりこの学校はよくわからない。

でも、ここまで自分を対等に見てくる奴を見たのも初めてだった。


冬馬「いや、降矢も見た目ほど怖くないんだなって思ってさ」

降矢「…そーか?」


微妙な気分だ、ほめられているのだか、けなされているのだか。


冬馬「ああ、なんか教室じゃそんなイメージ無かったからさ」

降矢「俺だって人間だ」


こんな奴とは始めて話した気がするが、どうも嫌いなタイプじゃなさそうだ。


降矢「…待て、お前なんで教室の俺を知ってるんだ」

冬馬「何言ってんだ、同じクラスじゃないか」

降矢「…」


知らなかった。


冬馬「ま、野球部入るんならこれからよろしくっ」


そう言って、超爽やかな顔を降矢に向けてくる冬馬。

…前言撤回だった、こんな爽やかさは大嫌いである。


降矢「ガキかお前は」


俺は吐き捨てると、舌打ちした。

後ろで冬馬が残念そうに言う。


冬馬「なんだよ、つれないなぁ」


今時こんな奴いないぞ。

どうも、調子が狂う、と降矢は首を降った。











元来職員室と言うものは独特の雰囲気を漂わせているものだ。

置かれた飲みかけのコーヒー、タバコのにおい。


先生「あら?冬馬君と降矢君じゃない」


メガネをかけた女の人がこちらへやってくる。

歩くたびにその胸部に付属した…まぁ、胸がゆさゆさ揺れる、思わず降矢は目線を下に向けてしまった。

担任の緒方由美子(おがたゆみこ)、MEGUMIも小池もびっくりのスタイル…いや胸だ。


緒方&冬馬「どこ見てるの!」

降矢「…あ、いや」


やっぱ緒方、乳でけー。


緒方先生「どうしたの?珍しい組み合わせじゃない」

冬馬「先生、あの、野球部ってどこでやってるんですか?」

緒方先生「あ、あなたたち入ってくれるの!?」


緒方先生の目の色が急に変わる。

と、思ったらいきなり降矢たちの手を掴んできた。


降矢「…何すんだアンタ」

冬馬「わわ、先生!?」

緒方先生「あなたたち二人は一年で初めてよ!やった、きゃはー!」


先生は周りの人を気にせず、そのでかい胸を揺らしまくって飛び跳ねて喜んだ。

ぶるん、たぷん。

おお、すげー、ノーブラかコイツ、降矢の目線釘付け。



降矢「ガキか、見苦しい」

冬馬「…降矢、目線とセリフが一致してないよ!」

緒方先生「さっ、二人とも早速行くわよ!今は多分練習してるから〜!」

降矢「…お、おい」

冬馬「せ、先生?!」


ぶるんぶるんと音を立てて、俺たちを引っ張っていく緒方、いやいや、やはり、乳でけー。









…つれられて来たのはボローイ部室。

古本屋の匂いがする、どこを叩こうがいくらでも埃が出てきそうだ。


冬馬「ず、随分と年季の入った部室だね」

降矢「創部一年で何で年季が入るんだ馬鹿。つーかここ部室じゃねーだろ」


降矢は壁にかかっていた野球部と書かれた紙をはがした。

下にはこれまたぼろぼろの道具倉庫という札。


冬馬「あ、あははは」


冬馬、空笑い。


降矢「向こうにあったバレー部とか陸上部とかとはえらく差が有るな」


向こうはまるで、教室としても使えるような広さと綺麗さだ。


緒方先生「仕方ないじゃない、まだ、創立一年目なんだから…」

降矢「それで他の部員はどうしたんだ、姿が見えないみたいだが」

緒方先生「今は外周の時間だからもうすぐ帰ってくると思うわ。あ、帰ってきたじゃない」



グラウンドから部室に向かって走ってくる二名…二名?



降矢「おい、まさか二人だけか?!」

緒方先生「そうよ、だから、あなた達が入ってきて凄く嬉しいの!」


まさか、これじゃ降矢と冬馬を入れてもたったの四人だ。

これじゃ試合にすらならないんじゃないのか?


降矢(これじゃ甲子園は遙か彼方だな…)


軽い頭痛を覚えながら首を降ると、とりあえず帰ってきた先輩方を迎えに、足を出した。












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